路上のタンポポ 6
「よう、笹原。まあ、近くの席になれなくて残念だった。で
も、遠くても友達だからな」
「ああ」
クラスの席替えが終わって、初の授業を受けてお昼にな
った。ここには食堂がないが購買はある。購買は校舎の中
にある。そこに行くか、近くのコンビニで買うか、事前に
弁当をもつか。僕は弁当をもってきていないので購買かコ
ンビに行くしかないのだが、購買は明らかに大勢押し掛け
ていたのでコンビニに行く事にしたのだ。
それはともかく、席替え。額田は廊下の側の最も近いと
ころからの前の3番目の席。僕は窓際の最後尾。はっきり
言って正反対のところに写ってしまった。それはいいのだ
が、それよりも......。
あの少女、寺島さんの席が窓際の前から4番目の席なの
だ。僕の席からその後ろ姿がちらっと見える。
寺島さんは今、女の子達とおしゃべりしている。寺島さ
ん、今、あなたはなにを考えているのだろう?
「笹原」
ぼんやりとした僕に額田君が肩を叩いた。
「ほら、何やってんだよ。コンビニに行くぞ」
「ああ、すまない。すぐいく」
それで僕たちは教室を出て、コンビニに向かった。
昼の3時、ようやく授業が終わり、安心した空気がクラ
スに広がった。
その中、僕はさっさと帰ろうと思い、教科書、文房具を
鞄に入れていった。今の状況を一言で言えばとにかく疲れ
た。そういう感じだ。ようやく、授業が終わって、家に帰
るところだ。だから僕は弛緩しきっていた。
「笹原」
そういうもう家に帰る事にしか頭にない僕に額田君が声
をかけてきた。
「ああ、何、額田君?」
額田君は気恥ずかしそうに指で鼻をこすりながら言った。
「いや、たいした事じゃあないんだけどさ、よかったら放課
後、どこかいかね?」
思いもよらない返事に僕はびっくりした。もちろん僕は
すぐに同意の返事をする。
「うん。もちろん、いいよ」
「そうか!いやぁ、よかったよ。それで笹原、どこいく?」
「どこでも、というか、僕はここの地理には詳しくないから、
額田君が行きたい場所で僕はいいよ」
「そうか、そういやぁ、笹原は東京の子だもんな」
それで額田君は少し考えていた。
「じゃあ、あれだ。ここの近くというほど近くじゃあないん
だけどチューブって言うカラオケがあるから、そこいくか」
そういったのだ。僕はカラオケというところに行くのが
初めてなので、どんなものだろう、と思って席を立ったら、
額田君が、あ、と声を出した。
「そういや、今日はあれだ。母に用事頼まれていたんだ。ご
めん、笹原、今日はいけないわ」
「いや、いいよ。そのくらい。で、今日はこのまま帰る?」
僕の台詞に額田君は少し考えて否定した。
「いや、チューブは次の機会にして、今日は花村に行こう」
「花村?」
僕はいったいそれはなんだろうと思った。
「花村というのはたこ焼き屋さんの事だ。まあ、ここの近く
だから、そんなに時間がかからないよ。それで、これが結
構おいしいからちょくちょく行ってるんだ」
「へ〜」
「今日はそこに行こう」
「ああ、わかった」
それで僕たちは教科書などを鞄につめて出て行った。
春の穏やかな気候が午後になってもまだその主張を強く
している。
僕は年が経つにつれ、いつも驚いてしまうのが気候だ。
ついこないだまで夏だったものが日の勢いが落ちて、涼し
い風を運んでくる。これにいつも驚いている。
しかも中でも一番驚いているのが、冬から春にかけての
気候だ。つい、こないだまで厳しい寒さだったのが、少し
ずつ寒さが和らぎ春の穏やかな気候になる事実にただ、驚
いているのだ。
たこ焼き店『花村』に行くまでの間、僕はこの気候の変
化に驚きつつ、額田君についていった。
いくつか話をしたら本当にすぐのところに『花村』があ
って、すぐついた。
「というか、ここって通学路じゃん」
「そうだよ。通学路のそばにこんなものがあるんだ、気づか
なかった?」
「いや、気づいていたけど、たこ焼き屋さんとは知らなかっ
た」
「たこ焼き屋だよ。まあ、いいから入ろうぜ」
それで僕たちは『花村』に入っていった。
『花村』はこぢんまりとしたカフェを想像していただけ
ればいい。内装は木造でテーブルは三つしかないこぢんま
りとした、たこ焼き屋さんだ。あと強いて上げるならば本
棚にコミックが置かれている程度だ。
「いらっしゃいませ」
カウンターのおばさんが挨拶をする。ちなみにここでの
カウンターはカウンター席などでなく調理場と客席を分け
る純粋なカウンターと思ってくれていい。
「ほら、笹原座るぞ」
「ああ」
それで僕たちは適当な席に座り、メニューを見る。
「たこ焼きの小でいいよね。額田君」
「ああ、もちろん」
それで注文する僕ら。その後、僕はいったいなにを言え
ばいいのかという事を考える。
何も思い浮かばない。
と、思っていたら、額田君の方から話し始めてくれた。
「ああ、今日はしんどかったな、笹原」
「うん,そうだよ。高校なんて初めてだからかなりきつかっ
たよ」
「まったくだ。まあ、でも今はいいらしいな。高校になった
ら主に勉強面で苦労したって、先輩が言ってたよ。一年は
まだ軽いからだいじょうぶかもな」
「確かに、でもすぐ勉強面で苦労すると思う」
「そうかそうだよなあ。............ところで笹原は勉強とかで
きる方?」
と、この時にたこ焼きが来た。
「はい、お待ち」
来た、たこ焼きはお皿の上に小さなたこ焼きがピラミッ
ド型に積んでいた。
「おお、来た来た。おい、笹原食べようぜ」
「ああ、わかった」
それで僕たちはたこ焼きを食べ始めた。
僕はたこ焼きは箸でつかみ(このたこ焼き屋では爪楊枝
ではなくて箸が用意されている)それを口に入れる。
口に入れた瞬間口の中にたこ焼きの中身が口に広がった。
ものすごく柔らかい、クリームと行っても過言ではない柔
らかさだ。それがソースに絡まってたこ焼きの味を落とさ
ずにいる。
しかもたこ焼きの中は柔らかいと書いたが、実は外は柔
らかいわけではない。外は程々にぱりっとした食感で、最
初の一口かむ時に最初はかめなくて、しかしかんだ時に中
のたこ焼きが口の中ではじけるのだ。
僕は食べていてこれは本格的なたこ焼き屋だと感心した。
たこ焼きの一つ一つは小さいため、一つ一つのたこが小
さいのも致し方ないことだ。普通のたこ焼きと同じぐらい
だ。
このたこ焼きは小で16個だから、いくら小さくても結
構なボリュームだ。これで300円。結構安い。
僕の感想はこれは中ぐらいにして小は8個で200円ぐ
らいなのがいい。さすがに小さくてもこのボリュームか間
食にきつい。
食べ終わった額田君が満足そうにくつろいでいると、突
然いやらしい笑みを浮かべてこちらに迫ってきた。
「ところでさ、笹原。おまえ、気になる子はいないか?」
「え!いきなり、何言ってんの!」
僕はびっくりした。本当にびっくりしたのだ。なぜなら、
額田がこれを言う時にあのクラスの少女を思い浮かべてい
たからだ。
「別にいないよ」
これはさすがに言えなかった。まだ、この頃の僕は本当
にあの子に『初恋』をしていたのだ。
本当に僕が抱いていたのは淡い恋。自分一人だけがもつ
雪のようなどこまでも純粋で現実にはにつかわないはかな
い恋なのだ。
そういう恋はよほど親しい友人しか言えないものだと僕
は思っていた。
「ふ〜ん、ホントのところはどうなのかなぁ〜。ホントにい
ないの?」
「いないって、それより額田にはそういうのはないのか?」
「俺?そんなのあるわけないじゃん。だって、今は登校二日
だぞ、そんないい人なんて見つからないよ」
「なら、聞くなよ」
そういって、僕は水を飲んだ。僕が水を飲む間、額田は、
あ、と声を上げていった。
「そういえば、恋人と言ったら寺島美春。あいつ、いい奴な
んだけど恋人候補ではないよな」
「寺島美春?」
いきなり僕の想い人ができたので口から心臓が飛び出る
んじゃないかってぐらい驚いた。一応、あの寺島なのか確
認しておこう。
「寺島美春って言ったら、あの髪の長いきれいな子?」
「そうそう、クラスの寺島だよ。おまえはあいつの事気にな
るか?」
「まあ、あんだけきれいなら......」
僕は話してる時に自分の想いがばれないようになるべく
普通に驚いてるように演技をした。それがこうしてか、そ
れとも僕の事に興味がないのか、額田は寺島の事を止めど
なく話してくれた。
「うん,確かにきれいだ。ただ、知り合えばわかるけど、恋
人にしたいとは思わないんだよな、あいつ」
「それって、どういう事?」
いきなり額田君から僕の気になる子がでてきて、しかも
それが恋人にはしたくないというのはどういうこと?
僕のそんな驚きをよそに額田君はいたってなんでもない
ようにたこ焼きを食べながら話してくれた。
「ああ、そうか。笹原にはいってなかったか............。俺と
寺島は中学の時一緒だったんだ。まあ、それでお知り合い
になって、何度か話した事があるけど、まあ、あいつはい
いお友達を超えないよ。まあ、すごく話しやすい、それは
確かだけど女としては正直言って見れないんだ。本当に」
僕はびっくりした。寺島さんを女として見れない?そう
いうものだろうか?
-..................。
よくわからないけど、とりあえず寺島さんになんとか話
してみよう。それで僕なりの感想を決めればいい。
額田君は鷹揚にたこ焼きを食べながらこんな事も話して
くれた。
「まあ、だけど、あいつにもいいところはあるよ。例えばさ、
あいつは本当におもしろい事と言うんだ。あいつと話して
いるとさ、元気になるんだよな、ほんと笑って、その後す
ごい元気になる。俺ってさ、けっこうひょうきんでさ、そ
れでいろんなところで明るい奴らとつるむけどさ、やっぱ
寺島はそういう奴らとは違う気がする。そういう場にいる
ような笑いもいいけどさ、寺島はさ、ほんと人を安心させ
るような笑わせ方をする。早く、早く言っておもしろおか
しく笑うんじゃなくて、自然と笑えてる気がするんだ、ほ
んとに」
これには少しびっくりした。寺島さんとそういうキャラ
だったのか、と、今、少し思ったのだ。
「.....................つまりさ、寺島さんてどういう人なの?」
これが今、僕の率直な疑問だった。それに額田君は最後
のたこ焼きを食べながら笑いながら答える。
「まあ、寺島と話せばわかるよ」
それでこの話は打ち止めにした。
「まあ、それより帰ろう。俺もそろそろ用事をしなくちゃな
らないし」
「うん,わかった」
僕は急いでたこ焼きを食べながら答える。寺島さんの事
はまず、話して決めよう。
僕はたこ焼きを食べながら、やわらかいクリームの味を
味わっていた。
僕は自分の部屋に入り倒れるようにベッドに寝そべった。
今日はいろんな事があった。中でも寺島さんの事が
間接的にせよ、知れてよかった。
寺島さんがもてるとわかった瞬間僕の中の何かが燃え始
めていた。そういう感情を持つ事に僕自身が何より驚いた。
寺島さんの事でも疲れたけど、やはり最初の授業はきつ
かった。............とにかく眠い。
ほどなく僕は眠ったしまった。これが高校の二日目の日
の事であった。