62 銀髪
「小隊長がお呼びです。」
「有難うございます。」
マイラの命令で私を呼びに来た騎士に頭を下げる。
呼びに来た騎士は表には出さないけれど、たかがメイドが働きもせずに部屋に囲われている状況が気にかかるような目をしているように見えた。
それも当然だろう。突然王都の騎士団がやってきて、この街の騎士団の下へと向かい、私は彼女達が戻ってくるまで外に出ないように厳命された。ということは私が出ないように目を配るよう言付けられていただろう。
私が逆の立場だったら何かの問題を抱えたメイドの恰好を隠れ蓑にした貴族だと思ってもおかしくはない。
「会議室まで案内しましょう。」
だけれども流石によく訓練されている騎士だけあって、すぐに無駄な好奇心は殺して踵を返した。
私はこれから待ち受けている事を想像する。
マイラの言葉が真実だとすれば本当に王都からやってきた人物達には気をつけなくてはならないのもよく理解できる。
これからそんな人達の前で私が力がある事を証明しなくてはならないのだから気持ちも重い。
「マコト様……」
目を閉じて、小さく心の支えを唱える。
気配を探れば森の中間地点程の場所で、ただ佇んでいるであろうお姿が察知できた。
その神々しいまでのお姿を確認できただけで重くなった気持ちに羽が生えて飛び立ってゆく。
私はマコト様がいれば何でもできる。自然とそう思えた。
「参りましょう。」
胸を張って騎士の後に続く。
しばらく歩き、そして大きな扉の前で騎士が中に向けて声をかけると扉が開かれる。
中に居たマイラの隣には、親しみやすそうな雰囲気の女の姿。事前に聞いていなければとても貴族には見えそうにない。
そして二人から距離をおくように部屋の端に4人と5人に別れた女達の姿。扉を開いた2人と合わせるとマイラ以外で12人いる。
もちろん人数は待っていた部屋を出た時から分かっていた。
何故ならお呼びがかかった時から私の力を見る試験は始まっているのだと思っておいて損はない。
頭を深々と下げてゆっくりと礼をし口を開こうとした瞬間。
「あらあらあら、まぁまぁまぁ!
こちらの方がそうですの? まぁ~なんとも可愛らしい!」
「え?」
近所のおばさんがやりそうな動きで、素早く私に近寄ってきた貴族の女。
すぐに両手を取られて、ぶんぶんと振られる。
「もうね! 私、姉ばかりでしたから、こんな可愛い妹がいたらと思っていたんですの! はぁ~! 可愛らしい!」
「あ、え?」
今にも抱き着いてきそうな勢いと、そして悪意とはまったく無縁の無邪気な笑顔に当惑する。
目が泳ぎながらも、なんとか助けを求めようとマイラに顔を向ける。
「勧誘しないんじゃなかったの? ミレーネ様?」
「嫌ですわマイラ様これは勧誘じゃないですわよ。私は単純に可愛い子が好きなんですの。
はぁ~。これはヴィニス氏が欲しがる理由もよくわかるわぁ……でも安心してね。もう彼はフリーシアに手を出してくる事は無いからね。」
「は、はぁ、有難うございます。」
「いいのよ~。それよりも『お姉さん』って呼んでみてくれない? お礼よりもそっちの方が嬉しいわ。」
困惑に顔が歪みそうになるのを必死にこらえる。
「ほらほら、ミレーネ様? お仕事は? 確認するんでしょう?」
「まったく意地悪ねぇマイラ様は、ちゃんとお仕事しますわよ。
皆さん? この子がそうみたい。確認した?」
そう言葉を発したミレーネが部屋の両端に控えている部下であろう人達にぐるりと目を配ると全員が頷いた。
「はい。確認終了。
それでは皆さんは、お仕事終了で構いませんわ。詳細は私がマイラ様とお茶をしながら確認します。
皆さんは折角カーディアの街まで来たんですから観光でも楽しんでいらして。」
柔らかな微笑と共に告げられた言葉に、途端に場がきゃあきゃあと賑わいだし、騒がしくなる前に手を二回叩く音が響く。
「はいはい。さぁ皆さん動きなさい。」
きゃあきゃあという声がそのまま扉の外へと消えていき、あれだけいた部下らしき人の姿は2名を残して消えていた。
事態が掴めずに様子を伺っていると、マイラが渋い顔をしながら口を開く。
「なんと言うか……その……自由だね。」
「えぇ。私の隊は皆、楽しむ事に貪欲ですから。
信念は『人生は自分でつくるもの』。楽しく生きてこその人生ですわよ。」
にっこりと花が咲くような笑顔をするミレーネ。
その笑顔に根負けしたようなマイラの溜息。
「はぁ……フリーシア?」
私の名を呼び、チラリと目を向けてきたマイラに、ただ一度だけ頷く。
マイラの言わんとする事は、今の行動含め勧誘の一環だと考えろという事だろう。
あちらに行けば楽しく生きる事が出来る。人生を謳歌する事ができるような印象を与えるデモンストレーションだと言っているのだ。
私の事を子供だと思っているのだろう。
だが、それも全て無駄な事。
私の人生を楽しむ為に、謳歌する為に必要なのはマコト様だけなのだから。
「さぁて自由になった事だしお茶しましょう! う~ん……会議室でお茶って無骨よねぇ。あぁ、でもフリーシアの魔法も見なきゃいけないのよね? 悩むわぁ。
ねぇマイラ様。良い場所はございません?」
「分かりました。貴族街の方に良い場所がございますから、そちらにしましょう。」
すぐに動き出した貴族たち。
その姿に『あれ? やっぱり私よりお茶がメインになってない?』と思いそうになるのを、なんとか封じ込めるのだった。
--*--*--
「はぁ……はぁ……」
荒く息をしながら膝に手をつくテオの姿と、その隣で平然とした顔をしているアリサ。
「やっぱり……ソレの影響みたいね……」
アリサが持っている検証の為に外したネックレスを疲れから顎で指すテオ。
疲労困憊と言った空気が全身から漂っている。
今にも倒れそうな雰囲気だが、今、考えることはただ一つだった。
『荒い息をする女の人って……エロいよね……』
実感だった。
『もう限界です』と言わんばかりの雰囲気は、なんとなく『もうらめぇ』と言っているような雰囲気に脳内変換されてしまうのだ。なんというか襲い掛かったら抵抗は出来ないだろう雰囲気が、たまらなくエロスなのだ。
そんな事を考えていると鼻の穴が盛大に膨らむ。
「はい。」
ネックレスを差しだしたアリサから受け取り、テオがそれを身につけると、徐々に徐々に疲れていた雰囲気が消えていく。
内心『あぁ……あぁ……』と残念な気持ちになる。
「……触れていれば魔力も回復しやすい……いえ回復じゃなくても補填してるのかしら? なんだかそんな感じがする。」
背筋を伸ばしてアリサと話すテオ。
「じゃあ次は、私がやってみるわ。」
『いいぞ! もっとやれ!』内心でそう盛大に応援し、心のシャッターを切る準備を始めるのだった。
そして気が付く。アリサは肉弾戦を得意としているから魔法を使う時も肉弾戦のはず。盛大に魔法を使う為なら格闘の相手がいた方がいいのではないかという事に。
「あの……良かったら相手役やりましょうか? アリサは手合せした方が魔力使いやすいんじゃないかと思いますし……」
別に『くっころ』を迫るオークのように、アリサを甚振りながら弱らせる事ができるとか、普段強気のアリサのそんな姿を見てみたいとか思ったわけではない。ちょっとしか思っていない。純粋に見ているのにも飽きて手持無沙汰から手伝いたかっただけなのだ。
「あら? ……マコトくんが?」
テオがちらりと様子を伺うようにアリサに目を向ける。テオの動きに合わせて目を向けると、コキっと首を鳴らさんばかりに右に左にと曲げているアリサの姿があった。そしてその目には力が宿っている気がした。
「そうね……貴方なら私が全力で挑んでも怪我一つ負わないでしょうからね。」
「え、あ、あ、はい。」
余りの強い目力に動揺し、すぐさま返事をしてしまう。
だけれども返事の内容を間違えた。
明らかに『はい』と言った瞬間に、ピキっと何かがアリサの顔に走ったのが理解できてしまったからだ。
「ふふ……そうよね……なんせ地竜も一蹴するお方ですもんね……鱗の力を借りていない私が全力を出したところでどうにもならないわよねぇ……ふふふっ……」
「あ、あ、ああ……」
怒りの感情を孕んで発せられたアリサの声に戸惑う。
「あ、アリサ? マコトくんはそういう意味で返事したんじゃないと思うわよ? 一応言っておくけど。」
「えぇ。分かってるわ。分かってますよ姉さん。あぁ、そうだマコトさん。弱い私は普段通りに力を振るえるように獲物を使ってもいいかしら? いいわよね? ハンデとしてもまだ足りないわよねぇ?」
そう言ってヌラリと動き、バスタードソードに手を伸ばすアリサ。
その動きに、すぐに両手を前に出してガクガクと青ざめた顔を横に振る。
獣の相手をしたことはあっても対人で戦った事などないし、まして刃物を向けられた事なんてありはしない。
刃物を手に持たれるだけで否が応にも怖気が沸き上がってくるのだ。
本気で怯えているのが伝わったのか、アリサから怒りの気配がすぐに消え、バスタードソードからも手を離した。
「ちょっと、なんでそんなに怯えるの? …………冗談よ冗談。」
「いや絶対に冗談じゃなかったでしょう!?」
すぐのツッコミに少しバツが悪そうな顔をするアリサ。
「……確かに本気だったけど……」
「性質が悪いっ!」
「なっ!? いや、でもだって思うでしょう? 貴方滅茶苦茶強いじゃない! 私が剣使っても全然平気そうって!」
「剣を向けられて怖がらない人間はいないでしょうが! 常識で考えて! 常識で!」
「うわっ! 一番非常識な存在に常識を考えろって言われた!」
「はいはいはい、二人とも落ち着いて~。」
テオが手の平を双方に向けながら間に割って入ってきた。
そしてすぐにアリサに向き直る。
「アリサ。とりあえずあなたはまずマコトくんに謝りなさい。
勝手に自虐して勝手に怒ったのよ? そんな態度はよくないわ。」
テオの叱責に、しゅんと視線を落とし、すぐに向き直って頭を下げるアリサ。
「ごめんなさい。」
「い、いえ、こちらこそごめんなさい。」
慌てて返事をし、顔を起こして向き合っていると自然とアリサから笑みが漏れた。
「ふふっ、でもなんだか……初めてあなたが人間のように思えた気がしたわ。まさかあんなに怖がるなんて。」
「え? これまでなんだと思ってたんですか?」
「それを聞く?」
「はいはいはい。次はマコトくんよ。」
「あ、はい。」
向き直ってテオに身体を向ける。
自分の行動に、なんとなく教師に呼ばれた生徒のような空気を感じてしまった。
「マコトくんは焦り過ぎちゃうのは良くないと思うから、もう少し落ち着きましょうね。」
「あ、はい。」
ニッコリ微笑んで言われ、なんとなく頷く。
「あと、マコトくんも慣れた方が良いと思うの。」
「……え?」
嫌な予感がする。
「私達も時には人と戦う事になることもあるわ。
当然その手には獲物がある。その時に恐怖で支配されたら、いくらマコトくんでも怪我をするかもしれないわ。」
「う……」
嫌な予感しかしない。
「私ね……マコトくんが怪我をするところとか見たくないの……優しくするから刃物に対応する練習をしてみない?
私達ができる数少ないマコトくんの為になる事だと思うの。」
「やります!」
優しく手を握られて『あなたの為なの』と言われて断れる男がいるだろうか。
いや、いない。
--*--*--
「すごい筋肉なのね……男らしくて素敵。」
「いやいや、あっはっはっは!
実は筋肉には自信があるんだ。腕だけじゃなくて腹も腕もな、どうだい? 見てみるかい?」
「う~ん、まずは触って確かめてみようかしらね。うふふ。」
「おぉっほ。」
しなだれかかられ身体に指を這わされて、この後どういう展開になるかを想像しない男がいるだろうか。
「おいおいおい、なんだアンタ。随分積極的だなぁ。」
「うふふ。」
肩に手を回すが抵抗する素振りは無い。
むしろ這う指が1本から2本に増えていた。
直感が脳に『ヤれる』と電流を流し、この後の行程を組立ていく。
目が情報を集め始める為に指の甘美な感覚を味わいながらも忙しく動き出す。
右に動いた目がハーディックがセミロングの銀髪のニコニコと微笑みを崩さない女の手を取り口説いている姿を捉えた。
『俺の方が勝ってる』と自分の方が落とす手前の状況にいる事に優越感を感じずにはいられない。
左に動いた目が酒を片手に人生相談でもしているのか、真剣な顔をして話を聞くボブカットの銀髪の一番身体の小さい娘に管を巻いているケイスの姿を捉えた。
『アイツは駄目だ』的な諦めにも似た感情を感じた。なんとなく『もっとお前は、こう、楽しめよ!』的な惜しい気持ちになってしまう。
そして最後に自分の胸に指を這わせ、しなだれかかっている長い髪の銀髪の女を確認する。
この3人の中で最も胸が大きくセクシーな女。顔はみんな上玉だからこそ、もっとも当たりな女だ。
「あら? 何か考え事?」
「いや、なんでもねぇさ。」
脳内では当然この後のプランを考えていた。
まだ酒を余り飲んでいないから、どこか二人になれる場所でちょちょいと飲んで、その後はしっぽりと宿に連れ込んで……うぇははは! いい! 今日は最高だ!
「うふふ。楽しそうね。」
「あぁ、最高に楽しいね。なんせ最高にいい女が一緒にいてくれるんだからさぁ。」
「あらお上手。」
肩を抱きながら再度右を向くとハーディックと目があった。
すぐに片目でウィンクでメッセージを送る。
『オレ、コノオンナ、イタダク』
『ワカッタ、オレ、コノオンナイタダク』
狩りをしている時以上の意思疎通ができたように思えた。
ケイスにもメッセージを送るべく片目を向ける。
「……でね、俺、どうにも失敗続きで……うまくいかないんスよね……」
「大丈夫。失敗している人は強いんですよ! だから大丈夫です。」
『アイツは駄目だ』と頭を抱えたくなった。
もっとガンガン落としに行けと。なんで気を使わせているんだと。バカかと。
「ねぇ?」
「あ? あぁ、なんだぁい?」
ニッコリ笑顔を忘れずに呼びかけに応える。
「マンモレクって、そんなに怖い?」
「あぁ……思い出したくねぇくらいには怖かったぜ。切れ味は鈍っていくわ数はわんさか出てくるわ……アンタらに助けてもらわなかったら俺達は仲良く虫の腹の中に納まってただろうさ。」
「うふふ。だから私達は助けたとは言ってないわよ。
でも銀髪を見たっていうのなら勘違いしても仕方ないんだろうけどねぇ……」
「いいんだよ。例えアンタ達じゃなかったとしても俺達がこうして飯を奢ったりしたことで礼をした気になって気が晴れるんだからさ。」
「そういうものかしらねぇ……」
「そういうものなんだよ。
で……だ、アイツらもそれぞれ楽しんでるようだし、どうだい? ゆっくり飲める場所を知ってるんだが一緒に行かないか?」
「あら……うふふ。いいわよ行きましょう。
二人だけでじっくり楽しみましょうねぇ……」
直感が脳に『ヤれる』と大電流を流した。脳内は大フィーヴァーだ。
「よ、よし、じゃあ行こうぜ!」
「うふふ。」
ウィンクメッセージを残し、バレ無いようにこっそりと席を立ち外へと出た。
自然と腕をからめてくる女に、女から見えない方の顔半分がどうやっても笑ってしまう。
さぁ、もう一件行って酒を飲ませて、その次は色々開かせてお楽しみだ!
夕暮れの街を歩きながら段取りを確定し、そして一つ気づいた。
「あ、そう言えばアンタの名前をまだ聞いてなかったな。俺はペリーってんだ。」
「私? 私の名前は……」
その時。
「あ~! やだ久しぶり~! 元気だったー! 奇遇ね~!」
女達の集団の声が聞こえ、目を向けると3人の女の姿があり、3人が3人とも名前を聞こうとした女を見て笑顔を作っていた。
銀髪の女に顔を向けると申し訳なさそうな顔、そしてその顔は諦めた様な顔へと変わり、絡めていた腕を解いた。
「ごめんなさいね……運が悪かったみたい。」
そう言い残して女達に向き直り、駆け寄っていく。
「ほんとに久しぶりね~。何してたの?」
「観光よ~。まさかこんな所で会うなんて、うわぁやだ嬉しい!」
女達のきゃいきゃいとした声に、自分の立てていた段取りがガラガラと崩れていく音が聞こえるのだった。




