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プロローグ

 


 ゴロゴロと音を立てるスーツケースを引き摺る。天頂から肌を劈く日差しのせいで、日焼け止めを念入りに塗った肩が駅から歩いている内にもうヒリヒリしてきていた。

「あっついねークロ」

 思わずケースの上に乗って楽をしている真っ黒な愛猫にぼやきながら、契約前に案内して貰った道を少し迷いつつ歩く。クロもばててるのか、にゃーとも返事をせず歩く揺れに任せて気怠げに垂らした尻尾を揺らすだけだ。そうしてガタゴロと重いケースを引き摺って適当に角を曲がった途端、下見をした時に入所の決定打となったナツツバキの巨木がひょっこり顔を出した。

「あー、ここだ」

 我ながら木で覚えてるのもどうかと思うが、新しい社寮が出来たらまたすぐ引っ越すのである。なので実を言うと若干フィーリングと勢いで決めていた。まぁそんな感じで決定打は艶やかな白い花だったが、それ以外にも此処、裏野ハイツには他には無い魅力的な点があった。それはペット可だったことと、最寄駅から徒歩7分と近いのになんと他所の半額の家賃という点である。

 勿論、幾ら寮を出てお金が心もとないからと言っても、女と猫だけの暮らしだしボロ過ぎるのは流石に勘弁だった。しかし下見をしてみても、別段白壁に蔦が絡まってるだとか崩れてるだとかもなく綺麗な状態であるし、しいて言うなら木造で地震の時が心配だとか、裏野ハイツ自体が2階建てでそれぞれ3部屋ずつとこじんまりしているとかぐらいである。その件にしても、1LDKでリビング9畳洋室6畳なら一人と一匹には十分で、こんなに安い家賃の理由にはならなかった。

 にゃー

「なに、気に入ったの」

 下見の時には連れて来なかったので、クロにとっては今回が初見である。スーツケースタクシーで運んでやったご主人様を無視して呑気にストレッチしている愛猫を見て、思わず私も気が抜けてしまった。

 わしゃわしゃと喉元を撫でてやれば、気持ち良さそうに金眼が細められる。

「クロちゃーん、タクシー代の代わりにご主人様を守って頂戴ねー」

 なー

 絶対分かってないクロを片手で抱き抱えて、門代わりのナツツバキの横を通る。みーんみんみんと命を散らして鳴く蝉が盛大に私たちを出迎える中、ほんの少しの緊張と新居という興奮を胸に、私は契約時のことを思い返していた。



「このハイツ、なんでこんなに安いんですか?」

「それは…その――…」



 昔この部屋で起きた殺人事件の犯人が、まだ捕まっていないからなんだよ





 

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