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残滓は淡く微笑む

 

 

 

 

 ――そう、珍しいコトでもない。



 異端という存在がいる。


 容姿か在りようか、それとも単純に能力か。

 どこかしこが人とは違うと、多数の人から判断される、少数からなる"人"だ。


 曰わく、異端者は、多数の人間とは違うから異端であり、多数の人間から悪意を以て排斥される"悪"なのだそうだ。俺がその昔殺したゲスによると。

 はけ口とも云うがね。

 特にここ、異端者を神の裁きとやらで殺しまわる、異端審問部の本拠がある西域の北はだ。

 異端者どころかその親兄弟、関わった者まで、見せしめとして吊しあげられる事すら、そう珍しいことじゃない。


 ――今みたく、な。


 顔の向きは動かさず、目線だけやる。

 そこには、明日火炙り予定の、――まだ年齢一桁だろう赤茶の髪のガキと、その母親と思しき、同じく赤茶髪の女の、傷だらけ打撲まみれの死体が二つ、白で装飾された異端審問部特設のさらし台に吊されていた。


 ――コノモノタチイタンシャニツキ、ってか。信仰心も過ぎれば狂信、くだらねぇ。

 チラホラと集まり下世話な話題をくっちゃべる悪趣味なギャラリーを横目に、陰鬱な溜め息を吐いた。


……気分転換の散歩で、なんでンな不快なモン見せられなきゃならんのだ。

 忌々しい。



 その日は、底を尽きそうな路銀をひねくり出し、漸く取れた安宿の、何ヶ月ぶりかのまともなベッドで眠る予定の日なのだ。

 そう、だったのだ。過去形。

 気紛れの散歩を陰鬱な気分で終えた俺は、件の安いオンボロ宿の、風には耐えられても幼児のそそうには呆気も無く崩れ落ちそうな引き戸を引き、美味いとはいえず不味いとは言える夕食を終え、泊まる部屋の扉を開け、


 鈍器で叩き割られたような硝子窓の成れの果てと、血を流し横たわる赤茶色の髪のガキを見つけたのだった。


……予想外に呆然と立ち尽くす程、俺はマトモな神経してない自覚があるが、面食らったのは事実。

 赤茶けた髪は、先見掛けた。吊しあげられた哀れな異端者(じゃくしゃ)のものと同じ色だ。

……運良く逃げ延びた生き残り、か?

 モノトリの類なら血を流して気絶してる説明がつかねぇし。

 通報の二文字が瞼に浮かぶ中、とりあえず足で仰向けにしたガキが、痛々しい傷跡まみれの幼い顔を苦しげに歪め、呻く……さてどうする、通報か、助けるか?

 しかし異端者に関わった者は、異端審問の連中に目ェ付けられる可能性が高い。

 思い返すは、先の見せしめ風景。このガキも、ああなる。

 面倒事は歓迎できない。が同時に、明らかに死ぬと解ってるガキを見捨てるのは、俺の精神衛生上……ガキが死ぬのは、よろしくない。

…………難しい天秤だが、その前に。


「……まず、逃げるか」


 審問官の奴らには、不愉快なモンも見してもらったしな。

 見捨てないにしろ生憎と、硝子窓を弁償できる程の金銭は持ち合わせていない。

 念の為鍵を閉め、負傷したガキを看てやる。

 幸いと云うべきか、職業柄応急処置関連を欠かした事は無い。という前提があったからこその判断だった、が。

……出血の割に傷浅い。簡単な処置で十分だなこれ。マジにラッキーな奴……で済ますべきかね?

 疑念を覚えながらも、簡単な処置を終えたガキを背に、割れた窓から速やかに路地裏に降りた。



 ちゃんとした街ではそれなりのチェックがなされ、携帯を許されない銃火気の類。刀剣の類はフリーだと言うのにね。

 旅人の俺も例外では無く、この街に入る際、治安の為とやらで接収された俺のリヴォルバー・タイプの愛銃――軽量の上低反動で、グリップが手に馴染むのだ――を管理局からちょろまかし、登録の資料をゴニョゴニョすませ、休み休みながらも苦労して街を抜け出した後、野宿の準備が終了した夜のことだ。ガキが目ぇ覚ましたのは。

 ガキは勢い良く飛び起き、キョロキョロと小動物よろしく辺りを見回し、俺の姿を認めるや否や、古傷だらけの顔を恐怖に歪めた。


「ひっ?!」

「……おひふへ」


 腰を抜かすガキに声を掛ける。呂律が回ってないのは歯をみがいていた為だ。

 とりあえずうがいを済ませ、慌てず騒がず水を吐き出し、その辺の石を片手に見れたもんじゃない形相で突っ込んでくるガキを迎撃。

 腕をはたき石を取り上げ足を引っ掛け転倒させた。


「のわっ」

「落ち着けっつったろが……てめぇは命の恩人に殴りかかるのか? 不法侵入者」

「……っ、?」

「俺は、てめぇが叩き割った安宿の硝子窓の部屋に居た客だ」

「…………?」


 薄い月明かりの中、子供(ガキ)らしく首を傾げるが、俺は顔をしかめ人差し指を突きつける。


「テメエのせいで、安宿の半堅ベッドを逃したじゃねぇか。どうしてくれる」

「……は? というかここどこ?」


…………これだからガキは嫌いなんだ。テメエのペースでなんでもかんでも……


「おまえ、だれ」


 年上をおまえ呼ばわりかよと突っ込みたかったが、話が進みそうにないので、コメカミをこねつつ大人の対応。


「……此処は街の外の森。俺はラディル=アッシュ。旅人だ。テメエは?」

「"いたん" 」


 俺は、名を聞いたんだが――


「……ああ?」


 抑揚のない、棒読みで吐かれたその言葉に、その意味の、奥に。些か意表を点かれた。

……まさか。


「……お前、母親は居るか? 父親は?」

「……ハハオヤ? チチオヤって、なに?」


 まさかと思って投じた問いに、予感通りの返球が返ってきた。


「…………異端、ってのは、お前のなんだ?」

「みんな、そうよぶ」


 痛んできた頭を抱える。


 ――コイツ、俺と似たような境遇かよ……

















 ――不覚にもクスリを切らし、禁断症状に意識がトんだ所を……一生モンな醜態、ガキに深いほうのアレをやられた後。

 タンコブみっつこさえたガキを背中にしょい、俺に同調した少数――所帯持ちやら間者疑惑持ちやらは強制退去させた――と共に、包囲を固めつつある騎士団相手に、此処は俺に任せてお前は先に行け的デス・フラッグな展開があろう筈もなく、俺指揮の下サクっと一蹴。

 所詮、有象無象の規則ガチガチ正当騎士団。世間一般で云う所の、ド汚い姑息な戦略や、それをまかり通す変態能力者複数を相手にすれば、汚物を避ける一般人の如く対応になるのも道理だ。

 より具体的に言えば、精神支配能力者(死体限定)双子姉妹による暗部野郎の死体爆弾とか、正面背後の道筋にこっそり張り巡らされた足掛けトラップとか、鳥類とオトモダチな変態に蝙蝠を招来させ撹乱とか、まあ他色々交えて混乱させてる合間に、全員揃って離脱成功した訳。



 んで、現在。



『――ありがとう、ラディル=アッシュ』

「……礼を言うなら、その前に状況を説明しやがれクソガキ」


 三度目の、辺り一面真っ暗な謎空間。

 視界の先は、拘束されてる時と変わらぬ、微妙に浮いた真っ裸の、リーではないかもしれない微笑みをたたえた無機質な金色の目。


『ひどい、あなたは"私"をアリューシャと命名したのに』

「思考にツッコミを入れるな電波ガキ」

『あなたは慣れてきているし近しいから、でもその二人は違う。傍に居てあげて』

「いや最初からやってんだろが」


 相変わらず腹ただしい、脳に直接叩きつけられるような声を受け流しつつ、未だかつて無い程に目を見開き涙を流し震え上がる双子姉妹の細い肩を抱き寄せてた手に、力をいれる。震えが僅かに小さくなった気がした。


 ――何故か、今回の謎空間には、この双子姉妹、ユアとリアまで居たのだ。


……どういうことだ? 思考が読めるんだろうが、答えろ。


『そのふたりはざんしん。ふたつである程度のかたちになる、そんな能力者』


……殺すぞ?


『……わたしのミス。系統が類似していた故の同調。接続はより細かくすべきでした』

「で」

『ごめんなさい』


 俺の半分本気の殺気が通用したのか知らんが、初めてといって良いくらい、ガキは素直に対応してきた。双子の姿が、闇に溶けるように消える。


『接続を切断』

「どうなった?」

『元通り』

「ならいい」


 話の内容は相変わらずよく解らんが、帰したんなら良い。

 肩を軽くすくめる。

 どうにも、一回目二回目よか体が自由になってるな。


「で、結局何の用だ」

『――欠けた月に愛されし者、アリューシャという"私"の真名、しかと魂に刻まれました。"私"もきっと気にいっている』

「……忘れろ。そんな意味で付けたんじゃねぇ」


 一度付けた名前を撤回するのは主義にあわん。言いようのない絶望を感じながら、呟く。

……てか、気に入る?

 理解してるってのか、あの幼児が?

 内心で首傾げると、無機質無変化の硝子玉みてえな金眼が、心なしか柔らかく成ったような。


『今も昔も同じ、女の子の成長を、甘く見ない方がいい』


……別にそれは、女子に限られた事かね?

 てかやっぱこいつは、違うな。幼児の語り口じゃねぇ。


『現に、苦しんでいるあなたを見て、"アリューシャ"も苦しんでいた。だからわたしの示した手段を実行する、"選択"をした』

「…………色々ど突きたい箇所があるが、とりあえず答えろ。手段てのは何だ。ガキは何をして、俺の禁断症状を治めた」


 今まで、あの糞爺から供給されるカプセル状のクスリでしか治らなかった症状だぞ。

 なんかテメエ知ってるっぽいじゃねぇか。


『――アナタに埋められた因子は、わたしの、"アリューシャ"のもの』

「…………ほう、それで因子ってのは」

『――質問の解答。"アリューシャ"は、自身の体液・唾液をあなたに投与、因子暴走を鎮静させた』


…………やはりどこかズレた、おぞけを誘う順番飛ばしの解答のさらなる最奥に、とんでもない悪寒を感じた、まさか。


『肯定。今まであなたが投与していたクスリと呼ばれる物の中身は、"アリューシャ"の体液』

「……血か」

『肯定。因子は本来の持ち主の構成分子で、一時的に鎮静化する』


……体液という表現から、唾液以外のもんでも代用が可能だとは推察が容易。てことぁ、今まで俺はガキの体液で生き長らえてたってか。

……糞が。


『あなたは、――ぃ』


 ? なんだ、声が遠くなったぞ?


『……融通がきく――のはこ――マデ……――わた――は、――りゅーしゃ――に―――ナ―――る――』

「おい、なんだ? どうし――」


 おかしい、最初からおかしい奴だったが、なんかおかしい……

 今までピクリともしなかった、リーの姿をした奴は、口を開く。声はない。だが、読唇術の心得がある俺には、伝わった。


   

     ――テ・ン・セ・イ――



 ――転生。


 輪廻転生は、東西かからわず宗教的に生まれ変わりの意味。


 死と新生……"わたし"と、"私"・"アリューシャ"。


 別、別々、別人……


……まさか、お前は――


 非常識を通り越した非現実的な仮説が一つの単語で繋がり、目を見開き、驚愕が脳に浸透する。


 ――お前が、リーの前の、

 

 "女"は、音の無い声を続ける。


 ――ア・リ・ユ・ー・シ・ヤ・ヲ・オ・ネ・ガ・イ――


 俺が返事をする間も無く、満足したような満たされたような、そんなイマワノキワに浮かべる笑みで、ゆっくりとガキの姿を闇と同化させて、消えていった。




 ――不明瞭な闇は晴れ、視界が正常の夜闇になる。


 夜深く、僅かな月明かりに照らされた森の中。

 この寒い西北地方で、追われる身の上たまけに焚き火も点けられず、固まる集団、云うまでもなく俺達だ。

 木を背に足を伸ばして仮眠体勢の俺、傍には俺の右腕の裾引っ付み、案外ガキっぽいような緩い寝顔で、意外に豪快ないびきをたて眠るリー。首を傾げたくなる程に安らかな寝息をたて、面白半分で俺の左右の太股部分を涎で濡らす双子姉妹、そして固まって雑魚寝するのと、俺にそっぽ向いて――賢明だ――寝ずの番をするのに分かれた元部下たち。皆厚着、当然だ。

 謎空間に入るまで、見ていた光景。しかし謎空間に入る直前、ガキ共を叩き離す為振り下ろそうと上げた左腕は、いつの間にか下がっていた。

 謎空間からは、脱出できたらしい。

 名も知らない"奴"は、残留思念かその類なのかもしれない。勘だが。そしてもう見る事もないだろう。融通がもう効かない、そう言って転生を口にした。

 リーの姿で、リーに溶けていった。

 転生とやらを果たしたのかも知れない。

 もう、想像するしかないこと――


…………チっ。


 思考する以前に不可解な気分になり、夜空を見上げる。

 木々の隙間から、すがすがしく忌々しいくらい雲一つ見当たらん星空と、中途半端に少しだけ欠けた月。

 冷たい風が吹き、リーが呻いた。

 雪こそ降ってないが、今夜も冷えるな。そういえば馬鹿なハゲが、携帯水筒の水が凍ってると騒ぎ、防寒措置を怠るからだとスヴェアにツッコミを入れられ笑いを取っていたな。

 人数分は無い、少数のオンナコドモに割り当てられたひとつ、リーの毛布を肩までかけ直してやり、冷えた自分の首筋に黒ずんだマフラーをずりあげる。

……そういえばフォリアと初めて会話した時もこんな寒い野宿、夜空に、月だったような。

 関係……なくは無いか。あの時も思考する事を一時放棄して、こんな意味不明な気分だった。

 

 ――不純物の無い闇空は、否応無くあの暗闇を思い返させる。


 先まで見ていた暗闇。

 欠けた月に闇空、相性が良いから引き合ったか、それともセットだから……ガラじゃねぇというに……

 ――欠けた月は、俺の名の由来らしい。

 俺の親を殺し、俺を連れ出し中途半端に情操教育を教え、中途半端に暗殺させ、人助けもさせ、末に色々あって行方をくらました、何もかも中途半端な恩人兼名付け親に、そう聞いた。

 そういえば生きているのか死んでいるのか、情報が掴めない奴でもある。死ぬところなど想像できん奴だが。隊長並みに。

 その隊長はまあ無事だろう事ぁ確かで、ほうっといても問題ないような気もするが、状況的に合流せねばなるまい。

 面倒臭ェ所だがな……


…………ふと気付き、視線を忌々しい夜空から下げる。

 

 バカップル(死語か?)の片割れ誠一と、その誠一に口を押さえられたハゲのバリーが、俺を凝視していた。


「…………何してんだ」

「い、いえあの」

「ロリを囲んでやが、」


 空いた手でその辺の尖がった石を全力で放り投げる。

 投石が空間を裂き、人間二人の額を打ち抜く音が、夜の森の枝葉を小さく揺らした。

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