ただいま状況確認中
殿下と踊った翌日の午後、父が血相を変えて王宮から帰って来た。
曰く、
アルディーン殿下がロラン侯爵家のアンネリーゼ嬢に結婚を申し込んだ、と噂になっている。
「何、それ。申し込まれてないわよ」
私は呑気に手を振った。
「殿下と続けて踊ったとハロルドが言っていたぞ」
「あ、それは本当」
「何曲?」
「五曲くらいかしら?」
父は脱力したように項垂れた。
「アンネリーゼ、殿下は通常一人に対して一曲しか踊らない」
「決まりでもあるの?」
「暗黙の了解というやつだ。何曲も踊れば、相手を気に入ったとのだと周囲は受け取る」
「そうなの? もう! 殿下も案外迂闊ね」
「何を呑気な事を……国王陛下からも噂の真偽を下問されたのだぞ」
「ごめんなさい、お父様。陛下にお叱りを受けたのね」
父は深々とため息をついて、こめかみを押さえた。
「そうではない」
「えっ?」
「むしろ、お前さえよければ王太子妃に迎えたいというのが、陛下と王妃様のご希望だ」
「よくない、よくない、よくない! 殿下には恋人がいるでしょう?!」
王都に住む者なら、みんな知っている。
「彼女は年上の未亡人だ。将来の王妃には相応しくない」
「いや、いや、いや、いや、私だって相応しくありませんって!」
「私も陛下にそう申し上げたのだが、殿下と伯爵未亡人との関係に困っておられるようでな。逆にお前を説得してくれと頼まれた。王の頼みなど、命令よりも始末が悪い」
自分が悪者になったような気にさせられるのだと、父はぼやいた。
「でも、私が説得されたところで、どうしようもないわ。夕べはお互い昔なじみだから、思い出話が弾んだだけよ?」
だろうな……と、父は胃の辺りを押さえながら頷く。
「とにかく殿下に手紙を書くわ。妃として私を望んでいる訳ではないもの、すぐに噂を打ち消してくださるでしょ」
私は殿下に手紙を書いた。
『困った事になっています。殿下のせいですからねっ! 火急に、速やかに、事態収拾希望』
――という趣旨を、さすがにそのまま書く事もできないので、柔らかく女性らしい言葉でくるんで。
後はほとぼりが冷めるまで、殿下に会うような公の場に行かなければいい。
――はずだった。
「お嬢様、アルディーン殿下からお花が届いております」
「王太子殿下から、お嬢様へ贈り物が来ていますわ。どこに置きましょう」
「お嬢様、王宮から夜会の招待状が届きました」
あ・の・か・た・はっ!
何がしたいのよ、全く。
「全部送り返して!」
さすがにそれはできないと、家人達に止められた。
その後、噂は止まるどころかさらに加速していった。現在、私は殿下から熱烈な求愛を受けているのだそう。
誰か見たの?
父と叔父は国王陛下に丸め込まれて、むしろ私の敵になりつつある。
『はいと頷いておけ。妃"候補"というだけだから、深く考えるな』
そんなの信じられるか!
なし崩しに祭壇の前まで連れて行かれる気しかしない。殿下も国王陛下に命じられれば、嫌とは言えなくなるだろう。
もう、こうなったら!
「今日から私は病弱になるわ!」
私は侍女達の前で宣言した。みんなの顔に疑問符が浮かんでいる。
「私は、体調を崩して臥せっていることにします!」
『うちのお嬢様が?』
『無理ありすぎでしょう』
『この十七年間に、寝込んだのは二回だけよ』
『しかも、その一回は土手から転げ落ちて腕を折ったせいだったような……』
ヒソヒソと囁かれる失礼な意見は捨て置いて、私は当分の間、自室に引きこもる事を決意したのだった。