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蛇足 ヨワリメニタタリメ


 病。

 生まれ、病み、苦しみ、老い、死ぬ。

 人間誰しも、生きてる限りは一度と云わずに患うだろう流れの一部。健康の阻誤。人によっては生まれながら付き合う羽目になるパターンもある。

 地位や人種を一切問わず、時には生命さえ脅かす多大な一因に成りうる悪性因子。

 生物のみならず、自然とか国とかも長生きで病むなんぞという話もあるくらい広義に広がる、滅びだか綻びだかの不吉な象徴。

 まあ、無生物が病むだのは言葉遊びというか、例えの一つかも知れんが、その国やら自然やらというスケールのデカいものを踏みにじるどこぞの災害さえ、病原菌で寝込んだりするのだ。

 ああ、何が言いたいかと言えば……病という弱り目は、スケールの大小問わず必ずやってくる。


「つまりだ、俺だってたまには風邪くらげほごほ、げほ」


 人並み以下に虚弱な体質上、病気に対する免疫やらも大したものが無さそうなもんだが。

 どういうわけか俺は、年に一回くらいの周期で、そこそこ身動きが不自由になるくらいの病気を患う程度である。

 まあ、今がその時なわけだ。


「らでぃるっ、らりるうう!?」


 黙れ糞ガキ。ちょっと咳き込んだくらいで、ただでさえ怪しい発音を崩すくらいに絶叫するな泣きじゃくるな頭に響く。

 あーくそ、ツッコミを入れる気力もねぇ。ただただだるい。


「らりぃるぅう……どうしよう、どおすれ、ば……」


 まず黙れ。そして静かに寝かせろ。それで三日以内にゃ治る。

 どこで貰っちまったのかわからんが、典型的な流行り風邪だ。大事になろう方が難しい。

 いつぞやか体験した事もある、明かりに食料に水もなしな密閉空間とか、洞窟の中とか野ざらしとかに比べれば、屋根付き室内にベッドの上と、天国に等しい環境なんだし。

 しかし現状、人ん家の留守を預かる身としては役立たずにも程があるが、事実として今、泣きじゃくるガキが一匹と病人が一人しかいないという。

 人間だれしも、何がどうあろうとあり合わせでなんとかするしかない、とは誰かが言ったし、俺も口にした事ではあるが、これはどうなんだろうかと。

 病で弱った心身は思考さえ妨げ、無駄な苛つきを通り越しもうどうにでもなれというやけっぱちじみた観念が湧いてくる。

 まあ実際、チンケなこそ泥は治安の良い中央国(ここ)では絶滅危惧種らしいからさして問題なし、チンケじゃない不穏な輩は健在なガキと目が合った時点で詰むだろう。無論あっちの生命が。

 そう、何かあったとしても、直接的な遭遇ができれば何も問題はない。ただ、絡め手への対応ができんのは問題である。

 間の悪い事だ。何事かをやらかしに行った家主(バカ)共の顔を霞がかった脳内に一瞬だけ浮かべながら、熱の混じった息を吐く。少しばかり息苦しい。


「どど、ど……どうしよどうしよ……あうあー、えうぅ……」


 不安の種その一は、ベッドと簡単な家具が置かれただけの部屋の真ん中で半泣きのまま頭を抱え、回転したりうめいたりうずくまったり行ったり来たりうろちょろちょこまかと、無駄な行動を繰り返す。

 ちなみに今は、半開きにした扉の外から顔半分覗かせてこっちを凝視してる。

 控えめに言って鬱陶しくてしようがない。

 どうしてそこで粥……いや火事になるか。お湯…………も、無理として、なら水の一つでも持ってこいっつーに。

 看病するにも警備するにも不安材料しかない。ならせめて感染を避ける為にどっかいってろと言ってもだ。


「……やっ」


 八の字眉の真ん中力ませ頑なに拒絶し、俺の視界というか意識する範囲に残ろうとする。テメェの無能さを嘆いてテンパりながらも、離れようとはしない。

 前提からして、ガキの片割れを買い物に出し、残りをはり付ける無駄な配慮。んで、咳でもすれば涙目で悲鳴をあげながら狼狽える。

 しまいにあろうことか、唐突に手と手を合わせ何かを思い立ったような顔したかと思えば、どこからか引っ張り出してきた誌面物語を音読し始めやがる始末。


「むか、し、むかしの……おはな、しです――」


 寝かせる為の配慮か知らんが、現実はその思惑と逆の効能を、よくもそこまでというレベルでてきめんに発揮している。

 場に木霊するは不快に甘ったるく、高低入り乱れた幼児発音。精神にくる不協和音。

……ああ、うッぜえェ……!


「――て、あく、どりゃごんのがん、きゅ、うは……くだちけちけ……くだけちり……? らでぃる、これ……なんてよむの?」

「……なあ、いい加減キレてもいいか?」


 最早読書が目的になってんじゃねぇだろうか。

 人様の知識を流用し、ここ最近はガキの癖に読書狂いの片鱗を見え隠れさせている桃色頭に半眼を向けるも、不格好な首輪……の形をしたとある試作品を無駄に長い髪と揺らし、きょとんとした眼差しを向けてくる。

 抉るぞ、そのどんぐり目。


「……本を読みたいなら余所で読め……っつーかもう寝かせろ」

「やっ。びょうきの時……一人はさびしい、って。ふぉりあも言ってた」


 だかららでぃるのそばにはありゅーしゃがいるの、とまな板胸を張るガキ。

 確かに一理無いとは言わん。が、そういうのは、せめて病人に負担を掛けんようになってから口にするものだ。

 そして何より。


「俺を、げほ、ガキと一緒にすんな。一人のごほげほっ……方が落ち着くんだよ、ごほ」

「……? でも、ありゅーしゃがいないと、さびしいって、まえ――」


 ありゅーしゃ は きぜつした!








「たっだいまー!」


 勝手知ったる他人の家、とやらを地でいく馬鹿が勢いよく扉を開け、静かだったこの部屋にガキが入室してきた。

 短パンに男児用のシャツ。八重歯を出した馬鹿っぽい笑顔とマッチする日に出て焼けた肌と、女というよりはまんま少年な見た目。

 だからこそ、首輪にしか見えんチョーカーと左手薬指の指輪が、いつ見ても極端な異彩を感じる。


「ラディルラディルー、このフォリアさまがいいもんかってきたんだぜだぜえっ」

「そりゃいいが……俺が言った買い物はどうした」


 咳を堪えながら指摘するが、いつものごとく都合の悪い事は聞こえぬ見えぬとばかりに長ネギが一本だけ突き出た紙袋を持ったまま回転し、転がってる桃色生物を踏んずけ、無様に転ける。


「むぐごっ、うー……なんだよもう、な、ってなんでアリューシャがころがってんだ?」

「そんな些事はどうでもいい」

「サジ? いやフォリアがいってんのはアリューシャのことだぞ」


 ああ、こっちの言い方が悪かった。

 動物を調教する過程で、鞭をとばすより早く指図するとか、その辺りに該当する単純な手順飛ばしを反省しつつ、寝込む前に手元に仕込んでいたブツを取り出す。

 ゴム紐で握り拳程の鉄球をくくったシンプルなもの。しかし、道具というのはシンプルな方が使い易いものだ。

 鳥頭だが、その威力を体験しただけに覚えがあるのだろう。戦慄くフォリア(小)がその名を口にする。


「かっ、かちわりく、いや、ぶちまけさんかっ?! まさかぶちまけさんでアリューシャを」

「お前もそうなりたくなけりゃ、俺の質問にだけ答えろ」

「い、いえっさー!」

「声がでかいっ!」

「りふじんっ?!」


 がんがんと地味な痛みを発する頭に優しくない馬鹿は、地べたに這いつくばって沈むべきなんだよ。

 その場を動かずに煩わしいガキを躾られる素敵アイテムが馬鹿の頭頂部に炸裂し、また一つ馬鹿は沈んだ……

 いや、加減が過ぎたか。へたり込む事しばしで、うーうー言いながら復活。

 ち。


「……うーっ、なんだよぅ、きょうもラディルはいじめっこなのか、どえすなのか?」


 病人の前で騒ぎ立てるテメェらにこそエスの素養があるわ。無邪気で無知だと何でも許されると思うんじゃねぇ。

 咳を交えながらそうツッコミを入れると、若干潤みを含んでいた目が見開き、おーっと何かに気付いたように手を叩く。

 なんだこの既知感(デジャ・ヴ)


「そんなどえすラディルにこーほーだっ」


……広報? いや、朗報と言いたいのかね。内容はどうせ凶報だろうけどよ。


「じゃぁん! コレなーんだっ?」

「ネギだな」


 ネギすきくないとか譫言をほざく桃色頭はさておき、まごうことのない長ネギを取り出し、片手に振り回す馬鹿。

 晴れやかでいて見せびらかすような笑みがまた腹立たしい。

 細く長く、くすんだ緑色の先が別れた野菜。ネギ。ついでとばかりに観察してみるが、そういうのを余り気にしない質の俺からみても、あまり良い品質とは思えない。

 他の品々が順調にさばかれてく中、ぽつんと売れ残り、夜中辺りに捨て値に引き下げられようやく売れるとか、そんなレベルだろう。多分。

 で、それ以外に購入したと思しきものが皆無なのは、一体どういう理屈なのかね?


「ただのネギじゃないぞ。なんとこのネギ、ケツにぶちこめばたちどこにまんびきをなおすと――」


 概ね予想通りの流れに、広がり強まる頭痛を根性で堪え、ただ穏やかに笑んだ。

 手に持った『ぶちまけさん』が軋む音。この眼前の馬鹿は気づかない。


「うん、大体わかった。それで、それ買ったから他はダメでした、とかそういう感じだろ?」

「おうっ!」


 元気の良い返事、そして頭蓋骨が反響する音。

 先程より加減を止めて『ぶちまけさん』を振り下ろしたのは、わざわざ明記するまでもない当たり前である。




 既に食材は尽き、買い物に行く時間も人手も無く、結局ガキ二人と仲良く飯抜きになった翌日。

 朝一番に朝飯を買ってこいとガキ二人に命じた所、デカくなったり小さくなったりする方だけが汚名挽回(誤字だが誤用にあらず)を叫び、人の財布を引ったくると、一人で買い物に飛び出す。力無く伸ばした手はどこまでも無力だった。

 事故が起きようが起きまいが、このままでは俺の財布に二度と再会できんだろう、とほぼ確信な予感を抱く。

 空腹で目から光が消え失せ、己の指やら俺の首筋やらをかじって紛らわしていた桃色頭たんこぶ付きに連れ戻せとすかさず命令。

 空腹のあまり判断力も鈍っていたのか、想定以上に素直な首肯を一つ。そして目にも止まらぬ速さで木造の壁をぶち抜き、ツッコミを入れる隙間もなく退室。

 風穴が空き破片が散らばる、数秒前と温度が異なる室内で一人。

 特にどうという理屈もなく、当たり前のような非常時に人様の家をぶち抜いた規格外れは、非常時なくせに常識と俺の指示に従って姿を消している。

 込み上げてくる頭痛と比例して、胸中に膨れ上がる怒気を自覚しながら、財布との再会を静かに諦め、弁解しようのない短絡的な判断ミスを認める。

 そしてリカバリーのしようも無い現実から逃避すべく、熱からきた汗の残りで少し滑るこめかみを押さえ、細かい木片が付着した毛布を捲ろうとして――止めた。


「……誰だ」


 微弱な気配。今し方クソガキの片割れが空けた風穴から、周囲と交わるような薄弱でいて巧みな、明らかに素人でない気配を感じた。

 見透かした声に返事は無いが、反応はあった。察される事を想定していたような流暢さで風穴から何かを放られる。

 とっさにベッドを盾にするよう動いたが、幸いにも爆発物の類ではないらしい。拾った音からして紙束みたいなものだったから、あまり率直な危険物ではないだろうとは思うが。

 転げ落ちた外の痛みとこみ上げてくる中の頭痛を堪えながら、浅い息を吐く。

 足早という程度の速さで遠ざかっていく気配に多少のあたりを付けながら、のろのろと身を起こす。

 ベッドをはさんだ向こう側に落ちていたのは、聴覚の確かさを証明するように紙束だった。

 より正確に云えば、細かな文字と数字が不規則に並んだ資料。ちらと数えて十枚程、整列を崩して木片の散らばった絨毯の上にある。


「……偶然、か?」


 拾い上げて中身をさっとななめ読み、その内容とは余り関係ない事を呟く。

 それは、ここ最近で何度か利用した事のある情報屋の暗号と同じ暗号配列で綴られている。

 使った事でさらに痛む頭を掻きながら、近いものを見るならと、何日か前にマグナの奴からプレゼントと受け取った丸いフレームの眼鏡を棚から取り、かけた。

 近視にピントを合わせ、さわりだけ解読してみれば、成る程、依頼していた内容とも合致する。情報屋からの依頼品でほぼ間違いないだろう。

 ある種の疑惑を感じなくもないが、他で仕入れた情報とも矛盾はない。餌だとしてもそれ自体に虚実(どく)は見当たらない。

 とりあえず、冷えた場所から病体を移しながら読み進める。

 とある国の内情、どこそこがどれだけ危険だか、その逆にここは比較的危険が少ないとか。どこぞの王国が火の車だとか。

 大陸の覇権を争う大国の上層が、とある馬鹿と腹黒の暗躍によって心身をへし折られた事に端を発した停戦の兆しが広まる過程のつらつら。

 出した金額にしてはマシな方と言えるまとめだなと感想付け、誰の部屋でもない、ベッドが置かれているだけの空き部屋の扉を開ける。

 窓付きだがやや薄暗く、あまり使われないために少々埃っぽい一室を見回し、特にこれという問題は無しと判断。平時と比べ安定性に欠けた歩みで埃っぽい絨毯を踏み、ベッドに腰掛けた。

 そのまま読み進めながら、上半身をシーツの上に横たえて、痛む頭をおして思考する。

 コンディションは不調にせよ、今が静かで、考えを纏めるには悪くないタイミングである。

 考えるのは、ほぼ成り行きに近い形で庇護する羽目になったガキ二人の事。

 ガキである。人見知りと内弁慶な気質で、ちっこくいくせに喧しく、やることなすこと鬱陶しい、忌々しいくそガキである。

 ここ数ヶ月で幾分かの成長が見込めたとは言え、今日一日のはじめにもわかるくらい、まだまだ残念なガキだ。

 その上で付いてまわる特性を忘れてはいけない。本質から目を背けるべきでもない。

 異能力者と魔人。

 世界(アズラルト)の敵――大仰な呼称だが、見て知って、身近に接した以上は間違いと断定することもできやしない。

 今や記憶を失ったとある孤児と違って、光ある場所では生きれないだろう。

 今でこそマシな生活ができているが、それも時間制限付き。どんな形にせよ、このままなら長く続かない。

 だがそんなでも。意思さえあれば――あるならだが、現状は期待薄だな。

 選択肢、選択と決断。何かを選び何かを捨てる、取捨選択。人間のやる事。というより他者の道具ではできない事。

 それができるように。それを見つけられるように。

 できるようになったガキ共はどう選択するか、或いはどれをも蹴倒すか。

 糞ガキから幾分成長して、事の良し悪しは兎も角、デカい事をやろうとしている小僧を思い出し、資料を放りだして、笑う。

 是非とも見てみたいもんだ。


「……まぁ、ろくな方向にいきそうな気がせんでもないが、ね」


 防音性がいまいちな屋敷の中、帰宅を告げる声変わり前の高音が響いた。


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