第1章 7話 偽りの気持ち
卯月は家の裏庭にある木陰に影渡りをすると一瞬で裏庭に飛んだ。便利な能力だ。家に入ると玄関の奥には島村が立っていた。
「…。ただいま。」
「卯月さん、どちらに行ってたんですか?」
「いやぁ、ちょっと町の図書館に。」
「へぇ〜町の図書館に行くと随分とレベルが上がるんですね。」
どうやら、島村とパーティを結成しているので卯月の戦闘でも経験値が入るそうだ。
「20ですよ!?まだ一度も戦闘したことないのにLv.21ですからね!」
「よかったな。楽にレベルが上がって。」
「よくないです!!」
「おねぇーちゃんいいな、シュタもレベル上げたい!!」
「シュタがもうちょっと大人になったらな。」
「ぶ〜。」
「それでどこまで行って来たんですか?」
「いや、ちょっと散歩を…。」
少し会話を濁すと後ろで玄関の扉が勢いよく開きウルが入って来た。
「卯月様!!ステータスシートを見せてください!しっかりと隠蔽せずにですからね!」
「な…なんでだよ?」
「先程、ナイトビーストの巣が1人の人間によって襲われたらしくどうやら絶滅したそうなんですよ。卯月様にナイトビーストの巣のことを言ったその日に全滅なんてすごい偶然ですね。卯月様はどちらに行かれてたんですか!!」
「はぁ〜、バカだとは思ってたけどまさかナイトビーストと戦って来たのね。」
「パパ、すごい!!」
卯月はヨミによる隠蔽も考えたがここまで言われたなら仕方がないので素直にステータスシートを渡す。
「「Lv.56!?!?」」
「確かに、高いですけどこれではナイトビーストの種族全滅は少し難しいですよね…。魔法とかの遠距離攻撃がないと…。」
卯月は何気無く右の掌に威力を最大限に抑えたフレイムの火球を出す。
「はぁ、卯月様に常識は通じないんですね…。いいですか?魔法というのは冒険者の中でも限られた才能がある人しか使えないんです。それに魔法を覚える為には他のステータスを犠牲にしなくてはいけないので普通の冒険者では手が出せず、魔術師の皆さんは遠距離専門家としてパーティでは重宝されるんです。」
(そうなのか?ヨミ。)
'いやぁ〜別に見て覚えただけだしステータスの犠牲はないよ〜。'
本当うちの子は優秀だ。
「それより卯月さん、どこで覚えたんですか?」
島村はどうやら魔法を覚えたいらしくグイグイ聞いてくる。
「昨日、ウルがシュタの髪の毛乾かしてる時。」
「??それがどうかしたんですか?」
「見て覚えたいらしい。俺のスキルが。」
そして卯月は昨日のウルのように風と炎の複合魔法でドライヤーのような風を掌から出す。
「それ、結構複雑な魔法式で作るの大変だったんですからね…。」
「パパはなんでもできるんだね!!」
「それでナイトビーストはどうでした?」
「あぁ、1回も攻撃貰わなかったし。案外楽だったぞ?」
「やっぱり、卯月様でしたか…。」
こうしてナイトビースト騒動に終止符が打たれた。ウルは一度ギルドに戻ると言いまたギルドへと向かった。
卯月達はその後温泉に入った。何故か当然のように島村も一緒に入って来て混浴になった。一応水着は来てるが気にしたらまた息子が覚醒してしまうので今日読んだ本についての情報を整理する。なにやら面白い本がたくさんある。失われし古代魔法についてのこと、全モンスターの先祖となっている2匹の龍の存在。その2匹の龍と対等に戦いこの国を作ったとされる初代国王の英雄譚など。情報整理に集中して気が付かなかったが何故か島村が水着を脱ぎタオル1枚になっている。
どうやら水着を全く気にしない卯月に対して少しムカつきもう一度見られたんだからと一度脱衣室に戻りタオルを巻いて出て来たらしい。卯月はそれを見てもういっそ襲ってしまおうかと思ったがシュタがいるのでやめた。それでも息子は覚醒しているのでしばらく出ることは出来なかった。
これで島村とウルが本当に俺のこと好きならいいのにな…。
どうやらウルの好意はウェーブで守ってくれているという者へと向いているようだ。多分今までのウェーブでも同じように冒険者を捕まえて好意を向けていたんだろう。なので心の底から卯月に対して好意を向けてる訳ではなかった。島村はわからない。卯月に対して好意を向けることによってウルのように何か利益がある訳でもなくそれなのに偽りの好意を向けてくる。女心は難しい。
今日は特にハプニングはなく、温泉を上がった。夜ご飯はもちろん卯月が担当なので惜しむことなくしっかりとリオのスキル効果で夜ご飯を作っていく。途中でウルがギルドから帰ってきてすぐにシャワーを浴びて一緒に夜ご飯を食べた。その後すぐに就寝することになり4人で寝室に向かう。
寝室に着くと何食わぬ顔で3人とも卯月のベットへと入って来た、どうやら4人で寝るのが固定らしい。今日は両腕への抱きつきはなく少し寂しかったがナイトビーストとの戦闘で疲労が溜まっていたのかすぐに眠りにつくことができた。
次の日からは本格的なレベル上げが始まった、と言ってもアルファング周辺ではウォービーストしか遭遇できないので。仕方なく夜な夜な家を抜け出しナイトビーストのボスへと変身して少しずつ影渡りの出来る範囲を広げていき新天地で新たなモンスターを狩って行った。ナイトビーストのボスへと変身するのはただ走るのが早いからだ。
新たなモンスターは実に種類が豊富で戦闘していて楽しい。例えばもの凄いジャンプ力のあるカエル"フライハイトフラッグ"や他のものに擬態することが出来るトカゲ"カクレリザード"空を翔ける事で有名な"グリフォン"などがいた。グリフォンは存在自体がレアらしく倒したら30近くレベルが上がった。そんなこんなでウェーブの前日までレベルを上げた卯月のステータスはこんな感じだ。
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篠原卯月 Lv.96
筋力:6942
防御:2685
敏捷:7532
魔力:8342
魔防:1698
総合値:27199
エクストラスキル 6種
・読書家 《ヨミ》
・睡眠家 《ネム》
・登山家
・創造者《ツー》
・見物人 《ミケ》
・美食家 《マール》
ユニークスキル1種
・料理人 《リオ》
固有スキル 8種
・念会話:相手の心に直接話しかける。複数選択可。
・影渡り:行ったことのある地の影へと移動できる。
・闇眼:暗闇でも視界が明るくなる。
・飛翔:地面を蹴った時に限りジャンプ力が上がる。
・擬態:一度見たことのあるモノへと変身できる。
・突破:武器などの突破力を上げる。
・風化:触れている金属を風化させ錆びさせる。
・天翔:天を翔ける事が出来る。三歩限定。
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このステータスをウルに見せると今すぐにでも黒へとランクアップするべきだと勧められた。なんでも黒になり国王の許可が下りないとLv.100を超える限界突破の儀を行うことは出来ないので100で止まることになってしまうらしい。卯月は別に白のままがいいので丁重にお断りした。
まぁ、そんなこんなでウェーブの前日になった。卯月は色々な魔法が使えるようになっていた。ウルのを見て覚えた訳ではなくツーが創造した創造魔法という分類らしい。この世で卯月しか使えないオリジナル魔法だ。どうやら、ナイトビーストの時に放ったフレイムも少しツーの手が施されており厳密に言うならアレも創造魔法だったらしい。あの魔法は『豪火』という名をつけた。やっぱり和名がいいよね。そのうち他の魔法も披露する機会があるだろう。
「ところでウル、ウェーブはいつ起こるかわかるのか?」
「はい、起こる30分前から空でカウントダウンが始まります。」
「それは誰の魔法なんだ?」
「魔法ではなく、魔王の仕業だとされています。多分ですけどそのカウントダウンに絶望する人間の顔を見て楽しんでいるのかと…。」
「趣味の悪い奴らだな。」
どうやらいつも通りなら0時を回った瞬間からウェーブが始まり大体3時間ほど続くらしい。なので今は家で最後の晩餐を食べている。睡眠はお昼に取ったので体調はバッチリだ。
「シュタはウェーブ中どうする?」
「シュタはね、この家にいるよ!」
「シュタちゃん、それは危ないんじゃ…。」
「大丈夫!パパが守ってくれるし!」
「あっ…そう…。」
「まぁ、そうだな俺がいるから大丈夫だろう。」
島村はどこか居心地が悪そうな感じがする。もう一緒に住んで1ヶ月近いのだから遠慮することもないのに。やはり初めてのウェーブに緊張しているのだろうか?
「す…少し1人にさせてください。」
そう言い残し自分の部屋へと向かった。一応各自の部屋はあるのだが今も寝るときは4人同じベッドの上でだ。
「アリス、どうかしたのかしら?」
「初めてのウェーブで緊張してるんだろう。そっとしといてやれ。」
「それならいいんですけど…。最近卯月様にもアタックされていないですし。」
確かに島村のアタックはここ1週間パタリとやんだ。それどころか殆ど会話もしていない。
「うーん。なにかあったのか?」
'うーんとね…今島村さんの心は悩んでるみたい。何について悩んでるのかまではわからないけど。'
(やっぱり、そうか)
「卯月様、少し様子を見てきて上げてください。」
卯月は島村の部屋へと向かう。一応ノックをする。
「島村、俺だ入るぞ。」
返事はない。ドアに鍵はついていないので中に入ってみる。
「あっ…。う、卯月さんどうしたんですか?」
「いや、島村のことが少し気になってな。大丈夫か?」
「はい…。少し…。」
「何か悩みがあるなら聞くぞ…。」
「えっ…。……。元の世界に帰れるのかなって…。私、元の世界に妹がいるんです。私の両親は妹が幼い頃に他界してしまって。私が面倒を見てたんですけど…。少し前に病気で倒れて今入院しているんです。それで妹を助けるためにはそれなりに犠牲も必要で…大切なモノなんです。私、最近気づいたんです、自分の本当の気持ちに、でもそれは自分のエゴであって妹のためではないんです。妹の為ならなんでも出来るどんなモノでも切り捨てられるって決心した筈なんですけどね…。」
またその表情だ、島村は目に涙を浮かべて卯月に語る。卯月と話している時の嬉しいような悲しいような複雑な表情をしながらだ。
「そ…そうか。そうだな…。…この先帰れるかもしれないし、帰れないかもしれない。それがいつになるのかはわからない。今回のウェーブが終わってからかもしれないしもう戻れないかもしれない。だから、そのうち戻れるなんて軽いことを俺は言えない…。だけどそれは島村が悩んで楽しめていない理由にはならないぞ。この世界での時間の進みが元の世界と同じとは限らないし、もしかしたら元の世界では全く時間が進んでないのかもしれないだろ?それにこの世界はスキルも魔法も何でもありの世界だぜ?この先スキルで世界を渡ることも出来るかもしれないし時間を戻れるようになるかもしれないだろ?それなら今を楽しまなきゃ損だろ?」
正直、島村が何を悩んでいるのかはわからない。でも出来る事なら島村にも楽しんでほしい。なんなら、偽りの好意ではなく。本当の恋をして欲しいと思っている。そしてその相手が自分だったら…とも。
「それに、俺は島村がどんな選択をしてもその選択は正しいものだと思うぞ、俺は島村を信じている。」
「…。ありがとうございます。」
その後、事務的な連絡だけして島村の部屋を後にした。さて、そろそろ30分前のカウントダウンが始まる。玄関へと向かうとそこにはウルがいた。
「ついに始まりますね。」
「あぁ、この町は俺が守ってやるさ。」
「はい…、あの卯月様気付いてないと思いますけど私、ウェーブの度に違う冒険者を捕まえてこの町を守ってもらっています。なので実際はそんなに被害が出てないんです。今まで騙していてごめんなさい。」
「いや、わかってたぞ?だってこの町そんなに建物壊れてないし。ウルが俺のこと好きじゃないのだって最初から知ってたし。」
「へっ!?そうなんですか!?なーんだ。」
「だから、猫被るのもやんなくていいぞ?仕事以外でも様付けとか大変だろ?」
「あっ、それも知ってたんですか?ならもっと早く言ってくださいよ〜。大変だったんだからね!言葉遣いとか…。」
「まぁ、楽しかったよ1ヶ月。」
「そうですね…。とりあえずこの町を守ってくださいね。卯月様のレベルなら問題なさそうですけど。」
ウルは話し終えるとギルドへと向かった。卯月はこの1ヶ月お世話になった家を改めて眺める。すると色々な思い出が詰まっていることに気付く。ここにもう一度帰ってこよう…そしてまた4人で温泉に入ってご飯を食べて一緒に寝よう。そう決心した。
暫くすると島村が降りて来た。
「おう、島村もう大丈夫なのか。」
「はい、ご迷惑をおかけしました。」
「もう少しだな。」
カウントダウンは10分を切っている。
「シュタちゃんは?」
「自分の部屋にいるよ、眠そうだったから寝てるかもな。」
「そうですか…。1ヶ月間楽しかったですね。一時的ですけど家族みたいで楽しかったです。」
「これからもこの世界にいる間は家族だろ?」
「そうですね…。皆さん優しいので許してくれるかもしれませんね…。」
島村は不思議なことを言う。まだ何か隠していることがあるのか…?カウントダウンは3分を切っている。
「さて、英雄になりに行きますか!」
「そうですね…。」
卯月は戦いの地へと向かうために扉を開ける。
しかしその瞬間後ろから強い衝撃が走る。
卯月は視線を自分の胴体へ移すと左胸からは血で赤く染まった純白の刀身をしたレイピアが飛び出していた。
「ごめんなさい…。やっぱり、妹を助けたいの…。だから…犠牲になって。」
「そ…そうか…しっかりと助けてやれよ…。」
それが卯月の最後の言葉だった。何故か最後に出た言葉は島村を応援するものだった。しかし、島村が誰かのために卯月を殺したのなら不思議と怒りはなかった。人間は死んでも思考は止まらないというが本当にそうだった。
(ウルとの約束守れなかったな…。シュタは俺がいなくなっても大丈夫かな?また新しい親を見つけられるかな…。島村は妹を助けられるかな…。)
卯月の最後に思うことはこの世界のことばっかりだった。
(そうか、俺案外みんなのこと好きだったんだな…。結局俺も心を偽っていたということか…)
そう分かったところで卯月の思考は止まった。
背中には血以外の何か温かい液体が滴り落ちる感覚があった。
「ありがとう。私の大切な人…。」
そして、カウントダウンが0になった。
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シュタはトイレに行くために部屋を出た。すると玄関の方で話し声がした。そろそろウェーブの時間なのだろう、シュタは何の心配もしていなかった。なぜならシュタのパパである卯月のことを信頼しているからだ、彼なら絶対に守ってくれると。
シュタが玄関を覗くとそこにはシュタの中での絶対的信頼の卯月が背後からシュタが作ったレイピアで貫かれていた。
幼い頃にウェーブで両親がモンスターに殺されるのを目撃してその時閉ざしてしまった心を開いてくれた。シュタがパパと慕う男が目の前で自分の剣で殺されてしまったのだ。その時シュタが何を考えていたのかは誰にもわからない、ただ次の瞬間シュタは走り出していた。卯月の元へではなくウルの元へだ。
シュタは倒れている卯月やその背中に抱きつき顔を卯月の血で紅に染めながらも涙を流している島村の横を走り抜けギルドへと向かう。町にはモンスターが召喚されていたが全てを躱し走り続ける。裸足で足の裏からは血が出ているがシュタは止まらない。
卯月は生きていると信じて。
ウェーブまでの1ヶ月さらっと流しましたがいつかアナザーストーリーで書きたいと思っています。
さぁ、物語もついに大きく動き出しました…。この先の展開何にも考えていませんがなるようになるでしょう。
あと、島村は別に卯月のことを物として考えているわけではなく劇中の表現を言い回しているだけですので。
とりあえず一区切りするまでは毎日投稿します。
明日も0時です。