40 魔力
「魔力について……ですか?」
「えぇ。魔力。
……フリーシアも魔法については知っているでしょう?」
フリーシアは首を縦に振り、口を開く。
「えぇ。貴族の館にしろ銀流亭にしろ位の高い方の集まる場所の運営には魔法使いの存在が欠かせませんから。」
「そうね。こと『水』の魔法使いに関しては引く手数多。水の魔法を覚えている限り食うに困る事は無いわ。
逆に言えば狙われやすいから自衛の力を身に着けていないと飼い殺されるとも言えるのだけれどね……」
「『魔法』については生まれながらの才能が関係するとか聞いていますが?」
「そうね。そう言われている。でも私はこれまでの経験からそうじゃないと思っているの。
『魔力』は実は皆が持っていて自然と使っているもの……そしてある時、何かを切っ掛けにして得意な使い方が分かるようになる。そういう物だと思うわ。」
「……得意?」
「そう。私は『火』に絡むような物が多いし、アリサは他の子と違って身体能力の強化に使う。人それぞれ得意な分野が違う。
でもそれぞれ、なぜ自分の得意な魔法がこの形になったのかというのは思い当たる節があるのよ。」
「それは一体?」
「私達個人個人の詳細を語る気はないけれど、端的に言えば……執念かしらね?」
「執念……ただならぬ思い……ということですか?」
「そうね。ただならぬ思いとも言えるかもね……ともあれ、魔法は一度使えるようになると感覚として魔力が認識できるようになるの。
そして認識さえしてしまえば得意な事以外にも転用が出来るようになる。」
そこまで言って指を一本立てるテオ。
「男女で比べると男の人の方が狩りに適しているとは思わない? なのに、なぜ彼らは私達を頼ってくるのか。
その理由がこの魔力の有効利用なのよ。」
じっと真剣な顔で話を聞くフリーシア。その様子を眺めていたアリサが口を開く。
「口での説明は難しいけれど……なんとなく方角や街の場所を理解できたり獲物が居そうな場所を推定出来たりしてね。
もちろん男のハンター達も、その場の状況から居場所を絞って行くけれど、私達の魔力を使った直感は、それよりもずっと早くて精度が高いのよ。
それにテオみたいに矢に触媒を使って魔力を乗せれば一撃必殺な攻撃だってできる。」
「……一撃必殺?」
怪訝な表情のフリーシアに得意げな顔をしたアリサが続ける。
「えぇ。テオって優しそうな顔をしてるけど実はとっても怖いのよ。」
「アリサ? 誰が怖いって?」
「いいえ、なんでもございません。お姉さま。」
そういって笑いあう二人。
一人ついていけないという顔になるフリーシア。
テオが気を取り直してフリーシアに向き直る。
「というワケで、ハンターとして活動する為には魔力に対する覚醒は必須です。
そして私はフリーシアが魔力に覚醒しそうな……執念を燃やしそうな事に心当たりがある。」
「なるほど。だからマコト様に隠れて頂いたというワケですね。」
「正解。」
3人が話しているのは街から出て歩いた先、森の入り口だった。
「マコトくんには『呼び声が届く位置』を条件に隠れてもらったわ。
さぁフリーシア。貴方はあれだけ情熱燃やしている相手。マコトくんを見つける事ができるかしら?」
挑発のようなテオの声に、フリーシアはキっとテオに目を向けた後、すぐに視線を森へと移す。
「……当然です。
私がマコト様を見つけられないはずがないでしょう。」
そう言って森に目を配りはじめた――
だが、その体勢のまま10分が過ぎる。
フリーシアに動きは無い。
その様子を見てテオがアリサに目配せをすると、アリサは小さくため息をついてから口を開いた。
「……なに? まだ見つからないの? 私は彼がどこにいるか分かってるからヒントを上げましょうか?」
フリーシアのギリっと歯を食いしばる音が鳴った。
--*--*--
「ふぅ……正直、森は森でまた街と違った良さがあるなんて思ってしまうでござるなぁ。」
木の上で腰掛け、生っていた木の実を取って齧る。
誰にも気を使わずに自分の好きにしていい解放感は、人の生活の中で遠慮しがちなマコトにとっては感じ難い物だった。
今いるのが森の入り口でしかないにも関わらず、どこか実家に帰ってきたような安心感すらあった。
「しかし、急にまた『かくれんぼ』の要請とは……まぁ、なにやらフリーシアさんの役に立つようでござるから別にいいでござるが、こんなんでいいんでござるかなぁ?」
正直、フリーシアに抱き着かれて幸せと婬情を感じてしまっていたので、そのお詫びに少し役に立ちたかった。役に立って負の感情を打ち消したかったのだ。
ちゃんとテオに言われた通りに見つからないようにコソコソと動き、離れた場所からチラっと3人の様子を伺う。
その瞬間にギン! と肉食獣に目をつけられたような悪寒が走った。驚いて木の実が手から滑り落ちる。すこし慌てながら確認するとフリーシアと目が合っていた。
「マコト様ぁ! 見つけましたぁっ!」
「ひっ、ひぃっ!」
余りの気迫に思わずその場からジャンプして逃げた。
……けれど逃げた先でも余裕で見つかった。
こうしてハンターの卵であるフリーシアは『検索』に特化した能力を身につけたのだった。
前例のない速さでの覚醒。そしてフリーシアのマコトレーダー誕生の瞬間だった。
--*--*--
「愛の力ゆえです。マコト様! このフリーシアは貴方様に関わる事で負けるわけがございません!」
嬉しそうな顔をしながら全力で抱き着いてくるフリーシア。
「はっ!? え? あ、は、はなし、離してください!」
「あ……申し訳ございませんマコト様。またしても私、はしたないマネを……」
すぐにフリーシアは絡みついていた腕から手を解く。
このフリーシアの行動は、もちろん自身の愛の強さを証明できたような嬉しさと興奮もあったが、これまでマコトに縋り付いたり、抱き着いたりしてみた時の反応を見ての行動だった。
フリーシアはその野性的な女の本能でマコトが肉体的な接触を喜んでいる事を直感的に理解していたのだ。
そして、マコトの性格では側に控えながら暗に好意を示す程度では自分に対する直接的な行動には繋がらない事をこの二日で悟った。だからこそ行動と言葉で明らかに示して行くことにしたのだ。
もちろん、公の場での行動は難しいし、押しつけっぱなしは逆効果になるかもしれないからこそ、折りをみての接触と愛の言葉を放っているのである。
フリーシアがここまで強引に動き始めた要因は、朝に一瞬マコトの拒否的な雰囲気を感じ取っていたからこそ、本能が自分への興味を取り戻すよう積極的に動けと囁いていた事も大きい。
そんなフリーシアに対しているマコトにとって、このフリーシアの行動の効果は、まさに覿面。
もし二人きりだったとしたら『離して』とは言わずに、そのまま口角の両端を高く上げていた事だろう。
だけれども、今、この場にはテオ、そして好きなアリサが居るのだ。そんな素直な反応をするわけにはいかなかった。
もちろんフリーシアは、そんなアリサ達を見据えての威嚇行動でもある。
ただ、威嚇行動をされた相手達は、それどころではなかった。
「まさか本当にこの短時間で形にするとは思わなかったわ……」
「賞賛を送ったらいいのか呆れたらいいのかが迷いどころよね……フリーシアがスゴイのは……どっちの意味でスゴイのか分からないわ。私。」
大いに呆れていた。
「な、なにかあったんですか?」
「いえ……フリーシアはマコトくんが絡むと異常だなと思って。」
「異常だなんて失礼な事を言わないでくださいますか? テオ様。」
「だって、まさか始めて間もない内に魔力を感知できるようになるなんておかしいんだもの……私一週間くらいはかかると思ってたのに……」
「ほんとにね……私だって姉さんに教えてもらってから使えるようになるまで一ヶ月かかったのに……」
しょんぼりと肩を落とすアリサ。
「あの時は私も感覚的すぎたし、アリサにどう教えていいかも分からなかったんだもの……お互い手探りだったから比較しちゃダメよ。」
テオは言葉をだらだらと流すように放った後、姿勢を正す。
「ともあれ、これでここに居る全員が魔力についてある程度認識できるようになったわ。
ちなみにフリーシア。あなたはどうやってマコトくんの居場所を掴んだの? 感覚的で構わないから話して頂戴。」
言葉に腕を組んで唇に親指をあてるフリーシア。
「ちょっと失礼します」
少し離れ、そして戻ってきた。
「自分の見えている方向に対してマコト様だけが触れることができる薄布を広げた様な感じ……でしょうか?」
「……」
マコトは口を噤んだ。
テオは構わず口を開く。
「そう……薄布…………投網?
糸かしらね? 貴方がイメージしやすい魔力の形は。」
「あ。なんだかその表現は分かり易いかもしれません。」
フリーシアが何度も頷く。
「多分だけど、フリーシアは風系統の魔法が得意だと思うわ。ちなみに私はイメージとしては湯気が動くように感じるの。」
「……う~ん?」
「どうかした? マコトくん。」
「いや、あの、すみません。なんかちょっと気になって。」
「あら? 私マコトくんがどう気になったかすごく興味あるわ。
なにせマコトくんは水も風も火も土も、なんでも使えるんだもの。凄く参考になりそうだから、話の中で気のついた事はなんでも話してほしいな。」
「じゃあ――」
--*--*--
マコトはアニオタである。
『愛してるからドスでサックリ』というアニメをこよなく愛するオタク。
それだけではなく、深夜アニメ全般を好むオタク。
オタクとは確固たる定義は無くとも、マニアのような物であり、興味を持ったものに対しては、他者の想像の及ばぬレベルで研究を始めてしまう探究者でもある。
そんな探究者でもあるマコトが、アニメの無い剣と魔法の世界に落とされ、魔法を研究しないわけが無かった。
魔法はサバイバル生活を充実させる為にも研究してその幅を広げる事に価値があり、利用方法に明るくなればなるほど生活をより便利にする事ができた。またなにより、単純な暇つぶしにもなった。
なにせ『魔法』。
こんなファンタジーで中2心が刺激される物を探究者としての気質が備わっているマコトが放置するはずが無かったのだ。
1年以上の研究の中で、マコトは魔法についてのある種の持論を持つようになっており、そして今、マコトは溜めに溜めていた持論を展開する機会を得たのだ。
「つまりでござるが、魔法というのは極論すれば『魔力』と称されている力を振るう事によって現象を引き起こす物と言えるわけでござるな。そしてその引き起こされる現象は『風』であったり『水』であったり『火』であったり『土』であったり様々な現象があるでござるが、現象は様々であったとしても引き起こす元となるのは『魔力』となるのでござる。そこで拙者は考えたのですが、つまるところこの魔力というのは単なる起点でしかないのではないかと。ある一定方向を目指す意思によって起点から出発した魔力が、この大気中にある何かに作用して反応する。それが魔法の正体なのではないかと思うのでござる。その反応する物は新元素でも『物体X』でもなんでもいいでござるが、ここはやはり分かり易く魔力素粒子、魔素と考えるととても合点がいくのでござる。例えば火の例としてテオさんが湯気と言ったのでござるが、これを聞いて拙者ピピーンと来たのでござるよ。湯気。つまり変幻自在の物質。変化可能な物質。つまり『圧縮』が可能。熱といえば圧縮でござるからな。テオさんが矢を爆発させていたのを見たでござるが、アレもやはり圧縮と解放と考えるとコレどんズバリ。そして糸や布でフリーシアさんが納得していたのが風と絡むと考えるとこれもまた団扇なんかを作り出せる可能性を考えると分かり易いでござるな。見事に大気中の魔素を捉えて動かしやすい形を作り出せる物でござる。もしくは引っ張るという方が相応しいでござるかな?
ただ、ここで重要なのは、人によってその形の捉え方が違うというところ。ここ。ここでござる。ここがキーポイントだと思うのでござるよ。ちなみに拙者はその例えのどれの形にも思えんのでござる。拙者の感じるのは……そう。エネルギーであるという認識。マンガでいうところの『気』でござろうかな? うぉおお! シュインシュインシュイン! の気でござる。アレ。ある意味気合のようにも思えるでござるが、意外とコレでなんとかなるのがイカンですな。水なんかも大気中の水分を『気合で集まれー!』的なノリでやっているでござるからなハッハッハ! 検索とか索敵とかも潜水艦のソナーのアレでござるよ。イルカの超音波的なあれ。大気中を漂う魔素をコーンと刺激して返ってくる反応を連続で受け取って動くものを察知するでござる。イルカは砂の中に隠れた生き物も超音波で気絶させて食べちゃう的な事もあるでござるから、今にして思えば、拙者の威嚇はその超音波的な攻撃を無意識に繰り出していた可能性すらあるでござるなぁ。これは気をつけないといけませぬ。ちょっと加減してココココーン。とな。お? 反応がありましたな。あそこに何か居るようですな。ん? あ、アレ美味しくないヤツですが、まぁなんだかんだでうろちょろして邪魔なのでちょっと練習がてらやってみますかな。う~ん……こう……超音波。超音波……波? うん。あ、波か。魔素の波動の衝撃を送るよう意識する感じで……こう!」
ドンという音と共に、マコトの手を向けた先にいた獣が衝撃波で潰れた。
ててーん。
マコトは新しい技を思いついた。
賢さが少し上がった。
テオはあんぐりと口を開いている。
アリサは頭を抱えている。
フリーシアは目を輝かせている。
皆の顔を見て、マコトの混乱がなおった。




