ただいま潜伏中
部屋に引きこもって三日目に、アルディーン殿下から見舞いの花がこれでもかというほど届いた。
母が泣くので型通りの礼状を書くと、返事が来た。
具合はどうだとか、
医者には診てもらったのかとか、
欲しいものはないかとか――
見舞いに来たいというのをやんわり断りつつ、当たり障りのないように『疲れやすく目眩がします……』なんて書いて送ったら、また返事が来て。
あれ? いつの間にか文通になってないか、私?
まあ、引きこもり生活は退屈なので、殿下の手紙を読むのはちょっと楽しい。
殿下の手紙は、話題が多岐にわたって豊富だ。それに引き換え、私は読んでいる本の話くらいしかない。引きこもっているから尚更か。
何だかんだで、引きこもり生活も二か月を越えようとしている。
自分でもよく粘ったと思う。
対外的には病気ということになっているので、いずれは王太子妃候補から外れる事ができるだろう。
『体調がよくなったら王宮に遊びに来るといい』
そう書かれた殿下の手紙を、私は何度も読み返していた。
――うん。こんな事になっていなかったら、すごく嬉しかったのにな。
私にとって、昔も今も、殿下は憧れの王子様だ。それだけは変わらない。これからもきっと。
「わたくしの可愛いアンネリーゼ! 今日の具合はどうかしら?」
しんみりした雰囲気をぶち壊すように部屋に入って来たのは、母だ。
「最悪よ」
「んまあ、相変わらずご機嫌ななめだこと」
母は明るく笑って、ソファに座っている私の横に腰を下ろした。
「また殿下のお手紙を読んでいたの?」
「する事もないし」
「素直じゃないわね。誰に似たのかしら」
たぶんお母様、貴女です。
「ねえ、アンネリーゼ。そろそろ普通の生活に戻らない?」
「そうしたら、また王太子妃云々ってなるもの」
「せめて田舎の屋敷に移りましょうか。病気療養っぽいでしょう? 領地の中なら、外に出ても目立たないわよ」
改めて考えると、田舎でのんびり過ごすのもありかな。
「田舎ね……そうしようかなぁ」
「そうしましょうよ。今夜はハーヴェイ公爵家の夜会に招待されているの。その時にお父様に話すわ。愛娘を田舎で静養させたいという、この優しーい、優しーい母心を、ハーヴェイ公爵夫妻の前でお父様に聞かせてあげようと思うのよ」
ほほほ、と優雅に笑う母。
結構な策士だ。
父に勝ち目はあるまい。
その夜、夜会に行く両親を窓から見送った後、私はいつものように早めにベッドに入った。
何せ、暗くなってからやることがないのだ。その代わり、朝は夜明けと共に目が覚める。朝焼けの空を眺めながら、小鳥の声を聞くのが日課だ。
明日も晴れるといいな。
そう思いながら眠りについた――
「アンネリーゼ」
夢の中で誰かが私を呼ぶ。
「アンネリーゼ、起きろ!」
夢――じゃ……ない?
ハッとして目を見開くと、黒い人影が私の上に多い被さっていた。
思わず悲鳴が出る。
声が響き渡る前に、大きな手が素早く私の口を塞いだ。
「落ち着け! 私だ。アルディーンだ。分かるか?」
――はい?
ベッドに片膝を付いて身を乗り出していたのは、確かにアルディーン殿下、その人だった。