不協和音
「じゃあ犯人は富さんなんでしょうか」
先程の話を聞いたせいか、周囲を気にしながら腕をさすってしまう。
「んー…、流石にすぐ決めつけれるもんじゃない」
「それはそうですけど…」
「それに他の人にも怪しい所はある。例えば202号室の武二、あいつの恋人が10年前殺された時に武二が猫を引き取ったんだが、それ以来その猫の姿を見ていない」
すっと櫟さんが上を指していた指を隣へ滑らす。
「それから新居地婆さん」
「え、新居地さんもですか?」
「ああ、なんつーかこれは八つ当たりみたいなもんだけどな。婆さんから聞いた話で大分主観が入ってるが、婆さんの手塩にかけた一人息子が何処ぞのドラ猫に篭絡されて、借金を婆さんと爺さんに押し付けて二人して蒸発したんだと。その時に赤ちゃんも置いていって…」
「ひどい…」
「現実なんてそんなもんとはいえ、そうだな。爺さんは心労で亡くなり、息子に似ていた孫が大きくなってきた途端、自分たちが親だーって取られちまったってわけさ。婆さんが言うには孫の書き置きが残ってたんだと、子ねこをみにいってきますってな。大方それで連れ出したんだろ、鬼の居ぬ間になんとやら」
新居地さんの心痛を思い、状況も忘れて心が痛くなる。
「ま、そういうわけで、泥棒猫って呼んで猫を見る度頭に血が上るようになっちまってね。正に坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってか、婆さんに猫見せたり猫の話題を出すと前が見えなくなるから、もしかしたらってこともあるな」
そこまで聞いて、誰も彼もどろどろとした因縁めいた執念が感じ取れた。
日も落ち、サザサザと葉が揺れる音に体を震わせ、私も部屋に帰ろうと踵を返す。
「すいません、わざわざありがとうございました」
「いや、まぁ怖がらす様に言ったけど、流石に危害を加えたりとかはないと思うから。あんまり気に病まずどっか息抜きにでも行ってきたらいいよ」
「そう、ですね、…おやすみなさい」
キィ… パタン
ブブブブブブ
サザ、サザ…という音に混じって羽音が聞こえる。
腐るには早すぎる筈なのに
蠢く黒い塊
私は102号室のドアノブに掛かったまま、夥しくハエが集っている様を意識して目に入れないようにして部屋へと戻った。