だーれだ
「ほんと有り得ない。誰? こんなメモ残した人ッ! ちゃんと挨拶してんじゃん! お金払ってるしそもそもペット可だし、私に文句あるにしても、クロを消せとか一体何様なのよ!?」
ぼふぼふと枕を叩く。クロは私の唯一の家族なのだ。家族全員を交通事故で亡くした私にとって唯一の――
だから余計に寂しさを埋めてくれたクロを標的にした犯人が許せなかった。
私の家族は、クロだけなのだ
「決めた、やっぱり新しい新居探そ。少しぐらいなら食費とか切ればいけるし、こんなんじゃ安心して眠れないし」
にゃー
クロが荒ぶりが落ち着いたと見てとったのか、ひょっこりと戻ってきて膝の上に乗った。撫でてやれば手の平に頭を押し付けてくる。
なー
「…かわいい。クロちゃんやっぱ最強だね、よーっしよっし」
に゛ゃっ!
甘噛みされる。やっぱり怒られたので、大人しくお笑い番組でも見て腹立たしさを紛らわした。
メモは、粉々に引き千切ってゴミ箱へと入れた。
◇
火曜日の夕方
「やぁ三竹さん、この間の花蕎麦美味しかったよ、どうもありがとう。彼女も喜んでいてね、俺にずっとお礼を言いなさいって五月蝿いんだ」
「櫟さん…、いえ、気に入って頂けて安心しました」
朗らかに話し掛けられる。手を挙げいきなり挨拶してきた彼が犯人なんだろうかと疑いの目で見た瞬間、ドア越しに袋がテーブルの上に置いてあるのが見え、思わず疑ってしまったことを恥じた。
新居地さんの話を聞くと怪しいところもあるが、少なくともあの紙の犯人ではない。
それにクロを外には連れ出していないのだ。エサを買っている姿を見られただとか、入居の際に実は見られていただのしない限りは、真下の103号室の冨さんに煩くしていてバレたとか、隣の202号室の武二さんに姿や声を掛けていたのがバレたと疑う方が正しい。
そこまで考えると、櫟さんにふと相談してみようかと思った。引越しを決めたとはいえ、クロに害意を考える人とは付き合いたくない。姿を見たなどの手がかりがあれば、引越しまで意識して避けられる。
「…、あの、突然なんですが実は相談したいことがありまして…」
「ん? おじさんなんかで良ければ」
「ありがとうございます。実は昨日手紙が届きまして、そこに猫を消せと――」
シっ
それ以上は口を噤んで、と小さく囁かれる。鋭い視線で口元に持っていっていた櫟さんの人差し指が、ゆっくりと動いて指し示したその先を追った。
ナツツバキの奥から冨さん家族が帰ってきているところだった。
「こっち。此処からなら見えないから」
「冨さん達がどうかしたんですか」
思わず小声になる。まさか犯人なんだろうか。考える。
夕焼けの中、間にこどもを挟んで仲良くナツツバキの横を通り過ぎる影3つ。仮面。虫。叩く。
猫?
「あんまり悪く言いたかないが、あそこの一家が一人息子を溺愛してるのは知ってるかい?」
「っええ、命くんですよね」
「ああ、念願のこどもってのはおじさんも知ってるからな、そりゃ良かったと俺も思ったさ。けどな、命は随分と体が弱くてな、色んなところから病気を貰っては何度も死に掛けてた。その度に奥さんの方は発狂寸前で憔悴してなぁ…」
父親がドアを開け、その後に続いて母親が中へと入る。
「ある日あの木の下に子猫が捨てられてたんだよ。ドラマみたいにダンボールに入れられてな。それ見て命が抱き上げてさ、俺も可愛いし飼ってもいいかなって思ってたら命が急に咳き込んで倒れちまってな。もうあっという間よ。母親は泣きながら救急車呼ぶしで…」
命くんが玄関先でしゃがみこんでいる。アリでも観察しているのだろうか。
「それって猫アレルギーだったってことですか?」
「まぁ一言で言うならそれだな。気の毒だが命の場合はかなりの重度だったってわけだ。まぁ普通ならそれから気を付けようって話だが…」
中に入らない命くんを気遣ってか、後ろから抱きしめるようにして母親が抱え上げる。命くんの握っていた棒が宙を舞った。
「次の日の深夜な、帰りが遅くなっていつもと違う時間に帰ったんだよ。あれ以来見てない子猫も、野生で生きれるといいなとか思いながらな。そしたら木の下で動いてる影があって咄嗟に隠れてさ」
私は悍ましい続きが予想出来て思わず息を飲んだ。気分が悪いと言いたげに話すそれに、ひんやりと首の後ろが総毛立つ。
「真っ黒い袋に詰めてたよ。重そうにしてたから多分他にも何匹か。殺人犯が動物から入るって話聞いたことあるだろ? そんな快楽とか興味じゃなく、単純に邪魔だったからとか作業でって顔で子猫を殺してんだ」
宙を舞った棒を追った命くんの目と、目が合ったと思った瞬間ドアが閉じられた。
ぞっとしたね
赤い夕闇の中静かに響いた