50 柔らかい
おっぱい。
嗚呼おっぱい。
なぜにあなたはおっぱいなのか。
その響き一つで、私の心は焦燥に駆られてしまう。
おっぱいという名の持つ響き。
その柔らかく温かな響き。
その優しく思いやりのある温もりを欲して手を伸ばそうにも、手に取る事は敵わない。
手に取る事が敵わぬとも、欲する気持ちから手が勝手に伸びてゆく。だけれども触れる事などできはしない。
嗚呼、おっぱい。
いっそのこと何か別の名前になってはくれないだろうか。
諦めきれない気持ちが、そう嘆く。
だけれども知っている。
例え名前が変わろうとも、魅力は、何ひとつ変わりはしない事を。
――そう考えていた自分の手には遠い存在である関係ない物。
そう諦めていた物が、今、手の内にあった。
受け止める衝撃を和らげる為に、サスペンションのバネのように飛んできたフリーシアを受け止めた。
あまりに急なジャンピング抱き着きにより、手がちょうど胸の位置でサスペンションし始めたのだ。
優しく受け止めると同時に押された手の平の先にある指は、慣性に従って曲がる。
曲がる指は手の平で感じた柔らかさが指先にも広がってゆくのを感じとり、結果として、両手で鷲掴みして揉むという行為に繋がってしまっていた。
不本意且つ不可抗力な出来事だが、揉んでしまったという事実。
『おっぱいを揉んだ』という事実に気が付き、頭が高速で働き始め、まるでスローモーションのように世界がゆっくりと動き始める。
何故なら、あったら万々歳と思っていたオッパイチャンスがここにあったのだ。
全神経は両手に集中し、集中のあまり事故直前にみると言われる『タキサイキア現象』を引き起こす。
スローモーションの仲、誤解を生まない範囲でそっと揉むという高等技術が生まれようとしていた。
だが高速化した思考は、様々な情報を拾いあげ処理をしてゆく。
誰のおっぱいを揉もうとしているのか、周りの状況はどうか、自分に取れる行動の選択肢の数々とその選択をした場合の未来予想図。
そして高速思考は思考の片隅にあった倫理観も拾いあげた。
YESロリータNOタッチ。
『NO……タッチっ!!』
心の中でそう叫び声を上げる。
いくら心でオッパイチャンスを欲していたとして、ロリータのオッパイを故意に揉むなどという事案はあってはいけないのだ。今触れてしまっているのは、あくまでも向こうがジャンプしてきた事による事故。
そして『YESロリータNOタッチ』は鉄の掟。
紳士たるもの鉄の掟は守らなくてはならない――
揉む為に曲がろうとしていた指先に力を籠め、その動きを止める。
指先の動きを止められたのは得て処理した視覚情報の中に、フリーシアを追ってきたテオとアリサの姿があった事も大きい。
あの二人にフリーシアのおっぱいをタッチしているような状況を見られるのもマズイと思えたのだ。
なんだか分からないけれど、良くはないはず。
黒い霧のような危機感から意思をはっきりとさせ、スローモーションのなか、右腕をおっぱいから外して横へとスライドさせ、ホールドアップを言い渡された逃亡者のように小さく上げる。
そこまで動くと、時は再び動き出した。
「マコトさまぁ~!」
泣きながら抱き着いているフリーシアと、ホールドアップ状態の右腕。
何がどうしてこんな状況なのか掴み切れずに、ただ『やわらかい』『イイニオイ』と言った触覚や嗅覚の発する信号に染められてゆく。
なにせフリーシアは、体全体が柔らかいのだ。
首に回された腕。しっかり抱き着かれて、ぎゅうぎゅうと密着しているから無視しようにも身体が勝手に神経を働かせて、その手や胸、腰や腿など、全ての柔らかさを自然と感じとってしまう。
香りの高さを誇る『フリーシア』という花があるように、鼻にかかるフリーシアの髪からは花の香油のような甘い香りがするような気もしてくる。
内腿に絡みつくような太ももの感触も力強さを感じつつもその力は柔らかさに包まれているし、ぐいぐいと押し付けられる胸や腰もやはり柔らかさを感じる。
柔らかい。
とても柔らかい。
この柔らかさを、ずっと感じていた。
「マコトさまぁ~……」
首筋にフリーシアの唇から漏れる吐息が当たりくすぐったく、ぞわぞわっと背中が粟立つ。
「んマコトさまぁ~ん……うぇへへへ。」
突如響いた変な声に思考が戻る。
だけれども、変な声など柔らかさを感じたい心の前では無いも同然だった。
なのに、感じていたい密着感は、少しだけ削がれた。
くっついてた顔が離れ、フリーシアが真っ直ぐに自分を見る。
その顔の涙は止まっていた。
足や腰に感じる柔らかさは離れていないけれど、もっと密着していたい気持ちから口が開く。
「ど、どうかしましたか?」
「マコトさま……フリーシアにデレっとしてくれるのですね! 嬉しい!」
顔色を見たフリーシアが再度抱き着いてくる。
正直嬉しい。
女体の柔らかさは神秘だ。
特に左手にある柔らかさは一級品。
「……あれぇっ!?」
触れていた。
ほんのりあるオッパイに左手だけが触れていたのだ。
屈強な意思を持って手を外したはずなのに、左手だけは意思に反して残り、そのままフリーシアの胸を直接受け止め続けていたのだ。
慌てて外すと、フリーシアがその手を掴んだ。
「ご、ごご、ごめんなさい! その、触るつもりはなかったんです! 不可抗力なんです!」
心からの叫びだった。
YESロリータNOタッチという鉄の掟を破ってしまった罪悪感と、痴漢という日本において社会性を抹殺する行為。
自分の意思は欲望に逆らおうとしていたにも関わらず、身体は一瞬の出来事過ぎて、対応できなかったのだ。
あくまでも不可抗力なのだと信じて許してほしかった。
そう。不可抗力でさえあれば、この行いもただの奇跡であり、決して犯罪にはならない。
犯罪者にはなりたくないのだ。お縄頂戴は勘弁してほしいのだ。
怯えながら固まっていると、フリーシアが再度自分の胸へと手を移動させる。
「えっ!?」
「いいんです……マコト様が望むなら、私はどのような事でもしたいのです。私で喜んで貰えたことが嬉しいんです。」
そう言って微笑むフリーシア。
まるで女神のように見えた。
食の女神なだけではなく、おっぱいの女神でもあったのだ。あまり大きさはないけれどおっぱいの女神だったのだ。
突然訪れた幸運に胸がいっぱいになり言葉に詰まる。
フリーシアは再度抱き着き、腕にぎゅうっと力をこめ、そして唇を耳元に近づけた。
「んん~~……」
「うひっ」
ムチュっ、ムチュっと耳や首筋に吸い付かれ、変な声が漏れた。
「こらこらこらこら……」
近づいていたテオにより、引っ張られ剥がされるフリーシア。
女神の祝宴は終了した。
「まったくなにやってるのよフリーシア……お帰りマコトくん。」
「いえ……」
引きはがされたフリーシアに名残惜しさを感じるけれど、引きはがされた事で、身体が発送準備に目覚めかけていた事に気づいた。
というか、意識をしてしまうと逆にどんどん血が巡っていくのを察知してしまう。
たまらず腰をちょっとだけ引く。
「それでなんだかすっきりしているみたいだけど……気はすんだの? フリーシア。」
「えぇ。私でもマコト様にご満足頂ける事が分かりましたので。」
誇らしげに鼻を鳴らしたフリーシアの言葉に、テオとアリサの視線がこちらに向く。
そして、なんだかその視線が下に下がった気がした。
ビクリとしつつ、バレないようさらに静かに腰を引く。
下に下がったと思った視線はただこっちに向けられていただけのようにも思えた。
多分気のせいだ。きっと気のせいだ。
見られていない。見られていないはず。
「そうそう! それでマコトくんは一体どこに行っていたの?」
「あ! はい! ウ……ンンッ! 人助けをしてました!」
「人助け?」
「はい! 虫っぽいヤツに人が襲われていたので助けてました!」
まるで兵隊が上官に向けて答弁するかのようにハキハキと喋る。
「……虫? ……ちなみに場所は近い?」
「自分的には近いであります!」
腰を引きながら胸を張って答弁する。
なぜか分からないけれど、やましい事がありすぎて勝手に身体がそう動いていた。
「あ、そうだ! 証拠を忘れたので取ってくるであります!」
腰が引けているのが目立ちそうな気がして、すぐに踵を返し繭を取りに向かうのだった。
--*--*--
「これって……もしかして……」
「もしかしなくてもマンモレクの繭じゃない? こんなに大きい繭を作るのはソレしか考えられないもの。」
テオとアリサが小声で話し合い、そして向き直り口を開く。
「ねぇマコトくん。この虫って……こう、こんな大きさの虫?」
小玉スイカが収まりそうな手の形をつくるテオ。
「はい! それくらいであります!
男が3人と女の人が3人襲われそうになっていたので駆除してきました!
遠くから魔法を使ったので、姿は見られてないと思います!
被害はゼロかと!」
さっきの口調がなんとなく報告しやすく、そのまま継続してしまっている。
アリサとテオはため息をついた。
落胆のようにも見える態度に動揺してしまう。
「ちょっと、マコト様が活躍したというのに、なんて態度をとるの! マコト様! カッコイイです!」
「違うわよフリーシア……テオも私も驚きが通り越しただけ。
私達が地竜なみに怖がる物の一つがこの繭を作る虫なのよ。」
「そう……虫って気配も読み難くて捉え難い癖に、もし遭遇してしまうと絶望するしかない程に怖い存在なの。それが……」
「こう……なんだもんね。」
ふるふると首を振るテオ。
「ごめんなさいねマコトくん。変な感じになっちゃって……とりあえずお礼を言うわ。助けてくれて有難う。」
「なんであなたがお礼を言うんですか?」
テオの言葉にフリーシアが首を傾げる。
「私から見たらハンターは皆、仲間みたいなものだからよ。
多分マコトくんが助けに行かなかったら全滅してた可能性がある。それくらいの相手なの、このマンモレクって言う虫は。」
「とりあえず今回の探索を終えたら、一度ハンターギルドに確認しに行かなくちゃね。ここから近かったりしたら警戒するよう知らせなきゃいけないし。」
「そうね。虫除けが高騰するわ……易い内に必要分は確保しとかなきゃ。」
「マコト様が一緒なら確保する必要もないのでは? ねぇマコト様?」
腕に抱き着かれそうになるのを、ひらりと躱して避ける。
「はっ! 虫駆除はできるであります!」
「マコト様! なんで避けるのですか!?」
理由は簡単。封印が再度開いて発送準備に入ると困るからである。
「マコト様ぁ~!」
「とうっ!」
追撃に、たまらず木の上へとジャンプして逃げる。
「んもう! マコト様のいじわる!」
「ふふっ、本当にちょっとしたことでも超人的よね。あんな逃げ方は真似出来ないわ。」
「あの動きは……魔力を使うのかなぁ?」
ぼんやりと呟いたアリサに、テオが悪戯を思いついたような顔をする。
「そうね。気になるなら本人に聞いてみたら? 多分教えてくれるわよ?
……そうだ、アリサにいい事を教えてあげる。マコトくんは優しいから質問されるときちんと考えてくれるの。だから、魔力の使い方で気になる事とか相談するといいわよ?
いい? コツはきちんと分からない所は『分からない』と言ってちゃんと確認するの。マコトくんは言葉を止めても怒らないし、逆に聞く事で私達の常識を理解する事ができて喜ぶから。」
小さく鼻から息を吐きだしたアリサが、興味に負けて木の下へとやってくる。
「ねぇ、その動きって魔力を使う? 私にもできる?」
「ふぇ? あっ……そう言えば、この間も何か筋肉と魔力云々とかが有耶無耶になっていたような気が……」
「ちょっと筋肉! 貴方マコト様に教えてもらいたいならきちんとお願いしなさいよ。」
「それもそうね~アリサ。ちゃんと『教えてください』って言わなきゃだめよ~。
さてフリーシア。貴方は私とベースキャンプを作るわよ。もう大分夜に近いわ。」
テオの呼びかけに首を振るフリーシア。
「嫌ですっ! 筋肉とマコト様を二人きりにするくらいなら野宿でもなんでも我慢します! 私もマコト様に教えてもらいます!」
フリーシアの反抗的な態度に眉をしかめるテオの姿。
木の上から空気が悪くなりそうな気配を感じ、解決策がないか頭を働かせると、案を一つ思いついた。
大分話せるようになってきた気もしていたので、ここはひとつ勇気を出して行動をしてみる事にして、テオの前へとジャンプする。
「テオ…… 。一つご提案が。」
「あら? 何かしら?」
「あのですね……その、今日は、勝手な行動をしてすみませんでした。
そのせいで、テオ……さんの立てていた予定も狂ったんじゃないかと思います。」
胸の前で腕を組み、右手人差し指をを頬に移すテオ。
強調される膨らみに思わず目が行く。
「で、ですね。自分の提案なんですが、今日はもうキャンプの予定は大分狂ってしまった事もありますし、アリサさんが魔力について気になる点もありそうで、自分もちょっと気になる事があります。
フリーシア…… …も魔力の話を聞きたそうな事もあるので、その、今日はあの小屋をキャンプの代わりに使う事にして、魔力の話をみんなでするというのは……ダメでしょうか? 自分も皆さんとの差が知りたいですし、また何か発見があるかもしれません。」
「う~ん……」
「出来ればテオ も一緒に話をしてくれると、じ、自分は大分、話し易くて助かります!」
腕を組んだままじっとこちらを見るテオ。
「う~ん……それじゃあ、マコトくんが私達の事を名前で呼べるなら、その提案を受け入れましょうかね。」
「えぇ?」
「じゃあ私の名前からね。はい、呼んで。」
「…… 」
「はい。よくできました。
それじゃあ今日は予定変更してみんなで勉強会にしましょうか。
で・も、その前に皆でご飯ね。」
ニッコリと微笑んだテオに主導権をにぎられつつ、魔力談義に花を咲かせる事になった。




