1 プロローグ
「いやぁ、このアニメ、マジ神ってるよな……尊いわ。」
「……え?」
目の前には見知らぬ年若い男の笑み。
金髪碧眼に鼻の高い外国人の顔立ちの男など俺の知り合いにはいない。
「ほら! くるぞ名場面!」
一体誰なのだろうと思う間もなく馴れ馴れしく肩を抱かれ、促された方向へと視線を向ければ、そこには大きなモニターがあり、そしてようやく自分が程よい固さを持ったソファーに腰掛けているのが分かった。
だがそれより今の俺に大事な事は目の前のモニターから流れ出る映像とサウンド。
「むむっ……? もしやこれは『愛ドス』の7話でござるな?」
大きなモニターに映しだされている映像に、つい口から言葉が出た。
俺の言葉を聞いた男はニッコリと笑顔を作ってウィンクし、さらにサムズアップまでしてみせる。
「あぁ、問題にして至高の7話だ。」
俺の言った『愛ドス』とは2年ほど前の深夜にテレビで放送された『愛してるからドスでサックリ』というアニメの略称。
そしてこの7話は、全12話構成で残り5話しかないにも関わらず後にメインヒロイン化してしまうキャラクターが出てくる回。サブヒロインがメインヒロインを喰ってしまう片鱗を見せた回でファンの間ではある種の伝説となっている。
俺はつい中指でメガネを押し上げモニターの光を反射させる。
「むふふふw どこの御仁かは存じませぬがこの拙者の前で7話を上映するとはww 至高という点では同意しますが『問題』と捉えている所にまだまだ『愛ドス』アマチュアの香りがしますなw おおよその事その問題は主人公をポっと出にも関わらず唐突にドスで刺し病院送りにしてしまうところを指して問題と言っているのでしょうけれども、それを問題と取ってしまうのは理解が甘い。激甘と言わざるを得ませんなぁにゅふふふふwww そもそもあのドス構えた際の姿勢を見れば彼女g――」
興味津々で俺の解説を聞く御仁と共に、全12話を俺の解説付きで3周した。
「いやぁマコト! お前の解釈は斬新で俺に新しい目を与えてくれたぜ!」
「いやいやとんでもござらぬですよ拙者の解釈などまだまだ。『愛ドス』を作り上げた制作人が神だっただけでござる。」
「マジ神だよな。」
「一語も漏らさず同意。」
「ほんとマジでちょっと監督当たりに神の座を譲ってもいいと思ったわ。」
「www 御仁御仁w それは自分が神と言っているど同義でござるよw」
「うん。俺、神だし。」
「にゅふふww キレッキレw
ところで、ここはどこなのでしょう。そろそろ気になってきたですが。」
「ここは神の間だよ。俺の個人スペースだな。」
「にゅふw ひっぱり過ぎはウザさとの競い合いで面倒くささが否応にも増しますなぁw」
「いやいや、ほんとだから。ホラ。」
「ホァァアアーーーーッ!?」
御仁が手を横に薙いだだけでモニターが消え去り、腰掛けていたソファーやいつの間にか目の前にあったお茶やお菓子が霞のように消えていく。消え去った後にはまるで人工衛星から見る夜明けのように地球の遥か上空にいるような光景が広がっているのだった。
「な?」
「ホ、ホッ、ホァアアアーーーっ!!」
「ほっちゃん」
「ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」
若干キレ気味でテンプレを返す。
そんなテンプレ返しをしたことで『あ。まだ余裕あるな』という気持ちが生まれ冷静になれた。
御仁を見てみれば太陽を背負ったことで後光が差し、さも神であると言わんばかりに両手を広げている。
「どう? 納得した?」
「納得もどうも混乱しかしてないでござる。」
「ふむ。じゃあ納得できるよう説明しよう。
私がマコトをここに呼んだ。オタ談義がしたいが為に。」
そう言って、すぐにサムズアップをする神様。
なんとなくサムズアップを返すが、返しただけ。だがとりあえず理由が分かったような気にもなる。
「ということであれば、もう用は終わったということで宜しいか?」
「おう。満足したわ~……やっぱり作品ってのは誰かと語ってこそ完成されるよな。」
「ふむ。それは完全に同意。拙者も話せて楽しかったでござる。」
さっきまでの鑑賞会を思い返し。ウンウンと頷きあう。
おもむろに神様が右手を差し伸ばしてきたので、右手で取り固い握手を交わす。
同じ『愛ドス』を愛した者同士。そこにあるのは同好の士である共感。連帯感。愛に垣根は無いのだ。
彼は『愛ドス』を語りたかった。
俺も『愛ドス』を語りたかった。
それだけで良いじゃないか。
全てに納得し俺達は手を離した。
「では御仁。そろそろ拙者を家に帰して欲しいでござる。」
「あぁそれな。ムリ。」
「ん?」
「ん?」
「………………ん?」
「ムリだよ。」
ついメガネをはずして眉間を掻く。
再度メガネを装着し、しっかり見ながら問う。
「ん?」
「だって神との謁見だよ?
生身の人間がここに来れるわけないし。アストラルボディとかエーテル体とか言われる状態だよ。今のマコト。」
メガネをはずして目頭を手で押さえる。
多分聞き間違いだろう。
だって精神生命体状態って事は残された肉体はどうなっているかなんて事は想像に易い。
おおよそ魂の入っていない肉体と考えられる。
魂のない肉体といえば『死体』が同意義になってしまいそうだけれど、25分のアニメを36回見たとなれば、ええとなんだ、何分だ。ザックリ1080分と考えれば、ええとなんだ、もう丸一日でいいか。
うん。1日放置されたら完全死んでるよね。いや、現代科学であれば病院なんかで生命維持されている可能性もあるし、それくらいは神様も便宜を図ってくれているんじゃないだろうか。
「まぁ、すぐに帰れば大丈夫だったかもしれないって可能性はあるけどさ。
流石に、こっちでこんなに長く過ごしてたら、もう肉体は骨も残ってねぇんじゃないかな? そもそも時間の流れも違うしさ。」
「……って、ことは?」
手を合わせる神様。
「ご臨終です。」
「う、うわぁあああん!」
とりあえず殴った。
殴れた。
神様を殴れた。
「な、殴ったね!? 親父にだって打たれたことないのにぃ! なぜなら俺の存在自体が親父そのものだからな! はっはっは!」
殴られた振りだった。
「うわ、うわ、うわぁああん!」
「あ、こら、やめ、やめなさい。」
両手をぐるぐる回しながら無我夢中で襲いかかっていると金縛りにあったように身体が動かせなくなる。
「まったくもう……話は最後まで聞きなさいな……いいかいマコト? オマエはアニメ鑑賞に明け暮れ、恋人も作らず、家庭も作らず、ただアニメを見る為に生きるという、しょうもない人生を送る予定だったんだ。」
「フェンっ!」
鼻が1オクターブ高い領域で鳴った。
「つまり、ゴミカス程度の無価値な魂を私は救済したのだよ。」
あれ? なんだろう。鼻の奥が痛いよ。
「嘆くなマコトよ。」
じゃあ泣かすなよ人殺しめ。無価値かどうかは俺が決めるんだ。
人は死ぬ時はいつだって一人なんだから、その瞬間に最高に満足して死ねればそれでいいじゃないか。
「……まぁ……それは一理あるよね。」
一理じゃないわ。真理だわさよ。
「……」
「……グスン」
「………あ~……あれだ。その、アレしとく?」
「アレって……何?」
「ほら、チート的なアレ。」
「えっ?」
「ほらWEB小説とか、異世界物とかよく読むじゃないマコト。だからそれ系なチートなアレで違う世界で頑張ってみる?」
思わず涙が引っ込んだ。
「……マジで?」
実際、正直興味津々だ。
「あれデスカ? 剣とか魔法の世界とか……そんな感じのアレでアレなんですか?」
「うん。なんかホラ……正直ちょっと悪いかな? って気がしてきたから…ソレな感じで。どうかな?」
俺は眼鏡を中指で動かす。
神様は瞬きを3回した。
「宜しくお願いします!」「O.K.さぁ行こう!」
こうして俺は異世界で神様が用意した肉体に精神体を収めることになった。
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