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仮面の色は

作者: 柊 正太郎

『冬の童話祭』出品作品です。

少しだけ感じ入ってしまうような作品を目指して書きました。

誤字脱字などありましたら、コメントにてお知らせください。超特急で訂正します!

また、感想、評価も頂けると嬉しいです。

 この世界は色に満ちている。

 たとえ家と学校や会社を往復するような代わり映えのない日常を過ごしているとしても、その風景は常に一様であることはない。

 昼に青かった空は夕方には赤く染まり、夏に深緑だった森は秋には紅く色づく。

 二本の電波塔は一秒ごとにその輝きを変え、ビルの壁面は日々別の話題を映し出す。

 珈琲に牛乳を入れれば色は変わり、かき氷には色とりどりのシロップをかける。

 変化のない日常など存在しない。少なくとも、自分の見ている世界の「色」は刻一刻と変化する。


 これから語られるのは、そんな世界からただ一人追い出された少女の話。変化のない世界に押し込められた少女の話だ。



 その少女は少し周りの子とは違っていた。あまり喋らず友達と遊ぶこともなかった。というか、友達がいなかった。

 いつもは外で本を読んでいた。家の近くにベンチがあって、晴れた日にそこで本を読むと心地よかった。

 少女が読む本は挿し絵のない本ばかりだった。少女の年頃としては難しいものだった。

 少女の親が何冊か流行りの子供向けの本を買って来たけど、少女はめくっただけで読まなかった。挿し絵が多かったのだ。

 学校には行っていた。しかし少女にはつまらなかった。

 親も少女には手を焼いていた。少女の心が読めないからだ。

 人が他人の思考を読むときには、相手の表情を見る。

 しかし、少女は笑わなかった。泣かなかった。怒らなかった。

 学校の子供たちは少女を怖がった。いつしか少女は「雪女」と呼ばれた。

 それから少女は自分に興味を持った相手には

「私に近づくと凍らせますよ」

 と言って遠ざけた。

 学校の授業で絵を描いた。少女は絵が苦手だった。描こうとは思わないし、描くときも鉛筆を使っていた。

 しかし、その時は絵の具を使う授業だった。

 仕方なく少女は絵を描いた。しかし、その出来映えは散々だった。下書きまでは良かった。鉛筆で輪郭を描くだけだから。少女の下書きはクラスで一番上手だった。

 しかし、出来上がった少女の絵は一色だった。

 濃淡の表現は見事だったけど、少女が描いた相手の顔は、黒一色だった。

 相手の子は泣いてしまったけど、少女には悪気はなかった。


 少女の世界に、色は無いのだ。


 少女は生まれつき色が認識できなかった。

 幼いころは色があることすら知らなかった。

 少し成長してから、少女は本を読むようようになり『色』を知った。

 世界は『色』で溢れていることを知った。

 でも、少女の世界は白と黒しかなかった。濃淡はあるけど色彩はなかった。

 少女は他人に「これは何色?」と聞いて回った。そうするうちに『色』と『白黒の濃淡』を結び付けられるようになった。

 でも、少女は本当の色を知らなかった。

 だからこそ絵の具などの『濃い単色』などの識別は難しいのだ。

 少女はある日少年に会った。

 少年はすぐに少女の異常性に気づいた。

 少女はいつものように少年にも言った。

「私に近づくと凍らせますよ」

 しかし、少年の反応は少女の予想を外れていた。

「僕は魔法使いだから、君には凍らせられない」

 なぜ逃げないのか。少女は少年に問おた。

「魔法使いだから」

 少女は少年に様々なことを問うた。

 しかし少年の答えは全部同じだった。

「魔法使いだから」

「ならどんな魔法が使えるんですか?」

 少年は待ってましたと言わんばかりに胸を張って言った。

「僕の魔法は『自分の持っているものを相手に貸す』魔法さ」

「どんな魔法なの?」

 少女にはいまいちイメージが湧かなかった。

「それじゃあ、お試しとして一つ君に貸そう。・・・・・・君は色が認識できないようだね」

 少女は少し驚いた。こんなに直ぐにばれているとは思っていなかった。

「それじゃあ、僕の目を見て」

 少女は少年の瞳をじっと見た。

「そのまま、視点を動かさずに僕の目をじっと見て・・・・・・」

 10秒くらいすると、少女は目に少し痛みを感じた。

「目を閉じて。僕がいいと言うまでそのまま」

 少女は言われた通りにした。目がだんだんと熱くなっていくのを感じた。

「いいよ、目を開けて」

 少女が目を開けると、世界が変わっていた。世界が不自然だった。

 今まで二色の濃淡だったのに、そこに3つ目の色が加わっていたのだ。

 その色は近くにあったリンゴに多くあった。

「それが『赤』という色だよ」

 少女はあたりを見回した。所々に『赤』という色が散りばめられていた。

「すごい・・・・・・。本当に魔法使いだったんだ」

「疑っていたのかい?」

「魔法使いなんて胡散臭さの代表みたいなものじゃない」

「それはそうなんだけど・・・・・・君だって似たようなものだろ」

「それもそうね」

「さて、お試しは済んだところで商談をしようじゃないか」

「お金を取るのね」

「魔法使いだからね。これで飯を食べてるんだから」

「いくら?」

「おや、意外と乗り気なんだね。それじゃあ一回につき――」

 少女は家から自分の貯金を持ってきて少年に払った。

「さて、次は何がいい?」

 少女はすこし考えて、

「『青』を貸してください」

「わかった・・・・・・おっと、一つ言い忘れてた。僕との契約では一つ注意が必要なんだよね」

「注意? もしかして危険が伴うの?」

 すでにお試しで『赤』を借りているのだから、ひどい悪徳商法だ。

「危険はないよ、それは約束する。でも心持は必要だ。僕は貸しているだけだからね、いずれは返してもらう。その時、得たものを失う悲しみに君は襲われる。泣き叫んで、失ったときの痛みや悲しみを思い出してしまって苦しんだ人を僕は何人も見ている。心が壊れてしまった人も見たことがある。それに、君は耐えられるかい?」

 それは、まるで神様のような言葉だった。少女はある本で神様と英雄の話を読んだ。

 物語の神様は主人公にいろんなものを授けた。伝説の剣や盾、魔法の呪文や魔法のローブ。主人公は悪魔を倒し英雄と呼ばれた。しかし神様は英雄からすべてを奪った、英雄は主人公に戻った。それでも人々は主人公に様々なものを要求した。主人公は自分はもう英雄じゃないと皆に話した。自分の英雄譚は自分の力じゃなく、神様から授けられた道具のおかげだと。皆は主人公を見離した。王様に会うことはできなくなり、助けたお姫様からも蔑まれた。市民からはひどい扱いを受けた。主人公は後悔した。英雄になんかならなければよかったんだと。

 神様は奪うだけじゃ飽き足らず、一度与えて種を植えて根を張り巡らさせてから、その周りの土ごと根こそぎ奪っていく。

 少女は少し怯えていた。でも、知りたかった。色がどんなものなのか、本で読むような世界が本当はどんな姿をしているのか。そして人々は何を思い、どんな表情をして生きているのかを。

「いいわ、大丈夫」

「わかった。それじゃあ『青』だね」

 少年は少女に『青』を貸した。少女の世界はまた色を得た。

 少女は少年から他の色も借りた。どんどんお金はなくなっていったが、少女はそれで『知識』を買っていると思えば安いとすら思えた。

 少女の世界は色にあふれていった。最初は原色を借りたが、極彩色ばかりで本で読んだ世界とは違和感があった。

 少女は少年からもっと複雑な色も借りた。少女の世界はさらに色彩を増し、そのことに少女は素直に喜んだ。

 誰にも見せたことのない、自分ですら見たことのない『感情』を隠すことなく露わにしていた。


 少年は少女を不思議に思うのと同時に、すこし心配していた。

 少年は今までにいろんな人にいろんなモノを貸した。

 足を失った人に足を貸したこともあった。

 借りた人は皆少年に感謝した。泣いて喜んだ人もたくさんいた。

「ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう」

 何度も言われた。

 でも少女は少し違っていた。少女は『知って』喜んでいるように見えた。『借りて』喜んだ今までの人とは違い知識を『得て』喜んだ。

 少女は先ほどの質問にあのように答えていたが、少年はやはり不安だった。少年はもう一度少女に問いかけた。

「最後には僕に返さなければならない。君はまたソレを失う。それでもうれしいのか」

 大抵の人は悲しい顔をして少年に返した。中には少年に返そうとしない人もいたが、そういう時は強制的に返してもらった。そういう力も持っていた。

 しかし、少女の答えは少年を想像と違っていた。

「これで皆が世界をどのように見ているのかが分かったわ。ということは皆のことが少しわかったということにならない? それはつまり、私が皆のことを少し考えられるようになったということだわ」

 少女は『色』を借りる前とはまるで別人のように笑った。

 少年は心底驚いた。少女は他人のために『色』を借りたのだ。

 少年は初めて自分から口にした。

「ほかの色も貸してあげよう」

 少年は自分がもつすべての色を少女に貸した。

少女の世界は全ての色彩を手に入れ、少女はその世界を見回した。


 少年はひどく驚き、唖然としていた。

 全ての色を少女に貸し与え、白と黒だけの世界。それは少女が今まで生きてきた世界だ。

 この世界にはあるべきものがなかった。

 この世界には『暖かさ』がなかった。

 当然と言えば当然だった。色がないのだから。

 少年は辺りを見回した。色のない、暖かみのない世界。

 道端でおばあちゃんがリンゴを売っていた。でも、白黒のリンゴは全然美味しそうに見えなかった。

 何を見ても美味しそうに見えなかった。

 近くで子供達が遊んでいた。子供たちは笑っていた。でも少年には楽しそうには見えなかった。

 能面の笑顔に見えた。まるで笑っている仮面を被っているように見えた。

 そう、仮面だ。この世界の人は皆仮面を被っている。

 遊んでいる子供も、リンゴを売っているおばあちゃんも、手を繋いで歩く親子も、皆仮面を被っていた。

 笑っている仮面、泣いている仮面、怒っている仮面、真顔の仮面。

 この少女はこんな世界で今まで生きてきたのか。

 自分に接する友達も、先生も、大人も、親さえも、仮面を被る偽りの存在にみえる世界で。

 少女は心配そうに少年の顔を覗き込んだ。その顔すらも仮面に見えた。

 その世界はとても寂しかった。

 少年は仮面の少女の顔をじっと見た。少女の仮面は恥じらいの仮面に変わった。

 もうすぐ少年は少女から色を返してもらわなければならない。

 それは即ち、少女は再び色を失いこの世界に連れ戻されることを意味する。

 この世界が少女の『フツウ』だったとしても、今は違う。

 少女は知った、知ってしまった。

 色彩に溢れた世界を、仮面を被らず素顔のまま生活する人々を。

 この悲しすぎる世界に再びこの少女を突き落とすのか。

 少年は思い出す。

 今まで自分に借りたものを返すときの人の表情を。

 少年は思い出す。

 自分に足を取り上げられ、ありもしない幻肢痛に叫び、心を壊した男を。

 そんな思いをこの心優しい少女にさせるのか。

 今まで人々に辛い思いをさせたのは誰だ。

 本当にこの世界に留まるべきなのは・・・・・・自分なのではないか。


「どうしたの? 大丈夫?」

 本当に心配そうな顔をする少女に背を向けた。

「か・・・・・・」

 言葉が詰まる。

「・・・・・・返さなくていい」

「え」

 少女は少年に伸ばそうとした手を止める。

 少年の商売はどうなるのか、そんなことは考えなかった。

 少女は知った。色彩に溢れた世界をみたことでもうひとつの世界を知った。

 自分が今までいた世界が、いかに寂しく悲しいのかを。

「でも、それにじゃあ・・・・・・!」

「大丈夫だよ」

 少年は振り返り、満面の笑みを浮かべて言った。

 恐らく、自分が最後にできる笑顔だと思いながら、その笑顔を少女に捧げた。


「僕は、魔法使いだから」


この作品を読んでいただいてありがとうございました。

なにか思うところがありましたら、『good』をお願いします!


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