61 来訪
「小隊長! 王都からエンカンブレンサー12名がお越しになられました。現在、会議室にてお待ち頂いております!」
赤熊の怪我の療養の為に訓練には参加せずに待機していた部下が、ビシっと背筋を伸ばして報告にきた。その姿を見て私は『ついに来たか』と思いを走らせる。
『何時でも来い』と思った翌朝の訓練開始と共にお越しとは流石エンカンブレンサーというべきか、それともそれを見越して準備をし、騎士団駐留所にフリーシアを連れてきている私の先見の明を褒めるべきか。少しの自画自賛の気持ちで口元が緩んだ。
だけれども報告が気にかかり緩んだ口元はすぐに引き締まる。
なぜならソフィア・サルバドール・クレイトンであれば、少なくとも20~30人ほど引き連れてくるはずで、想像していたよりもずっと少ない人数だったからだ。
「ちなみに……お呼びになっているお方は? 副隊長殿か?」
「いえ、小隊長殿です!」
「……は?」
「『ミレーネと言えばわかる』と言付かっております!」
少しの記憶を辿り、当該人物に辿り着いた。
『ミレーネ・バーガラ・ミリガン』我がトレンティーノ領の隣、ミリガン領を治める貴族の娘。
友好関係は悪くなく、私が領にいた頃には茶会等で彼女の姉妹含めそこそこに交友もあった間柄。
「すぐに向かおう。
すまないが私が連れてきたメイドに、私が呼んだら顔を出せるよう近くに控えるよう言付けておいてくれ。」
「了解しました!」
すぐに動き出した部下を見て自分も会議室へと動き出す。
急ぎ足で移動し、会議室の前で一度立ち止まる。
言付けで聞いた通りにミレーネ小隊長が相手とは限らない。詐称している可能性もあるし、一度しか会っていない私が顔を忘れている可能性も考えて部下に当人が紛れ込んでいる可能性だってある。
扉の向こうに得体のしれない化け物がいるような気持ちに少し躊躇する。だけれど一拍だけ目を閉じて口を開く。
「マイラ・ナバロ・トレンティーノ。参りました。」
扉に声をかけると会議室の内側から開かれ、そしてその先には地味な茶色のフード付きローブを纏い、記憶よりも少しだけ大人びた微笑みを顔に設えたミレーネ・バーガラ・ミリガンの姿があった。
フードは外されており、大きな三つ編みに編んである赤毛を横に垂らしており、まだ年若いにも関わらず落ち着いた雰囲気を漂わせている。
「マイラ様。お久しぶりでございます。」
「ミレーネ様。本当にお久しぶりです。いつ以来でしょうね。」
微笑み返しながら会議室へと入り、その中の人を見回すと、5人ずつ両端に別れミレーネの傍に1人が控えている。皆が同じローブを身に纏っているがフードは被っておらず人相は確認できた。だが、ざっと見たところソフィア・サルバドール・クレイトンの姿は見当たらない。
怪しくない時間の内に検索を終了し前を向くとミレーネが話し始める。
「最後にお会いしたのは私が騎士団に入った時の御挨拶でしょうか……本当に月日が経つのは早うございますわ。」
「本当に。……なんだか以前よりもミレーネ様の雰囲気が変わったようにも感じます。」
「ふふ。エンカンブレンサーでは学ぶ事も多いですからね。ですがマイラ様もナイトとして随分と成長されたのでは? 最近のご活躍は耳にしておりますわ。」
「大したことはございません。何はともあれ、ようこそおいでくださいました。私が連絡を行ってから即時王都を出られたのではないかと思うほど早いご到着。さぞお疲れでしょう。」
「えぇ……ソフィア様の命令ですからね。みな一所懸命にもなりますわ。」
少しだけ角が取れた様な微笑みを見せるミレーネ。
その笑顔は見知った昔の彼女の姿を思い起こさせる。つられて自分の笑顔の微細な角も取れるような心地になった。
「では、まずは休憩でも取られますか?」
「そうですわね。任務を終わらせたら休憩に付き合ってくださいな。昔を思い返してお茶でも楽しみましょう。
ということでその為にもソフィア様からの命令を早速こなさせて頂きますわ。」
「ちなみにソフィア様の命令内容をお伺いしても?」
「かまいませんわ。マイラ様が予想している通りの内容でしょうからね。」
ミレーネはクレイトン家の竜を象った家紋の入った封印のしてある書面を懐から取り出して言葉を続ける。
「私が受けた命令は
『地竜の鱗を受けとり書面をヴィニス・アークラム・ハギンス氏に直接渡す事』
そして『地竜の鱗と天秤に計るような人物がどのような方か私の小隊で確認する事』
最後に『地竜の鱗を確実にソフィア様に渡す事』ですわ。」
少しだけ自分の中で命令の内容を反芻し口を開く。
「『その人物を勧誘する』は入っていないのかな?」
「安心してくださいませ。まったく言われておりませんわ。
そもそも、わざわざエンカンブレンサーに声をかけるのに逃げないよう囲い込んでいないはずもないでしょう? もしそうでないのなら私の独断で勧誘してもよろしくてよ?」
「ご自由にどうぞ。」
「ふふっ、しても無駄そうですわね。
さて、それではお仕事を済ませましょうか。」
ミレーネの言葉にすぐさま事前に準備して懐に忍ばせておいた普通の地竜の鱗を1枚差しだす。
すぐにミレーネは受けとり、確認もせずにそのまま懐へと入れて口を開いた。
「それではヴィニス・アークラム・ハギンス氏のところへ参りましょうか。」
「今から? 勧誘相手の確認は後で良いのかい?」
「えぇ。そちらの件はお茶をしながらでも大丈夫な方でしょう。」
「まぁ、そうだけど……」
「ヴィニス氏にはお時間を頂く約束は取ってありますからね。
もしマイラ様がお忙しいようでしたら私達だけで動きますが、いかが致しますか?」
既に流れに乗せられているような感覚を覚えながらも諸々の確認の為にも流れに逆らわない事にした。
「折角友人の仕事ぶりが見れる機会だ。喜んでお供させて頂こう。
外に出る準備をするから少しだけ時間を頂けないかな?」
「もちろんですわ。」
ニコリと微笑みあい、すぐに踵を返して会議室を出る。
自室へと向かいながら頭の中で状況を確認する。
今回想定していた最高の事態はソフィアが来ずに使者だけが来る事。逆に最低の事態はソフィア本人が来る事。
だが実際はそのちょうど中間といってもいい具合だ。
使者として見知った貴族が小隊を率いてやってきた。そして最悪の事態に備えて想定していたやり取りを儀礼的に行っている。
そんな現状を思うと違和感から自然と顔が歪んでくる。
「何か問題でも起きましたか?」
後をついて来たフリーシアの声。
平気な顔をしているけれど、まだ子供と言ってもいい年頃であり、自分の命運が握られている状況でもあるから気にならない方がおかしいだろう。
「……いいや、まったく問題が無い。友人が来たから彼女ならどうとでも丸めこめるだろう。」
「そうですか……」
少なからず緊張していたのか息を細く吐きだすフリーシア。
少しの安堵の気配を感じ、それに引っかかるような物を覚えた。
「そうだね……
まるで『まったく問題を起こす気がないから安心しなさい』と言われているような気すらしてくる程だよ。」
「……といいますと?」
「分からない。
だけれど…………何かがおかしい気がする――」
--*--*--
「やっぱりおかしい。」
アリサの疑問の声。
そんなアリサの下には切り伏せられ絶命した熊の姿があった。
到底二人では成し得ない成果に、私もうすうす感じていた疑問が具現化したような気になってくる。
「そうよねぇ……やっぱりおかしいわよね……」
「そうよね? 姉さんもやっぱりそう思うわよね? 鍛錬したとか云々じゃ言い訳にならないくらいだもん。」
「ど、どうかしました?」
相変わらず布で顔を覆っている事で顔が見えないけれど、明らかにこちらの気分を伺っている事が分かるマコトくんに笑顔を返す。
「う~ん……悪い事じゃあないんだけれど、端的に言うと私達の調子が良すぎるのよ。」
「は、はぁ。」
「例えばだけど、さっきアリサが切った熊がいるでしょう? 以前なら7人くらいで結構しんどい思いをして戦っていたの。
なのに今は私とアリサだけで勝てたじゃない? しかも二人そろって余裕まで結構ある。
こんなのカーディアでも屈指のハンターじゃなければ出来ない事なのよ。」
「お、お~。屈指。」
拍手をしてくるマコトくんに合わせて小さく拍手をしながら笑顔を返す。
「問題は私達が、その屈指のハンターと皆に覚えられるような技量じゃなかったって事なのよ。」
「ん? それは……勉強の成果とか?」
首を傾げながら言葉を放つマコトくんの解釈の遅さに少しイラつきを覚えたようなアリサが口を開く。
「違うわよ。それだけじゃ説明がつかない程ってことよ。」
「うっ……?」
「もうアリサ? 貴方も言葉が足りていないわよ?」
態度に少し詰まったような雰囲気を見せたマコトくんをフォローする為に強めに声を出す。
すぐに笑顔で向き直り続ける。
「ゴメンねマコトくん。
私達が本当にピンチにならない限りは手を出さないで見守って欲しいとお願いしたでしょう?
それは敢えて前と同じようなやり方をしてみて具体的に自分に起きている違いを確認してみたって事なの。
例えば私も以前までと同じように火の魔法だけを使って攻撃を繰り返したの。でも全然疲れていないのよ……これまで以上に沢山魔法を使ってみたりしたのにも関わらずね。」
「は~……」
説明に納得したように口を開けて顔を縦にゆっくりと動かすマコトくん。だけれど特にこれと言った深い興味はなさそうな返事にも見えた。
これ以上の説明は必要ないと判断し、整理する為の自問自答に戻る。
小さな獲物の狩りでは分かり難く大物まで狩りをした結果として、明確に自分自身がこれまでとは全く違うという印象を私もアリサも持った。
その印象を持った原因は、彼が助けてくれることが分かっている命の心配が要らない安心感があるのも大きいだろうけれど、それ以上に感覚として以前よりもずっと魔力を使っていないような気がする。
「ねぇアリサ。魔力の余裕が違う印象はある?」
「ある。……大いに。」
「一緒ね。やっぱり魔力量が増えている?」
「感覚としてはそうだけど、増加量が異常過ぎると思う。」
『異常』という言葉を聞けば、すぐに思い当たる人物に問い掛けてみることにした。
「ねぇマコトくん。貴方は魔力の譲渡とか増加とか、そういった事を私達にしていたりする?」
問いを受けてすぐに口をすぼめ、しばらくしてからすごい勢いで首を振り始めた。
察するに最初は言っている意味が分からず、その後は私達に何もしていないという事を強調したかったのだろう。
「い、いえいえいえいえ、そんなのやり方とか分からないんで! すみません。」
「そう……でも私達の魔力が増えているのは多分貴方と出会ってからなのよね……原因は何かしら……」
「あ、すみません。」
「謝る必要はないのよ? 私達だって魔力量が多い方ができる事も多いんだし。ただ……自分の身体の事だから気になって。」
『身体』という言葉に反応して、マコトくんが私の胸を見ているのが分かる。
目を隠していようが、見ている時の雰囲気は皆同じだ。
「う~ん……」
なので敢えて腕を組んで胸を持ち上げておく。
「な、なにか、その、他の違いはないんですか? 何かそう言った魔力増加的な物を持ってるとか?」
あまりにあからさまに見せつけたせいか頬を掻きながら明後日の方向に向き直って慌てながら取り繕ったように喋るマコトくん。こういう反応をするのは子供みたいで可愛いと思ってしまう。
気づかないフリをしながらアリサに問い掛けてみる。
「どう? アリサは何か思い当たったりする?」
一点を凝視するような顔のアリサ。
こういった顔の時は真剣に考えている事が多い。
「マコトくん自身が影響している可能性もあるけれど、感覚的には家にいる時も何となく余裕はある気がしたのよね。」
アリサの思考のヒントになるかもしれないと、自分の気づいた点や気になった変化を口にしていくと、アリサの視線がこちらに向いた。何か思いついたのだろうと思い口を止める。
「姉さん。獣の素材って魔道具になるのよね?」
アリサの言葉にチラリとマコトくんを見ると、口を開けてアリサの方を向いている。多分興味が惹かれたのだろう。
「そうね。獣の素材が魔道具に利用される事も多いって話よね。」
「魔道具!?」
「私が使った矢は火の魔法を増幅させて爆発を起こしていたの。その原材料は骨らしいわ。」
テンションが急上昇したようなマコトくんの声にすぐに補足説明を始める。
「ふぉ! キタコレ! 魔道具キタコレ! そりゃあ魔法があれば魔道具もありますわな! 魔道具! おおおいい響き! 魔道具といえばロマン武器! うぇへへへ!」
無駄に嬉しそうになったマコトくんを無視してアリサが口を開く。
「高価なものほど魔道具の材料としても利用価値が高い場合があるって話よね。」
「そうね…………あ。」
アリサの『言いたい事分かるわよね?』という目に気づいてしまった。
私はマコトくんにペンダントヘッドに加工してもらってからずっと着用している変色した地竜の鱗を取り出す。
そしてアリサもポケットから変色した地竜の鱗を取り出していた。
「「 コレ? 」」
疑問を感じながらも、どこかで確信めいた気持ちになる。
「アトリエ! コレはもうアトリエを作らねばならんでござるよ! ふひひひ!」
私達の疑惑を無視してマコトくんは変な声を出し続けていた。
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ミレーネとマイラがニッコリと微笑み、ヴィニスが青を通り越して顔を白くしている頃、そして、テオとアリサが自分達の疑問から、ある事実に気づき始めたのと時を同じくして、カーディアの街の中を全速力で2人の男が走っていた。
「おいおいおいっ! 本当なんだろうなペリーよ! 嘘だったらぶん殴るからなっ!」
「んな面倒くせぇ嘘つくかよ! わざわざ連絡してやったってのになんて言いぐさだよクソハーディックが! もうてめぇにはなんも教えてやらんからな!」
「悪かったっ! 許せっ! もうそうでも言ってねぇと落ち着いてらんねぇテンションなんだよ!」
「へへっ気持ちは分かるぜ! なんてったって俺達の命の恩人かもしれねぇしなっ!」
「ハンターギルドに現れるとか、やっぱりハンターだったんだな!」
「一応ケイスに足止めを頼んでるがとにかく急げよ! アイツじゃあ煙にまかれるのも時間の問題だ! 銀髪の魔法使いなんてそうそういねぇぞ!」
「おうさっ! 本当に命の恩人ならきっちり礼を返しとかねぇとな!」
「応ともよ!」
笑顔で走る二人。
だけれどもペリーの笑顔は徐々に鼻の下が伸び始める。
「なによりも……美人が3人だからなぁっ!」
「美人なら朝から晩まで是非お礼をご一緒にぃっ!」
「「 うわははははははっ! 」」
バカが二人全速力で銀髪の魔法使いの下へと走っていた。




