紙切れ
月曜日。引越し準備もてきとうに終わらせ、出勤する。同じ事務員の真中は、既に席に座ってお茶を飲んでいた。
「おっはよー」
「はよー」
「どしたの、何か化粧濃くない?」
「あー、実はちょっと物件選び早まっちゃってさぁ」
寝付きが悪い疲れも合わさり、何だかんだと一番仲のいい真中に思わず愚痴ってしまう。
「10年前の事件でワケあり物件になってたのに今家賃半額で住んでるんだけど、なんかそこの住人皆ヤバそうなんだよね。あー、どうしよ、不動産屋さんに掛け合ってみよっかなぁ」
「もう、ミケにいっつも考えろつってのに完全自業自得じゃん。あんたのペット、クロちゃんだっけ、飼い始めてから益々猫に似てきてんじゃないの? いい加減その変な面倒臭がりとか冒険心治さないと、彼氏出来ずに一生独身干物女一直線よ?」
「あ゛ーやめてよ、考えないようにしてんのに! てかもう最悪干物女でいいや、クロ魚好きだし」
「こりゃダメだ」
呆れたと言わんばかりに半眼で見られる。冗談…、いやちょっと本気もあるけど心外である。ちなみに真中が付けたミケというあだ名だが、何かするたんびに猫みたいだと言われ続け、いつの間にかミツケからミッケ、ミケと略されていった。個人的にはクロみたいで可愛いから気に入っている。
「そういや10年前のって、何? 有名のってあれじゃない? えーっと、確か10億円強盗の」
「違うけど、あー懐かしいね。確かにめっちゃニュースやってたわ。完全に忘れてたけど、真中よく覚えてたね」
「違うんだ。まぁそりゃウチの父が走り回らされて愚痴ってたからねぇ」
「そっか、真中のお父さん警察官だったっけ。何千人も導入して草の根大作戦とかなんとか」
「そうそう、非効率だーって五月蝿かったんだから」
思い出して肩を竦めている。
「おいっ、無駄口叩くな!! 就業時間中だぞ!!」
「「はーい」」
五月蝿い上司に怒られ、二人一緒に目を合わせて肩を竦めた。
ふんふ~ん
帰りにコンビニに寄ってクロが好きそうなキャットフードを見つけれたので、少し機嫌がよくなりながら帰る。
ナツツバキの白い花が、夕日に照らされてオレンジ色に染まっている。
ほんのり香るその横を通り、鞄の中の鍵を探しながら階段を上がった。
そして家のドアの前まで来て気付く。
ドアノブに私が渡した袋が掛かっている
困惑した。しかしそこで時間を過ごしても仕方がない。逡巡の後、恐る恐る中を覗くと、一枚の紙切れが中に入っていた。
汚い書き殴った字でこう書いてある。
猫を消せ