44 お誘い
「えぇ……ほんとに?」
「あ……まずかったですか?」
「いえ! 是非参りましょうマコト様!」
「んん……」
少し困惑気味なテオ。
また俺何かやっちゃいました?的な反応のマコト。
乗り気に賛同するフリーシアに、渋い顔で小さく声を漏らすアリサ。
会議の翌朝、マイラを除いたメンバーで銀流亭のマコトの部屋にテオを筆頭にして『銀流亭の部屋が見たい』と押しかけ、朝食のルームサービスを頼んで一緒に取り、食事を終えて、テオがこれからの予定を打診した。そしてマコトの返答を得ての其々の表情だ。
L字のソファーの長い場所にテオとマコト。そして最早世話係とは何か分からない状態のフリーシアが脇を固めるように腰掛け、短いソファーにアリサが座っている。
テオの打診とは、先のマイラを含めた協力関係構築の会議にてもたらされた情報である、フリーシアを狙うヴィニス・アークラム・ハギンスについての対策の一つ。フリーシアを街の外に一時的に連れ出す事を第一の目的に、マコトに冬を目前にした素材集めに長めの森への遠征。それをテオが提言したところ、その返答でマコトがどうせならと、自分の貯蔵庫の様子を見たいと言い出したのだ。
テオにしてみれば、とりあえず二泊三日程度、マイラがヴィニスを説得するだけの時間を稼ぐ程度のつもりで考えていた。
だけれどマコトの提案してきたのは14泊15日は覚悟しなくてはいけない行程。
答えが望みどおり遠征を叶えるものではあったけれど、その日数が想定外過ぎた。銅貨が欲しいとお願いして金貨をもらったようなものだから戸惑いが生まれても仕方が無い。
もちろんフリーシアにしてみればそれだけの期間、制限されていた夜もマコトを狙い続けることができるのだから肯定以外の選択肢は無かった。
「う~ん……ちょっと待ってねマコトくん。」
「あ、はい!」
珍しく元気に返答するマコトから目を外してフリーシアの隣に移動し声をかけるテオ。
「……ねぇフリーシア、貴方分かって言ってるの?
長期間野外で過ごすのよ? 見せたくない姿もどうしても見せる事になるわよ?
それに水魔法を使えるのがマコトくんしかいない以上、彼に色々なお願いをする事になるわ?」
「望む所です。身体を張ってお願いしますわ。」
「あのねぇ……その張る身体が泥と汗まみれの身体になるって分かってるの? 饐えた臭いを漂わせながら彼に迫るつもり? 普段以上に勇気が必要になるのは間違いないわよ?」
「……え?」
「1~2日じゃなくて、長期間森に出るってのはそういう事よ。そういうのが彼のお好みならそれでいいだろうけれど。」
チラっとマコトを見るテオとフリーシア。
二人に見られて首をハトのように右に左に動かすマコト。
マコトの着ている服は、とても清潔な仕上がりをしていた。
珍しくフリーシアが頼るような表情でテオを見て口を開く。
「マコト様は好きだと思いますか?」
「……普通だと好きな人はいないわよ。物好き以外にはね。」
フリーシアは頭を抱えた。
テオはすぐにマコトに向き直る。
「いいことは良いんだけど……私達が一緒に移動するとなると、かなり長い遠征になりそうね……初心者のフリーシアが居る事を思うと、少し大変そう。」
「あ、え、はい。それならいいんです。無理を言ってすみません。」
「ちなみにマコトくんは貯蔵庫の様子を見てどうしたいの?」
「えぇっと……あそこには一応冬籠り用に拵えていた物が多いので、必要なければ持ってきてしまおうかな? と思っただけです。すみません。」
「え? かなり量があったと思うけれど……どれくらい持ってくるつもりなの? 今回はこのメンバーだけの少人数で行くし、とても全部は無理だと思うけれど……」
「あ。いやいや、荷物は自分で持ちますから大丈夫です。多分背負子を作れば持てると思うんで……」
「え? 本当に一人で運ぶつもりなの? 」
「あ、はい。」
困ったような表情になったテオを見てアリサが口を開く。
「テオ。彼はあの素材を一人で運んだのよ。本当に一人でできるし、やるつもりなんだと思うわ。」
確認の視線をテオがマコトに投げると、コクコクリと慌てたように二度頷いた。
「確かに価値の高そうなお肉はいっぱいあったから、放置しておくのは惜しい気もするわよね……運べるとしたら、後は移動の時間が問題よね……」
「あ……たしかにテオ女史……えっと……テオさん達は――」
「ふふっ、私の名前は好きに呼んでくれていいのよ? どちらかというと、私は敬称無しで気軽に名前を呼んでもらえると嬉しいわ。」
元の場所であるマコトの隣に移動して座り直し、ニコリと微笑んだテオに対して、バっと顔を下に向けるマコト。
「あら? 嫌だった?」
「い、いえ、嫌じゃないです。えっと、そうじゃなくって……その、えっと。あの――」
「いいからいいから、マコトくん。一度私を名前で呼んでみて。こういうのは慣れよ。慣れ。はい。」
『さぁ来い』と言わんばかりに両手を広げて微笑むテオ。
「……テオ……さん」
「ん~。惜しい。
惜しかったからもう一度ね。」
「えぇっ!?
……て、テオ……」
「は~い。よくできました~。よろしくねマコトくん。」
開いた手のまま軽くハグをするテオ。
マコトは慌てる事しかできず、アリサは無心の表情。
そしてフリーシアは血涙を流さんばかりの鬼の顔へと変わる。もちろんマコトは見ていない。
テオが身体を離すと同時に、あわあわと慌てふためいているマコトの手を取るフリーシア。
「マコト様ぁ! フリーシアも! フリーシアも名前で呼んでくださいませ!」
「えぇっ!?」
「後生ですからぁ! マコトさまぁ!」
うるうると瞳に涙を溜めながら詰め寄るフリーシアに困惑は一層深まる。
だけれども困惑しながらも、涙ながらに訴える少女のお願いに応える以外に残された道は無かった。
「ふ……フリー…シア……」
「はい! マコトさまぁ!」
呼ばれると同時に強く抱き着く。
もちろんマコトは固まる以外はできなかった。
長く長く抱き着かれて、フリーシアに頬ずりをされている事に気づく余裕もない。
ただその状態から逃れたい一心で、助けを求めるべくテオに顔を向ける。
そんなマコトにテオはニコリと微笑んだ。
「あらあら。うふふ。」
助けてくれなかった。
こうなるともうどうしていいのか分からず、だんだんフリーシアの顔が顔に近づいてきている気もするし、ただ困惑し続ける事しかできない。
「はいはい。それくらいにしておきなさい。フリーシア。話が進まないわ。」
助けてくれた。
フリーシアから解放され、テオのハグに、フリーシアのハグという流れから、つい『まさかアリサさんも?』とアリサに顔を向ける。
「あ。私は別に。そのままでいいから気にしないで。」
ただ片手を向け、普通の言葉と態度のアリサ。
真一文字にぶった切られたようにも思え、なんとなくヘコむ。
しゅんとなりながらも気を取り直し、勝手に妄想した恥ずかしさを覆い隠す為に口を開く。
「そういえば皆さんは移動に結構時間が必要になりますもんね……あの、ちょっと時間をもらえれば自分だけで行ってきますんで大丈夫です。」
「ちょっと時間……ってどれくらい?」
「えっと……行って、準備して……戻って……で一日半くらいかかると思うので、探索が終わってからでも二日程少し自由行動の時間をもらえたら……」
「…………わかったわ。多分本当に出来ちゃうんだろうから気にしないでおくわ。それじゃあマコトくんが編制外れるタイミングは私に一任してもらってもいいかしら?
最初から段取りしちゃうと予定が狂った時が大変だから。」
「あ、はい。宜しくおねがいします。」
「それじゃあとりあえず、行程は二泊三日程度を想定。多少予備を持つ感じで手早く用意して、もう今日の昼から出ましょうか?」
「えっ!? は、早いっスね!」
「鉄は熱い内に打てっていうじゃない? フットワークの軽さは重要よ?」
テオがニコリと微笑み立ち上がる。
「さて、そうと決まればアリサ、フリーシア。準備するわよ。行きましょう。」
あっという間に席を立つテオ達。
「じゃあマコトくん。準備ができたら呼びに来るから待っててね。
お昼までには来るから。またね。」
「あ、はい。」
ウィンクを残して扉を閉じたテオを見送る。
とっても気になる人と、気になる人と、気になるけどNOタッチの人と、あっという間に外で一緒にお泊りする事が決まっていた。




