3 神の育てし狩人
頭を撫でると手櫛が通る感触。髪がある。
おおよそ15cm程はありそうな長さで目にかかって邪魔になるけれど、もう目にかかるのが自然になっているので問題はない。
木の陰に身をひそめ、息を殺して獲物の様子を伺う。
昨日作っておいた落とし穴に何かが落ちている気配がするのだ。
この森では多種多様な生き物がいる為、穴に近寄って顔を覗かせたりすると、それだけで毒液を飛ばしてくるようなヤツもいるから気をつけて損はないのだ。近くの木に登り、遠目に穴を覗くと4つ足の豚に似た生き物の姿がある。
この森では一番おいしいヤツだ。
幸運に感謝しながら木から飛び降り穴へと向かうと、俺の姿を見た豚が危険を感じたのか身構えている。
「頂きます。」
指先を豚に向けて魔力を集中して空気砲を放つ。空気の塊は豚に衝突し一気に昏倒させた。
すぐにジャンプして穴へと降り、その場で水の刃を作り出して首を深く切って逆さにして血抜きをする。
こうしておけば、血の匂いでまた穴に落ちる動物もいるかもしれないし、お肉も美味しくなる。一石二鳥だ。
ある程度落とし終えるとそのままジャンプして穴から脱出し、最寄りの川へと向かい水に晒す。
獣の気配に気を配っていると、近くに肉食獣の気配がした為『近づくな』と警戒感を露わにしておくと遠ざかっていくのが分かった。
他の獣が近づく前にさっさと解体を進める事にし内臓を取り出して洗う。モツは足が速い貴重な食料だ。
編み籠に氷を作り、葉っぱを引いて氷が直接当たらないようにして保存する。
「ふぅ……今日はついてるなぁ。
これなら一週間は何もしなくてもいいかもですぞなもし。」
もちろん保存食を作って洞窟を改造して作った貯蔵庫にしまっておくから本当に何もしないという事ではない。
冬に食糧が無くなるのは、かなりの死活問題なのだ。
神様は俺がこの世界にやってきて3日間、魔法の事や植物や革の加工法や生活の術をみっちり教え込んでくれた。
そして飽きていなくなった。
だけれど俺は神様に与えてもらった知識や力、そしてなによりこの丈夫な身体のおかげで森で生き延びるには十分な力があり、そのまま野性味あふれる剣と魔法の世界でのサバイバル生活を堪能していた。
サバイバルにも大分慣れ、より便利に暮らす為に必要な物や家などを作ったりしているとあっという間に時が流れ、気が付けば秋口。
その頃に神様が一瞬だけ現れ『冬に備えてね。てへっ』と言って消えていったので、それから慌てて冬籠りの準備をしたのだけれど、急ごしらえの準備しか整える事は出来なかった。
そして急ごしらえなだけあって先の冬は食料面がなかなかにギリギリの節約生活になってしまい、今年は先の失敗から、もっとしっかりと貯えておく為に早くから行動しているというワケだ。
今年の俺は、蟻とキリギリスの蟻になるんだもん!
……まぁ、そもそもキリギリスって寿命2ヶ月らしいから、遊ぶ方が理にかなってるんだろうけれども。
そんな事を考えていると突如『貯蔵庫が危ない』と虫の報せが頭を過った。
こういった直感が走る時、大抵鼻の良いクマに似た獣だったりが貯蔵庫を開けようとしている事が多い。
「ちっ! 何者かしらんが拙者の貯蔵庫に手を出す輩は貯えの仲間に加えてやるでござる!」
貯蔵庫は獣対策は施してあるから、まだ破られてはいないはずだが自由にさせておけばそうもいかない。
水の中で晒している豚を固定し、内臓だけ担いで貯蔵庫へと駆けだすのだった。
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近くまで辿り着き隠れながら様子を伺うと、貯蔵庫の前はこれまでにない大変な状況に陥っていた。
なんと8人程の人間が火を焚き、貯蔵庫の前に陣取っていたのだ。
それは、この世界に来て初めて見る人間の姿だった。
『うわぁ……ニンゲンだぁ!』
そんな思いが心に驚きと恐怖を満たしていく。
1年以上森の中で生活していた俺にとって、人がいるというのは衝撃以外の何物でもない。
『あぁこの世界にも人間がいたんだ』と思うと同時に、あまりに自分が他者を必要としない孤独に慣れていることに衝撃を覚えた。
貯蔵庫の獣対策は人間には分かり易く、あっさりと破られ、そして貯蔵庫の中の俺がせっせと貯めた干し肉や燻製肉、干した果物の一部を持ちだして食事の準備を始めている人間達。
俺はそれを見て自分の物を奪われる怒りと焦燥を感じ、それと同時に得体の知れない人間という存在に恐怖し、ただ眺め、固まるのだった。
あああ、どうしよう……俺のお肉ぅぅ! お肉がぁあ!
実は果物の方がだいじぃぃ!! ああああああああ!
人が怖いよう!
次回、別人視点