58 お酒
パンツ素材収穫祭という名のカーニバル。
マコトの信念によりもたらされた狂乱に森は震えた。
奇跡を諦めない気持ちで手に入れた『万里を見通す眼』は、ありとあらゆるマンモレクの繭を見つけ出し、森奥地の貯蔵庫までの道すがら、狂乱の狩人マコトによって手当たり次第の繭狩りが実行されたのだ。
手当たり次第に行われた理由は、マコトが翌日には街に帰る旨を約束していた為、時間を精一杯有効に使おうと全力でのパンツ素材収穫が行われた。
自分のパンツだけであれば、こうはならなかった。
だが今は履いてくれる人がいる。作ったパンツを履いてくれる女性がいるのだ。
ヒモパンだけでなく、ゴムを組み込んだノーマルパンツに、レース状に切り込みを加えて加工した大人パンツ……ローライズ、ハイレグ、ブラジリアンカットにTバック。素材さえあればどんなパンツでも作ることができる。
パンツ。
普段隠れている場所だからこそ、何を履いているのだろうと想像できる楽しみが増えるのだ。
『えぇ? そんな恰好なのに、今そんなパンツを!?』と、年収が低すぎることを嘆く人のように両手を口に当てて驚愕できるのだ。
その喜びは何にも代えがたい。
「ふへっ。」
笑いを漏らしながら妄想を滾らせる。そして妄想は行動力へと直結する。
つまり全力での行動だ。
マコトの全力の移動となれば森に住むありとあらゆる生物達が異変と感じ取らないはずもなかった。なにしろ地竜よりも恐れるべき生物が凄まじい勢いで移動を繰り返しているのだから。
幸いな事にまだ冬眠前の動物が多く、その影響が限定的だった事は救いだろう。
だが限定的ではない影響もあった。
特にマンモレク。パンツ素材として狩られるマンモレクの繭を生み出す虫。
マコトは『乱獲』が後々の素材回収の不調につながり、繭が手に入らなくなる可能性が生まれる事を知っていた。だからこそ修復可能なギリギリだけ切り取り、無駄に殺す事はしなかった。
しかもマンモレクの繭を切り取る際も、排出口を作って中の虫を優しく水で押し流すほどだ。
だがいくら優しく排除して収穫していると言ってもマンモレク達にとってはそうではない。
普通であれば自分たちに近寄ってくる敵はなかったが、それが襲われているのだ。マンモレク達の中には危険を感じて繭に寄りつかなくなり逃げ出すものや、流された事で居場所が分からなくなったが為に彷徨いはじめるものが出始める。
そしてそれらのマンモレク達は新たに集い群れを成し、そして家を作る。
結果としてマンモレク達は生息範囲を広げる事に繋がるのだった――
「ふふふふ、大量大量っ! これだけあれば風呂敷替わりに使ってもよいでござるなぁ。
綺麗に洗ってから肉を包んでもいいかもしれんでござる。ふふふ~ん♪」
マコトから見れば『お蚕様』とでも言うべき虫。
増えることは良い事。
――だけれども、その他の生物から見れば、隠れる事も難しく見つかれば骨の髄までしゃぶりつくされる恐るべき肉食虫。
森の奥地に築かれていた生態系は緩やかに崩壊の道を辿る。
そして崩壊後、新たなる進化をもって森の形を作り上げることになるのだった。
--*--*--
カーニバルを終え、大量の繭を手にして貯蔵庫へと辿り着いたマコト。
運よく手のついていなかった貯蔵庫から大量の繭を風呂敷代わりに使って保存食である肉や果物を運びやすくまとめ運び始める。
7トントラックにぎゅうぎゅうに積み込まれるであろう量を背負子に背負い、ジャンプを繰り返して地竜の素材をしまった街近くの地下貯蔵庫の隣に同様の貯蔵庫を新たに作成して運び込む。
移動自体の時間はそうかからなかったけれど運ぶよりも運んだ後の整理整頓に手間取り、新たな貯蔵庫に土魔法で蓋を閉じた時には、もうテオ達と別れてから翌日の夜になっていた。
帰る約束をしていたからこそ、なんとか間に合わせて作業したという感じはあったけれど夜通ししっかりと働いたという充実感は代えがたい物があった。
肉体的な疲労は無いに等しくとも、精神的な疲労はやはりある。そして充足感も。
精神的に溜まった疲労を癒すべく、さっさと銀流亭に帰って一杯やって眠りにつきたい気持ちから一つ伸びをし、スキップをしながら街に戻り始めるのだった。
--*--*--
城壁を外から眺めるその目には懐かしさが宿っている。
だが、瞬きの回数だけが尋常ではない。
「……どうやって……入ろう。」
そう。
出る時はテオに手を引かれて出てきた。
入る時には税が必要だったり、税を免除する証文が必要だったりするのだが、そういった手続きは全部人任せで一切自分ではやっていない。ただ見ていただけ。そのツケが瞬きの回数という動揺となって現れていた。
正直なところ、テオ達とだけしか話せていないし詳しい街のシステムは全然理解できていない。
街に入る時に何かしらヘマをしたら目立つ事になりかねない。
そうなりたくない心が後ろ髪を森へと引っ張る。
だけれども美味しいご飯。ふかふかのベッドに温かいお風呂が街にはあるのだ。
そしてパンツを作ったら履いてくれるかもしれない女性達。
足は街の中に入りたくて仕方がなく、上半身と下半身の間で葛藤が起きる。
「マコト様!」
聞き覚えのある声に、まるで飼い主に呼ばれた犬のようにその声のした方を向くと、なんとそこには笑顔で手を振り走ってくるフリーシアの姿があった。
パァっと顔が明るくなり、つい嬉しさから走り始める。
「マコトさっまぁ~」
「ふり~しあ~」
時がスローモーションで進みはじめ、キラキラとした背景が似合うような表情でお互いに向って走りあう二人。
まるで運命の名の下に巡り会った相手のように、フリーシアは胸へと両手を広げて飛び、自分も両手を腰につけてピンと伸ばして『気をつけ』の姿勢を取り、直立不動の体勢をとる。
Noタッチの意思は健在なのだ。
だが、向こうから触れてくるのはタッチにはならない。
こちらから触れる事だけがダメなのだ。
勢いよく胸に顔をうずめ、ぐりぐりと顔を動かしながらフリーシアは口を開く。
「あぁ……一日千秋の思いでお待ち申し上げておりました。
会いたかった……マコト様……」
流石に約3日の禁欲生活を送り、ノーブラな上に胸の柔らかさが直接伝わってくる形でフリーシアに抱き着かれながら甘い言葉を囁かれ、さらに仕事を終えた解放感と疲れもあって、身体は正直に反応する。
だが
『Noタッチ!』
頭の中で、戦隊物のヒーローが叫ぶように心が叫び声をあげ、声に反応してすぐに胸を張るようにして腰だけを少し引く。
ロリータには、そういった邪な気持ちを抱いた事も反応してしまった事もバレるのはアウトなのだ。
ただ困った事に、そのロリータは知識を得てしまったフリーシアだった。
もともと目ざとく察しの良いフリーシアが変化に気づかない訳がなかった。
フリーシアはテオの話から、マコトが自分に手を出さないようにしている事は理解している。
だけれど、男が欲望を溜めこむ事を理解し、そして人間が欲望に弱い事を知ってしまっているのだ。
だからこそフリーシアは無邪気な顔で微笑み、口を開き甘く囁く。
「あぁ……マコト様に触れる事が出来るのは、なんと幸せなのでしょう……もうしばらくこのままでいさせてもらえませんか……」
「う、うん。」
「有難うございます……」
そしてさらに強く抱きしめ、押し当てるのだった。
「……おかえり。マコト殿。」
「イケメン殿!?」
「ちっ!」
フリーシアはバレないように小さく舌打ちをしてから離れ、蛇が絡みつくようにぬらりと腕に手を絡ませて表情を取り繕い、隣に控えた。
そして呼ばれ慣れない言葉をかけられたマイラは、困ったような表情を浮かべ、マコトもそれを見て『そういえばこの人の名前なんだっけ!?』と慌てる。
それを察したマイラは笑いながらフォローを始めた。
「私はトレンティーノという名前もあるんだけど……まぁ仰々しいからね。呼びにくくても仕方ないからマコト殿の呼びやすい名前で呼んでもらえればいいよ。ただ流石にちょっと『イケメン殿』っていうのは参るけどね。ははっ。
そうだな……せめて小隊長くらいにしてもらえないかな? それだと呼ばれ慣れてるし。」
「はっ、小隊長殿!」
なんとなく言葉の雰囲気から敬礼をする。
「変わった礼だね。」
笑顔で敬礼の真似を返すマイラ。
「とにかくお帰りマコト殿。とりあえずは無事に戻ってきたお祝いに食事でもどうかなと思って。どうかな? お腹は空いているかい?」
「はっ、小隊長殿! ペコペコであります!」
マイラとフリーシアに連れられて街へ入り、そして一緒に食事に向かう事になった。
--*--*--
お酒には魔物が住んでいる。
マコトの身体は毒に対して耐性を持っているから酒についても耐性がある。だからこそ、その魔物が暴れる余地はない。
だがマコトの性質は、とにもかくにも『流されやすい』
身体が酔っていなくても『酒を飲む』という行為を重ね、マイラの巧みな会話に乗せられる事で『雰囲気で酔って』しまえるのだ。
フリーシアはお世話係として配膳などで甲斐甲斐しく動き、今、自分の相手をしているのはイケメン。
ここ最近色々あった事を理解してもらえるであろう頼れる『同性』なのだ。
『酔う』という魔物が動き出したことで羞恥心は感じにくくなり、そして微塵に残った羞恥心は、テオ達の前で一度、粉微塵に吹き飛ばされてしまったことにより、普段なら言えるはずがない事も言えてしまうのだった。
そんなマコトは、こそこそとフリーシアがいない隙を見て小声で相談する。
「えぇ? ということはアレかい? マコト殿は、テオ、アリサ、フリーシアの3人ともに気があるのかい?」
「そうなんでござるよ……どうしたら良いでござろうか……」
「う~ん……一番気になるのは誰なんだい?」
「うう~ん……正直フリーシアが気になるんでござるが……でももし付き合ったとしても何もできないですからなぁ……」
「なんだかそこがよくわからないんだよね。
フリーシアは手を出してほしくて、そしてマコト殿も手を出したい。なぜ我慢する必要があるのかが分からないよ。」
「13歳は……13歳はアカンて工藤。」
「アカンテクドウ?」
「流石に手を出しやすくてもアカンて……アカンテ……正直手を出したい。でもアカンて……」
鬱々としてきた口調にマイラは話の転換を図る。
「それではテオは?」
「おっぱい。」
マイラは一瞬だけ固まるが、その硬直を悟られることはない。
「う、うん……確かにあの大きさは、もはや暴力だよね。」
「うんむ然り。たわわなたわわでたわわわわ。」
「何をどうやったらあんな大きさに育つのやら……まぁでもテオであれば問題なく手を出せるんじゃないのかい? それにテオもマコト殿に気があるっぽいんだろう?」
「お風呂……なんであの時勇気を出してら入らなかったのかなぁああああ~~……」
「あはは、後悔先に立たずってやつだね。過ぎたことは仕方ないよ。」
「くぅう! あの時! あの時入っていたら! 今頃イケメン殿のようにヤリヤリなウハウハな陽キャ道が開けていたはずなのに!」
「や、ヤリヤリて……いやいやいや!」
「だってそれだけのイケメンっぷりであれば毎晩毎晩ウハウハウハウハなんでござろう! イケメンは毎夜毎夜のパーリーナイで酒池肉林なんでござろう!」
「いやいやいやいやいやいや! 何その偏見!
むしろアレだよ! 実際誘われている分マコト殿の方が、そのウハウハじゃないのかい?」
その声に、しゅんと落ち込む。
「……行動できない拙者を笑ってくだされ……一歩が踏み出せずに、こそこそとしこしこをして見つかった哀れな拙者を笑ってくだされ……」
手に持ったエールを全て呷り、ドンとジョッキを置く。
『……しこしこ?』と疑問に思いつつも直感として『あ、この言葉はこれ以上触れるべきではないな』と直感で感じたマイラは即座にまた話を別の方向に差し向ける。
「ち、ちなみにアリサはどうなんだい? 酔って向こうからキスしてきたのを私も見ていたし彼女も気は……」
「……むぅ。アリサは……美人でござるよなぁ……うへへ。」
フリーシアが料理を持ってきて扉を開く音が聞こえた途端に口を噤む。
直感的にフリーシアの前で他の女の話をすると悪寒が走るからだ。自然と背筋も伸びる。
「フリーシア。マコト殿のジョッキが空だ。おかわりを。
あと肉料理が気に入ったようだから、それも頼むよ。」
「かしこまりました。」
フリーシアが場を離れると同時に背筋は曲がる。
気が抜けると同時に気はアリサの事に戻ってゆく。
「うへへ……」
「その反応だとアリサの事もなかなか悪くないように思っているんだねぇ。彼女はテオやフリーシアと雰囲気が違って、ずいぶんとキツイ方だと思うけれど顔が好みなのかい?」
「顔は……そりゃあ好みでござるよ。雰囲気もキツイとは少しだけ思う程度で好きでござる。」
「うんうん。それはよくわかるなぁ……蔑むような目が似合いそうだものねぇ……」
「……ん?」
「そうは思わないかい? あのアリサに怒られたり叱られたりするのはら、それはそれは楽しそうだ。」
「……ん…んん?」
「想像してもみたまえマコト殿。
彼女に上から目線で叱られるのを、ゾクゾクしはしないかい?」
「ん……ん~……わ、わからなくも~……ないかなぁ?」
「だよねぇ! わかってくれると思ったんだ!」
「お、おん。」
「信頼関係が生まれつつあるからこそ、そこで叱られるという快感! たまらないよねぇ!」
「お……おう……」
マイラによるM談義が開始されるのだった。
「なるほど……なるほど! 愛されているがゆえに叱られるというわけなのでござるな!」
「そうそう! だってそうじゃないか! 叱るなんていうのは相手のことを思っていないとできないことだよ? つまり心の痛みは……」
「「愛されているという事!」」
マコトは変な道の可能性を開き始めた。
「……って、私は何を話してるんだ!」
「えぇっ!?」
突然正気に戻るマイラ。
「お、オホン! すまない! つい夢中になってしまったが、一点相談……いや、報告しておくべきことがあったんだよ。」
「あ、はい。」
「いや、大したことじゃない……とも言いにくいんだけれどもね、実はしばらく1~2週間後くらいかな。王都から人がやってくることになりそうなんだ。
で、その人はとても勘が鋭い……だからその人がこの街にやってきたらマコト殿には森に避難してほしいんだ。」
「避難……でござるか?」
「うん。テオとアリサにも同行してもらうつもりだよ。」
「ふむっ!」
若干テンションが上がりつつ話を前向きに聞き始めるのだった。




