29 メイド圧力
突如気を失ったメイドさんを抱きとめたはいいけれど、気を失うという異常事態。そして幼さが残る少女を真正面から抱きしめるような形になってしまった。
もちろん抱きしめると言っても『小さく前へならえ』状態の所にすっぽり収まっていると言うのが正しい。
ただそれでも少女の華奢な身体を真正面から受け止めているのだから動揺しないわけが無かった。混乱しないわけが無かった。汗が吹きださないはずが無かった。
「お…おお……おおお……」
ただ口をひょっとこのようにして、そこから言葉を漏れ落としながら必死に考える。
おあああ! 女人! 女人の身体がみみみ密着っ! 密着しているでござる! 華奢! 細いっ! 大丈夫なの? この細さで大丈夫なの!? あ、でも結構ずっしりくるのね! そりゃ軽くても40キロか50キロあれば、それなりにずっしりくるよねぇぇえ! どうしたらいいのぉっ! と、とととりあえず、寝かせた方がいいの? でも髪のニオイがいい匂いなの! 呼吸は止められないの! クンカクンカスハスハスー! って、違う!
こ、ここ、こういう時は、とりあえず、よ、横に寝かせた方がいいのよねぇ!?
小さく前へならえ状態でメイド少女の両脇を支えたまま部屋の中へと運び、ソファーにそのままの体勢で体を捻って寝かせる。
なんとかソファーに寝かせる事が出来て一安心し額に浮かんだ玉の汗を拭う。
密着状態が解除されると。それなりに落ち着いて考え始める事が出来た。
「……こ、これ……もしかしなくても、誘拐になるのではなかろうか……」
その懸念に背筋が粟立ち、頭が冷える。
未成年に違いない少女が意識のない事をいい事に部屋に連れ込んだのだ。
自身の常識に照らし合わせて考えれば間違いなく逮捕案件だ。
「事案! 事案発生でござるっ!」
もちろんそんな事は無いのだが、久しぶりに人間らしい風呂とベッドという環境で元文明人としての意識は既に目覚めていたのだ。
こと前の世界で鉄の掟として知られている『YESロリータNOタッチ』は、目覚めた意識の中でも特に覚醒が早い。
ロリータとは14~18歳くらいの多感な少女の事であり、それらの少女は遠くから眺めてその活動美や元気の良さを見守るように愛でるもの。決して直接的に触れて良いものではないのだ。
混乱しながらもチラリとメイド少女を見ると、やはりこのメイド少女はどう見てもばっちりその年代に当てはまってしまっている。
宿の入り口で縋り付かれた時は、自分から行動していなかった。少女から行動してきたのだから言い訳が出来た。
だが今は自分から動いてしまった。動いて受け止め、あまつさえクンカクンカスハスハしてしまったのだ。
「あぁああ! 禁忌! 禁忌でござる!」
結果。生まれる罪悪感。
罪悪感は早く何とかしなければという焦燥感に繋がり、とりあえず指の爪を噛みながらどうしたら良いのかを考える。
「そういえば拙者イケメン殿の怪我を治せたでござる……失神とは脳の負荷と聞いた事もあるでござるから、もしかすると頭がおかしくなっているかもしれない! こ、これは念の為に痛いの痛いの飛んで行けーをしておいた方が良いでござるよな!」
危機的状況を感じ早足で寝かせているソファーに近づき、膝をついてさらにぐっと近寄る。
「あわぁ……綺麗な方でござるなぁ……」
マジマジと見てみれば、やはりメイド少女の顔立ちは美しい。
だからこそ、治療の為とはいえ『YESロリータNOタッチ』を破って良いのかが躊躇われる。
「き、緊急事態! 緊急事態でござるからっ!」
プルプルと震える手でメイド少女の額に触れるか触れないか、ギリギリ触れない状態を保つ。
「痛いの痛いの飛んで行けー……」
「……んっ――」
「おおっ!」
メイド少女のすぐの反応。
慌てて触れそうになった手を引っ込め覗き込む。
そしてメイド少女がゆっくりと目を開いた。
「だだ、だ、大丈夫ですか!?」
オタク特有の距離感のつかめない顔の接近。
「んふ――」
フリーシアはまた失神した。
「ぬぉおっ!? ど、ど、どうして!?
はっ!? そう言えば! 顔! 目を隠しておらなんだーっ! むぉおお! 神殿ぉー! メイド少女が失神するとか! どんな凶悪な顔にしてくれたでござるかぁ! 恨みますぞ! 恨みますぞぉ!」
一通り嘆いてから、流石に顔をしっかりと隠した。
ロリータの失神など心臓に悪い事この上ない。
次の回復後はすぐにダッシュで離れて距離を取るようになるのも自然の事。
そしてフリーシアは、期せずしてまたもマコトにトラウマを与えたのだった。
--*--*--
「……あれ? 私……何を……」
「 」
部屋の端まで離れた所からソファーにいるメイド少女に声をかける。
ちゃんと顔を隠したし、社会の窓も開いてないか確認したし、身だしなみも確認した。
今度こそは問題ないはずだ。
だけれども不安からどうしても距離を取ってしまう。
声が聞こえたか聞こえないか不安だったけれど、メイド少女はこちらを向いた。
「あ、マコト様! 失礼いたしました!」
「 …… 」
すぐにソファーから立ち上がり頭を下げたので、急に動いた事で、また失神するかもしれないという心配が沸き起こり、なんとか制しようと声をかける。
ゆっくりと頭を上げた少女メイドの目は下や横に向いていて、その動きは必死に何かを思い返そうとしているように見えた。
「……そういえば私……マコト様を呼びにきて……何か大切な……」
「 」
一人思案にふけり始めた少女メイドに声は届かないようで少女の思案を止められそうにない。
「確か……ドアが開いて……」
そこまで言って少女メイドは、クワっと目を見開いた。その顔には驚愕の色が浮かんでいる。
そして呟くように口を開く。
「……私……マコト様の素顔を?」
「 ……」
また怯えられてしまうという恐れから、どう接していいのか分からずオロオロする事しかできない。
少女メイドは驚愕の表情のまま手を震わせ、その手をこちらへと向けて一歩、また一歩と近づいてくる。
その動きはまるでゾンビのようにも思え、思わず半歩下がってしまう。だけれど既に後ろには壁しかなく下がる事は出来なかった。
「わ、わた、わたし、私、見、み、見……」
「 … 」
カタコトの言葉を発しながらじりじりと近づかれ、逃げ場のない怖さに、つい謝ろうとするけれど、うまく声がでてこない。
腰が引けて、まるで空気椅子をしているようにどんどんと腰だけが落ちていく。
「マコト様っ!」
「うひぃっ!」
自分の顔の両横から ダァン! と音がした。
両耳の横には少女メイドの腕があり、目の前には鬼気迫らんばかりの少女メイドの顔。
「マコト様……」
「ひひひひひゃいっ!」
腹の底から出てきたような声に、返答する自分の声には怯えが混じる。
「私以外の誰かに……お顔を見せましたか?」
「いい、いい、い、い、いいえ!」
「う、うふ、うふふ、ふ、ふふふふっ。
マ。ま。マコまこと様。マコト様。
……絶対に私以外に見せてはなりません……私だけが知っていればよいのです……他の誰にも見せてはなりません……これは絶対です。」
「ひひゃいっ!」
「安心してください。私が、このフリーシアが。命を賭けて貴方様を守って差し上げますから。」
余りの迫力に自然と肩が狭まり、両手が胸の前に来てしまう。
引け過ぎた腰は最下層までに到達し、いつの間にか体育座りになっていた。
あまりの眼力に、メイド少女をただ見上げながら頷くことしかできなかった。
その時、部屋をノックし、ドアが開く音がした。
「マコトく~ん……って!? フリーシァアぁもうっ! 何してるのっ!? マコトくん大丈夫!?」
「うふふふ――ぐぇ」
金髪ふわふわさんが駆け寄ってきて、壁ダァン超圧プレッシャー状態から解放される。
腕を抱えられて起こされ、思う事は一つだった。
ああこわかっぉおッパァアアーーい!
左肘から伝わってくるオッパイの力は無限大だった。




