37 朝ごはん
本日2回目の更新です。
先に1話投稿していますので、まだ読まれていない方は、そちらからお願いします。
「眠れぬ……眠れぬでござる……」
再度自分の顔を見るかどうかを悩みに悩んだ末に鏡を諦め、世話係を呼ぶボタンを押すと若いメイドさんが部屋まで来てくれた。
鏡を外してもらえるように頑張ってお願いをしたら、なんとか理解してもらえて男の人を呼んで外してくれて一安心。
鏡がなくなり、少しの間あの顔をもう見れない事に悶々としたけれど、アレが今の自分の顔なのだと言い聞かせて納得しようと試みていると、いつの間にか部屋はすっかり暗くなっていた。
執事さんが実演してくれた明かりをつける装置もあるけれど、なんだか明かりをつける気にならず、そのまま眠る事にした。だけれどなかなか眠れない。
ベッドに入れる喜びも感じているし、文化的な生活は最高だと嬉しくもなる。
ふかふか感という幸せに顔の事も少しずつ忘れて通常の気持ちを取り戻すと、そこでようやく夜の食事を取るのを忘れていた事に気が付いた。
一度お腹が減っている事に気が付いてしまうと、尚の事眠りが遠のいていく。
世話係さんを呼んで食事を用意してもらう事はできるのだろうけれど、今が何時か分からないし、もし食事の時間が終わっていてシェフとかの人達が家に帰っていたら無駄に迷惑をかける事になってしまうような気もする。
冬の間、ここでお世話になるのに、最初から迷惑をかけてしまうのはあまりに申し訳ない。
ベッドから起きて、窓からそっと外を覗く。
外に出れば街の中にはご飯を食べる所があるはず。
お金は銀貨らしきものが4枚あるから、それで何かを食べる事もできる。
「うぅ……言葉は読めたし、話も大丈夫でござったが……」
異世界の街は未知の世界過ぎて怖い。
その怖さからなかなか外に出る気にはなれない。
何が怖いかといえば、ファンタジー世界だからこそ武器を持っている人が普通に歩いているのが怖い。
ダガーや剣を取り出しやすいところに所持していると、どうしても目に入るし、それらの武器は使い方次第で人に危害を容易に加える事ができる。
抜き身でなくても、それらを持っているだけで十分に怖いものがあった。
日本でコンビニにヤンキーがたむろしているだけで緊張してしまうというのに、命を刈り取る武器を持っている人間が普通に外を歩いているのは、怖すぎるのだ。
「はぁ……」
大きくため息が漏れる。
漏れたため息は『無理だから諦めよう』という意思が現れたものだった。
外にご飯を食べに行く望みが絶たれた事で、思考を切り替える為に遠くを眺める。すると街を覆う壁が目に入った。
あの壁の向こうには住んでいた森があるはず。
あまりに環境が変わりすぎたせいで、つい野宿をしていた森に思いをはせる。
「そう言えば、保管庫の保冷……大丈夫でござるかなぁ……」
地竜素材を運ぶのに一生懸命になっていて保管庫の事を忘れていた。
あそこにはまだ保存食として集めた肉が保管してある。
秋口の気温ならまったく問題はないだろうけれど、それでもこれまで大事に取って置いた美味しい豚の保存食や、そこそこ美味しい鳥の保存食が気になってしまう。
「もし食べられていたらショックでござるなぁ……」
一度思い浮かんでしまうと、そわそわとそればかり考えてしまう。
なぜならこれまでの森の生活で、美味しい保存食以上に大切な物はお手製の愛ドス人形くらいしか無かったからだ。
染みついた価値観からの衝動は止められず、様子を見に行きたくなってくる。
街に出るのは怖い。
実は部屋のドアから外に出るのもちょっと怖い。
だけれども森の様子は気になる。
「むむむ……」
屋根から屋根にジャンプして壁を飛び越えていけばいいかと思い窓を調べてみると、はめ殺しになっていて開きそうにない。
風呂のある部屋の窓も調べてみるけれど換気用と思わしき小さな窓しか開かない。
「はぁ……」
またもため息が漏れる。
漏れたため息はやはり『無理だから諦めよう』という意思が現れたもの。
ベッドルームに足を運び、寂しい気持ちのまま布団にもぐる。
柔らかく気持ちのいいベッドにも関わらず、どこか満たされない気持ちのまま目を閉じるのだった。
「アリサさん……」
ただ、好きな人の事を思い浮かべると、なんとなく気持ちの角が取れるような気がした。
--*--*--
「朝でござるか……」
陽の光に目を向ける。
結局眠ったのか眠っていないのかすら、よくわからない内に夜は明けていた。
着替えは無いけれど、昨日着ていた服をバスルームで魔法を使って綺麗にして乾燥させれば問題は無い。
ついでに朝風呂に入って、精神の疲れを癒す。
肩までお湯に浸かってから今日の事を考える。
「昼から、またイケメン殿や金髪ふわふわさん。そしてアリサさんに……フリーシアさんがやってくるでござるよなぁ……
うぅ……なんか今日もまた会うと思うと、それだけで緊張してくるでござるな……」
爽やかな朝に関わらず、からっぽの胃がしくしくと刺激された気がした。
「何にしろ、とりあえずは朝ごはんを食べねばでござるなぁ。」
ばしゃっと両手で掬ったお湯で顔を洗って気を引き締める。
そして、ふと気づく。
ここは異世界。
しかも日本から見れば海外のような世界だ。
「……ここの街では、もしかすると朝ごはんを食べる習慣がないなんて事があるかもしれない……」
そう思うと、世話係さんを呼ぶのが怖くなった。
とにかくあまり迷惑をかけるような嫌な客にはなりたくないのだ。
そういえば昨日も鏡を外して貰った後、チップ的な物を渡していない。
もしかすると、そういう心付けが必要だったかもしれない。
そのことに気づくと、妙に心が焦り始める。
「と、とと、とりあえず……下に行ってみるでござるかな……」
エントランスなら誰か宿の人がいる可能性も高いから、その人達に朝ごはんがあるか聞いてみれば良いと思ったのだ。
早速風呂から上がって服を着て、自動昇降機で下へと降りる。
すると、朝早い時間だろうに紳士な執事さんが居た。
まるで迎えるようにこちらを向いていたことから自動昇降機の動きを見て、誰かが来るのを見越していたのだろうと思う。
「おはようございます。」
「 …… 」
不安だ。
自分一人だと思うと、とにかく不安になる。
ギクシャクと動きながら執事さんに近づく。
執事さんは動じることなく柔らかい雰囲気を保っていた。
「…………」
「……」
「……」
「……」
「御朝食は召し上がられますか?」
「あ、はい。」
先を越されてしまった驚きで声量が上がった。
「本日は良い天気のようですので、多少肌寒くはありますがテラスでの御朝食も可能ですが、いかがいたしましょう?」
「…… 」
「かしこまりました。御案内致します。」
踵を返した執事さんについていく。
先導してもらえると安心してついていける。
あと、朝食の習慣があるみたいでホっとした。
案内されたテラスは庭に面していて、テーブルとイスのセットが5つほど十分な感覚を開けてサイコロの五の目のように並んでいた。
その内の空いていた一つ。エントランスに近いテーブルのイスを執事さんが引き、腰かける。
「メニューをお持ちしますか?」
「あ、はい。」
不思議なもので、席を引いてもらって座ると、それだけでなぜか偉くなったような気がしてくる。
執事さんはテラスに控えていた人からメニューを受け取り渡してきてくれた。
「あ。」
「? 何かございましたでしょうか?」
「いえ……そういえば……あの、お金って……」
「全て頂いておりますので、ご安心くださいませ。」
「あ、はい。」
「どうぞ、お楽しみください。」
そう一言と笑顔を残して執事さんはエントランスへと戻っていった。
見回すと、このテラスにも何人かのメイドさんとボーイさんがいたので注文は彼女達にしたらよいだろうことが分かった。
とりあえずもらったメニューを見る。
朝という事もあり、昼よりはメニューの数は少ないけれど、紅茶だろう飲み物の銘柄らしき名称がそれなりに並んでいた。
物流や生産が発展しているようには思えなかったから、これは高級宿の高級宿たる所以なのだろう。
飲み物意外は、パンケーキっぽい物や、クレープらしき物、パンなどがあり、ジャムや付け合わせる肉。前菜やサラダなど、日本のレストランを感じさせるラインアップ。
一通り目を通して、先にテラス席に座っていた宿泊客らしき人達の様子を伺う。
初老の男の人は食後なのか、お茶をゆっくりと嗜み、中年の夫婦らしきカップルはエッグスタンドに乗った卵を掬って食べていたり、パンをちぎって口に放り込んでいる。
「ん?」
気になったのは中年の豪傑そうな男。はた目から見ても、しっかりとした高そうな服を着ていて、ステーキのような肉を食べている。
厚切りベーコンのようにも見えるけれど美味しそうだ。
彼の何が気になったかと言うと相席している若い女の人にどこか見覚えがあるような気がしたのだ。
「んん~?」
首を捻って考える。
確実に最近見た。だけれど思い出せない。
顔立ちは綺麗で、20歳になっているかなっていないかという雰囲気。
首をひねっていると、若い女の人がこちらを見たような気がしたので、慌てて目をメニューに戻す。
チラっと再度見ると、やはりこっちを見ていた。そして笑顔を送ってくれた。
『だれ~っ!?』
にへら っと笑顔を返して、心細さから手を挙げ『ほぐし肉の山賊風クレープ』と『季節のジャムのパンケーキ』、『香り高いエッグタルト』と『ミルク』と『水』を注文した。
注文し終わって、またチラっと女の人を見ると、もう彼女は中年の豪傑そうな男との会話に笑顔を向けており、こっちを見ておらず少しホっとした。
だけどちょっと楽しそうに話している男の人が羨ましかった。
--*--*--
「うまっ……」
ほぐし肉の山賊風クレープは、ほぐし肉がピリ辛の味付けになっていて、優しいクレープと意外な程にマッチングしていて美味しい。
しかもクレープがかなり大きなクレープを2枚重ねた上で折りたたんでいて食べ応えも充分。
思わず噛むのが止まってしまう感動。
やっぱり食事はきちんと料理をされている物を食べてこそ幸せに感じる。
味わって食べていたはずなのに、気が付けば皿は空になっていた。
「あまうまぁ……」
季節のジャムは葡萄ジャムだった。
香りと酸味が強いけれど、砂糖ではなく蜂蜜を使ってジャムが作られていて逆にそれがとても爽やかな風味になっているジャムだ。
それをパンケーキと一緒に口へ運ぶと、ほんのりとした甘みのパンケーキがしっかりとした甘みに変わり、口の中が幸せになる。
もう一口ジャムをたっぷりつけて口に運んで、数回噛んでからミルクを飲むと、あったかいミルクの風味と脂質が甘さを包み込んで至高のハーモニーへと変わる。
「おいしいよう……」
正直泣きそうだ。
やっぱり料理は最高。
ただ一つ残念なことは、一人で食べていると『寂しい』
特に美味しい物を食べた時は、その感動を誰かと分かち合いたくなる。
つい最近、人と触れ合うようになったから尚の事。
『これ美味しいよね!』
『ね!』
そう一言二言交わせるだけでも、より美味しく感じられる気がした。
そんなことを思いながらも食べる手は止まらない。
なにせ美味しいのだ。
あっという間に空になり、最後の皿。
片手に収まるエッグタルトの登場だ。
形からしてフォークやナイフなどは使わずに、手づかみで行くべきだ。
親指と人差し指でつまんで持ち上げると、しっかりとした固さのある生地。
そのまま口に運ぶとサクっとタルト生地がいい音を鳴らし、あったかい濃厚なプリンのような甘味が溢れ広がる。
「ふぉぉお……幸せぇ……」
甘いは正義。
脂と糖分。これ以上の幸せがあるだろうか。
もう一口かじる。
「ん~~……」
ほっぺたが落ちそうだ。
一人感動していると、中年の豪傑そうな男の人と相手をしていた若い女の人が席を立った。
動きが目に入ると、どうしても目で追ってしまう。
サクサクとエッグタルトの幸せを噛みしめながら眺めていると、ハグと頬にキスをしあっていた。
さらに中年の豪傑そうな男の人はしっかりと女の人のお尻を揉んでいた。
「ちっ!」
内心で舌打ちを打つ。
明らかにえっちぃ揉み方で羨ましかったのだ。
深い関係だろうことが伺い知れるハグだった。
だけれど、すぐに二人は別れ、中年の豪傑そうな男の人はエントランスへと足を向けた。
女の人は手を振って見送るだけ。
『一緒に行かないの?』
そんな疑問が浮かんでしまって、つい女の人を見ていてしまった。
するとすぐに若い女の人は視線をこっちへと向けた。
『マズイッ!』
慌てて目を逸らす。そしてエッグタルトを齧る。
チラっと女の人を見れば、こっちへ向かって歩いてきている。
『ええええ? なに? ナニ? 見ててごめんなさいっ!』
焦り始めるけれど、どうみても女の人がこっちにやってくるまでにエッグタルトを全部飲み込むことはできない。
『ナムサン! 通り過ぎてくれますようにっ!』
そう願った。
「おはようございます。いい朝ですね。」
願いは叶わなかった。
諦めて顔を向けると、いい笑顔をしている若い女の人の姿。
そして明らかに自分に対して声をかけていた。
「 」
なんとか声を返すと、女の人はさらにニッコリと笑顔になる。
「鏡は無事に外せましたか?」
「ん?」
謎の言葉に時が止まる。
だけれども、そこでようやくピンときた。
「あぁ! メイドさん!」
「リティカと申します。」
メイドの時とは違う上等な服のスカートの裾を引いて、軽く膝を曲げて会釈をしてくれた。
誰か分かったことに納得していると、リティカさんが言葉を続ける。
「そのお顔を隠されておられるのは、怪我か何かでいらっしゃいますか?」
「あ……はい。そんなとこ…です。」
適当な理由をつけておいた方がいいと言われていた事を思い出し、とりあえず肯定する。
答えを受けて、さも悲しそうな顔になるリティカさん。
「それはそれは……やはり夜に痛んだりされる事もあるのでしょうね……」
「え、えぇ。まぁ。」
ゆっくりと悲しそうな顔を笑顔に変えていくリティカさん。
「苦しい時には、美しい花を愛でると気が休まると聞きます。
花が必要な際には、またお声がけくださいませ。
それでは……失礼します。」
「あ。はい……」
そう言ってリティカさんは去っていった。
背中を見送りながら最後に一口残っていたエッグタルトを口に放り込む。
甘味を十分に味わってから飲み込んで。
正面を向いてから水を手に取り、口の中の甘味を全て胃へと流す。
「ぷはぁ……」
チラリとエントランスの方をみるけれど、もうリティカさんの姿はなかった。
「……朝の会話から花の美しさがどうとか言ったことが出てくるとか、やっぱり高級宿は雅な方が多いんですなぁ……
よくわからんでござるが、ご馳走様でした。」
合掌した。




