6 初めての人との接触
「うぅ……ぐすん。」
貯蔵庫の前で獣よけのたき火をし、こぼれおちる涙をグスグスと拭う。
思い出の詰まったツリーハウスを焼却してしまうつもりは無かったのに、怒りのあまり燃やしてしまった自分の愚かさに絶望しているのだ。
「あぁ……折角作った服が……愛ドス人形がぁぁ……」
家を失ったダメージは大きい。
だが、もっと大きなダメージとなったのはパンツの消失。そして推しキャラを模して作ったフィギュアの消失だった。
2ヶ月の苦心の末にゴムひもを作りだし、ゴム内蔵式のパンツは自信作だったのだ。
履きやすく脱ぎやすい。それでいて洗濯にも強い。
虫の繭で作り熱には強かったはずなのに、怒りの炎が強すぎて焼失してしまったのだ。
フィギュアは、魔法を駆使し寝る間も惜しんで一週間かけて作り上げた1/3スケールのキャラクターフィギュア。
乾燥した木を削ったからある意味仏像的な感じになっていたけれど、あれを拝む事……そして抱いて眠る事は精神の大きな支えだった。
「ぐっ、ふぅ! おえっ……」
悲しみのあまりえづく。
それほどに悲嘆の爪痕は大きかった。
悲しみに横に崩れると、チャリっと銀貨が落ちる。銀貨を手に取るとふと盗人パーティのキツ目ポニテさんが愛ドスのヒロインに似ているような気がしていたことを思いだす。
意思の強そうな目、融通の利かなそうな雰囲気。男なんて興味ないわ殺すぞ的な堅物委員長オーラ。
3次が2次に敵うはずもないけれど、どことなく持つ雰囲気が近い様な気がする。
いやここは異世界なのだから、もしかすると本当にアニメに近い人なのかもしれない。
「うぅ……ポニテさん……」
絶望の余り2次と3次がごっちゃになり、俺はいつしかポニテさんに会いたくなっていた。
「でも街……こあい。」
思い悩みながら、悩める夜は更けてゆく。
--*--*--
あれから3日が経った。
未だ思い悩み動けずにいる。
--*--*--
5日が経ち、ようやく家の消失に納得する。
あれは不幸な事故で、犬にかまれたと思うことにした。
そして、焼失したフィギュアの代わりにポニテさんの事を考えすぎて、ポニテさんはきちんと脳内恋人へと進化。
もちろん想像だけだから問題はない。
だけれども妄想力が日々豊かになってゆく自分自身に少しの危険な香りを覚えずにはいられなかった。
なぜなら、もうすでに脳内恋人は文句を言いながらも俺にご飯を作ってくれるほどになっているからだ。
--*--*--
7日が経ち、ようやく街へ向かう事を決める。
決心した理由は、あまりにポニテさんを焼失フィギュアと同一視してしまっている為、いっそのことポニテさんを視姦するが如く注視していれば、すぐに3次に絶望するに違いない事に気が付いたからだ。
3次に興味を引かれるなど、アニオタにあるまじき行為なり。
街に向かうという行為は俺の精神の治療の為には必要なのだ。
「よ、よし! ちょっと入口に近づいて帰ってくる。それが目標でござる!」
自分の着ている服を見直す。
焼失当日に着ていた自家製ゴムパンツに黒い鹿的な革から作ったズボン。
蜥蜴の革で作ったブーツに、白い豚っぽい動物の革で作ったインナーと、3倍速い赤いクマの毛皮で作った外套セットのマイ一張羅。
赤い熊毛皮は陽にあたると赤く見えるというファンタジー仕様になっていてお気に入りだ。
植物由来のシャツも頑張って布を作ってハウスに保管してあったけど燃え尽きた。
あぁ泣きたい。
どれもきちんと洗い、ドライヤー的に乾燥した風を魔法で作りだし、しっかりと綺麗な状態になっている。ただ洗ったせいで革が少し硬くなってる感があって、やっぱり泣きたい。
「ま、まずは、い、入り口に近づく。そして近づいたら街道の人を観察して、拙者が着ている服とかにおかしいところとか、街の人が違和感を感じるような点が無いかを確認する。
すぅぅ、はぁぁ……ああ、緊張してきた。」
頬をパンと張る。
「ええい! こんなことでは愛ドスのファンとして情けない! 踏ん張るでござる! 行くでござる!」
街へと向けて駆け出した。
--*--*--
「自然に……自然に……すぅぅ……はぁぁ……」
めいっぱいに深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
それでも気が治まらないけれど、こうして10分以上固まっていても仕方がない。
頭では分かっているので頑張って気合を入れる。
「……よしっ! 向かうでござる!」
大きな一歩を踏み出した。
と言っても。
森から平野に踏み出しただけである。
なお、街はまだ2キロ程離れていて遠い。
平野をずんずんと歩き街道に乗る。
街からこれだけ離れていると、そんなに人の姿はない。
「むふぅん! いざ向かってみればチョロイもんでござるな!」
『やれた!』という自信に鼻歌の一つも出そうな気分になり、歩くスピードも人並みに早くなってゆく。
「おっ……」
街の方からの荷馬車が街道を進み、こちらへと向かってくる。
操舵している人の服を見れば麻布なんかで作った服や革のベストを着て、帽子をかぶっていた。
近づいてくる操舵手の姿。
自然と俺の目は『見ていませんよ』という風に平野へと向く。もちろん横目で操舵手は見てしまう。
操舵手がすれ違い様に軽く帽子を取って会釈をしてきた。
俺は驚きのあまり、慌ててちょっとだけ頭を下げて礼を返す。
すれ違ってしばらくして振り返ると、荷馬車はそのまま街道を進んでいた。
「あ、怪しくなかったでござろうか……いや、大丈夫だったでござろう。ふぅ……」
額に浮かんだ汗を拭い前を向く。
荷馬車に気を取られていたが、気が付けば、かなり街に近くまで来ている。
「むぅ?」
ここまで近づくと街に入ろうとしている人達が、門番らしき人間と会話をし一人ずつ街へ入っている姿が見えた。
「こ、これは……街に入るに当たって何か証明書なり、なんなりが必要なパテーンのヤツなのではないでしょうかぁ!」
衝撃の事実に立ち止まる。
そして踵を返した。
「ムリムリムリ。拙者何も持ってないもの!」
街へ向かうよりも数倍のペースで森へと歩く。
「でも……とりあえず何が必要なのかとかだけでも聞いておくべきじゃなかろうか……」
立ち止まり思案し、再び踵を返す。
ゆっくり街へと向かう。
この後、結局また人の姿に立ちすくみ、3往復して悩んだ結果、最高尾に並んでいる人に声をかけて質問してみる事で腹が決まるのだった。
重い足取りのまま街の門へと向かう。
--*--*---
私はフリーシア。
仕えるお屋敷のお嬢様が『街の外の花がみたいわ』と戯言を言ったせいで、わざわざ街の外にまで花摘みに向かわされる事になった可愛そうなメイド。
お屋敷が大きくメイドも多いから私一人が外に出たところで仕事になんの問題も無いけれど、街の外で花を探すなんて仕事は、折角メイドとして働けているのにやりたがる人はいない。
理由は簡単。
安全なお屋敷と比べれば街は無法者も乱暴者もいたりして力のない女子供には危険が多い。
街の外は夜になれば野犬が徘徊するし、昼だって完全に安全とは言い難い。
だからこそ折角安心できるお屋敷で働いているのに、外に出たいと思うわけがない。
つまり現状は一番年若く下っ端の私が面倒な仕事を押し付けられただけ。
私自身、立派な生まれでもなく、街の中で育ちこれまでに街の外には何度か出たことがあったから花探しなんて問題にはならなかったけれど、どうせお嬢様は『あら。存外見れるわね』とか『街の外はそんなものよね』程度の感想で捨ててしまうだろうから、まったく無駄な仕事をしているような気分になってくる。
これならまだ奥様の愚痴にでも付き合う方がマシ。
奥様であれば愚痴に付き合えばお菓子をくれたりする。今回の仕事で私が貰えるのは、どうせ自分で採ってきた花くらい。
溜息をつきつつ再入場の為の列に並ぶ。
城壁で囲まれたカーディアの街に入るには入場税がいる。
街の外の者は入場の為に、その都度税金を支払う必要があるけれど、住人の税金は割安になっている。それに私のようにちょっと出るだけで、すぐに戻る場合は、使い回しの証文を受け取って、それを返すことで税を払う必要もない。
使い回しの証文を手に取り眺める。
「―――――ぁ」
私の後ろに並んだであろう男の声が聞こえた。
厄介な人間だと面倒になると思い、ひとまず目を向けて人となりを確認する。
思わず顔が歪んだ。
歪んだ理由はその男の姿が異様だったから。
革の服を多く纏っているけれど、どれも着る事が出来ればいいというような最低限の加工しかされていないような雰囲気。まるで街の中でのスラムにでもいそうな服を着ている。
髪も整っておらず、誰かに切ってもらった事すらなさそうな風体。ちらっとみた感じでは、目も前髪に隠れて見えなかった。
乱暴者が好みそうな恰好。
第一印象はそれ以外の何物でもなかった。
街にはこういった革を誇らしげに着て自分の力を誇示するような輩もたまにいる。
私はすぐに目を逸らし前を向く。
「――ぁ……」
また、後ろの男が声を発したような気がした。
あまり関わりあいにならない方が良い手合いだろうけれど、もしかすると自分に声をかけている可能性もある。
そういう輩は無視すると、一層厄介になることもままあるから、少しばかりお屋敷の力を使って私に関わり合いにならない方が良いと分からせておけば、この後が随分静かになって良い。
もしこの男が声をかけているのであれば、そうしようと再度ちらりと目を向ける。
すると、男はまごまごと戸惑うように、自分のお腹の前で右手をわきわき動かしていた。
よく見れば、旦那様より長身で見上げる程の身の丈がある。身体の大きさも貧相には見えない。にも関わらず、まるで幼子のように戸惑っている男の様子は、いかにも小心者のように思え、少し警戒心が薄くなってしまう。
改めて観察すると、やはり私に声をかけようとして戸惑っている風に見える。
「ふっ」
つい、鼻で笑ってしまう。
「フグッ――」
男が変な声を出した。
その反応に口角が吊り上る。
私は将来美人に育つ事を見越してお屋敷に囲われているメイド。
貴方のような小汚い男と交わす言葉は無いのよ。
そう言ってしまいたい気持ちが疼く。
「あら?」
嘲りの気持ちから、この小心者の男を苛めてやろうかと思い、よくよく見てみると、革自体は作りは荒くても清潔で、またとても上等な部類の素材に見えた。
もしかして外套として着ている毛皮は、もしかして旦那様が王城に上がる際にお召しになる赤熊の毛皮?
いえ、まさか旦那様が年に数回だけしか着ないような服を、こんな男が――
じっくり見ようと思ったその時、一陣の風が吹き、男の前髪が風に流れ、素顔が見えた。
「ぴゃあああああああああっ! いけめぇぇんん!?」
私は無意識に叫び、そして私の叫び声に驚いたイケメンは脱兎の如く逃げだしていた。