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原本断片  作者: 乃生一路
2/7

3035年 枯木と少女2

 少女が目を覚ますと、バケツを持った枯木がまず目に入った。


「…………」


 沈黙。


「はふ」


 少女の口から空気が漏れる。再び意識がさよならしようとしていた。


「……」


 枯木は語らず、少女の目を見る。

 静かな佇まい。穏やかな相貌そうぼう

 少女は、その枯木から害意も悪意も敵意も感じなかった。


「……あなたが、助けてくれたの?」


 枯木は語らず、バケツを少女の足下に置いた。

 木製。こけがびっしりと生えた、古い古いバケツ。

 ちゃぷちゃぷという水音。たっぷりとした水がバケツ内で波打つ。


(……?)


 少女はなぜバケツを差し出されたのかが分からない。枯木は動かず、その朽ちた双眸を閉じる。野原に一陣の風が吹き、周囲の草花がせわしげに揺れる。

 照りつける太陽を、立体的な雲が覆う。

 野原一体に影が生じる。そしてすぐに影は消え、再び明るくなった。

 

 静か、だった。なにもかもが。


 枯木の肩に小鳥が止まり、歌を奏で始めた。枯木は目をつぶったまま、ただただ不動。その時間が止まってしまった風に、少女には見えた。


(ここは、どこなんだろう)


 立ち上がろうと、少女は身体を動かし――自らの粗相にようやく気付く。して、身体をべっとりと濡らす暗く赤い血にも。


「――――ぁ」


 瞬時に頬が紅潮し、青ざめ、再度紅くなる。羞恥と恐怖のダブルパンチであった。


「うう……」


 枯木は依然として目をつむる。見てないぞ、という無言の声を少女は聞いた。

 

「そ、そういうこと……だったの、ね……」


 少女はバケツを握り(ぬるっとした)、一気に頭からかぶった。


「ひゃ」

(冷たっ)


 身体の芯まで冷えてしまいそうなほど、その水は冷たかった。身震いをする少女を、降り注ぐ太陽光が優しく温める。甚だしい程の晴天である。服はじきに乾くだろう。

 少女は藻と苔に塗れたバケツを再び足下に置く。そして、


「んー……」

 

 まじまじと枯木の姿を見た。

 

(人、なの?)


 枯木は人の姿をしていた。長身痩躯(そうく)のすらりとした人間のような、形。

 枯木は語らず、微動だにせず佇立ちょりつする。肩には小鳥がちょこんとある。どこかから一羽飛んできて、枯木の帽子の上に乗った。一羽増えた。

 ボロボロの帽子を、枯木は被っている。

 顔は干からびて真っ白で、まるで枯木のよう。

 着る服は、黒い染みや赤い染みに塗れて、もとが何色であったのか分からない程に汚れている。袖は手首まであり、裾は足下まで。身を縛る、と形容されるが一番近いだろうか。そのような服を枯木は着ていた。

 胸元には勲章らしきもの。サクラを模した形で、金色。

 腰には一本の刀。抜き身で、刀身は錆だらけ。

 手も顔と同様、白く干からびている。


(人、じゃない……? ううん、でも、見た目は)


――人間のような姿をしているのに。


 そう、“ような”である。人間の“ような”姿なのに、人間とはかけ離れた姿をしている。まるで人がそのまま朽ちたような、人の生命が枯渇したかのような姿。

 ひとり孤独にひっそりと在った、枯木。


「助けてくれてありがとう、その……枯木さん」


 礼を述べる。さっきの化け物はきっとこの枯木が倒してくれたのだ、と少女は解釈した。呼び方が分からなかったため、呼び名には最初に抱いた印象を。

 枯木は目を開け、視線を少女に向け、肩に止まる小鳥に転ずる。


「私は、イラって言うの」


 こくりと、枯木は頷く。そして少女に背を向け、どこかへと歩き始めた。肩の小鳥が羽ばたきどこかへ飛び消える。


「あ、待ってっ」


 慌てて少女も枯木の後を追う。


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