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原本断片  作者: 乃生一路
5/7

6028年 永劫の魔術師

 

 何もかもが、自らの上位だった。


 劫炎が地を大蛇の如く走り、

 極氷は冷徹な塊と化し墜落、

 轟雷は断罪の翳りを纏わせ、

 亡風は未だ終末を吹き荒ぶ。


 リベル・マギアは、【魔術師マジシャン】は、その人間の魔術を見て絶望する。

 格が違う、と彼は震える。勝ち目がない、と最強の一体と称された魔導人形は恐怖する。


 リベル・マギアは、自らの魔術を誇っていた。

 最高の魔術師だ、と思っていた。人も魔導人形も全てをひっくるめて。

 そしてそれは、自他共に共通の認識と化していた。

 彼がいるならば、ベイド制圧など容易いものだろうと考えられていた。


 この人間に出会うまでは。


 完膚なきまでに、彼の最強は叩きのめされた。

 一人の人間と対峙したことにより。


 リベル・マギアの身体が震える。

 けれども、それは恐怖だけではなかった。


 ◇


 戦火の中を、三体の魔導人形が行く。

 場所は、ベイド帝国内の市街地のひとつ。

 リベル・マギアを部隊長とするその小隊に、ヒナノとコルニクスは所属していた。というよりも、その小隊には三体の魔導人形しかいなかった。


 そこでの戦は、既に終わっていた。辺りに転がる敵の残骸は幾百を数え、対する三体の魔導人形は数発ヒナノが撃たれたのみに終わる。リベルとコルニクスに至っては傷一つなく、煤や土煙による多少の汚れだけである。

 

 三体は、次の目的地へとのんびり歩みを進める途上にあった。急ぐ必要はない。時は急を要するものでもなく、主力の魔導人形を殆ど失ったベイドは最早詰みだったからである。

 皇国はベイドに対し、降伏せよ、と呼び掛けている。すれば、即座に魔導人形を撤退させよう、と。

 無論、皇国が有利となる条件付きではあるが。


 未だ降伏せず、ゆえにこうしてヒナノ達魔導人形が首都目指して進軍しているのである。まるで真綿で首を締めるかのように遅々と、けれども刃向かう者は確実にその尽くを粉砕しながら。


 ヒナノは観光がてらだった。ベイドという国には初めて訪れる。それがこのような形となってしまったことは、少々残念ではあるが。


 ベイドは、国中が屈強だった。強者こそ全て、という国風が浸透しきっていた。強者とは即ち、より正確に相手を殺し、より確実に生き延びる者であるらしく、そのための武装やら肉体強化などに余念がない。

 弱肉強食、といった印象を受ける国だった。街ひとつを見まわしても、総菜屋があるような感覚で武器屋だの防具屋だのがある。道具屋、という名称の店まであった。


「この国は、まるでRPGの世界ですわ……」

「……なにそれ?」

 

 呟くヒナノに、コルニクスが尋ねる。彼女の質問は珍しいため、揚々とヒナノは答えようとした。だが、


「そういうものが、昔にあったのである。自らに何らかの役割を割り振り、同様に役割を決められた他者達と目的を達するために右往左往する遊びが」

「……仰る通り、です。リベル卿」


 ヒナノはほんの少しがっかりした。コルニクスには自分の言葉で教えたかったのに、と。


「…………そう、ですか」


 コルニクスの反応は薄い。あまり興味はないようだった。


「あの石像もまた、実にこの国の異様な執着を現していると思わんかね」


 言って、リベルはひとつの石像を指さす。ヒナノとコルニクスは、素直にその指が指し示す方角を見た。

 

 鎮座する何者かを模った像。


 ベイドの国中に、似たような石像が散見される。


 ヒナノがそれを眺めていると、


「それは、“座者”の偶像である」


 と、リベルは言った。


「座者、とは……」


 座者。

 ヒナノにとって、それは聞き慣れない単語だった。


「ヒナノ。君は、ベイドの者達が編纂へんさんした、座者に関する録を呼んだことはあるかね?」

「いえ、ございません」

「中枢の書庫に、その写本が一冊ある」


 皇都中枢部にある記録保管所。通称、書庫。

 立ち入る際には必ず入館証が必要とされ、皇帝が直々に許可を下すことにより初めて入館証を取得できる。そのため、一般的な国民では入館証の取得はほぼ不可能であり、必然的に立ち入られる者はごくごく一部に限られるという次第である。

 当時のヒナノは、書庫立ち入りの権利を持たない。


「では、リベル卿は書庫の入館証を」

「うむ、持っているぞ。陛下から賜ったのだ」


 リベル・マギアは古参の部類に入る。武勲も相当なものらしく、皇帝からの信頼もあつい。


「わたくしも一度は訪れてみたいですわ。膨大な知識を得られる、と聞き及んでいますの」

「だが実際は、そうでもない」

「そうでもない……どういうことですの?」

「知識に希少性レアリティが設けられているのである。

 S、A、B、Cと機密情報がそれぞれにカテゴライズされており、より上位の記録を見るためには、上の者達の認可が必要なのだよ。高ければ高い程、その内容を知る者の数が少ないということ。Sともなれば、片手で数えられるほどに少ない。

 先程のRPGに関する知識も、実は機密情報のCに位置するものである」


 なるほど、とヒナノは思う。Cであるためレアリティも低く、それゆえに知る者は多い。そのため、情報がどこかで外部に漏れて、あるいは漏らされてしまったのだ。

 それを自分がどこかで知った、ということ。はて、どこで聞いたか。RPGなる知識を。


「……」


 数秒を逡巡に費やし、ヒナノは思い出す。

 博士だ。白衣と眼鏡が印象的な、AM博士に教えてもらったのだ。あれは確か、検診の際に自身が暇を持て余している時だったように思う。


「……うむ、では続けるぞ。先程言った録は、正式には〈ベイド編纂式魔天座者録〉という名称でな、もともとは一冊の書物だったが、どうも複数にバラけてしまったらしい」


 過去に耽るヒナノへ、リベルは話を続ける。ヒナノは想起を取り止め、現在を視ることにした。


「その複数のそれぞれで、レアリティが違う。

 最後まで読むためには、〈規制情報閲覧資格・S〉が必要だった。残念ながら私はCであるため、出だししか読めなかったのである。真に遺憾である」


 と、リベル。古参のリベルですらCしか与えられないことに、ヒナノは心中で驚いた。

 

「なにか、興味深いことは書かれていましたの?」


 ヒナノは聞く。「うむ」とリベルは自慢の顎ひげを触り、記憶を探り探り答える。


「座者の配下の一人に、“永劫の魔術師”がいるらしいのだよ。ずば抜けた魔術の才を持った人間なのだそうだ。私も【魔術師】との号を与えられた身、もし出会えるような奇跡があるのならば、是非ともこの身の限界をぶつけてみたいものだ」 


 リベルの目はキラキラと輝く。リベルはダンディズムと形容されるような外見だが、“永劫の魔術師”を語るその瞳は少年のようだった。結局は彼も退屈なのだ。この張り合いのないベイド侵攻が。ヒナノがそうであるように。コルニクスに関しては、よく分からないが。


「座者の配下は、そのいずれも恐ろしい者達だったそうだ。“永劫の魔術師”の他にも、“枯種”や“傀儡主”、“霧姫”などがいたと、座者録には記されている」


 リベルの言葉の途中、ヒナノは疼痛とうつうを覚える。思考の奥底が、カタリと動いた。まるで、記憶が保管された部屋には、当のヒナノが全く気付かないでいる床下があるとでもいうかのように。


「座者も含めて、その者達はどこへ行ってしまったんですの?」


 この時代には、少なくとも皇国内には、座者を始めとする恐ろしい者達の名は少しも伝わっていない。


「今のこの時代に座者がいないということは、倒されたか、もしくは封じられたということである」

「やはり、そうなりますわね……」


 いない、ということは、つまりは負けたということだ。

 誰に負けたのかは、分からないが。


 会話はそこで途切れ、ヒナノはふと周囲を見渡した。半壊した街並みと、雑多に転がる死体、点々と佇む座者の石像がある。

 次に彼女は上を見上げる。

 青い空が広がり、太陽には羽根が生え――――


「ッ!?」


 瞠目。


「どうしたね?」


 と聞くリベル。同時に、三体の魔導人形の頭上に影が落ちる。


「なんだ……?」


 怪訝そうに天を仰ぐリベルと、やはり無言のコルニクス。

 見えたのは、太陽に重なり燃え立つ鳥と、視界を覆うほどの火炎。


 空を仰ぐ三体の魔導人形めがけて、地獄の業火が降り注いだ。


 ◇


 鳥の上に鎮座するは、一人の魔術師。

 惑う地上の人形達へ、今の彼に敵意はない。


「《/劫炎》」


 ひとつ唱える、原本符牒オリジナル


 魔術師の周囲が歪曲し、空間のひずみから炎が現出する。

 

「《/発動(行け)》」


 言って、永久に消えない炎をその男は降らす。

 当てるつもりはない。もし当たってしまえば、ただ不幸だったとしか。


 ◇


 天が降らす炎のその危険性を、瞬時にリベルは察知した。

 ゆえに、彼は声を張り上げて叫ぶ。


「散れ! して、各々身構えよ!」


 瞬く間に魔導人形達は炎から距離を置く。

 言わずとも、皆承知の上であった。三体全ての魔導人形が天から降り来る炎が異質であることを理解していたのだから。


 地面に落下した炎は、劫の爆炎を発し、周囲の物を呑み込み始める。


「Re/Be」


 まずはヒナノが反撃に転ずる。魔導符号をひとつ言い、手を掲げて天の鳥を標的とする。

 そして放たれる、幾筋もの光の束。黄金色の魔導素子を収束させた、滅却の光線。

 鏡で反射させることをせず、直接相手を狙い撃った。


 ◇


 黄金のもやが、人形の一体に収束する。


「《/障壁/魔(変な技だな)》」


 何の変哲もない感想を言っただけであるのに、鳥の周囲に光が展開される。


「あれが噂に聞く魔導符号か。六番目と同じだ、気に食わん」


 いとも容易く、光の障壁は光線()を弾いた。


 ◇


「防がれた!?」


 驚愕するヒナノの傍には、もう既にコルニクスの姿は無かった。

 彼女は、周囲の建物を駆け抜け、跳び上がり、鳥と同様の高度に達する。そして、


AcアクセACエシ


 鳥をめがけて、双刀を二度斬り払った。二つの剣閃は桔梗の色を帯び、鳥をめがけて駆け抜ける。刀身を離れて斬撃波は飛ぶ。さながら鎌鼬かまいたちの如く――――


 だが、魔術師の展開した障壁はなおも続いていた。鳥の周囲の光に、コルニクスの放った斬撃波は打ち消される。


「/Adエド/Bo」


 ならば、と。コルニクスは空中に魔導素子を固着させ、それを加速した己が蹴ることにより自らを砲弾のように鳥へ発射する。

 鳥に展開された障壁では、コルニクスを止めることは叶わない。それは、魔導素子を内包してはいるものの、彼女自身はまったく人間と遜色ない外皮であるために。


 ◇


「マジかよ」


 魔術師は呆れる。自ら乗り込んできた彼女に。

 自らが乗る不死鳥の炎は、自分以外は燃やしつくしてしまうものであるというのに。


「/炎纏(ウェア)刀剣(ブレード)


 言葉と共に、魔術師の身体を炎が纏う。そして盛る炎は一振りの剣を具現した。

 黒い外衣をはためかせ、宙を滑るようにコルニクスは鳥へと降り立つ。

 そして、一縷の刻を置くことなく一太刀を


「うお……!」


 炎の剣で受け止めたものの、一撃におされ魔術師はよろめく。逃すまいと、コルニクスは身を捻り回転させ双刀による縦の斬撃を繰り出す。

 避けきれず魔術師は右肩口を斬り抉られた。


 近接戦においては、コルニクスに分がありすぎる。


「ってえ……! フェニ、俺ではもたない。解除してくれ! ついでに俺も助けて!」


 魔術師がどこか情けなさのある声でそう言うと、鳥は地上に向けて、墜落するかのごとくに垂直落下した。


「っ……」


 コルニクスは鳥から跳び、再度建物へと着地する。


 燃え立つ鳥が、地面に激突する瞬間、爆風が周囲を吹き抜けた。三体の魔導人形は体制を崩されるも、それでもなお鳥が墜ちた場所から目を離さない。


 爆心地には、すっぽりとフードをかぶり肩から血を流す魔術師と、それを支えるように立つひとりの人間がいた。燃えるような赤髪の、炎を体現したかのような女性である。

 鳥が、一人の女性へと変じたのである。


 ◇

 

「だから、近接の訓練もしとかなきゃって言ったのに」

「お小言は後だ」


 不満そうに、“鳥であった”女性は言い、魔術師がそれをなだめた。

 

 ヒナノは、その者達からは敵意を感じられなかった。まるでお遊びじみているのである。


「油断ならない相手、なのであろう」


 ずい、とリベルがヒナノ達の前に乗り出し、手の平を魔術師たちへ向け符号を。


Maマジク/」


 リベルの手の平の空間が歪む。そしてそれは、リベルの下から射出される。

 無を、飛ばした。

 周囲を吸い込み、無は魔術師へと向かう。


/障壁(バリア)/魔(ドールコード)


 魔術師と女性の周囲に光が張られ、やはり打ち消されてしまった。


「なんなのだ、あの障壁は……全てを打ち消す拒みの障壁とは。ぐうう……! まるでエルレア様と対峙している気分である……!」


 歯がゆそうに唸るリベル。

 一方で、ヒナノは黒衣が燃え尽きて半裸状態のコルニクスを気遣っていた。


「コルニクス。貴女、大丈夫ですの……?」

「平気」


 とだけ答え、コルニクスは双刀を持ち直す。

 まだ、交戦の意思はあるようだった。


 あの、燃え立つ鳥を従える、一人の魔術師と――――


 ◇


 魔術師たちは佇むのみで、なにかをしてこようとする気配は見られない。


「貴殿、私の言葉を理解できるか」


 威厳のある声で、リベルは魔術師へ問うた。


「できる」


 答える魔術師と、そんな彼の傷が気がかりな風の鳥の女性。


「貴殿は“永劫の魔術師”であると私は思うのだが。どうだろう?」

「如何にも。俺は、“座者”に味方している者だ」


 “している”と魔術師は言った。今も、続いているのだ。


「ということは、貴殿は人間か?」

「ああ、《人間》さ」


 彼こそは、彼女達が言う《/本来的な人間(人間)》の魔術師。

 原本を行使し、自ら超常の力を発揮していた時代の残滓ざんし

 

「どうして、私達を襲った?」

「そこにいたからだ。知っている化け物によく似た符牒を扱う者達、つまりは貴様らがな」


 かつて永遠を拒み続けた者。

 不死の鳥を孤独から癒すためだけに、自ら彼女の久遠の原本に呪われた男。

 座者の親友として、天使達の言いなりになった一人の勇ましき少女の前に立ちはだかった者。

 天蓋下の終りに、天使に報復を誓った復讐鬼。

 

「逆に、聞こう」


 魔術師は言う。


「貴様らのその符牒コード。誰から得た?」

符号コード、だと……知らぬ。我ら魔導人形は、生まれつき符号を得ていた。我らの核となる魔石が、もともと符号を持っていたからだと教わった」

「誰に、教わった? 天使か?」

「天使……?」


 リベルは首を傾げる。言葉の意味を真に理解していない者の仕草である。


「ああ、天使だ。ひょっとするとこれが貴様らの最期の質問になるかもしれないが、あえて聞こう」


 一呼吸し、魔術師はどこか哀しげな視線を、コルニクスとヒナノへ送る。ヒナノ達には、そう見えた。

 じじつ、魔術師と不死の鳥は彼女達の“なれの果て”を直視することに、ひどく悲劇じみた哀しみを覚えていた。

 そして、意を決したように魔術師はリベルを睨み、問う。


 ――貴様らは、天使に与する者達であるか。否か。


 ◇


 リベル・マギアが遭った者。

 ベイド制圧の折に、運悪く出会った者。


 彼は、過去の者。

 現在に至ることで、その強さが既に完成している者。


 コルニクスとヒナノにとって、無知の既知に当たる者。

《烏有少女》と《曙光》の、旧知の者。

 偽在の少女と、裏切った天使に助力した者。


 天使を、倒せなかった者達の一人。


 ◇


「そうである、と言ったら」


 明らかな挑発を行うリベル。

 お馬鹿、とヒナノは思った。たとえ冗談であれども、あの人間にソレは絶対に言ってはならない言葉なのですわよ、と。彼女は心の内で叫んだ。


「……ならば、」


 魔術師は紡ぐ、紡ぐ。

 長き永き時を経て練り上げた自らの原本符牒オリジナルを。

 憎き悪き者達を葬るただそれだけのための魔傾極致アビス・フェイスを。


「《/永劫の虚無(マイナシア)》へ。貴様をご招待いたそう」


 確然と構えていた世界に、ヒビが。


 ◇


 空間が割れ、その“中身”から伸ばされた触手がリベルだけを飲み込む。


「な、なんなのだこれはッ! いったいなんなのだ――!!」


 その様を、ヒナノ達はただ呆然と眺めていた。

 世界に罅が入り、そこから何かが漏れ出したのだ。

 確然とそこに構えていたはずの世界に、裏側があったのだ。


 魔術師と女性もまた“中身”へ入ろうと足を踏み出す。


「……、」


 ふと、振り返り、ヒナノとコルニクスのいる方向を見た魔術師は言う。


「戻らないのか?」

「え……、そ、それは、いったい何の話ですの」


 いきなりの問い掛けに、ヒナノは戸惑う。


「……知りたいのならば、書庫に行け」

 

 それだけを言い残し、魔術師達は裏側へと消えた。



 果てのない空間が広がる。

 ひたすらに殺風景な平面が世界の続く限りに伸びる。


「こ、ここは何処である!?」


 リベル・マギアは戦慄する。


「“刹那の実存(プラシア)”の方で全力を出してしまえば、色々と厄介な痕跡が残り、地域の方々に迷惑がかかる」


 魔術師は、込み上げる殺意を隠匿しようともせずに言う。

 底冷えする程にドスのきいた、恐ろしき憤怒が込められた声。


「だからここ、マイナシアで貴様を存分に滅ぼそうという魂胆だ」


 魔術師に付き従う女性は、一歩引いた位置にいる。自らは手を出さない、という意思表示なのかは量りかねる。


「なあ、もう一度聞く。違うと言えば、きちんとプラシアの方に戻す。誤解で殺されては、たまったものじゃないだろうから。

 貴様は、本当に天使の仲間か?」


 魔術師は再度問う。


「違う。私は天使の仲間ではない」


 今度は、正直に答える。そして、【魔術師】の号を持つ者は、こう続けたのである。


「ただ――貴殿とは、全力の勝負をしてみたく思うのである。いかがだろうか?」


 リベル・マギアは確信したのだ。

 彼は魔術の極致に至った者、自らよりも遥かな高みに座す者である、と。

 魔に傾き切った者、あの編纂文書に記されていた“永劫の魔術師”は、


「貴殿は、私と対等以上であり、私の限界をぶつけるにはふさわし過ぎる程の【魔術師(マジシャン)】である。そう、判断したのである」


 人でありながら魔に傾き切ってしまったあの男を、

 “神の錯誤”としか思えないほどに魔に適応したあの永劫の魔術師を――


「ゆえに私は戦う。魔導人形は元来戦闘兵器であり、戦うことこそ我らが本懐。だが、いくら人形とはいえども、退屈はつまらないのである。そして私は退屈であった。あまりにも私は、皇国は強すぎた」


 相手取ってみせる。


「……承知した」


 一瞬渋面を浮かべるものの、魔術師は了承する。


「もし私が勝てたならば、貴殿の知るところを全部話してもらおう」

「良いぞ。数年はかかるかもしれないが、まあ辛抱強く聞いてくれよ。ダンディズムなおっさんよ」


 リベル・マギアは自慢の顎ひげを触り、限界の姿で挑まんと奮起した。

 魔術師――ヴェスタル・ヴァージニアは全力を持って応じる。


Maマジク/――――


 そして、【魔術師】リベル・マギアは虚無の中に消えた。


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