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呼ぶ声

 人は俺をロリコンとほざくが、実際はそうじゃない。断じてだ。

 同時に善人じゃないだの悪人だのと言われた事があるが、これはある程度同意できる。

 また逆に良い人だという奇特な意見もあるにはあったが、数える程度の少数である。

 人間というのは、下手に知恵だの感情だのがあるだけあって、本能だけの獣などより遥かに面倒くさくややこしい生物だ。

 例え生まれや環境が同じだろうと、ちょっとしたズレで全く違うものを持ちうるのだから。

 なにが言いたいかといえば、人の評価や噂など、口にした者というフィルターを通したものでしかない。

 そこには悪意も善意も含め、欺瞞や誤解、誤認やらが入り混るんだ。紛れない事実や真実であるケースなど、ほぼ有り得無いって事。

 それは同時に、有り得んだろと聞いたそばから思うたぐいの噂が、偶然か必然か機密にドンピシャって事も、全く有り得ざる話ではない。


 で、事実は小説より奇なりともいうそれが、目の前にはあった。


 薄暗い室内の中には、小さな少女(ガキ)がいた。

 握ったら折れるんじゃないかと思う位幼稚で痩せっぽちな肢体を、長い薄桃の髪が膜のように覆う。

 桃色の隙間から覗き見える顔の造りは、かなり整っている。病的なまでに真白い肌と、堅く閉じられた瞼と相俟って、名工が心血注いで製作した人形だと謂われても納得しちまいそうな在りよう。

 そう、密閉されたケースに入れられ、空気に触れる事さえない人形。それを呼吸する人間で置き換えるには、苦痛を伴う。


「――なんだ、この設備は?」


 薄くぼやいたのがやけに耳を通った。

 見たことが無い物体だが、遺跡やら錬金術師のラボなんかで見かける類の機械設備である事くらいはわかる。

 人一人がすっぽり余裕で入れる巨大さで、幾つもの細長い紐状の物で繋がれた硝子に似た筒状の物体の中は、赤い液体で満たされ、ガキを漬けて密閉されている。

 死んでるんじゃねぇかと初見で思ったが、時折、心臓の辺りが脈動する事と、口に付けられた呼吸器らしき物の存在で、生きてはいる事は確認できた。


「……ら、ラディル、なんだ、これ?」

「分からん。文献で見た合成獣(キメラ)の製造機と似てはいるが」


 腹の底から込み上げる何かを抑えながら、しがみつく隊長(小)の呟きに答えた。

……このガキは、ガキ共は紛れもなく人間だ。異端児はすべからく人間であるからこそ、より異端と呼ばれさけずまれる。

 糞。暗部の連中は、一体何をしてやがる……こんなガキを合成獣(キメラ)みたくして、何を……


「ラディル」

「あ?」


 普段とは違う暗い声で、俺の袖を掴み引っ張るのは、ちみい方の隊長ドノ。


「……きもちわりい」

「だろうな」


 この、わけわからんが、なんとなく生理的に嫌悪が湧く気色悪い物体の中に、てめえとそう変わらない年のガキが閉じ込められてんだからな。


「……ラディル」

「ああ?」


 しかし、いつになく三点リーダを連発するな。

 鬱陶しい訴えがうざくなり、ようやく袖持つフォリアの顔を見ると、泣く一歩手前のお子様が、其処に居た。


「……何グズッてんだてめえ」


 苦心して動揺を抑えたような声に、出した自分自身で頬を引きつらせる。


「うぅうううぅ……っ」

「呻くなっ! 泣く程怖いなら早よ帰れガキンチョ!」

「こわくなんかないやい! ラディルがこわそだからたいちょとしてぶかをなぐさめてんだい!!」


 鼻水垂らして見え透いた虚言を吐きやがるこのお子様。たまに無意味な見得を張りやがる!


「……ってヒトの袖で汚ねえ顔拭くなウスラボケが!」

「……グズッ」

「だからといってテメエの袖で拭くなあ! 誰が洗うと思ってんだ!」

「ラディル」

「良い根性だド畜生が……っ」


 デカかろうとチマかろうと俺に世話ァたかりやがって!

 たまにゃ自分でやりやがれ炊事洗濯雑務に事務処理(あとしまつ)! 雨の代わりに鋭利な物が無数に降ってくるのを覚悟で!

 文句を口走りながら、これ以上汚されちゃたまらんと、決壊したガキの目元にハンカチを押し付ける。

 陰湿な空間で少しの間、名状し難い沈黙が支配した。


「……でようよぅ………ここ、なんかヤダ」


 唐突に一転して素直になる。ガキにゃよく有りがちな現象である。

 この状況じゃ仕方ねえかもしれんがな。


「わあったよ、お前は先に出とけ」

「ラディルも」

「ぼけ。俺はめぼしい物を物色すんだよ」


 暗部連中がでばってて、警備の連中が表の騎士しかいない。今ぐらいしかチャンスがねえんだ。


「ウウウうぅぅ……」


 一々捨てられた子犬の目で視るな。うざってえ。


「ヴァルカの野郎はお前も嫌いじゃねえだろ。そいつん所行け」

「やだ、ラディルとがいい」


 頬を膨らまして言っても意味ねえぞ駄々っ子。


「い・い・か・ら、イキヤガレ」

「うー、ヴぅー〜〜」



 終いにゃ座り込んで喚きゴネるガキを諌めるのに無駄な時間を費やした上、結局俺にべったりと物理的にくっついてくる。

 なんて面倒くさい、これだからガキは。


「……ねーまだかまだかラディル。まだすまないのかこの愚図ラディル」

「…………頼むから帰れ。今すぐ。可及的速やかに」


 くっついているから資料漁りもやりづらい上、催促の声が喧しくうっとーしい。きっぱりと邪魔だ。

 なんで俺はコイツを連れて来たのかと自問し、それはコイツが勝手に憑いて来たからだと解答がくる。ちなみに誤字じゃないと思う。

……しかし、学は無い方じゃないんだが、資料の大概が専門的というか暗号的というか、ぶっちゃけ解らん。横で喚くガキンチョも居るし。


 解った事は、このガキンチョと同じく、近場の村から極秘裏に接収……オブラートで包まず言えば、誘拐してきたガキってこと。全くワンパターンな。

 何とはなしに、全裸で用途不明の機械に浸けられたガキを見た。 ゆらゆらと漂う長髪の主は、それが当たり前のように生気無く眠り続けている。

……いくつだよ、こんなガキを……


「……ラディルみるな! このろりこんやろーっ!」


 間近からの甲高い怒声の聞き捨てならん内容に、条件反射で手元の資料を潰す所だった。


「誰がだ?! つーか誰に仕込まれたその侮蔑語!?」

「みんな」

「具体的に」

「部隊のみんなに城下町のみんな。特にヴァルカには念入りに」

「なんて?」


 ヴァルカ。案外と人見知りなこのガキンチョもそこそこ話す、部下兼暗部の二重スパイ。

 不細工でも整ってもいないその陰険な顔を脳内で思い浮かべ、挨拶代わりに鈍器を叩きこんだ。


「んー……ふくちょーは、しんせいのろりこんだからヤなことされたらそう叫ぶんだぞたいちょう。って」

「そうか……そをか」


 いつ殺そうアイツ。

 心の中の殺すリストベスト三十から、栄えあるトップ十三に糞部下を昇格させた。

 まあそれはそれとして、と真摯な目で洗脳された哀れなチビガキを諭す。


「戯言だ。いや、マジもんのロリコンにはそれで構わんが俺は違う。やんな。いいな、やんなよ」

「お、おう……ラディル、目がちょっとこわかったりするぞ?」




 いつまでもガキの相手をしている訳にもいかず、再び資料に目を滑らせていき――

 ある一文に、目を剥いた。


 烙印持ち。

 烙印。かつて、今より栄えた文明を一人で滅ぼしたとも解釈される存在。

 世に数える程度出現する異端――異能力者と呼ばれる人間の始祖、原型とも諸説される超越的な存在である、魔人の証。

 有史上、存在を確認された試しが無い故に、眉唾な噺と謂われ、存在自体が有り得ないとされてきた。


 確かに、出現の前例や根拠が無い以上、悪魔とか魔王とか空想の産物じみた代物を信じるようなもの。

 そういった思考展開も理解はできる。だが、前例が在るとすれば。出現したとすれば……?

 異端者どころの話じゃない。それを生体兵器にするという人道シカト行為をカモフラージュに使うほどの、異端審問の連中が総出で、例え身内だろうが抹消に乗り出すに値する最秘匿。

 三度、俺はガキを見た。

 ロリコンロリコンと呪詛の言葉を放つミクロな悪生霊を拳骨で黙らせ、その隙に近寄り首筋を見る。注視した。


 ――有った。


 資料の通り、極小さいが首筋に。

 ホクロでもタトゥーでも無い。自然にできるとは思えない、奇妙に黒ずんだ跡が有る。

 さらによく注視すれば、その黒ずんだ跡が微かに、自然の産物では有り得ないと主張するように、ほんの僅かばかり蠢いている事が伺えた。


 前文明の遺跡から発掘された記述通りの、魔人の烙印。

 嫌な汗が背を伝う。

 この国、想像以上にとんでもねえモンを……秘匿に秘匿を重ねてやがる。戦時下に、生体兵器の名目で、それ以上の禁忌を侵そうとしてやがる……!

 記述通りならば、前文明を滅ぼしたとか云うわけのわからないふざけた力。

 まかり間違って真実であり、万が一制御できれば……敵国はおろか、世界を敵に回しても勝利できるだろう。

……コイツが此処に居るという事が、秘匿された上層部の意志表示だろうよ。ったく……ややこしい話に成ってきたなおい。

……てか、話がデカすぎてこのネタは使えねえよ。


 アテの外れた陰鬱な気分になりながら、なんとなく、観察するようにガキの顔を見る。



 ――直後、閉じられていたガキの瞼がうっすらと開き。

 虚ろな金色の瞳と、目が合った。


「――ーッ?!?」


 頭が鈍器でしたたか殴られたように痛み、心臓が不自然に高鳴り、体中から爪先まで電流が流れ、有り得ない錯覚が同時に起こる。


 刹那。


 暗幕が掛かったように視界がガキを除き、塗り潰すような黒で染まる。

 無意味な疑問符を垂れそうな口を食いしばって抑えつつ、素速く視界を回しても視界ほぼ全てが黒一色。しがみついていたフォリアすら居ない。

 何だこれは?


『――ラディル=アッシュ』


 何かのフィルターにかけられたような、肉声とは微妙に違うガキ特有の高い声が俺の名を呼ぶ。

 どうも、機械が消えて全裸で浮いてるように見えるガキが言ってるようだった。


「……なんだ。なんで俺の名を知ってる」

『――深淵を覗く者は、同時に、深淵から観察されている』


……唇は動いてない。声帯から発声してる訳じゃないらしい。それ位しか解らん。何が言いたい?

 なんだ此処は? どういう状況だ?


「……テメエが、此処に連れて来たのか」

『……うん?』

「深淵ってのは?」

『……あなた、なに?』


 おい、会話のキャッチボールする気無ぇよこのガキ。疑問を疑問で返すなっつーに。


「そういうお前は何なんだ」

『深淵の断片に包まれて尚自然……近しい……? だから、端末が惹かれるの』

「おい、何が言いてえんだガキ。俺に解る言語で話せ」

『……言いてえ?』


 ミリ単位で首を傾げる電波系ガキの頭を小突きたかったが、生憎と心霊現象まんまに体が動かんので無理。

 首から上は平気なんだが……

 ともかく、


「要件はなんだ。俺をこんなわけわからん所に連れて来た理由は」

『悪用、端末を通し、暴こうという意図……このままでは、深淵が人々の手に、再び滅びが起きる』

「……だから、」


 何が言いてえんだこのガキンチョ。深淵に、滅び?

 俺の疑問はほったらかしにして、マイペースなガキは空虚な瞳を向けて続ける。


『……此処から、私を連れだして』

「断る」


 何の事かと問い返す前に、自分でどういうわけかそういう事と解釈できた上で、即答した。 秘匿されたガキを救出、それをしろとガキは言いたいのだと、理屈はわからんが理解できたのだ。

 謎空間の影響か謎能力の作用か知らんが、まあ言いたい事は言わせてもらう。

 止めてくれ。そういう面倒臭そうなのを俺に言うな。

 助けが要るんなら他を当たれ。今は駄目だが、デカくなりゃ竜とか食い殺せる隊長辺りがお薦め……いややっぱ駄目だ。その場合でも十割方副長(オレ)にとばっちりが来る。


 ともかく、俺に面倒が掛からん所に当たってくれ。


『……アナタは、なにを望んでいる?』


 表情を動かさないガキは、相変わらずの意味不明な問いを掛けてきた。

 俺の望み? そんなもんは、


『自由。束縛されない事。自分で自分を決める事。ラディル=アッシュの望みは、それ?』


 ――一瞬、息を呑み。


「…………思考を、読んだのか」


 単純な驚愕と、少しばかり緊張が滲んだ確認を放つが、問いに応答するような奴でもない。


『アナタの望みに協力すれば――アナタは私を助けてくれる?』

「……できるモンならな」


 自由。俺にとって、かつて当たり前だった概念。

 しょぼい理由で隊長に気に入られて機密を知り、国に鎖を付けられちまってから、自由からは程遠い。

 解放の為に画策はしちゃいるが、未だ具体策は無い。

 それが解けるんなら、協力でも救出でもやってやる。


「だが、テメエに何が出来るってんだ?」


 国の陰謀をどうにか出来るような奴が、なんでわざわざ俺に取引紛いの話しを持ち掛ける?

 簡単に考えれば、できねえからじゃねえのか。

 率直な疑問視にも、思考を読める筈の謎能力者は表情さえ変えない。

 延々と単調に、塗り硬められ固定されたような無表情……気に入らん。


『――それは、』


 暗い、そしてどっかが透明な瞳が何かを語ろうとした直後、視界に光が戻った。




「――ラディルのアホおおぉぉオ!!」


 ぶちぶちぶちちぃ……そんな、身の毛のよだつ奇音が、癇癪を起こしたガキの声と共に、耳に反響したのを認識。

 ついで、後頭部の首の付け根辺りに、身に覚えがある地味な痛み。

 異常空間からの復帰と、フォリア=フィリーが後ろ髪を引っこ抜いたという現状を悟る。

 いや、かみ、神じゃなく髪……誰の?

 いや、おれ、の。


「――な・に、しやがんだンのクソガキャアアアアアアァァァ゛!!?」

「うるせえい! このロリコンラディル! フォリアが何度もなんっども話しかけてんのにじーーーーーって、ちょっとキレイだからってフォリアよりちっこい女の子のハダカ見て! 変態!!」

「違う! スキ好んで見てた訳じゃねえっつうかだとしても人の髪の毛引っ張んじゃねえ!!」


 割と本気で激怒したが、見下ろす馬鹿も相応に怒ってるらしい。

 古傷だらけの顔を力一杯赤らめ、目尻には少量の涙を溜めている。

 つーかなんで俺が怒られんだ? ガキンチョの平面眺めて喜ぶ人種じゃねえというに。

 いやんな事よか……この対応ってこたあ。


「……おい、さっきから俺は此処に突っ立ってただけか」


 冷静な部分が加熱する表面を即座に冷まし、不可解の解消と確認を優先し、後回しでいいものを棚上げする。

 出した声は、もう平常のそれとそう変わらないものだった。


「何言ってんだ? そんなことでごまかされないぞ!」

「ボケじゃねえ。いいからちゃんと答えろフォリア」


 珍しく真面目に名前を呼んだ事でか、真面目にという言葉を聞いたからか。どんぐり眼をしばたかせ、微妙に唇を尖らせながらも口を開く。


「…………なんも。名前呼んでも揺すってもなぐってもけってもピクリともしなかった」

「……ふむ」


 あの暗幕での行動は反映されてない? 幻覚の類なら、俺の珍妙な行動をこいつが見てないのはおかしい。 肉体を介さない精神面でのみの対話?

 それで、現実には何も……うーむ、超常現象。

 そうだとしてもどうしようもない。実体がないものに質量ぶつけてもなんにもならんし。

……てーかクソガキ。テメェ人が意識どっかやってる最中に何やってやがる?

 棚上げしていたものと改めて見て、正当な報復を決意した俺に何かを感じたか、ガキが後ずさった。

 直後である。


「――何をしている」


 低い、威嚇で刃を突きつけられたような、何かを通して発声した暗い声が背後から。

 振り向くと、入り口に趣味の悪い面を被った中肉中背の黒服が一人、静かに隙無く退路を塞いでいた。

……この場面で、その顔隠しの面。それだけで皆までいうなとばかりに、奴の素性を物語る。

 国の暗所をつとめる者。暗部の構成員だな。

 異常事態で僅かばかり気を抜いてたといえ、この距離まで気付かなかった。ついでに立ち振る舞いに威圧感からして、その中でも結構な手練であろう事が伺える。

……てかヴァルカの野郎、やっぱり泳がされてたんじゃねえか?


「……いや、ちっと道に迷ってな」

「何処まで知った。ラディル=アッシュ」


 一寸の躊躇無く突きつけられるは、黒光りする鉛玉射出装置……まあ、オートマチック・リヴォルバーな訳だが。ちっとは軽口に応じろっつーに。短気な奴め。


「……能力は使うな、フォリア=フィリー。使用すれば、射殺はせずとも副隊長のどこかしらに穴が空く事になる」

「……ッ、卑怯だっ!」

「いや、当然の手段だろ」

「ラディルー!? どっちのみかただっ!」


 喧しい、情けない声出すな。

 デカい方に暴れられる訳にゃいかねえだろう。お互いの為に。


「……で、危ねえ物突きつけて何やらせてえんだ。始末はできねえんだろ? 大事な軍犬に、首輪だからな」

「……着いて来い」


 推測混じりの皮肉には、微妙に苦々しい声が返ってきた。

 まあ、問答が出来てる時点で分は悪かなかったが。

 判断に困ってんだろうよ。暗部お得意の情報操作やら口封じやらが迂闊にできねえコンビだからな。俺とガキ。


「そう言われて、従うと思ってんのか?」


 まあ、指図に従うかはまた違う話だがな。


「……その場合は、そうせざる負えなくするまでだが」


 表情は面で読めんが、前掛かり気味に力が入ったのが解る。

 いつでも跳びかからんが為の前動作だ。

 さて、新入り騎士に敗北する事務系の俺と、それ以下の隊長(小)。

 暗部構成員相手に応戦しても普通に考えれば勝ち目など無いし、やる意味も無い。


「わあったよ。降参、降伏、ホワイトフラッグ。言うこと聞きます」

「ラディル?!」

「黙って聞け。殺されはせんだろ」


 両手を挙げて戦意ありませんと口にした俺に、ガキは信じらんないといった声をあげた。

 つっても、当て身一つで気絶させられたら目も当てられんだろが。

 多分、この間合いならできるぞ。野郎、うちの部隊でも上位にくる力量を感じるし。

 まあ、素直に言うこと聞いてたら精々が監禁ないし薬漬けにされるくらいだろ。

 ――ま、聞く気なんざねえけどな。

 表情をほんのり苦いものに変えたようなものに塗り、野郎から僅かばかり臨戦体勢が解かれたのを見計らい、腕を下げると同時。

 入室前の事前に仕組んどいた、錬金術師特製の極細透明鋼糸を指先で弄くる。

 指先から床、壁から天井を伝い、入り口に仕掛けられていた糸は、狙い通り開かれた扉を低く軋ませた。

 まるで、潜んでいた伏兵が寄襲を掛ける直前にたてる僅かな音のような。

 そして狙い通り、眼前の暗部の注意が僅かながら散逸した。


「――今だ! やっちまえ!!」


 さらなる意識散逸の為にソレっぽい叫びをあげるも、流石に大した効果は無いっぽい。

 想定の範囲内ではあるが。

 俺とガキに依然と注意を鋭くしているにあたり、流石は暗部と云える。

 ――まあ、ソレだけだが。

 目を白黒させて役立たず化しているガキを横目に、叫んだのと少しの時間差で駆けた。

 何がしかの攻勢の兆しを見せた、仮面の下の目と目が合う。

 ――ニヤリと、イヤらしく笑ってやる。


「バレたか」


 聞こえるか聞こえないかの微妙な間と声で呟き、突進に合わせ後ろ手に指先で鋼糸を操作。

 敵の動き方からまだ発見もされてないだろう鋼糸は、微妙な力加減で接合部を裂くことなく梃子の原理を発生させ。

 終着点たる奴の背後の扉が外れ、鉄製の扉が床に擦れる音。さらに角度を変えて走りながら微調整。鋼糸の固定を切り、其処で急停止。

 仮面の下で面喰らう奴を嘲笑いつつ、手元に引き寄せた透明な鋼糸を、切断された扉ごと、思い切り引っ張る。


「ッ!!」


 極細透明な鋼糸にようやく気付いたか、呻きながらも獣のような動きで鋼糸をくぐり背後から迫る扉をかわす暗部野郎。


「――走れフォリアァっ!」

「うええ?!」


 馬鹿ガキらしい困惑の声の直後、させるかとばかりに奴が発砲。随分と小さな銃声はサイレンサー付きの証。

 急所に当てる気は無いのだろう、精度は低く、転がるだけで命中を避けられた。

 転がりざま、接合部のみ切断された鉄製の扉を持ち、気合を入れて持ち上げ。

 ――糞重メえ。

 思いの外の重量で、立てるだけでイッパイイッパイだった。そこに一発二発と銃の衝撃。秘匿空間への唯一の扉だからかしらんが重量に見合い頑丈で、凹みもしない。

 だが腕が痺れるっ!

 これだからオートマチックは!


「抵抗はお勧めしないっ」

「喧しいっ」


 低い声はやたら近くで聴こえた。

 危機を感じて反射的に、楯変わりに構えていた扉を倒すつもりで蹴る。

 ほぼ同時に、予感通りの蹴りか何かで先以上の衝撃が返ってきた。

 蹴り脚に衝撃を旨くのせ、反動で大きくバックステップ。そして着地するより早く、右腕に仕込んでいた重石付きワイヤーを開放し、横薙に飛ばす。

 鉄製扉に視界を遮られた奴に命中――いや、とっさにしゃがんで避けたか。手応えがない。

 だかしかし、ワイヤー先端部の重石は――


「あ」

「っな!?」


 秘匿されていた禁忌を内包する謎の機械設備の、ガキを閉じ込めていた硝子っぽい物質を抉った。

 硝子が砕け散るのに近い音が響く。 硝子じゃねえだろうが、強度そのものは硝子と大差無いらしい。

 続けて、中の赤っぽい液体が吐き出される。ガキは固定されているらしく、ゆらゆらワカメよろしく、桃色ヘアーを揺らすだけ。

 ガキどもの安否に一応は気を配りつつ、動揺の声をあげた暗部野郎の真上、渦巻きに展開した鋼糸を操る。


「おま、?!! 貴様ッ!」


 今さら気付いても遅えよ。

 繰り糸に手応えあり、引き寄せて暗部野郎を扉ごと絡めとり固定し、駄目押しで扉に蹴りを入れる。

 存外に甲高い悲鳴と共に、固定された奴を下敷きに倒れる鉄製扉。

 手応えは確かだが……呼吸に気配からして……うし、とりあえずは無力化完了っぽいな。

 格上の暗部構成員とて、不意と油断を突けばこんなもんよ。

 さて……いや、成り行きとはいえ国の暗所を倒したはいいが……


「……あー、んじゃ、さっさと行けフォリア」

「ぉ、おう? ラディルは?」

「後始末。テメエは部下共の所に直行、ちゃんとデカくなってな」


 面食らった様子で俺やら周囲やらを見回すガキにとりあえず指示を出し、無惨に倒れた扉を見、次にどばどば液体を放出していた謎機械に向き直る。

 なんとなしの予感がしてはいたが、違わず。再びガキの金眼が見えた。

 先ほどと同じ嫌な感覚。辺りが再び、一点を残して暗闇に染まる。

 不自由になっていく五体を意識しながら、ほんの僅か前の経験と合わせてうんざりと息を吐いた。

 はいはい、またですか。


『なぜ、』

「……テメエの差し金か?」

『?』


 一分前後ほど前と同じ光景。

 不可思議なガキの相変わらず肉声じゃない発声からの言葉を遮り、疑惑を口にする。

 金眼のガキは、不思議そうに首を傾げた。


「タイミングが良すぎだ。これで俺は、誤魔化しようもなく対立する羽目になる。暗部の野郎が来たのは、テメエの差し金か」


 これは我ながら、言いがかりに近い。

 元々、暗部の構成員との鉢合わせを考えてなかったわけじゃない。可能性としては普通に有り得た。しかし、そういうリスクを呑んだ上での行動。

 俺はそう、選択した。

 それは良い、良いんだが。


『あなたは……ヴァルカ=アルドーが死んだかもしれない、殺されたかもしれないと、怒っている?』

「……何で俺があの馬鹿が死んだからと怒るんだ。てか詰問に質問で返すんじゃねえ」

『怒り……憤怒。過ぎれば文明すら破壊する大罪。されどヒトが人たらんが為の流れ、感情の一つ』

「……おい」


 このガキ、また訳の解らん事を……


『懸念があります』

「知るか」

『アナタは容器を破壊した。その瞬間から、私の生命維持が困難に為っています。ついでに数ヶ所から出血』

「……は?」


 今、さらっと重要な事を言わんかったか?


『間もなく、私の呼吸器が暴走を開始します。逆流を始め、肺が破裂するに充分な』

「うをい!」


 死ぬだろがそれ。

 自分の死因を淡々と他人ごとみたく語るガキは、飽くまでも無表情を通したまま。


『きつもん? に解答。私は無実、現状アナタとこうする以外何もできないの』

「会話の順序狂ってんぞテメエ!?」

『そう。"私"を助けてくれるの』

「後生だから会話をしろ電波系!」


 んな事ァ一言も言ってねえだろが!


『"私"を、よろしくお願いします。まだ、今回は自我すら形成されていない。けど、アナタなら。子供を放って置かないアナタなら』


 無色透明に近かった声に、何だか生々しいものが滲んだような。

 ――なんだ、この違和感。てか、"私"ってのは別に表してるような……

 情報が足らんな、糞。


「だあら、解るように会話しろっつーとんだクソガキィ!」


 ガキの表情は動かない。完全な無表情。だが、何故か僅かに……まるで、誰かの母親のように、微笑んでいるような気がした。


『死にたくない。だから、"私"を――』


 その言葉を最後に、視界と色が戻り、五体の粗誤が消えて失せていた。

 ――一連の流れに沿い、どうやら戻ったらしい。

……暗部野郎が動いた様子は無い。また、フォリアの気配もない。既に出ていったか。

 眼前には、腰の辺りまで液体が減った、破損した機械と、幾らか硝子もどきが掠め怪我を負ったガキの姿。

 まとわる機械部分は不穏な気配は感じないが……あの謎空間こいつの言葉が本当ならば、間もなく"そう"なるらしい。

 ガキが死ぬ。

 ありきたりな組合せの単語を脳裏に浮かべ、煮え立つ何かに眉を歪める。


「…………糞ッタレ」


 なんとなく天井を見上げ、呪詛の言葉を吐いた。

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