12 地竜 【挿絵付き】
「ついてきて!」
マイラに一声かけて駆け出す。
地竜が這い出るにはまだ時間がかかるはずで、今はただ生き残る為に行動する。
地竜の感覚は鋭い。出てきた鼻は私についていた赤熊の血の匂いを嗅ぎ取ったはず。
メリナの水魔法で簡易に洗い流しただけでは染みこんだ血の匂いを完全に取る事は出来ない。
「どこに、向かう、気だ!」
駆け足で生じる痛みと息切れで途切れ途切れのマイラの声が問うてくる。
彼女が私を追いかける事が出来る限界の速度を保っているのだから当然だ。
「対抗できるハンターに心当たりがある! その人がいるかもしれない所まで逃げるの! 協力してくれるか分からないけれど地竜なんて誰の支援も無く戦える相手じゃないわ!」
答える間も惜しかったけれど、マイラの性格を考えればきちんと説明しなければ逃げるよりも戦って散る方を選びかねない。
そんな自己満足だけの残された者の事を考えない行動を私の前でさせるわけにはいかない。
あの薄気味悪い気配を放つハンターが協力してくれるか全く分からないけれど、貯蔵庫を作ったハンターの所までなんとか逃げ、そして協力を仰ぐしか生き残る術はない。
地竜を引き連れて押し付けるなんて最低だけど、私だってテオにご飯を食べると約束した。だから、まだ死ぬわけにはいかない!
木々の間を駆けぬけ、急斜面をジャンプで飛び降り剣を抱えて前回り受身ですぐに立ち上がる。
肩の痛みで起き上がれないマイラの脇を抱えて乱暴に起こす。
マイラは痛みが増しているのか表情に余裕が一切なくなっていた。
「もうすぐよ! 堪えて!」
マイラに励ましの声をかけた私の視界の端に、動きがあった。
気配を探る為に意識を集中すると最低の気分になる。
視界が捉えた動きは、地竜がこちらに向かって動き出しているから起きていた。予想していたよりもずっと早い動きで、邪魔な木をなぎ倒してまでいる。
私が視界に捉えたのはそんな倒れる木の揺れだった。
「あぁもう! 本当にまずいわ! 一直線に向かってくるわよ! 走って! 早く! 走れっ!」
必死にマイラの手を引き走る。
マイラもせめて私の邪魔になるものかと懸命に走っているのが伝わってくる。
地竜以外の気配を探る余裕もないけれど、ただあのハンターが貯蔵庫にいてくれる事だけを願って駆け続ける。
必死に駆けても駆けても地竜の地響きが徐々に近づいてきているのが嫌でも分かってしまう。
ただ、もうすぐあの貯蔵庫のある場所に辿りつけるはず。
マイラの手を引き必死に駆け、そしてとうとう木々が開けた洞窟のある場所へと出た。
それでも尚、走り続け、顔を振って人の気配を探す。
ハンターさえ居てくれれば生き残れるかもしれない。
……だけれどその姿は見えなかった。
勝手に頼りにしていたのだから当然といえば当然の結果だった。
「はぁっ、はぁ、こ、ここか? 目的、地は。」
息も切れ切れのマイラの声。
痛みも増して酷いのだろう。
気配を探れども、やはり近くにハンターの気配はない。
唯一の頼りにしていた糸が切れた様な気持ちになり、心に重い絶望が生まれ、いっそのこと泣きだしてしまいたい気持ちになる。
「……えぇ……ここよ。」
声に絶望が滲み出ているのが自分でも分かった。
もちろんマイラもすぐに察した。
「あてが、外れた、みたいだな……で、どうする?」
軽く息を吐き、言葉を紡ぐ。
「二つの選択肢があるわ……一つはあの貯蔵庫に逃げる。
でも獣よけの仕掛けを解除する時間が無いから、きっと開く前に背中から襲われるわ。
もう一つは簡単、地竜と戦うって選択よ。」
「ふふっ、私にどっちかを選ばせて運命を決めたいのならお生憎さま。戦う方しか選べないから聞くのは間違いよ。」
「それもそうね。
でももう選択肢も無くなったわ。」
私達を追いかけてきた地竜が木々を押しのけ、その顔を見せた。
一瞬私達を見て止まる地竜。
思いの外に小さい獲物でショックを受けているのだろう。
赤熊の倍以上ある地竜の身体に対して人間の身体は小さすぎる。
できる事ならオヤツにしても食べ応えがないと諦めて欲しいところだけれど、地竜はここまで追いかけてきた獲物を諦めるような獣ではない。
狩りは一瞬で勝敗が決まる。
攻撃をくらって動けなくなった方が命を捧げる事になるのが狩りの世界。
きっと私達は瞬きするような一瞬の間に攻撃され、すぐに行動不能にされるだろう。
マイラは大きく息を吐きながら剣を抜く。
私はまだ剣を抜けていない。なんとか戦う以外の生き残る方法を探す。
「堅牢」
マイラの囁くようにかけられた魔法。
私達に魔法の力が宿るのをみて地竜はすぐに動きはじめた。
「助けて!」
私が最後にできる事は、いるかもしれないハンターに呼びかけることだけだった。
全力で叫び、そしてすぐに剣を抜いて構える。
そして心でテオに『ごめんね』と呟いた。
眼前に地竜の牙が迫る――
あぁ、噛み砕かれた。
こんなにも早いのかと思ってしまう速度で反応できなかった。
必死の一撃を思い動けなかった私を襲ったのは痛み。
ただその痛みは想像とはまったく違う痛みだった。
風圧と石つぶてがぶつかる痛み。
前方から私に襲いかかってる痛みに、咄嗟に腕で目を守るべくカバーする。
かなりの土砂が当たったように思えるけれど、マイラの堅牢の魔法のおかげか痛みは思うほどは無い。
ただ視界は舞い上がる砂埃に奪われている。
私の身体に地竜の攻撃の傷はない。手足も全てちゃんと私の思うように動き、欠損も無く、それどころか怪我もしていない。
つまり私は地竜の攻撃を受けていなかったのだ。
巻き上がった砂煙に咳込みながら、隣のマイラからも同様の反応がある事に胸をなで下ろす。
そして咳をしながらも、一体何がどうなっているのかを確かめる為に状況確認に気を配る。
気を配ってすぐに目の前に地竜の気配が変わらずにある事に驚く。だけれど、それと同じ場所から、まったく別の気配も感じられた。
砂煙が風に流され始め、まず私の目に入ったのは風になびく白く美しい布。
その布を辿れば、陽に当たり燃える炎のような赤みを帯びた黒の髪、そして白い布は顔を覆うように結ばれていた。
人。
人の姿があった。
風が一気に砂煙を吹き流し、全貌が明らかになるにつれ私は驚愕に染められ言葉を失う。
赤熊の毛皮をマントのように纏った男が、顔を地に埋めた地竜の頭の上に立っていたのだから――
--*--*--
「むむっ!? ポニテさんは慌ててどこに行くでござる!? あ。なるほど。あの蜥蜴強いから逃げてるでござるな。
うんうん。赤熊は倒してたみたいでござるが、あの蜥蜴は『熊殺しアッパー』では死なぬ強者でござるからなぁ……」
一人納得しつつポニテさんが逃げるのを見届け、出てくる蜥蜴に目を向ける。
「うーん……ポニテさんがイケメンとランデブーする姿を見ていると、若干このまま傍観して『やっちゃえ蜥蜴』とか思わないでもないでござるが……うーん。」
両手で頬を覆いながら邪悪な煩悩に悶える。
その間にもボコボコと音を立てながら這い出る地竜。
「うーん……でもやっぱり拙者、人が怪我したりだのを見て喜べるような畜生にはなれないでござるよ……幸いなことにポニテさんも逃げ出して姿もないし、ここでこっそりあの蜥蜴を仕留めておくでござる!」
ふんす! と両手で気合を入れ、木から上空へとジャンプし慣性の法則に任せて地面に拳を向けながらスーパーマンのような恰好で落ちる。
「むぅーん! 蜥蜴よ喰らうでござる! リアル流星拳っ!」
蜥蜴の顔めがけて拳が迫る。
「あ。」
ずれた。
「うぉおおおおあああ!」
目測を誤り、地面に腕が突き刺さる。
パンチの衝撃で脆くなっていた地面は更に崩れ、地竜が『うわあああああああヤバいヤツに狙われてるぅううう!』と、必死になって這い出て逃げだした。
「あ、あ、あ! ちょ、ちょっと待つでござるよ! そっちはポニテさんがああああ!」
焦るとうまくいかない物で、地面にパンチをしてしまい、ずっぽり肩まで埋まった手がなかなか抜けない。
「あああああああああ!」
腕刺し倒立状態で叫ぶことしか出来ないのだった。
土魔法を使って穴を掘ればいい事に気が付いたのは2分後。
慌てて追いかけてみれば、貯蔵庫の前でポニテさんが大ピンチ。
「助けて!」と叫んでいる。
「みゃああああ! 蜥蜴らめぇええ!!」
ポニテさんの叫び声に無我夢中で、流星ストンピングをぶちかますのだった。
『間一髪でござった……』
ポニテさんのギリギリ手前で蜥蜴の頭を踏みつけて討伐に成功する。
危うくポニテさんが怪我をするかもしれなかったという緊張のせいで、バクバクと鳴り続ける心臓が落ち着くまで地竜の頭の上から動けそうにないマコトだった。
そして、やっぱりアリサがひどい目にあうのは主人公のせいだった。
イラストレーター:Tim 様
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