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一回表

大変遅くなりました。

読んで頂き有難うございます

何が起きたのかよくわからない。だけどまた野球が出来る、ただそれだけで身体の奥底から莫大な熱量が生まれる。今まで溜まっていた泥が消え、咲いていた花が散り、空白が生まれた。この高揚感はそこから生み出されているのだろう。


この高揚感に酔いすぎてはならない。まずどうするのか、どうしていきたいのかを考えよう。高校野球最後の瞬間、僕はすべてに絶望した。同じ轍を踏むのには耐えられない。怪我をしないことはもとより、怪我をしないために筋肉で補強できるところは補強すべきだ。幸いまだゴールデンエイジにもならない年齢だから、出来る限り筋肉の質を変えるしかない。


僕にとっての長所は、あの十年で研究し続けた身体構造と自分の筋肉の特性を知っていることだ。この体は160キロ投げられる身体にはならない。それは「物」として分析した結果、どうやっても筋肉量をつける事が出来ない。身長が178㎝で止まったことが最も影響しているのだろう。

あの分析結果を参考に幼少から研究通りに訓練できるのであれば、145キロ±7キロ前後はを出す筋肉をつけられることはわかっている。


であるならば…、まずは先生のもとに行かなければならない。訓練メニューは僕だけでは作ることはできない。よし、これでやることは決まった。



「将尋~、もう班の子待ってるわよ、早く出なさい。」


再び母の声が聞こえ、やることを思い出して急いでランドセルを持つ。それを背負うと即座に階段を下りていく。

玄関には母とともに小学校の5つ上の先輩が待っていた。角刈りのいわゆるモテない先輩だ。確かこの髪型なのに体育会系ではなく、酷く鈍くさいため周りからキモイと言われていた。小学生なんてのはスポーツが出来ればヒーローな世界だから散々酷い言動をされていたらしいが、僕は割と好きだった人だ。彼は酷く公平さを気にする人間で、信頼できる人間だ。


「おはよ、将尋。」


「おはよーございます。」


「久しぶりに少し遅れたね、体調悪かった?」


「いえ、そんなことありません。今日もありがとうございます。」


そう言って頭を下げると、彼は目を見開いてキョトンとしていた。


「お母さん、何かありましたか?」


「特には何もなかったと思うんだけど、朝病院がどうこう言ってたから悪い夢でも見たんじゃないかしら。」


「そうですか…。じゃあ今日も行こうか。」


そう言って僕の方へと手を差し出す。僕は靴ひもをしっかり結び直し、その手を握る。


「行ってきます。」


「いってらっしゃい。」


玄関の通り抜け、青い空が視界に入ってくる。

これが二回目のプレーボールだ。




学校までの間、角野先輩に手を引かれて歩いていた。彼は先ほどの話を聞いて少し心配したのか、何度も僕に目を向けていた。

流石にこうもずっと見ていられると鬱陶しく感じてきた。


「角野さん、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。」


そう言うと角野先輩は驚いた表情をし、少し眉間にしわを寄せる。


「あまり聞くのも悪いと思ったんだけど、何かあったのかい?」


「そうですね、激情を駆られるような出来事がありました。あ、演劇の劇場ではなく激しい感情の方です。」


激情という言葉に少し首をひねったため、補足しながら述べると理解したと軽く頷いた。


「勿論良い方向の激情なんだろう?」


「はい!!」


元気良く返事をすると満足そうな顔をし、再び歩き出す。

ちゃんと気を使えるのに何でモテないのやら…。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





元気よく玄関の扉を開けて、パソコンの下へと走りながら叫ぶ。


「たっだいまー。」


「おかえりなさい、ってそんな急いで何かあったの?」


急いでパソコンの下へ向かう僕に疑問を持ったようだ。だがそんなことを気にしてはいられない。軽く返事をするとすぐにノートパソコンへと向かい、電源をつける。まだSSDが高価な時代だ。HDDのノートパソコンだから立ち上がるのに時間がかかる。足で床をトントンと叩きながら椅子の上で待つ。ログオンしたと同時に検索エンジンから先生の名前を入力し、検索をかける。



…今は白崎大学の講師なのかって、白崎って教授のお姉さんの苗字と一緒だし関係者なのか?そんなことを疑問に持ちつつ、白崎大学の電話番号をメモに書き、リビングへと降りていく。


「かあさん、電話使うよぉ。」


母親に確認を取り、受話器を上げる。番号を入力し、電話をかける。


「はい、白崎大学教務課です。」


「私、白崎大学講師の宮野丈先生に以前お世話になりました神原と申しますが、宮野先生にアポを取りたいのですけれども。」


「宮野先生ですか、少々お待ちください。」


保留用の音楽が流れ始めたので、受話器を顔と肩で挟むと机の上にある本を手に取る。5分、10分経っても保留音が継続するが、彼の思考回路を思い出せばこの程度の事は当然だ。しばらく本を読んでいると保留音が切れ、


「誰だね、神原なんて聞いたことがないぞ。」


「突然申し訳ございません。私、神原将尋と申しますが、研究素体として7歳の少年は欲しくありませんか?」


「…どういうことだ?」


「あなたの研究目的を知っていると申し上げたらよろしいでしょうか。私はあなたの研究を利用して野球選手を作りたい、というより私自身がなりたい、ただそれだけです。」


「その声は…。なぜ君が知っている?」


「そうですね、以前あなたに教えていただきました。」


「君のような人物に話したことなどないが。」


「あなたにですよ、未来のですけどね。」


そう言うと、一切しゃべらなくなる。それもそうだろう。誰が未来のあなたから聞いたと言って納得するのだろうか。そんな摩訶不思議なことなんて存在しないと思われているし、僕自身前の人生だったら信じられなかっただろう。


「どちらにせよあなたには損が無いはずです。素体を手に入れ、今後プロ入団も視野に入れれば20年はそれを使う事が出来るのですから。」


「いいだろう、しかし法務が面倒なことになりそうだな。本当に来るのなら保護者を連れてこい。それが条件だ。」


「もちろんです。ではそういう事でよろしくお願いいたします。何曜日ならよろしいでしょうか。」


「水曜日なら面倒な講義がある。午前中に来い。」


「分かりました、ではその時間に伺います。」


そういうと、乱暴に音を立てて受話器を下ろされる。相変わらずの傲慢さだ、いや共に働いていた時はもっと慇懃無礼だった。だが今はどうだ、表面を繕うこともなく、マッドサイエンティストさを漂わせたままに笑ってしまう。


「やっとスタートラインに立てるのか。」


その事に感情が高ぶり、どうしようもなく体を動かしたくなる。

こういう時こそ走りに行こう。


決めたらすぐ行動だ。

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