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命名の後

 ――鉄臭い、濃厚な血の匂いが空気に混合し鼻につく。

 辺りは、血肉が骨が内蔵が、当たり前のようにぶちまけられていた。

 あたかもそういう異常が普通の異次元だとでも主張する様に。大量の、人ならざるモノの、魔物の残骸で満ちていた。

 

 ――その中央に、悠然と二本の脚で立つ者。

 

 古傷だらけの顔に覇者のような上に立つ者の不遜な笑みを浮かべる、返り血塗れの大女。

 手には、二メートルは悠にあろう巨大で分厚く無骨な巨剣。

 剣と云うよりは棍棒のような鈍器に近く、斬るは愚か叩き切るという概念からも無縁だろうそれは、それでも逸れだけシンプルに頑丈さだけ突き詰めたのだろうという事が容易に推察できる。

 頑丈で比重ある長物を人間ならざる理力で振り回し使いこなせば、成る程。

 この惨状にも、一つの説明はつく。

 水上歩行の理、片足が沈む前に片足を出す繰り返しで、とかいうのと同じレベルの机上空論(ヨタバナシ)でならな。



「――旅人か」

「ああ」


 路銀が尽き掛けてたから、賞金目当てに魔獣でも狩ろうとしたんだが、テメエに皆殺されてたらしい。


「ならば、二重の意味で間が悪かったな」


 意味が掴みかねる。

 

 だが、膨れた殺気と目視・反応する事すら不可能な速さで近接され、巨剣が頬を掠められた事で"間が悪い"の意味を概ね理解した。


「アレは、ワイアームだったモノだ」

「……旅人が喰われてても不思議じゃねえ、か?」

「奴らは人肉を好む、という事は旨いんだろうか? 前々から試してみたいと思っていたのだ」

「止めとけ。そもそも味覚が違う。人間は人間を物理的に食えるように整ってねえ」


 肉食魔獣顔負けの形相と眼光の大女に、自身の体験談も交え保身も兼ねて語る。

 いやアレマジで食えたモンじゃねえ。まだ草とか噛んでた方がマシだ。


「……ックク。面白い小僧だな」

「俺は三十前だ」

「そうか。童顔だな」

「殺すぞ」

 

 心底驚いたように目を見開くのがまた心底ムカつくなこの糞デカ女。

 睨みをいれると唇を歪ませ、笑った。可笑しくて堪らないという笑み。


「愉快だ」

「知るか」

「己の殺気に臆さず、殺気で返すとは愉快だ。おもしろい。貴様と対峙していると、己の方が逆に殺される気すらしてくる」


 俺は不快だっつーに。

 そしてテメエがどう考えようが勝手だが、どう考えても殺り合えばほぼ俺の方が死ぬだろう。

 小賢しい殺人技術ならともかく、俺は魔獣を虐殺できる人外じゃねえ。むしろ体が弱い方だ。


「気に入った。名を訊こう」

「名乗らせたいなら剣をどかせ殺気立つなテメエから名乗れ。話はそれからだ」

「いいだろう」


 思いの外素直に、異様にデカい剣を下ろし殺気を霧散させると、にくったらしい笑みを浮かべ口を開く。


「ハジメマシテ、そしてヒサシブリだな命名者よ。己の名は、フォリア=フィリーだ」

 

 

 ――それが、俺とフォリア=フィリーとの二度目の邂逅であり、"隊長"との最初の出会いだった。


 まあ、それはそれだけの話だがよ。










 ――さて、これはやむなく連れてきたガキに名を付けたその後、或いはより以前から。

 以前より若干鈍った五感と第六感が訴える不審な、監視するような独特の粘つく感じ……気配はまるで無ぇが、経験と危機感からの熱心な訴えに、苦心して神経を張り鋭敏に尖らせ、離脱して行く不審者を尾行して、城壁を登り人里を外れ立ち止まった所を盗聴している所。

……盗聴潜伏地点で、何故か俺の膝に座るガキを連れて来たのは、こいつを一人にする訳にもいかんが為だ。

 例の、やたらに間の悪い簀巻きにされた、異端審問部からの間者疑惑が濃厚てかほぼ確実な新人にガキを任せようかイチバチでと頭をかすめたが、流石にそれは寝覚めが悪いとやむなく連れて来た。

 状況と、ガキ自身の無に等しい希薄な気配の為せる、ありえん状態だ。


 

「――アリューシャ。そう名付けていた」


 無駄をこそぎ落とした鋭い女のガキの声で囁かれた単語。

 つーか盗聴されてたらしいな。種は解らんが。


『……それは、なんというかただの親バカか真正のロリータコンプレックスが付ける名だな』


 視認してる訳じゃねえが気配は微弱なのが一つだけ。

 だのに密会じみた空気に眉を潜めていた俺の耳に届いた、毒にまみれた感想。

 こぼしたのは、雑音混じりの肉声とは程遠いくぐもった声。

 

 もう一人居るんか?

 

 だが依然、気配は無い。

 視認して確認しようにも、現状遣り口を変えたら発覚が避けられん。そん位のやり手だろう事は疑いようが無ぇ。

 肝心の密談内容としては、放っとけ、三秒程で適当に考え思い付いただけだ俺はロリータなんたらじゃねえと怒鳴り返したい。

 

 現状何も打つ手が無い盗聴者の身を嘆き、胸中で最近富に囁くようになった呪詛を吐く。


「失われた古代語で、まどろみ、幸福に微笑むもの。だったか」

『ああ。もしくは欠けた月に愛されし存在、だな』


 欠けた月、に…………なンでスと?


「……確か、ラディルって意味」

『月に由来する意味、だな』

「……ぺどふぃりあ?」

『余談だが、フォリア=フィリーという名前もアリューシャと似たり寄ったりな隠語がある』

 

 誤解だ冤罪だ知らなかったんだそんな意味じゃねえぞ!

 等々の正当な言い分が怒涛の勢いで頭を埋めるが、実際に弁明する訳にもいかず。

 激しく痛む頭を抱え音をたてず後悔する意外に道はなかった。

 デッドエンド。


「……?」


……おいこらガキ、そんな真っ白な目で俺を見上げるな。なんか居た堪れないだろうが。


「……まさか、そっち目当てに誘拐した?」


 無機質で無駄のなかった語り口が、心なし若干汚い物を摘むようなモンが混じる。

 イジメか、コレ?


『そのアリューシャとやらは、基本人格未形成な幼児で好きに染め易く、結構に整った容姿の童女なのだろう? ならば可能性は高いな』


 発展していく、意図的とすら思える独特な方向性の悪評に、歯を食いしばって耐え堪え、歯茎から変な音がした。

 うっさい畜生肯定すんなボンクラ共があっ!


「かつての暗殺者(アサッシン)透刃(トウジン)のなれの果て……か」


 嘆息と共に吐かれたカタコトな語り口の中の一単語に咽喉が干上がり、顔が強張る。動揺の息を殺せたのは奇跡に近い。


……透刃(トウジン)

 

 その昔、貴族やら要人やら王族やらを、糞親の教育方針とやらで殺して回っていた時の遣り口から何時しか囁かれるようになった、俺の幼少時の異名。

 てことはうげえ、俺の素性まで調べがついてンのかよ。一応、面を割った事ねぇんだぜ?

 何者だよ。

 少なくとも会話の内容と感じからして、ここサーガルドの暗部関係者じゃねえな。


『で、連れ出された魔人の真偽は』

「刻印はあったけど、能力の有無は不明」


 うーむ。

 敵国の帝国か、中立の中央か。それとも皇国からのテコ入れか。

 異端審問管って感じはしねえが。

 まあその辺りどれかだろうがよ。

 しっかし洩れてんじゃねえか最重要国家機密。

 どこの国にでも知られれば、全力を揚げて潰される機密(きんき)だってのに。

 駄目駄目だな。もう永くねえ。

 やっぱ早いとこ確保しとかねぇと……


『とすれば』

「――待って」


 ――プツン、糸が、切られた。


 糸電話の応用で盗聴していた糸が途切れ、当然音声も途切れる。


 ――ちっ、気付かれたかよ!

 失敗の失望と恐怖混じりの苛立ちに舌打ちした直後、首筋が不自然に冷えた。


 直感に従い、潜んでいた木々の密集地をガキ共々飛び退く。


 尖った枝が、抱えたガキの前に出した腕や頬に擦れる。

 ――その木々の揺れる音に紛れ、鋭い物が空を裂き、突き刺さる極小さなかつて聴き慣れた音を耳に捉えた。


 軽く受け身取りつつ地を転がり、可能な限り素早く迅速に起き上がり、ガキを背後に回す。

 此処は森の中、今は夜分深く、月も半分よりは欠けている薄暗闇。

 それでも若干雲が晴れ、木々の隙間から僅かな月光が襲撃者を映す。

 小柄な、狐と狸を足して割ったような面で顔を隠す、盗聴対象の黒装束。銃も刃物も構えず、無造作に自然体に丸腰な――玄人の佇まいだ。


『――鼠か』

「透刃と魔人」


 何処からか例のノイズまみれの声に、気だるげな返答が一声。

……さて、対峙して観てもこいつかなり使うなと解る。どうしたもんかね。


『……ふむ、となると』

「封じる?」

『ああ。仕方ない』


 謎な存在とのやり取りの直後、肌が粟立つ、研ぎ澄まされた刃物のように尖って、一点に凝縮された殺気。

 殺人に手慣れた殺人者(せんもんか)の、圧力。


 ――集中し、警戒した意識の隙間を縫うようなタイミング。

 ほぼノーモーションで何かが投擲された。身を屈め、刀の鞘でフェイクと本命両方弾く。

 ――それと平行して、小さな体躯がほとんど地に滑らせるように疾駆し、俺に突進してくる黒装束。

 直線に近い、巧い緩急と左右のブレ、独特な走法。迎撃用の仕込みは手元に有るが狙い撃ちは難いか。とりあえず牽制として消音器着きの拳銃を二発程発砲するも当たり前のように当たりゃしねえ。

 本命の鋼糸も見切られ、ナンかで切断された。

 そのナンかは何かといわれても俺じゃ判別不可能。強いて云うなら人体程度ならミンチクッキングするに不自由しねえ強度の鋼糸を、あっさりと無造作に切断できる何かだ。

 そんな何かを持った黒装束は、既に俺の懐に潜り込んできていた。

 倒れるように上体を傾けガキ共々後ろ倒す。何かが鼻先の空間を切り裂き、前髪が何本か宙を舞う。

 肝を冷した。その場しのぎに勢い余って倒れる覚悟で後がらにゃ首が飛んでたな。

 身をひねり、全身を緊張に尖らせながら――追撃の気配が無い事を疑問に思いつつ、可能な限り早く身を起こす。しかし、


…………いねえ?


 気配どころか、姿痕跡まるっと消えていた。


 てか、ご丁寧にえらいスピードで俺から遠ざかる気配付きだ。


……まあ、わざわざ聞こえるように相談してる訳だ。封じるとか、ハッタリかよ。

……その割には死に掛けたぞ!

 鼻先を掠めた謎の一撃を回想し、舌打ち一つ、苛立ち紛れにその辺の樹木に蹴りをいれた。

 空気レベルに存在感がなかったガキが、音にびびったのか視界の端で立ち上がった直後に尻餅着いたのが見えた。

 表情を見ると、例の怯えたツラ。


「……何してんだ、立て」

「…………ひっ」


…………ダメだ、ヘタレてやがるこのガキ。

 コレだからガキは……仕方ねえのか。


 ばたん。

 脚の力を抜き、わざと尻餅をつく。

 地味に痛エ。

 しかし表情に出さず、心なし更にすっとぼけた顔になった気のするガキに見せてやる。


「……いいか、こっから、」


 地に着けた脚に一定の力を込め、物心つく以前から体に染み着いた動作バランスを再現。

 要は、立ち上がった。

 ついでに尻に着いた土を払いながら、こちらを見上げるガキに口を開く。


「こうだ。やってみろ」

「…………う?」

「う? じゃねえやれ。そして立て立ち上がれ」

「………………」

「………………」

「……………………」

「……………………」


……なんだこのデジャヴ溢れる沈黙。

 これはアレか。も一回やらにゃ為らんのか俺?

 こう云う時、手を貸してやるとか抱き上げるとかはガキの為に為らんらしいぜ糞。


 ――だからガキは嫌いなんだよ。


 ――結局ガキが無表情無言で立ち上がり、擦り傷を応急に処置し終えようやくこの場を立ち去る事ができたのは、俺が三度同上の事を繰り返した後だった。

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