20 当日 朝
窓から差し込む光は太陽が昇り始めたばかりであることを伺わせるほどに弱い。だけれども、じんわりと感じる温かさは今日が良い天気になるだろうことを匂わせていた。それを嬉しく思うほどに秋も随分と深まって来ている。
身だしなみを確認し背筋を伸ばす。
軽く天を仰ぎ、小さく深呼吸をして前を向く。
「さぁ、約束の日だ。」
気合を入れて領主から与えられた小さな屋敷を出る。
「どうぞお荷物です。いってらっしゃいませ。」
「あぁ有難う。今日は外で食べると思うから、そのように。」
荷物を受けとり頭を下げる執事のデズモンドに言葉をかけ背を向ける。
執事といっても、なにせ小さな屋敷だ。その下にはフットマンや給仕見習い、ハウスキーパーに侍女と料理人が数えるほどしかついてはいない。
小さいとはいえ客室もあるからマコト殿をこの屋敷に迎え入れる事が出来れば最も良かったのだろうけれど、それを現実にするのは難しい。
私は未婚の女であり、そして執事達はこのカーディアの街を統括する領主により宛がわれた領主の息のかかった者達だ。私が不穏な動きを見せれば即座に報告が上がり良からぬ話になってしまう。
だからこそ、私はフリーシアをこの屋敷において使っている。
彼女は私を内心で敵と認識しているけれど、ことマコト殿の事となれば非常に扱いやすい。それに元々他の貴族の家にメイドとして仕えていただけあり、意外と立場ある人間に対しての対人関係はしっかりとしているし、私の為ではなく自分の為だろうけれど妄りに秘密を漏らす事もないから、マコト殿に関わる下準備には、思いの外に助かる存在となってくれた。
尚、今フリーシアには、今後彼の着る服の準備を進めるよう言いつけてある。
もちろんフリーシアにはまだ表に出てきてほしくない為、昨晩の内に、こう言付けた。
「彼が似合うと思う服や下着をフリーシアが準備して欲しい。私は男性の服には疎いからね。
量はこの冬に困らない程度は必要かな。ただし一点だけ条件を付けるなら、彼は目立つ事は嫌っているから過度な装飾は厳禁。下町に居てもおかしくない服だ。
もちろん質素だからといって着心地が悪いのは話にならないから、質は高品質にこだわるように。費用はいくらかけてもいい……いや、その顔を見る限りだと制限した方が良さそうだね。中金貨5枚までで収めるように。
いいね? 彼に似合うけれど、出来るだけ地味で目立たないような服だよ。」
地竜の素材を売る事が出来れば、どれだけ服にお金をかけようが問題はないけれど、盲目的になったフリーシアは際限なく金子を使う可能性があった為制限をかける。
自分の好きな人を自分の好みの服で金の心配なく飾れるとなれば、こんなに楽しい事は無いだろうと思っての提案だった。
「わ、私があのお方のお召し物を……あぁ、私があのお方にお召し物を……下、下、下着まで、までぇ! ああぁ、どうしましょう! 私の望んだ衣服をあのお方に纏わせる事ができるなんて……包み込む事ができるなんて! こうしちゃいられないわっ! いられないわぁ! 今の流行の服はっ!? トレンドはなんだったかしらぁあ!」
案の定、地が漏れ出たような言葉の後、即座にいなくなり、今日は私よりも早く動き出している。もしかすると寝ていないのじゃないかとも思う。
どうかそのまましばらくは服探しに夢中になっていて欲しいものだ。
騎士団の詰所まで馬を回し、前日に用意しておいたマコト殿に合いそうな服や外套などをまとめた物を騎乗する馬に積む。
当座の地竜の素材を持ち込む為に小さ目の荷物入れも馬に背負わせた為、騎士用の馬であるにも関わらず駄載獣のような格好になってしまうのは少し馬に申し訳ない。
「じゃあ、行こうか。」
申し訳なさから軽く撫で、一声かけて跨り、そして『訓練の為』と偽って城壁の小口から街の外へと出る。
肌寒さを打ち消す太陽の力。はっきりと朝を印象付ける光を浴びながら、森に向けて馬を駆るのだった。
--*--*--
「マコトさ~ん。」
――ん?
「マコトさ~ん。」
だれっ!
「マコトさぁ~ん。」
だれぇっ!
自分を呼ぶ女性の声がした気がしたので興味にひかれて声の方に移動してみれば、金髪ふわふわの見知らぬお姉さまが拙者を呼んでいたでござる!
「近くにいるのは分かりますよ~。
出てきてくださぁ~い。マコトさぁ~ん。」
嫌でござる。嫌でござる。
拙者金髪ふわふわのスィーツ的女子など知り合いにおらぬでござる!
「ん~……なんだか気配が小さくなってきたわ……警戒されてるのかしら? ねぇアリサも声かけてみて。」
「……マコトさぁーん。」
ん? なんでござる? あの黒髪ストレートなスィーツ2号さんは?
おっ?
あれっ?
……なんだポニテさんでござったか。
まさか髪型をマイナーチェンジするとは。そんなことされたら拙者わからんでござる。
髪型はキャラクターの個性でござるのに、まっこと3次元はいけませぬなぁ。そんなころころ髪型を変えていたら視聴者はだれも覚えてくれませぬぞ。
ん?
という事は……あの金髪ふわふわスィーツ的女子さんはもしや……んんっ? あっ、やはりパーリーピーポーの弓矢のお姉さんでござるか!?
いやぁああ! パーリーピーポーの女の人怖いぃっ!
「「 マコトさぁーん 」」
『いやぁあああ!』
怖くて出ていきたくないけれど、呼ばれているのに無視して離れる事も出来ずに、ただその場で固まる。
女子二人の女子女子している空気に耐えきれず、木に抱きついて『ここに私はいません』と願いながら、こっそりと様子を伺っていると、一向に女子女子の気配が動く事は無かった。
じりじりと焦りから気が急いて貧乏ゆすりでも始めてしまいそうになったその時、遠くから馬が地を蹴る音が近づいてきたので、その方向に目を凝らす。
まさに白馬に跨る王子様だった。
『あれはイケメン殿ぉっ! せ、せ、拙者はここでござるぅうっ! 早く来てぇっ! 助けてぇ!』
まるで塔で助けを待つ姫のように両手を合わせて星に願う。朝だけど。
そしてその願いは叶えられた。
白馬の王子様は女子女子しているオーラを物ともせずに、女子女子している二人の下に降り立ち声をかけたのだ。
そこに痺れ、憧れ、視線を送って応援する事しかできなかった。
「テオ殿……こんな朝早くから一体何を?」
「あら? おはようございます小隊長様。アリサと一緒に森の様子を見に来てましたの。なにせ私達はハンターなので。そして気配を探っていましたら、なにやら感じたことのある気配を感じましたので、もしやと思い、呼び掛けてみておりました。」
声の聞き取りまではできなかったけれど、金髪ふわふわスィーツ的女子さんはニコニコとしたまま言葉を終え口を閉じたのは分かった。そしてニコニコとしている金髪ふわふわスィーツ的女子さんに反して王子様は渋い顔。
ポニーテールじゃないけどポニテさんは、なんとなく面倒臭そうな顔をしていた。
自分が呼ばれなくなった事で観察を始める余裕ができ、じっくりと眺める。
その場にいる全員の表情からピンと直感が走った。
「はは~ん。さては金髪ふわふわスィーツ的女子さんはイケメン殿を狙っているでござるな。
イケメン殿の渋い顔からして脈なし……でも諦めない金髪ふわふわスィーツ的女子さんはポニテさんからイケメンが出現する場所を聞きだして会いに来た。そんなシーンに違いないでござる!
そしてアレでござるな? イケメン殿はポニテさんに惹かれていたりして、ありきたりな3角関係なアレで、これから徐々に修羅場になるでござるな。」
一人推測に納得し脳内妄想でストーリを綴り始めるのだった。
--*--*--
「テオ殿。とても森に来る恰好には見えませんが?」
「えぇ様子見ですからね。それにこの後戻ったらアリサと街をぶらつこうと思ってまして。
それより小隊長様? マコトさんの気配はしていますし、こちらを見ていますよ?
ずっとお待ちだったみたいですし、私と無駄話をするよりも早く呼んで差し上げた方が良いんじゃないかしら。」
「はぁ……もう引くつもりはないでしょうし、私もいずれこうなるとも思ってましたから覚悟はしていました。
最も私が予想していたよりもずっと行動が早かったですけれど……仕方ありませんね。」
私は溜息をつきながら森に向き直り、一度テオ殿に目をやる。
すると森の一定方向を指さした。きっとそこにいるのだろう。
「マコト殿ーっ!」
指さした方に声をかける。
…………
だが反応が無い。
本当に指を指した方向にいるのか怪しく思え、テオ殿に再度目を向ける。
「気配は増したから、いるのは間違いないわよ。」
森に関する事でハンターに敵うとは思っていない私は、テオ殿の言葉に従い、素直にもう一度呼び掛ける事にした。
「マーコートーどーのー!」
口に手を当てて呼び掛けると、木の一部がガサっと動いた気がした。注意深く見ていると木の陰からコソっと白い布がこちらを見ている。
だが、こっちを見ているその様子がまるで野生動物のように思えて、思わず笑いが漏れた。
「そこに居たのかマコト殿。まったく隠れるのがうまいんだな。」
私は笑って声をかけながら歩みを進めて近づく。
だけれど、私が近づくと何故かガサっ、ガサっ、と木が激しく動いている。
警戒心が強そうな雰囲気に一度足を止めて考える。
「なんであんなに怯えているのかしら?」
左から聞こえた声で原因が理解できた。
ほぼ隣にテオ殿が居たのだ。
「テオ殿。すまないけれどマコト殿が警戒しているのは貴女方のように思える。
試しに私だけで近づいてみるから少しここに留まって見ていて欲しい。」
一声かけて待機してもらうよう頼むと、テオ殿はすっと目を細めた。
あぁん。ゾクゾクする目だなぁ。もう。
つい嬉しさから笑いが漏れる。それをテオ殿から隠すようにして前へと足を進める。
「大丈夫! 彼女達はここで待っててもらうから。」
そう声をかけ足を進めると、ガサガサガサっと木がまた動き、彼は木の下に降り立った、私を待っていたのだ。そしてやはり彼女達が怖かったのだ。
騎士団の新入りでも体術を磨く為に男とばかり接していた者の中には、同じように女を怖がる者がいる。それと同じ心情だったのだろう。
特に今日のテオ殿は女らしさを強調する服を着ているから猶更だ。
テオ殿が自分の武器を強調した事が災いし、逆に私が優位に立てた事で嬉しさがある。だけれどもその反面、私も女なんだけどなという不満もしっかり顔を覗かせてしまい私の口角は半分だけしか上がっていなかった。
完全にマコト殿に近づく前に、しっかりとした笑顔へと切り替える。
「やぁやぁ。随分早いんだね。待たせちゃったかな?」
「………… 」
フリーシアの声の大きさに慣れていたせいで、覚悟はしていたといえ『声ちっさ!』と思わないでもない。
もちろん内心でだけだ。声に出してしまえばマコト殿の声は一層小さくなってしまう。
「そう。それは良かった。
そうそう。ちゃーんと服を用意したよ。
ただどうしても出来合いの物しかなかったから合えばいいんだけど、ちょっと心配だな。」
馬に積んでいた荷を下ろす。
下ろしながら続ける。
「あとさ、朝ごはんは食べたかい?
マコト殿は料理の話をした時に興味がありそうだったからパンに、チーズとハムを挟んだ物も少し持ってきたんだ。街の食が合うか実験も兼ねてね。
まぁ実のところは、私がまだ朝食を食べていないからつまもうと思って持ってきたんだけどね。ふふっ。ちゃんと2人分用意したから良かったら食べてみるかい?」
鼻息が聞こえんばかりの反応と、首を縦に強く何回も振る。
マコト殿の珍しく強い意思表示に持ってきて正解だったと一人満足する。
「ははっ! 喜んでもらえそうで嬉しいよ。
じゃあまずはパンを渡しておくよ。え~っと……これだ。はい。どうぞ。」
私が片手で渡したパンを両手で受け取り、口を半開きのままそれを天に掲げて見せた。
半開きの口の形から判断するに、どうやらパンを食べた事はありそうだけれど久しぶりという雰囲気がする。
ひとしきり眺めると、彼はそのままバリっと勢いよく齧った。
焼き立てのパンで用意させたからいい音がする。
「……ぉぉぉおお……」
普通の大きさの声が聞こえて少し驚く。
なんとも良い声をしている。詩でも唄えば心地良く響きそうな声だ。
「どうかな?」
「おいしぃ……」
そのままゆっくり、しっかり噛みしめ、確実に細部まで味わうように食べ進めるマコト殿。彼が両手でしっかりと掴んだサンドイッチは誰も奪う事は出来ないだろう。
時々鼻を啜る音が聞こえたが、マナー云々は彼には関係ない。
「一応、水も持ってきているからね。」
革袋に入った水を飲んで見せてから渡す。
そして私も彼と同じようにパンを齧り、同じ時を過ごす。
騎士団では同じ釜の飯を食うと言った言葉が使われており、それは仲間意識を生む為の訓練でもある。
だから私も今、敢えて彼と同じ行動をして同じ時を過ごし、仲間であるという意識を植え付けているのだ。
「……ぉお……御馳走様でした。」
「うん。美味しかったね。ご満足いただけたようで何より。」
一口が大きいのか思いの外早く食べ終えたマコト殿を見て、自分の食べさしを手早く片付け、パンくずのついた手を払って解いておいた荷を見せる。
「はい。これが用意した服一式だよ。
動きやすいような服で揃えたから着替えてみてくれないか?」
「………… 」
「うん! 着替えないで街に入ると目立つだろう? それにちゃんと着れるか確認もしたいしね。
それになんといってもホラ。この服と、その着ている赤熊の毛皮を交換してくれるって言ってたじゃないか。」
「…… ……」
--*--*--
イケメン殿ぉ……イケメン殿おぉ……
そりゃあ貴方殿は女性陣を前にしても脱ぎ慣れている事でしょうな!
だけれど人類皆そうだと思ってくださるな!
拙者のようなピュアハートの持ち主は、女性がこちらを見ている状態で服を脱ぐなどという行為ができると思ってはいかんでござりますですぞ!
むしろイケメン殿の前で脱ぐのも恥ずかしいでござる!
って、ほらなんか女性陣がずんずん近づいてきているしぃぃぃ!
あ。そうだ。
土魔法で囲いを作ってしまえば良いでござるな。
そうだ。そうしよう。
--*--*--
「折角マイラよりも先んじれたと思ったけれど……そうそううまくはいかないものね。」
『マコト』と言う名の彼が『男』であるという事から、とりあえず男受けのする服を着てきたけれど、マイラと話す彼の様子を遠巻きにしか見れていない今、嫌がるアリサも説得して粧し込ませたのに無駄な努力をしてしまったと少し後悔している。
なんとなく怯えているような雰囲気を感じ取った為、近寄るのに相応しいタイミングを待っているのだ。
「ねぇテオ……私もお腹が減ったわ。」
「そうね。夜明け前から探していたものね。携帯食は少し持ってきてるから。」
アリサに片手サイズのパンを取り出して渡すと、すぐに齧り始めた。
どうにも様子を見るに、はやく家に帰りたそうだ。
きっと、彼女の中では危険に近づくなと警鐘が鳴っているのだろう。
その気持ちはよくわかる。わかるからこそ、この危険は、まずどこまで近寄って良いのかを調べるべきなのだ。
『あの時もっと調べておけば』と後悔したくない。
「そんな顔しないの。」
「どうせ私は居ても役に立たないでしょ? 悪だくみは苦手よ。」
「悪だくみだなんて人聞きがわるいのね。ただ単に話せるように、そして相手が話しやすいように策略を練っただけじゃない。効果はいまいちだったけれど。でもまだ分からないわ。」
もう一つ出したパンを齧り考える。
マイラが彼の所に向かう時に勝利を確信したように笑った事が気に障るけれど、確実に今は私よりも彼の事を理解していることは間違いない。
だとすれば、私はどう動くべきだろうか。
「もう真っ直ぐ言って話せばいいじゃない。」
「それもそうね……その通りだわ。」
目的の人物はマイラと一言二言言葉を交わしたかと思えば幸せそうにパンを齧っている。
ここから見ている限り、横から挨拶に混じっても問題は無いだろう。
何せ挨拶をする理由はある。
私の妹の命を救ってくれたのだから、姉としてお礼を言うのは当然だ。
その気持ちを止める権利など、貴族といえどないだろう。
パンを片付けて足を進める。
アリサも齧りながらついてくる。
第一声とマイラにどう対応するかを考えていると、もう10m程度の所まで近づいていた。
マイラがこちらを見て笑顔で牽制してきたので、こちらも笑顔を返しておく。
裏を敢えて読まないやり取りをしていると、
前触れもなく突如、彼は土に覆われた。
「「「 えっ? 」」」




