34.赤黒き巨人
「皆! 真の敵はあの赤黒い巨人よ!」
サフィーはオープン回線を使い、何回も呼びかけていた。
「サフィー、やめろ。これ以上やるのなら、こちらにも考えがある」
サフィーの耳に男の声が響く。マイクロフトだ。
「マイクロフト、目を覚まして! 深紺の巨兵は敵じゃ無い! 真の敵はあいつなの!」
「サフィー、君にはあれが敵であると、どうして分かるのだ?」
「どうしてって……このありさまを見て分からないの? 深紺の巨兵も味方も関係無く攻撃してる。しかも、あいつは私達の砦を壊してるのよ」
「違う! 我らの砦が生まれ変わっているのだ!」
マイクロフトは語気を強めた。
「そんな……無茶苦茶よ!」
「無茶苦茶だろうが、現に起こっていることだ!」
「現に起こっているのは、あれが無差別に暴れてるってことでしょう!」
「サフィー、これ以上言うなら、ザンガ師団長に意見させてもらうぞ」
マイクロフトは一転して、冷静にそう言い放った。
「……師団長はもういない。私の見ている前で死んだわ」
「何てこというんだサフィー! 自分の意見を認めさせたいからって、よりによってそんなことを言うなんて!」
マイクロフトは、再び強い口調でそう言った。
「違う! 本当なの! この目で見たのよ!」
「私はこの事を予期したザンガ師団長から直々に命令を受けているんだ。サフィー、何故バレバレの嘘をつく?」
「嘘じゃない。だって、ザンガ師団長はこの場には居ないじゃない!」
「もうじき来る。そういう手筈になっている」
「いくら待っても、来ないわ。私、この目で見たの。ザンガ師団長は、自らをアレの生贄にしたのよ」
「馬鹿な! 作り話も甚だしい! 皆の者、サフィーは信用ならない! 深紺の巨兵のパイロットに洗脳されて、裏切ろうとしているのかもしれん。取り押さえろ!」
「え……ちょっと……!」
サフィーを不意の衝撃が襲った。サフィーのナイトウォーカーを、後ろから二機のナイトウォーカーが押し倒したのだ。
「きゃあっ!」
急な衝撃によって、サフィーの体がコックピットの中で弄ばれる。爪の剥がれた血みどろの手は操縦球から滑り落ち、体は操縦席に打ち付けられた。
「すまんなサフィー。どちらにせよ、お前は疲れているんだよ。少し休むといい」
「待って! お願い!」
サフィーはナイトウォーカーを起き上がらせようと必死に操縦した。が、一機のナイトウォーカーで、二機のナイトウォーカーの力に適う筈も無く、地べたに押さえ付けられて、もがくことしかできなかった。
「サフィーを離してやれ」
サフィーの耳に、聞き覚えのある、厳格で心強い。でも、どこか穏やかな声が響いた。
「マクスン副師団長。しかし、ザンガ師団長の命で……」
「ふむ、ザンガ師団長は、少なくとも、暫くはここには来ない。よって、指揮は俺が取らせてもらう」
マクスンは淡々と話している。
「いえ、ザンガ師団長はもうすぐここに来ます。そういう手筈ですから」
「そうは思えんな。ここからでも、辛うじて格納庫の様子は見えるだろう?」
縦横無尽の黒い指先が、崩壊した砦を指差した。
「格納庫の泰然自若は健在だ。が、師団長は乗っていない。暫くは来れないだろう」
「しかし……師団長には何か考えがあると、私は考えます」
「お前が考えるのならば、それでも構わん。が、俺の命令には従ってもらうぞ」
「何ですと?」
マイクロフトの声が、少し大きくなった。その声には焦りと驚き、そして不本意さが表れていると、サフィーは感じた。
「ザンガ師団長が不在の間は、副師団長である俺に従ってもらうことになる。何かおかしいことがあるか?」
「ザンガ師団長はもうすぐ来ます! 何故それが信じられない!」
「信じないとは言っていない。師団長不在の間、俺が指揮を執ると言っているのだ」
興奮するマイクロフトとは対照的に、マクスンは淡々と話している。サフィーはその様子を、味深く、また、注意深く聞き入っていた。
「く……副師団長……いや、マクスンも深紺の巨兵にそそのかされたに違いない! マクスンを捕らえろ!」
マイクロフトが号令をかけると、数体のナイトウォーカーが縦横無尽の方に向き直り、飛びかかった。が、次の瞬間には、数体のナイトウォーカーは一刀両断され、残骸となっていた。
縦横無尽はマイクロフトのナイトウォーカーの方へと向き直り、フレムベルグの切っ先を、その頭部の間近へと突き出した。
「ひっ……!」
マイクロフトは短い悲鳴を上げると、どうしていいのか分からず硬直した。
「マイクロフトを拘束しろ」
マクスンが一言発した途端、マイクロフトの周りのナイトウォーカーが動きだし、一体のナイトウォーカーが、マイクロフトのナイトウォーカーを地面に押さえ付けた。
「ぐ……知らんぞお前達、どうなっても! マクスン! 貴様もザンガ師団長に裁かれ……」
「口を慎しみなさい。非があるのは貴方の方よ。マクスン副師団長のやっていることは正しい」
サフィーが言うと、周りの兵士達も次々と声を上げた。
「そう思っていたのは、サフィーだけじゃないぞ」
「俺もだよ、サフィー」
「俺も」
サフィーは皆の声で胸がいっぱいになり、目は自然と潤んでいった。
「これより、ザンガ師団長に変わり、副師団長である、このマクスン・ケイオスファウダーが指揮を執る! 各機は深紺の巨兵への攻撃を中止し、あの七つ目から身を守ることに専念せよ!」
「はっ!」
数々のリーゼが、マクスンの号令と共に一斉に動き出した。が、そんな中、サフィーのナイトウォーカーは、まだ動かずにいた。
「副師団長、深紺の巨兵は味方です。私達は、深紺の巨兵のサポートをすべきだと思います」
「サフィー、俺の命令には従ってもらうと言った筈だ。これ以上の損害を出すわけにはいかぬ」
「副師団長……」
やはり、深紺の巨兵との確執は深い。マクスン副師団長だって、ティホーク砦防衛隊の一員だ。深紺の巨兵が味方になったと信じてもらうことが絶望的なのは、十分に承知していた。兵を退いてもらえただけでも、良しとしなくてはならない。
「残念だが……量産型のリーゼでは足手纏いになるだけだ。少なくとも、俺の縦横無尽と同等のリーゼでなければ戦力にもなるまい」
「……副師団長?」
「魔踊剣舞に乗っているのはブリーツか!」
「は……ふぁい!」
ブリーツは突然のことで驚き、ままならないまま返事になっていない返事をした。
「あれに抵抗できるのは、私とお前の機体だけだ! 我々は深紺の巨兵のサポートに回るぞ!」
「いや、さっきまで戦ってたんですけどね、特に役には立ってませんでしたよ。副師団長も来たことだし、足手纏いは退散しますよ」
ブリーツはスッと、魔踊剣舞の踵を返した。
「先程の戦い、俺も一部始終見ていた。俺が思うに、深紺の巨兵の補助は十二分に出来ていた。この状況で、貴重な戦力を遊ばせておくことはできない」
「……まじですか」
「まさか、魔踊剣舞に乗っておいて、皆と一緒に退避できると思ってはいまいな?」
「思ってましたけど……はぁ、仕方ないっすね」
「ブリーツ、私が変わってもいいわよ?」
落ち込むブリーツに、サフィーが話しかけた。
「えっ? だってお前、魔法使えないだろ」
「そうだけど……剣なら使える」
サフィーは戦いたかった。副師団長のこと、そして巨兵のことに決着を付けるために。
「残念だが、その機体ではあれには太刀打ちできないだろう」
「副師団長……そう……ですよね。分かりました。私だって足手纏いにはなりたくない……」
サフィーはすごすごと、ナイトウォーカーを反転させた。
「待て、サフィー」
「……はい?」
「その意気は買ってやろう。これを貸す」
マクスンはそう言うと、縦横無尽が右腕部に握っている剣を、地面に突き刺した。
「副師団長、まさか、フレムベルグを?」
「うむ、それともう一つ」
マクスンは、今度は別の剣の鞘の部分が握られている縦横無尽の左腕部を、前へと差し出した。
「これは……」
「フリズベルグ。これも魔具の一つだ。この二本を使えば、ナイトウォーカーといえど、やりようはあるだろう」
「副師団長! ありがとう……ございます……!」
感極まったサフィーの目から、涙がこぼれる。サフィーはナイトウォーカーを縦横無尽に歩み寄らせると、フリズベルグを受け取り、ナイトウォーカーの腰にセットし、フレムベルグを地面から引き抜いた。
サフィーはナイトウォーカーにフリズベルグを引き抜かせ、その刀身を見据えた。
「これなら……」
そう呟きつつ、縦横無尽に視線を向けた。縦横無尽は頭部をこくりと頷かせた。
「うむ、我々三人はこれより赤黒い巨人の討伐を行う。全機、深紺の巨兵を補助せよ!」




