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202号室の男




 カン…、カン…


 のろのろと階段を上がる。もう、誰を信じればいいのか分からない。信じられないということは、彼等全員をクロを殺した犯人と疑うということだ。だって、部屋も荒らさずクロだけを殺す。そんなの恨みや執念ある狂人ぐらいしか居る筈がないじゃないか


 カン…、カン


 登りきった時、また雷鳴が轟いた。寒さが身体の自由を奪う。



 私は、どうしたらいいんだろう


 

 腕の感覚がない。まるで世界に一人だと教えられた孤独感に途方に暮れる。


「クロ…、どうせなら私もさぁ…。あんたがいないとダメなんだってば…」


 クロに顔を埋めてしゃがみこんでいると、ドアの開く音がした。

 近くから聞こえた音に釣られ、のろのろと顔を上げて少し驚く。

 202号室から、ガリガリで肌の青白い、目だけが異様に強く爛々と光った男が出てきたのだ。

 初めて見るその男は、外の様子を少し伺った後、私に近付いてくる。 

 普通なら悲鳴を上げて逃げるだろう。だが、私は猛然と男に掴み掛かった。


「あんたが殺したの!? 言いなさい! どうなの!?」

「煩い、離せ。周りに気付かれるだろ」

「そんなこと聞いてんじゃないのよ!!」

「チッ、来い」

「ちょ、止めッ」


 無理やり真っ暗な男の玄関へと引きずり込まれる。思わずクロを庇い、投げられた先の廊下で腰を打ちながら男を見上げた。真っ暗な視界の中、鍵を閉じた音が響く。乱暴な足音、ぎょろぎょろと男の目が光った。

 ぐっしょりと濡れた服に冷や汗も染み始めているのを不快に感じていると、パチッと廊下の電気が点けられる。白む視界が戻った瞬間、私はぽかんと思わず口を開けてしまった。


 黒く塗られた廊下一面に貼られた写真、写真、写真


 老若男女、あらゆる写真が壁に貼られ、そしてそこには真っ赤なバツが上書きされている。


「こ、これは…」


 唖然とする私の横を通り過ぎ、男はリビングへと向かった。間取りは同じようだ。少し逡巡するも、続くリビングにも貼られた写真や地図に目をやりながら男へと付いて行く。男は何台もあるパソコンの前の椅子に座っていた。異様な雰囲気だが、だからと言ってもうあまり好奇心は疼かなかった。


「武二たけじさん…、ですよね。これについては聞きません。だからあなたがクロを殺した犯人かどうか、犯人を見ていないかどうかだけ教えてください」

「ハッ、つくづく脳内が花畑なんだな。虫唾が走る。だから殺されるんだよ。折角警告までしてやったっていうのに」

「警告…?」


 その時、ぱっとあの4文字の単語が思い浮かぶ。


「ッ! 殺されるって知ってたなら、もっと分かりやすく言ってくれてもッ。それにあれが警告だったっていうなら犯人はもう分かってるってことですよね!?」

「ああーッ煩ぇ煩ぇ煩ぇ!! これだからあいつ以外の女は! いいかッ、俺はあいつを殺されてから10年間、ずっと殺した奴を見つけ出してやる為だけに時間を費やしてきたんだ!! それをふいにする様な今回の警告だって間が差したとしか言えねぇ程の温情だったってのによ! だがあんたがのろまで良かったぜ、お陰でようやく犯人に確信が持てた」

「…、囮にしたと?」

「へっ、へ、そうだよ。だが逆恨みは止めて欲しいね、どっちにしろあんたは狙われてたんだから。むしろあんたは俺に感謝するべきだ。普通ならこのままあんたも殺されてたところを、10年も時間を使わずに逆に奴を牢にぶち込み返してやれる機会を与えてやってんだからな!」


 男は興奮気味に話し出す。私は、俯いてそっとクロの毛を撫でていた。

 何故だろう、まるで凪のように静かな心地だ。

 生温い体温が移ったクロの毛を撫でていると、首が反り返っているのが痛そうに思えたので戻してあげる。ゴキゴキと軋む骨の様な音が鳴る。首を戻したついでにと濡れた指先でそっと血をこそぎ落とせば、まるで寝ているみたいだ。


「…へっへ、イカレちまったか? 気味悪い。まぁいい、あんたもその猫をそんなにした奴を捕まえてやりたいだろ?」

「…ええ、勿論」

「ハッ、じゃああんたのこの1週間以内に会った奴、会話した奴、全部言いな。一応俺のリストと重なるか調べる」

「目星は付いてるんでしょ? 教えなさいよ」

「ダメだ。俺が何故10年も使ったと思ってんだ? バレる可能性は減らしたい。お前には普段通りで居てもらう」

「それこそ笑わせないでよ。クロを殺されてどうして普段通りで居られると?」

「煩いな、捕まえたいんだろ? 言う通りにしろ。生きてるように装うのも釣るための餌なんだからな。それからもう一つ、あんた引っ越すんだろ? いつだ?」

「…木曜」

「いいねぇ、好都合。それじゃああんたはこの一週間で会った奴らの前で同じ様に自分の首を絞めてくれ」

「は?」


 にたにたと意地が悪く嘲笑う男。どうせ壁越しにでも盗み聞きしていたんだろうが、気分が悪い。


「だから、そいつらの前で言うんだよ、私は4日後に引っ越す予定です。だからそれまでに殺しに来て下さいねってな」

「…馬鹿にしてッ」

「実際そうだろ? 俺の時と違って危険を感じてたのに、あんたは呑気に自分の予定をぺらぺらと喋ってたんだから」

「ッ」

「俺は仕方が無かったけど、あんたは自業自得。殺された猫ちゃんも、あんたが飼い主で可哀想になぁ」


 にたにたにたにた


 見下げて嘲笑う男。しかし、逆に本音が見えて怒りが冷えた。男はその言葉通り、より自分の時は仕方なかった、不運だったと思いたいだけ。それに自分の先程の怒りは罪悪感を刺された図星から来るものだ。

 そう考えると反応する程でもない。


「…で? 要件はそれだけ?」

「…、面白くねぇ、ああ、諸々の準備はやっておく。多分火曜の夜には来るだろうよ」

「それじゃあ全員に会えるかは分からない」

「引越し日程を伝えるだけなら電話ででもいい。偶然会っただけの奴は省け。大事なのは、お前が有給で何処かへ行く予定だったのを知ってる奴だ」

「有給のことまで知ってるなんて、あんた気持ちの悪いストーカーね」

「ハッ、自分で大声で言ってるだけだろ」


 態とらしく男は203号室側の壁をノックした。クロを強く抱きしめる。だが、もう二度と嫌がりも甘えたりもしない。


「…分かった。その殺される予定の日も普段通り戸締りしていいのよね」

「へっへ、ああ、そうだ。その日は俺も隠れさせてもらう」


 この男を部屋に入れるのに嫌悪感は伴うが、了承し、それから出会った人物の名前を教える。もういいとお互いにさっさとその場を去ろうとすると、武二はさも助言と言いたげに伝えてきた。


「ああ、無駄に引っ掻き回されて計画が頓挫するのもお互いに嫌だろ? あんたに先輩として教えといてやるよ。警察に相談しても無駄だ」

「…、どうしてよ、今時動物愛護法は厳しい筈よ」

「ケッ、俺の時は人一人も追加されてた、けど、結果はこのザマだ」

「…昔と違って今は技術も上がってるわ」

「違ぇ、それもあるが、何故今犯人が行動に移してんのかよおーく考えるんだ。結局警察なんてのも金なのよ。じゃあな、よい夢を」



 外を静かに確認した男にどんと背を押され、外へと出される。

 閉じられたドアに、今までのは夢かとぼんやりするが、手元をを見下ろして逆にそれが現実を突きつけた。



 クロは死んだ



 クロを抱いた私の影が、轟いた雷雨でまるで不気味な怪物の産声の様に踊り狂っていた








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