ただいま遭遇中
「私をアル様のお嫁さんにして下さい!」
「ああ。りっぱなレディになったらな」
輝くエメラルドのような瞳のその人は、優しく笑って、私の髪を撫でた――
そして――
「何故、お前がここにいる?」
かつて幼い乙女心を射抜いたその方は、現在苦虫を噛み潰したような顔で私を見下ろしている。
どうか睨むのは止めて下さい。美形が台無しです。
「あの……招待状を頂いたからです」
「招待状?! 昼の茶会と間違ったのではないのか?」
いえいえ。正真正銘、夜会の招待状ですから。
たぶん、この方は私の年齢を覚え違いしてるのだろうな、と推察する。
この方――アルディーン王太子殿下と私は、幼い頃からの顔見知りである。母親同士が友人だったため、昔はよく遊んでもらったりした。
とは言え、先王陛下が身罷られ、王太子殿下となられてからはお会いする機会は殆どなくなった。覚え違いしていても無理はない。
「殿下、私は十七歳ですよ?」
「十七? もう、そんなになるのか」
やはり、覚え違いをしていたようだ。
まあ、私の顔を覚えていただけでも凄いと思う。
「誤解が解けたようでよろしゅうございました。では、わたくしはこれにて」
お茶を濁して立ち去ろうとすると、
「待て、アンネリーゼ」
突然背後から私の襟首がガシッと掴まれた。
ぐえっ
金鎖のネックレスが喉に食い込み、淑女にあるまじき声が漏れる。
しかし、淑女にあるまじき引き留め方をされたのだから、そこは許してほしい。
「殿下、わたくしは猫の子ではありません」
「す、すまぬ――」
ええ。笑って下さって結構ですよ。
「せっかく久し振りに会ったのだから、一曲踊らないか?」
踊る?!
私は凍りつきそうになった。
「殿下、大変ありがたいお言葉なのですが……」
「どうした?」
「私は踊れません」
「怪我でもしているのか?」
「いえ、そうではなくて」
「下手でも構わぬぞ。足を踏まれるくらいよくある」
そんなレベルじゃないんですよ。
「ステップを知りません」
殿下は数度瞬きをしてから首を傾げた。
「十七だよな?」
「正真正銘、間違いなく」
「その年なら普通は踊れるのではないのか?」
「その……レッスン嫌いでして」
「夜会に出るのは何度目だ?」
「三回目でしょうか」
「ダンスに誘われるだろう?」
「何度か。でも全部断っているので、誘われなくなってきています」
「全開の笑顔で言う台詞ではないぞ……今日は誰と来た?」
「叔父です」
「ハロルド?」
私はコクンと頷いた。
「そのハロルド卿はどこだ?」
「ええと……あちら。左側の方ですね。お嬢様方に囲まれています」
「あいつは、お前を放っておいて何をやっているのだ」
「たぶん、周りを固められて抜けられなくなっているのだと思います。叔父は優良物件ですから」
殿下が訝しげな表情を浮かべたので、さらに詳しく説明する。
「つまり、三十歳独身、伯爵家嫡男で国王陛下の覚えもめでたく、王太子殿下の側近を務める出世頭。おまけに見目もよい――叔父はお嬢様方にとって、『結婚したい男ナンバーワン』なのです。ただ残念ながら当の本人に結婚願望がないので、後で救出に行かなければなりません。そして、わたくしはお嬢様方に睨まれるのです」
毎回ねっ!
殿下は小さく笑い声を漏らした。
何が面白いのかよく分からないけれど、私も一応、殿下に合わせて微笑んでみる。
「アンネリーゼ、手を出せ」
「はい」
思わず両方の手のひらを上に向けて差し出すと、殿下は呆れたように頭を振った。
「何故そうなる?」
「え? お菓子を下さるのでは?」
いつもそうだったでしょう?と、私は殿下を見上げた。
「そうではなく、右手だ。手のひらは下に向けて」
言われた通りにすると、殿下が私の手を取って広間の中央に向かって歩き出した。