49 合流
「人が襲われている気配がしたから……助けに行ってました……」
まだパンツ素材を抱えて一人森を歩いているだけにも関わらず、ボソボソと一人ごちる。
言い訳の材料は揃った。
だけれども小動物サイズで苦しんだ事実により喪失した自信の影響は大きく、すぐに不安になり進む足は重い。
だが、ここで全てを捨てて逃げ出すのは余りにもったいなく思え、身体はテオ達の所に向けて動いていた。
「最悪……ウンコしてましたって言えばいいか……どうせ……あの程度で苦しむ男でござるからなぁ……はっ。」
自嘲の笑みが勝手に浮かぶ。
恥はかきたくないし、カッコよくありたい。
でもそれは自分にできる事ではないのだ。
その時、悪魔が囁いた――
「――イケメンに限る……」
頭に思い浮かんだのは、魔法の言葉『ただしイケメンに限る』だった。
そう。魔法『イケメンに限る』
不細工がやったらクレームになるような事だろうと、イケメンがやれば好意的に解釈される魔法。パッシブスキルの一種だ。
どんな事でも許されてしまう至高のスキル。
『壁ドン(イケメンに限る)』のように、不細工がやってしまったら『脅迫』ととられるような行為であっても、このスキルを発動していればロマンティックな行為になってしまうのだ。
食事で汚く食い散らかそうが『ワイルドな人! 素敵!』などと解釈され、決して悪くはならない。
下ネタを言ってもセクハラにはならず、笑ってボディタッチチャンスにまで発展してしまう魔法『イケメンに限る』
「今の……拙者なら……」
鏡を見て自分自身ですらパンツを脱ぎたくなったほどのイケメンな顔。
顔の布を外すだけで、このスキルは発動する。
イケメン全開で戻れば「ウンコしてた」と言ってたしても『隠し事の無い人』『正直な人』『健康的』と好意的な解釈されるに違いない。
イケメン無罪。
これは、どの世界においても共通なはず。フリーシアを見ていればよくわかる。
そう考えると頭の後ろの結び目に手が伸びる。
「……だがっ! しかし!」
テオやアリサがフリーシアのようになってしまったらと思うと怖く、手が止まる。
上辺の顔で好かれてしまうというのは、どこかで過去の自分を殺すような行為のようにも思えるのだ。
過去の自分というアイデンティティを殺すか……それとも恥をかいてでも昔の自分を生かすか。心は大きく揺れる。
「いや……まだ、まだ早いはずでござる……テオさんと話をすることもできたし、コレを外してしまったらソレすら無駄になってしまう……まだだ、まだ焦るような時ではないはず……せめて足掻くだけ足掻いてからにするでござる。」
気を取り直し、しっかりと足に力を込めて歩みを進めるのだった。
--*--*--
『女三人寄れば姦しい』という言葉があるように、軽い緊張程度は長続きしない。
何より話すのが好きなテオがリーダーを務めて待機していれば、雑談に花が咲かないはずもなかった。
そして話題はテオが気になる方向へと向けられていく。
「ねぇ、フリーシア。そんなにマコトくんの顔ってスゴイの?」
フリーシアはテオの言葉に『やっぱりその話になったか』とでも言わんばかりに溜息を一つつく。
「そうですね。
私も考え方を変えたので隠さず正直に伝えますが……私を見ていればわかるでしょう?
例えテオさん。貴方であったとしても、私と同じようにマコト様を追わずにはいられなくなるでしょうね。そう断言できるくらいに美しいです。
だから中途半端な興味程度なら見ようと思わない方がいいですよ。本当に身が焦がれますから。」
フリーシアの言い切った言葉にアリサは渋い顔をしながら口を開く。
「いや、たかが顔でしょう?」
「えぇ、たかが顔です。なので気にしないのが一番良いじゃないですか。
なによりマコト様本人が、ご自分の意思で隠していらっしゃるのですから、それを暴こうとするのは良い結果にはなりません。」
くすっとテオが笑う。
「なんだかそこまで言われると、逆に気になっちゃうわよね。」
「好奇心は猫を殺すと言いますよ。」
「はいはい。そこまで言われるなら何もしません。
……それに私は彼の顔よりも知識に対しての興味の方が大きいから。」
テオの言葉にアリサが口を開く。
「そうね。それにテオの好みってもっと『男らしい』男だものね。リーダーとして引っ張ってくれそうな……どっちかというと真逆だもんね。まだこの間のロナンとかいう男とか結構好みだったんじゃない?」
「もう、最近アリサって、いつも男を勧めてくるわよね?」
「そりゃそうよ。なにせたった一人の姉なんだもの。姉さんもそろそろ身を固めてもいい頃でしょう?」
「まったく……私はアリサが手を放れてからでいいのよ。アリサなんて男の『お』の字も見当たらないじゃない。」
「私は別にいいのよ。やりたいこともあるし。」
少し興味を惹かれたのかフリーシアが探るように口を開く。
「テオさんは……そういった相手はいないんですか?」
「今は残念ながら。」
「今は……という事は昔はいたんですか?」
「ええ、まぁ昔はね。」
「ちなみに……深いお付き合いだったりしたことも?」
「ちょっとやめてよフリーシア。」
たまらずアリサが向き直り口を挟む。
だけれどもフリーシアがすぐに口を開いた。
「いえ! 大事な事なんです! ……その……男の人が喜ぶ術を知っているのであれば……是非教えてもらえないかと!」
「ちょ、フリーシア……それはいくらなんでも……」
「……前のお屋敷に勤めていた時は、旦那様がそういったことを仕込むのがお好きでしたから、そういった知識は隠されてしまって誰も教えてくれませんでした……辞めてから知っていそうな人に聞いてみても『貴女くらいの娘は何も知らない方が良いのよ』とか『ただされるがままにされればいいの』とか言われて誤魔化されるんです! 私はそういう面でもマコト様を夢中にさせたいんですっ!」
フリーシアの気迫にテオが困ったような表情を見せる。
アリサもどう反応していいかわからないような表情。
空気を読んだテオがため息交じりに口を開く。
「はぁ……正直、私もその知ってそうな人の言葉を参考にした方がいいと思うわ。」
「またそんなことを言う! 私だって恥ずかしいけど頑張って聞いてるのに!」
悔しそうな顔でフリーシアが唇を噛む。
「だって本当にそうなんだものフリーシア。
ん~……ひとつだけ言うとしたら、手が届きそうで手が届かないっていうくらいにもったいぶる方が男の人は夢中になるわよ? 簡単に手を届かせてしまうのは、ちょっと安い女な気がするわ。」
「私を見てもらえれば多少安かろうが構いません!」
「んん~……安い女って、その場限りで終わることも多いわよ? それに安い女に見合うのは安い男だけだし……マコトくんは安い男に見える?」
「マコト様が安い男なはずありません! この世で最高のお方ですマコト様は!」
「だとしたらフリーシア。貴方も高くあろうとする努力は必要じゃない? もう少し成長してからでもいいんじゃない?」
「……マコト様は……高すぎて元々別格で違うから関係ありません!」
「あらそう。じゃあ困ったわね。違いすぎたらどうやっても無理じゃない?」
「……うぅっ……」
「あ」
「あっ」
フリーシアが唇を強く結び、両の拳を握った。
その顔を見たテオとアリサが同時に小さく声を上げ、そして慌て始める。なぜならフリーシアが今にも泣き出しそうな雰囲気を漂わせたからだ。
「えっと、あれよね? そう、マコトくんは確かに別格だけれども、ちゃんとその人を見て話をしてるから、関係ないわよね。うん。」
「そうそう、えっと、なんだかよくわからないけれど、えっと、性欲をもてあましてるような感じもするし大丈夫よ。」
「マコト様を悪く言わないでください!」
涙をこらえながらフリーシアがアリサに言葉を放ち、慌てるアリサ。
「いや、別に悪く言ったわけじゃなくて……だって、ほら、結構デレっとした雰囲気出してるじゃない?」
「どんな時ですか!?」
「えぇ…………テオが腕を組んだ時とか?」
「アリサそれ逆効果。」
「あ。」
フリーシアの下唇が、たらこのように大きくなっていた。
「……私だって……デレっとして欲しいのにぃ……ぐすっ。」
「だ、だ、大丈夫よフリーシア。ほら、あれよ。フリーシアがキスした時、彼デレデレだったわよ?」
「……ほんどですか?」
「本当よ本当!」
「え? フリーシアって彼とキスしたの?」
「したわよ! あなたが酔った時! あ。」
「……あの時……筋肉がマコト様にキスを……デレっとしてだ……」
「私はもう『筋肉』なのね。」
アリサが遠い目をして、フリーシアが鼻をすすり始める。
すでに日はもうだいぶ傾き、夜の帳が下り始めていた。
「私にぃ……私に夢中になって欲しいだけなのにぃ……」
両手の甲で涙を拭いはじめるフリーシア。
だが、唐突にピンと何かに反応したように涙が止まり顔を上げる。
「……マコト様ぁあ~~!!」
「「 あ。 」」
フリーシアは小屋を飛び出し走り始めた。
--*--*--
「……イケメン無罪……イケメン無罪……」
歩きながら『最終手段がある』という自己暗示をかけることで不安になった心を和らげる。
気配を探ると、だいぶテオ達に近づいていた
「ん?」
気配に動きがあり顔を上げる。
より詳細に探ると、フリーシアが一人走りだし、それを二人が追いかけている気配だった。
「……なにかあった?」
今更ながら自分勝手に行動し、残されていた人達のことに全く気が回っていなかったことを思い出し、焦燥感が沸き起こる。
もしかして自分が持ち込んだ毒キノコが食材かなにかに触れて毒が伝染してしまった物を食べて混乱しているなんてこともあるかもしれない。
3人の安否が気にかかり、気が付けばパンツ素材を捨ててこちらに向かってくるフリーシアの方へとダッシュをしていた。
加速はすさまじく、走り出してすぐに見えてくるフリーシアの姿。
その両目には涙が見えた。
直前で止まるようにブレーキをかけながらフリーシアに声をかける。
「どうかした!? フリーシあ――」
「マコトさまぁーー!」
そのままフリーシアにジャンピングで抱き着かれた。
想定外の行動に驚き、止めようとした手が胸の前で止まり、そのまま飛んできたフリーシアを受け止めるのだった。




