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命名のススメ

汚いかもしれない描写注意。

 やむを得ず、ガキを謎な機械から適当に引っ剥がし、痩せっぽちな身体を抱え呼吸の有無を確認。良し、ちゃんとしてんな。

 あの破損した機械が、合成中のキメラよろしく、成り立たない生命を維持する仕組みだったらやばかったが、単純にあの赤い羊水に浸した人体に適量の空気を送るシステムだったらしい。


 硝子モドキであちこち擦り切れ出血した所を拭いて、携帯用の血留めを塗ってやる。

 こんなガキでも女は女。流石に俺のせいで傷が残っちまったら後味が悪い。くすぐったいのか、小さく身をよじるのがやり辛い。


 とりあえずの応急措置は終え、次は扉に潰されのびた暗部の服を剥ぎ、素っ裸のガキに着せてやる。

 隊長がちっこく為った時ほどじゃないにせよ、流石にだぶだぶだな。

 ついでに暗部の服を剥ぐ過程でコイツ、暗部野郎は野郎ではない事が判明した。

 肩幅が妙に小せぇとは思ってたが、女だったよコイツ。ちなみに着痩せするタイプらしく、体のそこかしこに派手な火傷痕があるものの、スタイルはいい。だからどうというわけじゃないが、ガキの平面とは比べもんにならん、良い目の保養だな。

 流石に女を真っ裸にするのはどうかと頭を掠めたが、暗器を隠し持ってない保証は無く、ガキに着せる物も無いしまあいいかとそのまま簀巻きにして転がす。ガキの服は体格の関係で上着一枚で事足りるのは内緒だ。


 勢いついでに面を取ってみる。

 抵抗なく、趣味の悪い面はあっさり外た。

 評価するならば、そこらの街中で見掛ける、化粧っ気がないものの少しだけ小綺麗に整った、やや童顔な女だ。


 なんだ詰まらん。


 顔が半ば灼けて爛れてる焼死体みたくなってる以外、普通じゃねえか。


 もっと面白みのある中身を期待していた。

 失望の溜め息を吐き、半眼で裸簀巻きの変態をねめつける。


「……ぉい、起きてんだろ」

「…………」


 返答も身動きも無く、気絶しているように唯呼吸のみを繰り返す。

 誤魔化されるかよテメエ途中から起きてんだろ。

 隙を伺って神経張ってんのは気付いてるっつーに。


 しかし往生際が悪く、反応は無え。

 ならしゃあない。



「いいか、目ン玉抉られたくなけりゃ十秒以内にはっきり目ェ開けろ」


 平坦に脅しながら手元にスローイングナイフを滑らせる。わざと聞こえるように音をたててだ。

 それが効いたか顔の上半分が屍人(グール)みてえに蒼白した女は、心無し口元を引きつらせていた。

 そりゃ俺の評判や裏情報くらい知ってるだろうからなあ。


「十……九……」


 カウントを始めるも、女は動かない。良い度胸だ。


「八……三二一はい零」

「――うおい?!」


 急速にカウント早め鈍く鋭い刃を振り下ろす。首を捻った目標を外れ、硬質な床に弾かれた。


「ん、良い反応じゃねえか」

「お前今少し遅かったら突き刺さってたぞ!?」

「だから抉るっつったじゃねえか」

「本当に遣るな!! 尋問対象を殺すような阿呆では無いと聞いたぞ!?」

「ア゛ー? 暗部の癖に目玉抉られ掛けた位で大袈裟なんだよ、ビビりが」


 んだよヴァルカといい今時の闇の住人は。

 目玉抉られた位じゃ、致死所か戦闘不能ですらねぇだろ?

 俺の腐れ鬼畜親なんぞ、当時六歳のガキの俺に、暗殺に失敗したら内蔵かき混ぜてそれを取り出し本人に見せたり、一月二月の間糞尿だけで真っ暗な閉鎖空間で過ごさせたりとかだぜ。それよりマシだろ?


 まあ奴がどんだけ裏の方に居たのかは知らんがな。

 こいつは、そんなに奥にゃ居ないっぽいってのは解る。

 証拠として、俺の中傷に歯軋りたてて殺気立ってるし。なんとなく可愛げがある。


「さて、取りあえず情報をゲロッて貰おうか」

「死ね」


……まあ度胸が在ることぁさっきので判ってるがよ。


「お前、真っ裸簀巻きで凄んでも惨めなだけと思わんか?」

「誰のせいだロリコン野郎!」

「ロリコンと言うな火傷女!!」


 怒声に、何やら女は表情を変えた。半分がただれた顔に、狂乱じみた狂気がはしる。


「お、前……面、面を取ったな?! やけど、醜、み、見るな視るな観るなみるなあああああ!!?」

「たかが火傷ぐらいで喧しゃあこんボケがぁああああああ!!」


 トラウマのスイッチでも入ったか、マトモに錯乱し始めた女に蹴りを入れる。

 無論紳士的でフェミニズム溢れる俺のこと。きちんと相手を考慮して、気付けの蹴りは手加減したし、角度やさしめに鳩尾(みぞおち)に入れたぞ。

 ほれ結果として失神せずに感動に悶えてるし。


「げほ、ごほっ! 糞、クソクソクソクソクソたかがだとぐらいだと!! 殺してやる、殺してやる!!」


 と、感動に打たれた暗部の女は異様に情熱的な熱視線で俺を灼く。タフな女だな。

 冗談はさて置きあー、クソ妙な地雷踏んじまったなおい。頭をボリボリ音をたてて掻く。何か俺が悪いのか? 謝れば良いのかこれ?


「あーはいはい悪かった悪かった。俺が悪かったから黙れ鎮まれ鬱陶しい」

「うるさい童顔ロリコ」

「童顔言うな糞呆けがァああああああああああああああ!!!」


 触れてはいけない所に触れた天誅で、悲鳴をあげながら飛竜(ワイヴァーン)のような速さで顔面から壁に突っ込む女。そのままずるずる力無く床に落ち……

 やべ、失神させちまった。

 これじゃ尋問もできん。

…………まあいいか。

 どーせ下っ端から引き出せる情報なんぞたかが知れてるだろと結論付け、ガキを抱えて壊れた扉から退室した。



 ――此処は城内。

 昼夜問わず人の目が多く、ダボダボの服のガキを抱えて歩くには問題が在りすぎる場所なのは、わざわざ説明するまでもない。

 よって気配をそこらの有象無象と同化させつつ、城内の人目を避けて歩を抜き足差し足進める。

……背中のガキがちっこい隊長よりガリで良かった。もちっと重かったら確実に途中でへばってる。


 やがて到着した目的地の扉に小さく息を吐きかけ、ドアノブに手を掛ける。低く軋む音をたて、手狭で簡素と云えなくも無い自室に、足を踏み入れる。


……よし、誰も張ってねえな。

 とりあえず重石(ガキ)をベッドに下ろし、一心地ついた後、自室を漁り始める。

 生き残る為に、仕込みが必要だ。


「――……ん」


 吐息のような空気の振動と、身じろぎするような気配。

 誰かと論ずるまでもなく、発生源は人のベッドで寝こけるザ・争乱の種ガキ二号。無論のこと一号はどこぞのクサレ隊長サマだ。

 とりあえず、[アケタラリアルニブチコロス]と某隊長牽制用の、企業秘密な原料・赤で書き殴られた直径一メートル近くの箱の蓋を閉じ、空恐ろしい程に整ったガキの顔を視た。

 三度、金色の垂れ目と目が合う。奴は、どこか眠たげにぼんやりと、転げたまま俺を視ていた。


「ようやくお目覚めか、ガキンチョ」


 なんか誘拐犯っぽい気がしないでもない台詞を吐くも無言、無反応。

 頬が軽く引きつる。謎空間じゃ訳のわからん事ばかり雄弁に語ってやがった癖に。


「……ォい」

「………………」

「………………」

「…………………………」



 今度はたっぷり二十秒程観察したものの無言、無反応、無表情。


……なんで俺は割と緊急時に自室でガキとにらめっこなんぞしてンだろうな?


 不可解に首を傾げるべきか、なんか反応しろやと逆ギレしアイアンクローでもかますべきか。

 どちらにしようかすこし悩んだ。その隙に、ガキが注視してなければ気付かない程わずかに、震えるように微動した。

 小さな唇が、ゆっくりと開く。


「………………………………う」

「……う?」


 一種神秘的とも云わざるおえない容姿、並みのロリコンなら一目で人間的に終わるだろうそんなガキは、続く第一声をゆっくり放つ。


「……う……、…………ち」

「……うん……?」


 一文字ごと発音がやたら間が空いてた為に、数瞬意味を掴みかねた。反芻する。

 う・○・ち…………――

 う○ち。


 理解した直後、俺の簡素なベッドは、隊長(小)が就寝中に無断侵入し、ベッドシーツに黄色い大陸図を落書きされた以来の、土石流のような音と共に未曽有の大災害にみまわれた。



 ――汚物関連によるベッド及び自室汚染の後、まずは一発拳骨をかまそうとしたら本気でびびりやがる。

 下らない虐めをしてる気分になり、即座に怒りは萎えた。

 正当な怒りで振り挙げた手をどうしろっつーんだ。

 何故か逐一指示しないと動きやがらない、動いてもやたらとろくさい――だからこそ大便の申告が遅れたのかもしれん。

 畜生――と毒づきながらも、とりあえず後始末をしてる最中。

 どうにもあの機械か培養液もどきかになんか副作用でもあったのか。下痢気味でほぼ水状、しかも我慢してたのかやたら大量の排泄物まみれに為ったシーツをひっぺがし、万歳を促しつつ使い物に成らなくなったガキのダブダブ服を、汚物に髪が当たらんよう注意しながら脱がしてやって平坦な白い腹が見えた直後。


「――副長ー、あの、」


 ――なんて名前だったか、先も同様のことをやらかした部隊の新人が、ノックもそこそこ返事も待たずに入室してきた。

 裸のガキを視て硬直した隙を突き、即座にオトしたのは言うまでもない。

 なんでコイツはこんなに間が悪いんだ。妙に気張って俺を張ってるのは解ってるがよ、間者(スパイ)なんだし。


 そんな訳で、消臭剤をぶちまけてもまだ悪臭の残滓漂う自室の中、騒がれては面倒なんで気絶させた上猿ぐつわ咬まし簀巻きにした新人と、よりダボダボの服を着たどこを視ているのか解らんガキ。

 普段見慣れた私室(マイルーム)は、割合カオスな異空間と化した。

 無力感に襲われ頭を抱える俺の耳に、極小さなくしゃみが聞こえた。

 無言で目を合わせる。


「…………」

「…………くしっ」


 カタカタ身を震わせながら、無表情無感動な能面顔で鼻水垂らすガキの姿。


「……寒いか?」

「………………」

「………………」

「………………ひきしっ」


 どっからどう視ても寒そうなガキは、変わらぬ無言無表情。

 同じガキでもチビ隊長なら喧しく上着出せだの暖めろだの文句垂れるだろう場面だぞ。寒いなら寒いと言え。


「……ッヒくしっ」


 少し間を置いたものの意志表示する気は微塵もなさそうだ。

 なんとなく、存在しない何かに胸中で呪詛を吐き出しながら、俺の着替えをさらに複数枚重ね着させてやった。風邪をこじらされても困るというか。某隊長ん時の二の舞はごめんこうむる。


「……ところでガキ。テメエの名前は?」

「……ごくひこおど、なんばあまるまるまる」

「オーケー予測してた。そりゃ名前じゃねえ」

「??」

「名前っつーのはだな、」


 名前についてタメに為る事を噛み砕いて解説してやるも、理解できない風に首を傾げるガキ。

……おかしい。どうもあの妙ちきりんな空間で会話……と呼べるかは置いといて、あの時のガキとキャラが違う気がする。ここまで無口じゃなかった。ここまで透明じゃなかった。

 どういうこったい。

 内心で首を捻る俺だが、口は動かし続ける。名前という意味の解説を手短に。

 そんでシメにこう付け加える。


「――つー訳で、ガキはガキと呼ばれれば良いわけだが、名前が無いと色々不憫だ。よって、無いなら命名すりゃあ良い」


 それが大人の義務ってやつらしいぞ。

 しかし、ったく。なんで同じような場面にまた出会すかね?


「テメエの名前は、」

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