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孤高のハンター ~チートだけれどコミュ障にハンターの生活は厳しいです~  作者: フェフオウフコポォ


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54 一方その頃

 浴室の浴槽を眺める。ただじっと眺める。

 貯蔵庫などでも使用していた魔法の明かりをこの小屋でも同様に使用している為、煌々と照らす光により浴室の隅々まではっきりと見える。


 明かりの原理は魔素自体が一定のエネルギーを持っているという事に着目し、魔力で魔素の一定の流れを作ってエネルギー同士をぶつけ合い蛍光灯のように発光させているのだが、これは銀流亭にも同様の原理を用いた明かりの道具が使われていた事や、そういった魔法を使える女性も多いらしく珍しい物ではないのはテオの談。もちろん魔法で使う場合は短時間の使用が多く、長時間浴室を照らすような使い方はしないと注意はあった。


 そんな光を反射する水面をじっと見る。


「……残り湯……」


 ただ、じっと浴槽を眺める。


 瞬間、くわっ! と目が見開き、素早く手を水面へと突き立て引き抜く。

 天高く掲げたその手にはウェーブのかかった金髪があった。


 紛れもなく、ついさっきまでここでキャッキャウフフされていた証拠がここにある。


 静かに目を閉じ思い返すと、すぐに思い浮かぶのは、半裸のフリーシアと、そして手に取った金髪の持ち主であるテオの姿。


「……んっふ。」


 発送作業員が既に発送の伝票の作成まで済ませていて発送準備は万全な状態だ。後はトラックがやってきて積み込みを待つだけになっている。


 だが目を閉じて神経を集中すると聞こえてくるのは微かな女性の話し声。

 壁一枚向こうでは女性陣がいるのだ。

 そしてこの小屋に『鍵』という概念はない。ただ二枚の扉があるだけ。


 トラックを作業場に付けて積み込み作業をしている時に急に扉が開く危険性はある。

 なにしろフリーシアは背中を流すと言っていたのだ。余りに防御力が低い。低すぎる。


 だが……その緊張感こそが逆にゾクゾクとしたスリルを生んでいる事に気が付いてしまった。


 土魔法で生み出した小屋なのだから、扉を接着し完全に開く扉のない状態、まるで箱の中にいる状態にする事も可能なのだ。

 だけれど、それでは完全防御の状態でスリルを感じる事は出来ない。完全に安全な状態での積み込み作業など、やろうと思えばいつでもできるのだ。


 だが、このスリルを味わうのは『今』しかできない。『今』しかないのだ。


「…………ふぅぅぅぅ……」


 口から細く息を吐く。

 換気口からは変わらず小さく声が聞こえてくる。


 囁きに耳を傾けながら静かに目を開き……左手に持った髪の毛を鼻に近づけて目を閉じ、大きく鼻から息を吸い込む。

 途端に脳内の半裸のフリーシアとテオが動き出す。


 積み込み作業を開始した――




--*--*--



「ふぅ……」


 口から小さく息を吐く女の姿。

 テーブルの上の茶は既に冷めている。


 脳裏に浮かぶのは今日訪ねてきた使い。ヴィニス・アークラム・ハギンスの使いの言葉だった。


「どうしたものかな……」


 マイラは行き詰まった心を晴らしたい一心で一人ごちる。


 テオやアリサと真に協力関係を構築する事になった会議の前から、フリーシアの以前の雇い主がフリーシアを探している情報は掴んでいた。

 そして自分の屋敷に出入りするようになった頃に既に対策の一つとして、メイド一人を譲り受けるには過ぎた金銭での解決を提示する腹積もりと準備をしており、会議の日には使いを出しておいたのだ。


 だが今日、騎士団の訓練と業務を終え屋敷に戻ったマイラを待っていた使者はそれを拒否してきた。


 しかし、これはある種予想通りの反応であり、頭にあった最大限の上乗せした金銭での解決を使者に提示したところ、これも即時明確に拒否してきた。

 たかがメイドには過ぎた金銭の提示に関わらず、使者が持ち帰りもせずに即答での拒否したのをみて、金銭での解決は難しい事が否応にも理解できてしまう。


 使者は礼節は弁えながらも明らかに雇い主の方が権力を持っている事を匂わせており、事実、このカーディアという都市においてはその通りだった。


 ヴィニス・アークラム・ハギンスという貴族は、カーディアにおいて水運ギルドを統括管轄しており、この都市の物流において強い権力を有している。

 物流に強いという事は領主からの信頼も厚いという事であり、対して、まだ姉妹の代えの存在している辺境の人質である自分との差は大きかった。


 フリーシアは自らの意思で辞めたから本来縛る事はできない。だけれども貴族達にとってはそんなものは関係の無いもので、今現在の事実としてフリーシアを囲っているのはマイラである。それを理解しているからこそマイラも金銭での解決をわざわざ提示したのだ。それもたかがメイドには過剰な金銭で。

 だけれどもそれでの解決は不可能だった。


 一番波風の立たない解決法を消された事で、溜め息の一つも漏れてしまう。


「早急に解決させる方法としては……フリーシアを戻す事……」


 使者は手塩にかけて育てたメイドの価値を謳っていたけれど、フリーシアからの聞き取りでフリーシアの価値は夜の務めにある事は明白だった。

 だからこそフリーシアを一時的に戻し、ヴィニスが飽きるまで務めを果たしてくれば執着も薄れ金銭での解決も図り易くなる。


 使者の動きが早かったのも、おおよそ銀流亭で男の世話をさせている情報をヴィニスが掴んだからだろう。

 まだ朝昼の世話係でしかない事から、夜の世話を始め、誰か別の男の手が付く前にフリーシアを物にしたいのだ。


「……まったくもってバカらしい。」


 どうでもよく思える理由に思い悩む思考を放棄したい気持ちから背もたれを鳴らし頭を掻く。


 思考を放棄したい。だが放棄は出来ない。

 マコトとフリーシアが出会う前なら拉致でもなんでも黙認しておくこともできたけれど既に二人は会ってしまった。

 この街において数少ない知り合いであり、そしてマコトの視点で考えれば盲目的なまでに自分を慕う少女。可愛くないはずもないだろう。


 この現状で可愛いと思っているであろうフリーシアを引き渡したとなり、それを知られでもしたら間違いなく汚点。

 信頼関係を築きたい相手に『深く関わらない方が良い』という風に思われるような事は避けたい。


 だが、避けることができるかと言うと状況は芳しくない。


 背もたれを開放し、テーブルに肘をつき頭を抱えながら再度解決に向けての思考を進める。


 フリーシアをヴィニスの所へ戻す事も出来ない、拉致もさせてはいけない。そして金銭での解決もできないとなれば残された解決方法は『ヴィニスよりも権力を持つ人間に仲介を頼む』というのが一番効果的だ。


 そして騎士団の訓練で王都に居た事もあり、人脈を辿る事はできるし、仲介できる人物に心当たりもある。

 仲介の謝礼として不相応にも思える『赤熊の毛皮』や『地竜の鱗』といった手持ちの材料も十分にあり、心当たりの人物に至っては『地竜の鱗』であれば飛びつかんばかりに喜んで首を突っ込んでくるだろう。


 だけれども万が一、心当たりの人物である厄介者が首を突っ込んできてマコトの存在を知られでもしようものなら本末転倒になってしまう。


 権力もあり、力もある者に逆らう事は出来ないし、マコトがそっちに興味を引かれてしまう事もありえる。まだマコトを引き止める程の信頼関係も構築できていないし、当の厄介者がマコトを知れば蜘蛛の糸に引っかかった蝶の末路のようにマコトをあらゆる面で雁字搦めに縛り上げてモノにするだろう。


「本当に魔女だからなぁ……あの方は」


 頭に思い浮かぶ魔女。

 このアルスターの国、王都ライトリム騎士団、別働隊『エンカンブレンサー』副隊長の姿。


 王都の騎士団は魔法使いだけで編成された隊も多くエンカンブレンサーの隊も魔法使いだけで構成されている。つまり女性だけの隊。

 その副隊長で齢は60を超えるという長寿。にも関わらず魔道具や趣味の研究の下、30代の美貌を保っている魔女であり夫の爵位は高い。


 自身も魔法の素質からナイトではなく、魔女にエンカンブレンサーとして勧誘された事もあり面識はある。

 だが逆に言えばその程度の面識でしかなく、わざわざ助力を求めれば腹は探られるのは確定しており、まして現在は平時。

 冬を前にして戦争の匂いは少なく暇を持て余している可能性も高いからこそ面白がってカーディアまでやってくる可能性すらあるかもしれない。

 いや、訓練と称してエンカンブレンサーを動かして出てくるだろう。

 突然カーディアの訓練場に押しかけてきて、笑顔で『だって顔を見て話すのが一番間違いないでしょう?』とか言いそうだ。

 

 魔女の人柄として『地竜の鱗』等を交渉材料に出さない限り助力してもらえる可能性は無いし、材料に出せば、ほぼ間違いなく私が地竜の鱗の価値があると判断したメイドの価値を確認しにやってくるだろう。

 フリーシアには魔女にマコトの事がバレると連れ去られると言っておけば、情報を漏らさないだろうけれど、フリーシア自身に地竜の鱗の価値が無いと思われたら、マコトの事を探り当て兼ねない。どちらにしろ厄介な事になる。


 再度溜め息をつく。


 自領に助力を願うには時間がかかりすぎる。

 ヴィニスは早くフリーシアを返せとせっついてくる。

 フリーシアの失踪は選択肢に盛り込めない。

 助けを求めて解決できるであろう相手は面倒臭い。


「頭痛くなってきた。」


 顔を両手で覆って溜め息を吐く。

 部屋の姿見にチラリと目を向けると、疲れた顔をした自分がいた。


 ぼんやりと眺め、ふと立ち上がって全身を映す。


「いっそのこと、もう私が籠絡しようかなぁ……」 


 ふと思いついた案に、思い切り頭を振る。

 なぜなら自分の隊の隊員達を思い出したからだ。


 ある日熱病に浮かれた様に女に夢中になり、恋人になるまで熱烈にアプローチをする。

 だけれどもいざ恋人になれば、その熱は緩く冷めていき、ある一定の期間を過ぎると、その熱はまるで無くなってしまい他に興味を持ち始める。


 年若い男ほどその傾向は強く移り気だ。


 マコトの年齢は見た目はまだ20にも達していないようにも見える。

 夢中になった後、他の女に移り気になるのも早いだろう。


 だからこそ籠絡はフリーシアやテオに任せておいて様子を見れば良いのだ。


 自分はそれを後ろからサポートし友人として深い仲を築けば良い。

 男は熱が入っていない時期は恋人よりも友人を優先する生き物なのだから、長い目で見ると、恋人関係よりも友人の関係の方が良い関係を築けるのだ。


 気を取り直して再度現状と向き合う。


 今はテオがフリーシアとマコト、アリサを連れて森に入っている。

 テオが話をしただけで魔力について新たな見識を得たように、フリーシアにも変化があれば、それを理由に魔女の対策を練る事が出来る。


 もしかするとフリーシアが籠絡していたり、何かしらの関係の変化もあるかもしれないけれど、とにもかくにも今回の件にはマコトの痕跡を残す事だけは避けなくてはならない。

 マコトこそが最大の秘密にすべき事項なのだから。


「まったく……困った男だよ。マコト殿は。

 私がこんなに一人の男の事を考えたのは初めてだよ。」


 窓から星を眺め微笑むのだった。



--*--*--



「ふぅ……」


 素晴らしいほどの解放感。

 穢れた心は今、白い鳩となり、自由の空に羽ばたいたのだ。


 まるで憑き物が取れた様な気持ち。

 全ての束縛から解放されたような心持ち。


 あれほど思考に色がついていたのに、今はとにかく全てがクリアに見えてくる。


 外から聞こえてくる話声におかしな反応は無い。

 ただ、なんとなくフリーシアの声だけが高く聞こえるような気がしたが気にするほどでもなかった。


 そして思考がクリアになったからこそ、自分のこれまでの行動が思い返され、その振り返った行動が重石のように心にのしかかってくる。


「なにしてんだろ……」


 重石の重圧により心は沈む。

 沈んだ気持ちのまま、ただ静かに魔法でお湯を生み出して洗浄し、ゆっくりと足を湯に向けて浸かり、ただ溜息をつきながら凹むのだった。

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