21 当日朝のお着替え
―― 敵襲 ――
突如マコトが土に覆われた事で、マイラとテオは直感的にそう判断した。
直感はすぐさまマイラには『テオがした』と、テオには『マイラがそうした』のだと告げる。反目し合っていた二人は直感に従い互いに瞬時に疑いの目を向けた。
だが同時に視線を交わしたことで違和感を覚える。なぜなら双方この状況に驚きを隠しきれていない顔をしていたからだ。
そして二人は表情から同時に『他に敵がいる』と判断して頷き合う。
依頼とはいえ、つい先日まで共に行動していたのだから、人となりや力量は知っている。そして背中を預けられる程度には信頼感はあった。
同時に向きなおり背中を合わせ、マイラは柄に手を、テオはスカートに仕込んでいた投げナイフに手をかける。
「テオ殿……そっちに影は?」
「無いわ。気配もない。そっちは何か見当たった?」
「いいや……これほどの魔法であれば目視できる場所……近くにいるに違いないはずだが……」
ピリピリとした緊張感が走る。
よくよく考えれば、マコトを見つけたのは自分達が最初ではない可能性があった。
もしかすると数年前からマコトを観察していた人がいて情報を秘匿していたとしてもおかしくはない。
瞬時に壁を発生させる土魔法は相当の手練れであり、単身ではないはず。苦戦は必至。
マイラとテオは急速に動く思考の中で同じ結論に至っていた。
そんな中、最後のパンの欠片を口に放り込んだアリサが口を開く。
「ねぇ……彼なんじゃないの? やったの。」
その口調は、どこか呆れている感さえあった。
なぜならこの場所に至るまで夜明け前から念入りにテオと二人で人の気配を探っていて誰もいなかった事を確認しているのだ。
頼りになる姉のテオにしては珍しく、自分のしていた行動すら忘れてしまうほどに平静を失っているように見えての口調だった。
「「 えっ? 」」
二人はアリサの言葉と態度に、ふと思い返す。
「「 あっ…… 」」
そう。
マイラはマコトが魔法を使うのを知っている。とは言え、その他にも地竜など衝撃的な出来事が多すぎてマコトが魔法を使えるという事実は衝撃の大波に埋もれてしまっていた。
テオは、アリサから聞いた事でマコトが魔法を使えるという事は知っていた。だけれど常識として女が魔法を使うという固定観念があり、自然と男のマコトを対象から除外し、魔法を使う女を探してしまっていたのだ。
マイラとテオは臨戦態勢を解いてお互いの顔を見て、瞬きをする。
しばらく見合ったあと同時に視線を外し、マイラは頬を人差し指で少し掻き、テオは髪を指でクルクルといじった。
「ふっ。」
「フフっ。」
そして笑い合う。
反目し合っていたけれど、いざという時に協力できたという事実が信頼感に繋がったのだ。
二人はクスクスと笑い合った後に土の壁に顔を向ける。
「マコト殿ー? この壁はキミが出したのかい?」
どこか角が取れ、安堵の混じった声でマイラが問い掛けると、土の壁に、にゅっと穴が空き、マコトが顔を出した。
顔を出してすぐにテオにビクつく。そしてビクつきながらもコクコクと頷く。頷いたかと思えばすぐに顔を引っ込めると穴が塞がった。
高度な変化を容易に行う程の魔法は、間違いなくマコトが出した魔法以外に考えられなかった。
マイラが持ってきた服も壁の向こうに取り込まれていた事から、単純に着替えを見られたくなかった為に壁を出した事も推測できた。
「まさか……着替えの為だけに、ここまでの魔法を使うとは思ってなかったよ。」
「ふふ、本当ね。
規格外だ規格外だと聞いてはいたけれど、実際に目にしてようやくそれが真実なんだと思い知らされたわ。」
マイラとテオの会話には、これまであったギスギスした棘は、もう見えなくなっていた。
そしてアリサは再び異常を目の当たりにして一人、やっぱり早く帰りたくなっているのだった。
--*--*--
笑われている? 笑われているでござるか?
壁の向こうからクスクスと笑い声が聞こえるでござる! あああああ。
たたたた、確かに、その、こそこそ隠れながら着替えるのは、おと、おとと、男らしくないかもしれませぬが、プライバシーが! プライバシー問題があるのでござる!
あああああああ、なんで、なんで笑っているでござろうかぁあ!! 気になるぅっ! 気になるのぉっ!
薄く壁の向こうから聞こえる笑い声に怯え、そしてできるだけ早く着替えようとするけれど初めて着る服は、意外と勝手が分からない。それに色々と細かい紐があったりもする。
ああああ! パンツは絶対今の方が快適だから変えないでござる! これは絶対でござる! そもそも壁一枚向こうに女子女子がいるのに、パンツを脱ぐなんて出来ないでござる!
おおおおおお! なんで、この靴? サンダル? も、紐だらけなんでござろう!? あ。サイズ調整の為でござろうか?
……ほっほー……
……これは拙者でも作れそうでござるな……って、今はそれどころじゃなかった! 早く、きが、着替えなければああ! でもどうやって着るのこれぇえ!
どれだけ焦ろうとも、時間は平等に過ぎてゆくのだった。
--*--*--
「それで、紹介はしてもらえそうかしら?
貴方も色々と心配事があるでしょうけれど、私は単純に私とアリサ……そしてハンターの仲間達が不幸な目に合わないかどうか知りたいだけよ。
その恐れさえなければ私は貴方の邪魔をしようとは思ってないわ。」
私はマイラに笑顔を送る。
自分自身、さっきまでとは違い自然な笑顔になっているだろうなと思う。
私の言葉を聞いたマイラはこめかみを2度人差し指で掻き、そして笑顔を見せて口を開いた。
「もちろん紹介するとも。
テオ殿には敵に回すよりも味方でいてもらった方が良いと思うからね。
……信じてもらえるか分からないけれど、私はこの冬、彼と友達になりたいだけなんだ。
なにせ今見た通り、ちょっとしたことで驚くくらいに、彼の事をまだよく知らないからね。ふふっ。」
マイラの微笑みに裏は感じ取れなかった。
貴族という性質上、言葉の全て信じる事は出来ないけれど、騎士団のマイラという性質では信じても良いようにも思える。
「じゃあ、まだ私達は……同じ所にいるのかしらね。」
「そうだね。
今……考えられる可能性は全て、まだ夢物語と同じなのさ。
その夢物語の中で事実にできる幅を搾る為にも、今という時間は、より深く知る為にある時間なんだと思う。」
マイラの言葉は正しい。
彼の力の話を聞き、そして目の当たりにして思う。
彼を手に入れる事が出来れば、全ての描く夢が実現できるように思える。
だけれど、実際に『彼を手に入れる』事ができるかは分からない。
彼が何に対して力を使うか分からないし、何を嫌うかも分かっていない。
いくら手をつくして鳥かごの中に収めたつもりでいても、彼が鳥かごを嫌えば容易にその檻を壊して大空へと飛び立つ。
だからこそマイラは彼の居心地の良い場所を作ろうとしているのだろう。
居心地の良い場所を作る為には、まずよくよく何を望むのかを知らなければならない。
アリサや私達を殺して情報を秘匿しなかったのも、居心地の良い場所を作る過程で無駄な拘束はできないから、彼は街の中を自由に動き、自力で情報を手にすることもできる。
そして万が一、私達を始末したという行動が露見すれば彼が逃げ出すのを確信しているのだろう。
で、あれば私達も自分達の安全の為に、彼を放置する事は出来ない。
彼をよく知っておく必要がある。
「一方だけからの見方ではなく他からの意見も必要じゃないかしらね。お互いに。」
「ええ。今、知っているのは4人だけですからね。
個人的には我儘を言いたくもあるけれど、現状、情報は多い方が良い。
特にテオ殿は私が出来ない方向からの視点を得ることができそうだし。」
マイラの視線は私の服。胸元に移り、その声には溜め息が交じっていた。
男はよく私の胸を見る。重く、弓の邪魔にもなる。押さえると苦しいし個人的には無い方が良いけれど、それを口に出すと同性から非難を受けるので口には出さない。
これも私の武器の一つなのだから。
「あら? そっちの方でも攻めていいのかしら?」
冗談交じりの本音の質問をぶつける。
「えぇかまいませんよ。私は騎士団で男の中に混じっていたおかげで色々理解していますし、男は恋愛よりも友情を取る傾向が強いことも知っていますから。」
暗に、動いても構わないが、動けば利用すると言っているのだろう。
これ以上、彼女を刺激してやる気を出させない方が良さそうだ。
肩をすくめて軽く両手を上げ、降参の意思表示をする。
「わかりました。深入りはしないわ。」
「そうですか? 残念です。」
マイラの意思を逸らす為に私は視線を壁に向けて続ける。
「ところでだけど、彼は随分と着替えに時間がかかるのね? なにか分からなかったりするのかしら?」
「ふむ……マコト殿ー? そろそろ着替え終わったかい? どうだい?」
マイラが大きな声を出すと、しばらくしてまた、にゅっと壁に穴が開いた。
私はとりあえず彼に笑顔を向けておく。
だけれど、やはり彼はその目を覆う布越しの視界に私を捉えると、ビクリと身体を硬直させ、すぐに顔をマイラへと向けた。
ただ、さっきも穴から顔を出して私を見て確認していたのに、また最初に私を見たところから推測するに、確信はないけれど私に興味は持っているように思える。
「…… ……」
「んん? どれどれ?」
声は小さかったけれど理解できた。多分アリサは『理解できない存在』という意識が強すぎて言葉が言葉として聞こえていなかったのだろうと思う。
これなら私も話す事さえできれば意思疎通は可能そうだ。
彼が引っ込み、マイラが穴に手をかけて中を覗く。
「ん~? とりあえず、問題はないと思うよ? 後ろも見たいからちょっと回ってみて。……うん。大丈夫!
それじゃあこの壁を消してもらえるかな?」
だけれど壁はなかなか消えなかった。
「いやいやいや、いやいや、大丈夫だから。うん。」
マイラの声がしばらく同じ言葉を繰り返した後、壁は砂のようにサラサラと崩れさり、彼が姿を表す。
赤みがかった黒に近い色に染められたズボンに、亜麻色のシャツ。シャツの上から墨色の革のベストを羽織り、ベストは革紐できちんと前を閉じられている。
シャツはズボンからはみ出しているけれど、それがまたズボンとベストな間にアクセントとなって映えていた。
目を覆う白の布や赤みがかった黒の髪とコントラストもよく。
全体的にバランスが取れ、統一感があって綺麗。
「わぁ、素敵じゃない!」
自然と声が出ていた。
彼は私の声にビクっと反応し、そして半歩マイラの方へ移動してから、ビクビクと何度か私の方を向いて頷いた。
「お墨付きが出たよ。良かったね。
私も用意した服が似合ったみたいで嬉しいよ。」
「…… … …」
マイラの言葉に対して、私よりも幾分落ち着いたような様子で返答する彼。
そして慌てたように着ていたであろう毛皮を拾いあげて、両手でマイラに差しだした。
「…… … 」
「わぁ! 本当にいいのかい? 半分は冗談だったんだけれど。」
「 … …… !」
差しだしたかと思えば慌ただしく引き下げ、そして魔法で水球を作り出してその中で赤熊の毛皮を洗い、そしてぐにぐにと洗ったかと思えば、風と火の魔法を合わせて毛皮が浮く程の乾燥風を作り出して、水分を蒸発させる。
あまりの魔法の使い方に、最初は呆気にとられたけれど、終盤は笑う事しかできなかった。
ここまで繊細な魔法を使えるようになるには、どれだけの訓練がひつようなのか見当もつかない。
「…… … 」
「ありがとう。」
改めて差しだされた毛皮を、マイラもただ受け取る事しかできなかった。
私は彼の様子を見ていて、一つピンと来るものがあった。
もしかして彼は、大きく見えるだけで幼子なんじゃないだろうかと?
一度そう思ってしまうと、私は世話を焼きたくなる気持ちが疼きはじめるのを止められなくなっていた。




