――プロローグ――
俺こと、私。有田健一郎はどこにでもいる男子学生は
「よく我が前に来たれり。聡明なるものよ」
部屋でぽてと食ってたらなんだかどこかにいた。
さて、目の前には何やらいかにも魔王といった感じの装飾でごてごてしている存在がいる。肩とか胸とか腰回りとか鎧っぽいし、マントだし、金色のサークレットとかつけているし。そんな存在がポテチ食っていた俺の前にいるわけである。
ぶっちゃけビビる。割とビビる。
「そう固くなるな……お前に危害を加えるつもりはない」
そうは言われても周りは真っ暗。どこかの部屋だとはわかるのだがレンガ造りの部屋だというぐらいしかわからない。
だが、例えて言うならばこう……このような状況でなければRPGのボスとかいる部屋ってこんな感じなのだろうなーなんていう感想を抱いていてもおかしくない部屋のつくりではある。
「いいか?我が契約者……いや、お前は今からこの世界を救う存在となるのだ。……そういえば貴様、名は?」
「……あ、有田健一郎です」
「ふむ。ではアリタ」
そういうと目の前の玉座に座った……幼女?
……間違いなく、いや、でも確かに。この暗闇に慣れてきた俺の目には幼女が荘厳な玉座に座っている。間違いなく。
いやしかしさすがに理解してきたぞ。これはあれだ。異世界に飛ばされただとかそういうのに違いない。ようやく理解が追い付いてきたぞ。
「私と一緒に世界を救うがよい」
「ハイヨロコンデー!」
…………
「……あー、私の言語翻訳魔法の不具合がなければ今のは了承の言葉なのじゃよな?」
「あ、ハイ。それでOK。OKです」
「そ、そうか」
うん、やらかした。もっとまじめにやらないといけないパターンだ。パターンシリアス、シナリオですたい。
「ではアリタ……私と契約を結ぶのだ。よいか?」
「はぁ」
「これによって私と貴様はお互いの知と魔力を共有し、より強大な魔術の行使が可能となる」
「…………あのー」
「どうした?」
「なんで俺と契約するの?」
「……ふむ」
そう一言つぶやくと幾場か考えをめぐらすように腕を組み口を開いた。
「よかろう。この契約は嘘、偽りの全てを否定する。説明しよう。よいか?簡単に言えば、今から世界を救うために魔法を使うが魔力が足りぬ故、まず数か月の時を重ね魔力を構築し、召喚できる中でもっとも魔力のあった貴様をここに召喚した。そして契約を結び魔力を共有しさえすればそれでこの世界は救われるのだ」
「……つまりそれって俺、両手で荷物を持てないからリュックサックを用意した……みたいな」
「?リュックサックがどのような者かはわからぬが、私一人では運べぬ荷物故馬車を用意した……という感覚で間違いはないぞ」
なるほど。俺、貯水タンクか何かみたいな扱いだわ。
「では契約を」
「OK」
「いやまて。……ああ、うん。貴様がそれでいいのならそれでいいが……」
「あ、その契約が終わって魔法使ったら俺返してくれる?」
「ああ。そうだな。それに関しては問題ない、しっかりと返してやろう」
「契約したら死んだりしない?生きて帰れる?」
「無論」
「魔力の使い過ぎで死ぬとかそういうのない?」
「……貴様、妙に頭の周りがいいところがあるな」
ハハハ、言えねぇ。全部空想世界のたわごとの適当ですなんて言えねぇ。
っていうかこれきっと夢だ。最近疲れること多かったものな。仕方ないな。さくっとイベント終わらせて現実に戻ろう。
「よしじゃあ。さっすく契約しようそれで終わりだ」
「うむ、乗り気で何より。ではさっそく」
『我が誓いをもって汝と魂との盟約をここに』
そう、さっきまでとは打って変わった、あどけなさのなくなったりんとした声が部屋中に響いた。
『汝、我が盟約に異存はないか』
「……はっ。あー、はい。ないです」
その瞬間
「……くっ」
風が世界を瞬いた
「……くくく」
光が通り抜けて
「くはああーあはは!我が成就ここに成れり!!」
部屋中に少女の笑い声が木霊する。そして
「世界は魔王リテスリィーリの名のもとに膝を屈した!」
今も続く暴風の中でようなく目が慣れるとそこには――
(なっ)
まず驚いたのは今いる部屋は暗さのせいかそこまで狭い物ではないと思っていた。でも、それは違った。
「ウォォォッォ!オオオオオオオ!!!オーーーーー!!リテスリィーリ様ぁーーー!!」
こんな暴風の中で立って、自身の主の名を叫びたたえる声。
「我らの長年の悲願の!成就を!!」
万感の思いを吐き出すように声を荒げるもの。そして
「礼を言うぞ。人間。」
このとき。俺こと、私。有田健一郎はようやく実感がわいた。
(あー。……俺、とんでもない事やらかしたかも)
(……あー?)
夏の空を引き裂く飛行機のエンジン音で目が覚めた。なぜあれは遠くを飛ぶはずなのにここまで響く音を出せるのだろうか。夏の昼という惰眠をむさぼるか兎にも角にも熱いと言いつつ何かで時間をつぶすしかない時間帯を仕方なく惰眠をむさぼっていたというのに。
などと、ぶかぶかのどこかの安売り店で売っているようなタンクトップのシャツにベージュの短パンという余りにも女子として……いや、人間としてだらしない恰好の少女は少々寝癖でぼさぼさになった頭を書きながら目を覚ます。
(……あー)
なんだか随分と懐かしい夢を見ていた気がする。華々しくて輝かしくてこの世が自分を中心に回っていたそんな夢。
(……なんだかなぁ。)
ぼうっとした頭のまま冷凍庫の中からアイスキャンディーを取り出すとそのまま口の中に頬張り、胡坐をかいてマンション4階の窓の外を眺める。
――魔王、リテスリィーリ・エテ・スティレー 現在魔王兼ニートである