金曜日
金曜日、昼
「あれ、三竹さん、会社に行かんでいいのかい?」
「新居地さん…、実は有給休暇中なんです」
誰とも会いたくないと思うほど会ってしまうものなのか。流石に引越しのためとは言い辛くて、曖昧にぼかす。引越し当日は顔も見せずにパッ別れようかな、もしばったり会ってしまったら急な事情とやらにでもしてしまおう。
「へぇそうかい、もし良ければ町内会の祭りの準備が来週の火曜にあるんだけど、手伝いに来てもらえないかね?」
「すいません、月曜までしか取っていなくて…」
「ああ、まぁ仕方ないね。それじゃあどっか遊びに行ったりするんだろう? このハイツは例の事件以降定期的に不動産の人が点検清掃に来てくれるからね、なんだったら一言言っとけば見回りの回数を増やしてくれるよ」
「へえ、説明の時には聞いてなかったんですけど、それは嬉しいですね。教えて下さりありがとうございます。あ、…そういえば…」
あついねぇーと熱気を手団扇であおいで逸らしてるこの真昼間ならと、明るい夏の昼下がりという状況の安心感がふと好奇心を疼かせた。
「ん?」
「…ねこ――ん―痛ッ!!」
ガッと茶けた爪先で腕を握り込まれる。見開き充血した白目が近づいた。
「あんたはあの泥棒猫の知り合いなのかい!? 私の息子と孫をオッ―――」
「新居、地! さん!」
目が左右に動いて汗が吹き出ている顔から体を反らし、必死に手を振り払う。不自然に間を空けたりして火鉢へと手を出すべきでは無かったのだッ。私のいつもの悪い癖だっ。私は早口で捲し立てた。
「ね、寝込んだりなさらないで下さいね! こ、こんなに暑いんですから! 私も遊びにいってると様子を見たりも出来ませんし!!」
「ええ…? ――あ、ああ、そうだね、あんたは良い子だったんだ、孫に似てね。そうだね、養生するよ、急に掴んじまって悪かった、今湿布を持ってくるから――」
「こんなん大丈夫ですって、それじゃあスーパーの特売があるんで私はこれで!」
「そうかい? 本当にごめんよ、じゃあ気をつけていくんだよ」
そうして階段を降りひらひらと手が振られる2階を見上げ、私はナツツバキの幹へと体を隠す。
珍しく着ていたノースリーブだからこそ、腕が震える程に握り込まれた枯れた感触を直に味わっていた。
そっとさする。
青紫色の手形がぐるりと浮かび上がった