26 ヤツ
「――テオ殿……アリサ……」
そう呟き、上に向けた手の指を二本クイクイと動かす。
怪訝な顔をした二人は近づき、マコト殿は突如テオ殿から解放された事に狼狽えながらも、空気を読んでその場で立ちすくみ、小さく首を横に動かし続けるだけ。
ガックリと首を落とした私の雰囲気に、二人は屈むようにして顔を近づけ口を開く。
「なに? お金の事だったら私もテオもそんなに力にはなれないわよ? 一般庶民とは桁が違いすぎるから。」
「そんなことじゃないんだ……あの子が……来てる。」
「あの子……?」
眉間にしわを寄せたあと、一気にそれを解放するテオ殿。
「まさか!?」
驚きのあまり思いの外に声量が出ていたことに気づいて慌て、小さく屈み直して小声で続ける。
「……フリーシアが来てるって言うの?」
「嘘でしょ? マイラ……貴方あの子に今日の事漏らしたの?」
「そんな迂闊なことすると思う? 私は今日はフリーシアが喜んで出ずっぱりになるようなことを頼んでおいたくらいだよ?
あの情熱を見ていただけに気を付けていたさ。それこそアリサかテオ殿が漏らしたんじゃないかと疑うくらいには気を付けていたよ。」
「私もアリサも漏らしたりしないわよ!」
「あぁそうだと思う。失言だった。失言が出るくらいには焦ってると思って許してほしい。」
話を進める為に疑惑を飲み込んで謝罪をして仕切りなおす。
「とにかくもうすでに『あの子がいる』
予想以上の鼻と行動力だ。
だからこそ今どうすべきか相談したい。彼女は私が手配した世話係と言ってここに潜り込んでいるんだ。」
「単純に世話係じゃないと締め出すのはダメなの?」
一拍もおかずにアリサが案を出す。
私はすぐさま首を横に振る。
「いいやアリサ。それは私もすぐに考えた。だけれども充分とは言えない。
きっとフリーシアは私達が排除しようとすれば更に色々と手を尽くしてくるはずだ。なにせもう彼がここに来ると確信し、そして見事に当てた。
居場所を知られている以上、締め出そうが宿を変えようが、どうしたとしても追いかけてくるだろう。」
「マコトくんを私達の家で保護する?」
「ちょっとテオ!?」
私はさっきよりも早く首を横に振る。
「それはもっともマズイと思うよテオ殿。あの子の異常な執着を見れば最悪手になりかねない。
なにせあなた達にその気はなくとも、彼女から見れば恋敵。憎むべき敵になってしまう。その形で対策を立てれば立てるほど執着を燃やして、いよいよとなればマコト殿が裸足で逃げ出しかねない強硬な手段に出てくる可能性もあるように思えて仕方ない。
そうならないような最善手を考えたい。多少の被害はもう仕方がないとしても、それを加味した上で、なんとか被害を最小に収めたいんだ。」
「だとしたら……マコトくんには伝えておくべきじゃない? 彼が狙いなんだから遅かれ早かれ接触される恐れがあるでしょう?」
「う……ん……今、伝えても良いのかな? 不安になったりしないかな?」
全員でチラリとマコト殿を見る。
彼はビクリと反応し、またもオロオロと首を右往左往させる。
「「「 う~ん…… 」」」
この場にいる全員が同じことを思ったに違いなかった。
彼は恐るべき力を有しているのに、こと対人となると、ほとほと頼りないのだ。
「フリーシアを説得する?」
「どうやって? 交換材料もなしに彼女が彼との接触を諦めるとは思えないよ?」
「いっそのこと本当に世話係にするとか?」
「確かに彼は仕事としてその場にいる人間に対しては恐れていない感じはある。だけれどその選択をしたが最後。彼が夜這いにあって泣いている未来が見えるんだ……」
「男なら喜んでも泣くことはないでしょう?」
「いいかい? 大事な事を言うよ。『彼』なんだよ?」
全員でチラリとマコト殿を見る。
彼はまたもビクリと反応し、今度はションボリと肩を落として見せた。
どうやら、こそこそと話をしているのはもう限界が近そうだ。
「分かってもらえたと思うけれど、あの様子を見るに、あまりのんびり話してる時間もない。」
「とりあえずマコトくんは部屋に案内してもらって休憩。マイラがフリーシアを一度連れ出すのは? ここでいくら画策しようと無駄に時間が過ぎるわ。『恐れは危険を大げさにする』と言うじゃない。直接話をしてみるのが一番早い解決方法になるかもしれない。」
私は一つため息を吐く。
確かに最も堅実な対策方法だと思ったからだ。
ただし……
「最もだと思う……だけれども、私はこの後、彼から預かった鱗を保管しておきたいと思っていた。
今は騎士団内の部下に中身を告げずに保管を命じてある。だけれども騎士団も一枚岩ではないから移動は早いに越したことは無いし、移動場所は私以外知るべきじゃないと思っている。これも後回しにすべきではない重要な事なんだ。」
「私はマコトくんにカットしてもらった鱗のアクセサリーにしておこうと思っていたくらいしか用事はないから動けるしフリーシアと話もできる。
ただマコトくんを前にした彼女を長く拘束できる自信は無いわ。それに結論を急ぐだろう彼女を貴方程説得できる自信もない。
アリサと二人でもどこまで話ができるか……」
「やっぱり私も頭数に入るのね。知ってたけど。
……別に断ったりはしないけどね。」
「助かるよ二人とも。私もできる限り早く用事を終わらせて合流する事にする。
それじゃあまずはマコト殿が部屋に入ったらすぐに私達でフリーシアを確保してそれぞれ行動に移ろう。」
「できるだけ自然な顔をしておくのよアリサ。マコトくんはああ見えて……いいえ。ああだからこそ、人の表情をよく見てるんだからね?
その時は思っていなくても、後から思い返して色々と考えるタイプよ。彼は。」
「もう……子供じゃないんだから大丈夫よ。」
私達は頷きあって笑顔を戻す。
そしてマコト殿に振り替える。
「お荷物はございませんか? マコト様。」
「 」
「「「 ――っ! 」」」
マコト殿の隣に花咲く笑顔のヤツがいた。
私は固まり、テオ殿は表情そのままに口元を手で隠し、アリサは咳き込んだ。
「それは失礼いたしました。 私お世話係を拝命しておりますフリーシアと申します。
貴方様のお側に控えさせていただきますので、なんなりとご用命ください。」
ヤツの愛の詩を歌わんばかりの声に、私にどうしたらよいのか答えを求めるように顔を向けてくるマコト殿。
私は風雲急を告げる事態に、首を傾げながら笑顔を返すことしかできなかった。
――マコトはお世話係が、かつて自分を見て叫んだ少女だと気が付くことは無かった。
なぜなら初対面の時のフリーシアは見下しと蔑みの表情。対して今は、好意しかない笑顔の可憐な少女。
チラリとしか顔を見ていないマコトが、その両者を同一人物と思えるわけがなかったのだ。
……なにより場の雰囲気に飲まれ流され『高級宿ってすごいなぁ……お世話係とかつくんだ。』くらいにしか思っていなかったのだった。




