66 思考戦
本日2話目です。
「ミレーネ様……よろしいので?」
「いいのよ。」
こそりと耳打ちをしてきた部下に笑顔を返す。
部下の言葉は、マイラとフリーシアの監視の目を緩めていいのかという問いかけだ。
これまでマイラとフリーシアが自由に意思の疎通ができないように常にどちらかの傍についていたけれど、全体の小休憩にあたり、どちらからも離れ自分の隊に戻った。
部下はこれまでの行動から、二人が自由に話せる状況を不安に感じたのだろう。
「私達の監視は普通の監視とは違うでしょう?」
質問をしてきた部下が私の問いに目を一度伏せて肯定する。
「おかしな動きをさせないよう見張るなら誰でもできるわ。
私達はおかしな動きをさせて、そこから利を得る為に監視するのよ。だから目は緩めてはいない。」
ソフィア様の開発した指輪に魔力を流して耳を傾ける。
すると指輪から小さくマイラとフリーシアの声が聞こえた。
『……あの方は本当に貴族なんですか? どうにも気安さが商店の娘のようにも……』
『口を慎んだ方がいい。彼女は正真正銘の貴族の生まれ。私が昔会った頃は平民に対してはもっと貴族らしい方だった。今の振る舞いはおおよそ訓練の成果だろう。』
流石マイラ様。
よくわかっていらっしゃる。
お互い旧知の仲だけに変化もよくわかる。
つまりマイラ様が私を理解しているように、私もまたマイラ様の用心深さは理解しているのだ。
常に傍にいたのも内緒話をさせる為の布石。
マイラ様がフリーシアと私に聞かせたくない会話をする為に私の部下たちに自分の部下をあてがっているのを見越して敢えて二人が自由になる時間を少しだけ作り、その会話を盗み聞く。
フリーシアに取り付けた盗聴器は正常に動いており、いかに用心深いマイラ様とて私がまさかここまでするとは思っていないはず。
『――で、時間もない。フリーシア。あっちの様子はどうだ?』
『……動きがありました。こちらに接触するつもりのようです。』
『そうか。鱗の方は?』
『距離は離れたままですね。』
『わかった。またタイミングを作って確認する。』
会話が切れ、私と同じように声に耳を傾けていた部下を見て声をかける。
「聞いた?」
部下はただ一つコクリと頷く。
「ソフィア様の動きは?」
「当初の目的通り、大森林中層を目指して進行中のままです。ルートの変更はまだありません。」
「ということは『距離は離れたまま』といっていた鱗の方がソフィア様の事、そして『あっち』の指すところは――」
「私達のお目当ての動き……という事でしょうか。」
「そういう事ね。」
部下にニッコリと微笑むと、部下も口元に微笑みを浮かべた。
どうやらソフィア様に、お褒めの言葉を頂ける程度の働きはできそうだ。
小さく深呼吸をして情報を整理してから口を開く。
「ソフィア様は今回の行軍はあくまで訓練と仰ってくださってますが、そういう時ほど実戦での実力を計られているものです。
ソフィア様の望まれているモノを手にし、ご期待に応えましょう。
マイラ様と目標の接触があり次第行動を開始します。」
部下はコクリと頷くと、ナイト小隊の相手をしている部下達に耳打ちに向かった。
「ふふ……エンカンブレンサーとしての成長を、マイラ様にもお見せいたしましょう。」
微笑みの仮面を崩すことなく、これまでの立ち位置に戻るのだった。
--*--*--
「こんなもんでいいや。」
地竜の鱗貯蔵庫近くに、アトリエという名の土魔法で作った地下個室で一振りのナイフの刃を確認しながら一人ごちる。
手にしていたナイフを壁に向けて投げると、ストっと壁に刺さり、その横にはもう2本同じようなナイフがあった。
「ナイフって言うか、『クナイ』やないかーい。」
一人でつっこみを入れ、個室に響く自分の声の虚しさを味わう。
アリサの要望からナイフを作ることにしたのだが制作に時間を使うのがもったいなかったので地竜の鱗のインゴット失敗バージョンを使って手早く『クナイ』を作ったのだ。
作り方は料理をするが如く、混合してしまい失敗インゴットを短冊切りにサクサクと切って大きさを整え、その短冊から削り出しの要領でスパスパ形に切っていけば一本当たり5分かかったか、かからないかという間にでき上がる。
とにかく時間をかけたくなかった。
テオとアリサは今、小隊長殿とフリーシアの所に『訓練の手伝いをしにいく』と言って別行動に入っているのだ。
つまり、今、ここにいるのは自分だけ、ただ一人だけ。
自由が。自由がここにあるのだ! なんでもできる! ナニしてもいい! 何したい? ナニしたいっ!
万能たる自由を得たことでボルテージはすでに最高潮。
実際我慢も限界。
そして何より今回は良質のオカズに心当たりがある。
『丸見えですね。有難うございます』の能力だ。
ぶっちゃけテオやアリサ、フリーシアにこの能力を使ってみたいとは思った。正直凄く思った。
だけれども3人の場合はどうしても罪悪感が勝ってしまう。もし能力を使って『丸見えですね。有難うございます』してしまったとしたら、次に会った時、うしろめたさからまともに面と向かう事が出来ないような気がしてならないのだ。
だが、今、運よくまったく関係のない美人さん達がいるという事実。
彼女たちならおなぺt……んんっ! にしたとしても罪悪感など無いっ! ありはしない! ただひたすらの感謝しかないっ!
ただ問題となるのは、まだこの能力は可能性を感じた段階に過ぎないという点。
望む理想の映像を得る為には練度を上げる必要がある可能性が高い。そう。訓練が必要になるのだ。
だからこそ今はテオやアリサに告げた個室に籠る理由のナイフだけはしっかり作っておいて、きちんとその結果を残してから訓練に励もうと考え、そして作り上げた。
ナイフはできたのだ。
後は訓練に勤しむに限る……のだが、なんとなく綺麗に切断された削りカスでも何かできそうな気がしてならない。面倒な気持ちに『もったいない』が勝ち、ひもを通す穴だけ開けてアクセサリーパーツにしようかと考え拾い集めると、アクセサリーにするには、かなり尖っていたり切れ味もあるから危ない気がした。その時、一つの閃きが訪れる。
「破片が爪っぽいから……手袋に取り付けたらそれだけで武器になりそう……」
使用する時だけ手の甲部分から飛び出すような仕組みにすれば、なんということでしょう、なにがとは言わないけれどベアクローか、もしくはエックスなメーンの獣の人のような状態に。
あぁ浪漫武器の可能性。
「くっ……」
剣は使えないけれど、パンチは使う。
パンチ用の浪漫武器を作る楽しみを得るか、はたまた能力を磨く訓練かの選択肢に天秤は大きく揺れる。
だけれどもすぐに天秤は音を立てて片方に倒れた。
決心から目を見開き、そしてパンツを脱いで目を閉じるのだった。
--*--*--
森をゆっくりと移動するテオとアリサの姿。
二人はマコトのアトリエ製造に立ち会ってから別行動を開始し、マイラ達の下へと向かっている。
まだ距離がある事から会話をする余裕もある。
「フリーシアが頭巾を被った時は指示書のCに従うだったよね? 姉さん。」
「えぇ。でもマイラは指示の通りに動くとすると……あの鱗の本当の価値を知らないのが怖いのよね……下手に知られると逆に固執する理由になりかねない気もするから不安だわ……」
「近づいたらフリーシアを通して事前に連絡を取るしかないんじゃない?」
「それができる相手だといいんだけど……まぁ、こうなるともうぶっつけ本番で行くしかないわね。肝心のマコトくんはちゃんと隠れてくれるみたいだし。」
重くなりそうな空気を変えるようにテオの口調が転調する。
「それにしてもまさかマコトくんにあんな能力があるなんてね……離れているところからでも服装を確認できるとは思わなかったから助かったわ。」
「本当にね。想定だと明日か明後日くらいから戻りつつ確認を始める予定だったものね……」
ふと無言になるアリサ。
「どうかしたのアリサ?」
「……ちょっと思ったんだけど……彼、距離が離れてても服装が分かったってことは……」
「……ん。」
テオも口を噤んだ。
「着替えとか……」
アリサは続ける。
「お風呂とか……」
続きそうな言葉をテオが遮る。
「そこは……マコトくんの良識を信じましょ。彼そんな卑劣な事はするタイプじゃないと思うから……」
「姉さん……それ本心?」
「……本心よ。」
「そう。」
姉妹は共に口を噤んだ。
--*--*--
「くそーうっ!」
過去に流行った海外ドラマ、ツゥエンチーホーの吹き替え版主人公のような怒号が個室に響き渡る。
「っ! ……どうしてなんだっ!」
自身の素足に拳を打ち付ける程の苛立ち。それほどに苛立ちが抑えきれない。
うまくいかないのだ。
『丸見えですね。有難うございます』モードで美人さんたちを丸見え状態で見ようとするがダメなのだ。
魔力を中心に、それらが関係している物を見ようとするのだが、まるでサーモグラフィーのようなぼんやりとした状態でしか見る事がかなわない。
せめて赤外線暗視スコープで見るような状態で見えれば、そこは想像力で補う事ができるのに、見えるのはサーモグラフィー。
いい加減パンツをおろしている下半身も寒い。
「まだだ……なにか方法があるはずだ。」
まだ心は折れていない。
暗視スコープですらカラーで見れるようになっているのだから全て工夫次第のはず。
この能力だって工夫次第で望む結果が得られるはずなのだ。
「過去の賢人たちの偉業から学べ、学ぶんだ……」
偉業を成し遂げた日本の賢人たちの功績を思い返す。
乾電池や電卓、インスタントヌードルに家庭用ゲーム機、カラオケやCD-Rにフラッシュメモリなんかを発明したのも日本人。
プラスワンや改良も得意としているけれど、真珠の養殖だって可能にした程に、ゼロから想像し作りあげる能力がDNAに刻まれているはずだ。
「って、もう体は神様製だった!」
DNAは別製という可能性に心が折れそうになった。
よくよく考えれば神様製のハイスペックな身体だからこそ、性能は増しているのかもしれないけれど、これまで生きてきた期間からアイデンティティは揺るがない。
発明者たちはみな情熱をもって開発に打ち込んだはず。
情熱だけなら負けはしない。
可能性を信じて目を閉じ考える。
下半身は寒い。
だが、寒さなど大した問題ではない。
今パンツを履けば心は折れてしまう。そのことが許されないのだ。
「魔力と魔素の差……服にはどちらもないはず。
それを同時に感知し、その差を感じて立体視するんだ……」
また集中する時間が始まるのだった。
--*--*--
「変化は?」
2度目の全体休憩、ミレーネが場を離れたのを確認しマイラはフリーシアに近づき声をかけた。
「少しずつ近づいています。」
フリーシアはそう答えながら、銀流亭で注文をメモする際に使用していた蝋板に文字を記していく。
蝋板には現地語でこう書かれていた。
『○ 待機 TA移動』
蝋板を確認し、マイラは口を開く。
「そうか。わかった。このペースで進んだら接触はどの程度になりそう?」
「夜になった頃でしょうか。」
「よし。」
マイラは蝋板を消し、走り書きで記す。
『予定通り進める』
マイラは用心深い。
盗聴の魔道具など知らなくとも状況から敵の手の内に居ることを想定し、言動は聞かれている見られているものとして行動しているのだ。
故にフリーシアの持っていた蝋板すらも利用して会話をする。
蝋板に記した○の記号でマコトを、Tはテオ、Aはアリサを指していた。
マイラはミレーネがやってきた時に、フリーシアにこう言った。
『彼女ならどうとでも丸めこめるだろう』
と。
マイラはソフィアが見出し声をかけてくる程の才能の持ち主。
ソフィアには敵わなくとも、成長したとはいえ旧友の考える事程度は想定の範囲内に収めることができる。
そしてソフィアがやってきている事を理解した時から、マイラの目的は、ただ一点『エンカンブレンサーを早く王都に返すこと』
これだけに絞って行動している。
エンカンブレンサー率いるソフィアは望む物さえ手に入れれば納得して帰ってゆくはず。
そして今、幸いな事に相手をしているのはソフィアではなくミレーネ。
元々、ソフィアと対峙した場合の最悪のパターンを想定して、フリーシアの恰好を符丁としたテオやアリサの行動指針を決めていた。
今回のフリーシアが頭巾をかぶっている場合の意味は『やむなくテオかアリサが捕まる』パターン。
ミレーネには他にも地竜の鱗を保管している事を暴露させる成果か、それでも足りなければ、隠し玉として変色した地竜の鱗が珍しい『逆鱗』で、それを独占しようとしたのを暴いた戦果などを上げさせて自尊心を満足させれば鼻高々で帰りソフィアに報告するだろう。
ソフィアだってその報告のおかげで地竜の鱗をもう2~3枚てにするか、はたまた変色した地竜の鱗を『逆鱗』を手にする交渉権を得れば充分満足のいく線のはず。
マコトさえ姿を現さなければ……万が一姿を現したとしても力さえ見せなければ、なんとか誤魔化す方法はある。
フリーシアの報告で、マコト絡みの一番恐ろしい事態は起こらなさそうだからこそ、マイラは肉を切らせてでも、さっさと茶番を終わらせる事にしたのだ。
ふと空を見ると、少しずつ陽は傾いてきていた。
冬の陽は短い。
やがて、欺きあう夜がやってくる。
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「み、見え……見え…………ないっ! くそーうっ!!」
下半身は冷え切り、小さくシバリングを起こし始めていた。




