64 鬼ごっこ
銀髪の魔女たちが企みをしていた同刻。魔女たちが大森林と言った森にも闇が訪れていた。
その森の奥までは行かぬ中ほど、寒空で一際明るく輝く星明りと共に、たき火の明かりが木々を照らしている。
「ひゃあああああ!」
そんな中、叫びながら木に隠れるマコトの姿があった――
上段に振り上げられた剣を見て即座に斜め後方に飛び木に隠れ、こっそりと顔を出す。
剣を振り上げたアリサの顔が呆れからか、少し笑っているように見えた。
その横で同様に呆れているのだろうか困ったような顔をしたテオが頬に手を当てながら口を開く。
「マコトく~ん? 私がナイフを使った時は大丈夫だったでしょう? ちょっと長くなっただけよ~?」
「違う! 違うって! なんていうか違う! 全然違うから!」
『刃物を向けられることに慣れる』という訓練を行った事で、テオがナイフを向けてくる事には慣れた。
刃物に対する対処法も十分に教えてもらった事で理解できている……というよりも、この身体の能力的に刃物程度は問題にならないという驚愕の事実まで判明した。
傷がつかない理由は幾つかあり、まず一つ目に『当たらない』。
本気で移動すると人間業ではない速度で移動できる事は理解していたけれど、やはりその動きを補佐する動体視力も尋常ではなく、注視すればまるでゾーンに入った達人のように数ミリ単位の精度、まさに紙一重で避ける事だって余裕な程に認識でき、そしてその認識を活かす事ができるほどに身体も動く。
だがもちろん怖いからマージンは広く取るのだが、ここでアリサに怒られた。
なにやらマージンを広く取りすぎるのは自身の反撃の目を潰す行為にもなり返って宜しくないらしく、それなりの距離で避ける方が良いらしい。
もちろん近すぎてかすり傷を負わされる事は肉体的にも精神的にも削られる事から論外らしく、ちょうど良い塩梅で避けるのが大事なのだそうだ。
アリサの注意にテオが色々とフォローしてくれたけれど、剣に関わる点はアリサの琴線に触れるらしく関わる以上は妥協したくないと、よりしっかり特訓させられることになった。
テオがナイフを握って向けてくるのは怖くはあったけれど、どこかで『刺さない』という安心感があったからナイフの訓練に付き合うことはできた。
とはいえ怖い物は怖く、刃物が迫ってくる怖さで身を守ろうとする意識が強く出た時『魔力の障壁』が無意識に発動した……というのが傷がつかない理由の二つ目。
アリサが身体能力の訓練で自身の魔力を身体の表層に纏わせて防御力強化をできるようになっていたのは分かっていたけれど、その上位版のような自身の魔力を盾のように空間に作り出すイメージの魔法。
発動した時、まさしく盾にぶつかったようにテオのナイフが鈍い音を立てて止まり弾いたのだ。
この技の発見により、刃物慣れの訓練は一時中断。
テオとアリサと共に魔力談義に花を咲かせ、束の間の幸せを噛みしめる。
結局、強度確認と剣に慣れる訓練を兼ねてのアリサが剣を振るう流れになってしまったのだが……とにかく怖い。アリサが怖い。
テオと違って剣を使い慣れている人が放つ独特の空気感が漂ってとにかく怖い。
脳内で『あぁ、江戸時代とかに辻斬とかに会った人ってこんな風に思ったんだろうなぁ』と現実逃避するくらいには怖い。
なので自然と隠れるべく身体が動いたのだ。
逆に考えると、テオのナイフ訓練で刃物に慣れたからこそすぐに逃げる事が出来たとも言える。
慣れていなかったら、ただ固まっていたに違いない。
だから訓練の成果は十分だ。十分なのだ。もういいのだ。
「大丈夫よ~。アリサには動かないで剣を振ってもらうから、まずは当たらない所で剣を向けられる事に慣れましょう~。」
ヒョイヒョイと近づいてきたテオに腕をひかれる。
腕を組んで動かされるので、ちょっとだけ嬉しい。だけれど向かう先には剣を持つアリサの姿。
「いやぁああ~……」
思わず力を入れて近づくのを止めると、テオがガクっと反動で揺れて止まる。
アリサまでの距離は2.5m程あり、剣は振っても届かない距離。
「う~ん……じゃあここでとりあえず雰囲気だけでも感じてみよう? ね? アリサ。注意して振ってみて。」
「注意して……ね。わかったわ。」
言葉を放ち終えると『今から切ります』と言わんばかりのアリサの真剣な眼に射抜かれ、自分の足に勝手に力が入る。
そしてすぐに剣が振り下ろされた。
「うひぃっ!」
声を上げると同時にギィンっ! と鈍い音が響いた。
距離があるにも関わらず、アリサの剣は空中で止まっている。
素振りとは言え、迫力に『魔力の障壁』が発動してしまったのだ。
アリサは一度剣を引き、その姿にほっと胸をなで下ろすと、その様子を確認したアリサは軽く払うように剣を障壁のあった場所に動かす。すると何もないように剣はその場を通過した。
何度かゆっくりと振り、そして手をぐっぱと開いたり握ったりをしながら口を開いた。
「注意しててよかったわ……コレ、油断してると逆に剣を振った方が怪我をするわね……岩でも切りつけたかと思うくらいの感触だったから、軟な剣を使ってたら折れた可能性もあったわよ。」
「この距離でも出るとなると、もうこれは一つの武器になるわね……」
「えぇ。しかも普通の人なら奥の手、隠し玉とも言える武器になるわ。
自分の剣が止められて相手の剣が自由に動くとか、どうなるか考えただけでもゾっとする。」
考えたくもない様な想像をしたのか、首を振るアリサ。
「ん~……じゃあとりあえず、マコトくんはコレを出せる事が分かったし剣に対しての対策は大丈夫そうね。」
「は、はい。もう全然だおじょぶですっ!」
噛んだことを訂正しない程に焦りながら終了宣言を催促する為に肯定する。
テオもそれを察して笑顔を作り、その笑顔を見て『あ。これ終わるパターンに入った』と心から安堵した。
が、アリサが表情を引き締め、口を開く。
「……だからこそ私は対応策を考えないと駄目ね。もしかすると世の中には使っている人がいるかもしれない。」
アリサの言葉に『ん?』と頭に疑問符が浮かび、テオを見る。
するとテオは、さっきとは違う笑顔を作っていた。
そしてその笑顔は『……頑張って♪』とでも言わんばかり。
「……は?」
『違うよね?』と意味の声をテオにかけれども、テオの『……頑張って♪』の笑顔は変わらず、組んでいた腕を解いて、なにやら納得したように頷きながら後ずさり離れて行く始末。
「貴方もどこかに穴があるかもしれないんだから、安心する為にも特訓しておくべきだと思うわ。いいわね?」
聞こえたアリサの声に顔を向けると『特訓付き合ってくれるわよね?』という内心を満面の笑顔と共にその表情に浮かべているアリサの姿。
『いや……いや……』と首を振れど、アリサの表情が微動だにする事は無かった。
そして剣は再度振りあげられる――
「アッーーーー!」
アリサが納得するまで剣は振られ続けるのだった。
ててーん♪
――マコトは対人刃物訓練に慣れた。
防御障壁を取得。
対刃の恐怖心が薄れた。
笑顔を疑う心を学んだ。
――アリサは対魔法障壁戦に慣れた。
防御障壁の知識を取得。
臨機応変な剣を取得。
少しだけ加虐性欲を感じた。
――テオは対魔法障壁戦知識を得た。
見識が広がった。
笑顔の仮面のレベルが上がった。
心配性な保護者のレベルが上がった。
--*--*--
深夜までマコトが剣を振られる夜が明け、朝。騎士団の駐留所。
フード付きのローブを纏った女、ミレーネとマイラが笑顔を向け合っている。
「――というわけで、マイラ様。大森林へ向かいましょう。
一緒に探索ができるなんて光栄ですわ。」
内心で『もぉおおおおおおおっ!』と叫びたくなりながらも笑顔を絶やさぬよう心掛ける。
「かしこまりましたミレーネ様。私も光栄です。
それでは私の小隊に準備をさせますので……少々お時間を頂けますか。」
「えぇもちろんです。領主様の許可は取ってございますし保存食の備蓄使用の許可も取ってございますので、その点はご安心なさって。
それと索敵には是非フリーシアも同行させてくださいませ。彼女の能力の真価を拝見したいですからね。
もちろんマイラ様の重要視されているフリーシアを守り、安全に過ごしてもらう為にも私の小隊も半数は同行させますから戦力的には問題ございませんから、ご安心くださいませ。」
「お気遣い有難うございます。
であれば、手早く準備を進めて昼過ぎに出発致しましょうか。」
「えぇ。では邪魔にならないよう、お昼過ぎにまたこちらに参ります。それではまた。」
すぐに移動してゆくミレーネの姿。
遠ざかっていった背を見送りようやく溜め息を吐く。
逃げ道は潰されているのは当然として、いよいよ本領を見せてきた旧友のエンカンブレンサーとしての成長ぶりに少しの寒気を覚えずにはいられない。
騎士団には『ナイト』『ベルセルク』『パラディン』『ブレイカー』『エンカンブレンサー』の冠を与えられた隊がある。
人数が多いのは『ナイト』『ベルセルク』であり、その区別は主に防御中心の業を磨くか、攻撃中心の業を磨くかにある。
『パラディン』は保護支援中心、『ブレイカー』は破壊特化と、ここまでの役割は分かり易い。
だが、冠の中でも『エンカンブレンサー』は、実質隊を率いているソフィア・サルバドール・クレイトンの影響からか異色の役割を持つ者達で構成されている。
名の由来は勧誘された時の話から『負担から利を得る者』という事は知っている。
その役割は戦争においては敵を罠に落とし、妨害する物理的な攻撃はもちろん、情報戦や攪乱などの心理戦まで展開する魔法使いだけで構成された集団。
相手の考えを読み、それを利用して2~3手の先を打つのが仕事の集団だ。
つまり、有体に言えば人の嫌がる事を的確に突いてくる人達。
「昔はあんなに素直な子だったのに……」
記憶は美化された過去のミレーネの笑顔を映しだし、その二度と帰ってこない笑顔の価値に思いを馳せる。
一拍の黙とうの後、涙を飲み、情報の整理を始める。
昨日ミレーネと離れた後、フリーシアに気配の追跡を頼み、彼女達以外の者達と合流したことは把握しており、それがおおよそ想定している通りの人物であった事も確認した。
そしてこの今日の動き。
明らかにミレーネの役目は私の監視であり、罠へ追い込む為の布石だ。
そして外堀は埋められていて誘いを断る事は出来ない。
自然と顔は歪みはじめる。
「ふ、ふふ……楽しくなってきちゃった。」
少しだけ歪んだ顔をすぐに元に戻し、気を取り直す。
ミレーネは『小隊の半数』と、わざわざ言っていた。つまりもう半数は別に動いているという事。
先行している可能性も高いが現段階で、別働隊の目的地が判明しているわけではないから普通なら急ぐ必要はない。だけれど、エンカンブレンサーが相手という事を考えれば長い放置は良い結果を生む事は無いだろう。
「おっといけない……そろそろ時間もない。フリーシアは絶対に連れて行かないとね。準備をしなきゃ。」
足早に屋敷へと向かうのだった。
--*--*--
マイラが自分の屋敷に準備に戻った頃。
森の入り口から少し入った所には銀髪の女達とローブを纏った女達、そして、ハンターの女達の3人の姿。
先頭を歩くハンターの女の一人がストレス解消と言わんばかりに鉈で邪魔な枝を力任せに切り飛ばしていた。
「たくっ! もうっ!」
先頭の女ハンターを生温い視線で眺める銀髪の女とハンターの女二人。
「「 ビーナ。落ち着く。 」」
双子のハンターがステレオサウンドで態度を戒めると、先頭のハンター。ビーナが「ふすぅ」と荒く鼻息を付いた。
「分かってるわよ。 オルワ、ブルナ。
それに、なんていうの? 別に私、アイツと付き合ってるとかそういうんじゃないし。別に。」
前を向き、再び進みはじめるビーナ。
その姿を見て銀髪の女達は、どこかほっこりとした笑顔を浮かべた。
「うふふ。青春ね~。」
「ほんとねぇ~。」
「応援したくなります。」
うんうんと頷き合う銀髪女達。
その言葉に双子のハンターが目を向けて口を開く。
「「 原因がそれを言う? 」」
「あら? でも何もしていないわよ?」
「えぇ。楽しくお話をしただけ。あ、食事は御馳走になったわね。」
「御馳走様でした。」
ソフィア達の言葉に、ギっと目を向けるビーナ。
その視線に、にっこりとほほ笑みを返す銀髪女達。
ビーナは、その様子にがっくりと肩を落とした。
「流石王都から来られた魔法使い様は洗練されておられますですよね……どうせ田舎の魔法使いなんて……」
後半はまるで呟くように喋りながら鉈を振るうビーナ。
その様子ににっこりとほほ笑んだままソフィアが口を開いた。
「ねぇ、ビーナさん。良い事を教えてあげましょうか?」
「なんですぅ?」
ソフィアの声に、どこかやさぐれたような視線を向けるビーナ。
「生まれは関係ないのよ? 『どう見せたいか』だけの違いなの。貴方は十分に魅力的だわ。」
クライアントに気遣われ、いよいよ立つ瀬が無くなってきたビーナは大きく溜め息をついてから考えを切り替えた。
「お気遣い有難うございます。仕事はきちんとしますからご安心を。
ただ私達がマンモレクに襲われた所って普通に動けば3日はかかりますからね?
それにアレに襲われるのはゴメンですよ。」
「大丈夫よ。虫除けもしっかり持っているし、ここに居る全員がそれなりの魔法使いですから。
それにそこは当面の目的地というだけ、別に行けなくても良いの。道中、面白そうな物があれば寄り道を沢山しましょうね。
きっと面白い物があるわ。」
まるで観光のような雰囲気に、ビーナはこれまでと違った溜め息をつく。
「まぁ実入りの多い仕事だから文句はいいませんけど……」
「えぇ。お金は大事よね。
ただ、約束通り途中で私達は別行動を取る事もありますので、そこは宜しくお願いね。」
ビーナは銀髪の女達の後ろに続く女達6人をチラリと見る。
一目見て、索敵で何かを探り続けている事は理解できたが、今回の案件がギルドマスターから直々の指示であり、その時の様子から深く立ち入るべきではないと早々に判断し見なかった事にした。
「そういう判断は好きよ。
私達は楽しく行きましょうね。この大森林の事をよく知りたいの。」
視線だけで何を思い行動したのかを見抜かれたような声に、少しだけ心がざわつく。
「あ、そうだわ。それじゃあ大森林の事を教えてもらうお礼に、意中の男性を落とすテクニックでも教えましょうか?」
「「「 くわしく 」」」
ハンターの女達のサラウンドサウンドが響くのだった。
--*--*--
それぞれの思惑が大森林を舞台に交錯し始める。
ソフィア、ミレーネの目的は、マイラの隠している物を探り知る事。
マイラとフリーシアの目的はマコトを隠しきる事。
テオとアリサはマコトをソフィア達の目に晒さない事。
そして肝となるマコトは……刃物訓練を終えた事での生存欲求の高まりから、またも溜まり始めたムラムラ欲求をどうしたらいいかを一人真剣に悩みはじめていた――
ちょっと全体的に詳細書き過ぎるのを止めて、掘り下げる所だけ掘り下げる形で、進行ペースを上げて行こうと思ったりしてます。
次話以降、少し省略した書き方で進める所も出てくるかもしれませんが、どうかご容赦ください。




