余話参
ロリコンとは何だろう。
昔々、俺が生まれる以前、というか今の文明が生まれる以前から存在していた造語らしい。幼くも愛らしいロリータ少女が年上のオッサンにどうのこうのという文が、発掘された遺跡の書庫の一部に記されていたとかいないとか。
それがまたどうまかり間違って世界全土に広がる侮蔑用語の一角になったのか、そんな単語まで書庫に遺す先史文明の偉人の神経程に定かではないが、極めて稀な謂われのない冤罪者にとっては端迷惑な話である事だけは揺るがない。
ロリコン。つまりは幼女性愛者。程度の差はあれど、十代前後という乳臭いガキ相手に、公言したらとっつかまっても同情されない類の情念を抱く人種。それはいい。世に数多いる変態の一種でしかない。いや、やっぱし良くはないが、まあ置いておく。
問題は何故、俺が顔見知りは愚か道行く他人にまでそんなん呼ばわりされにゃあならんのか、だ。
確かに、ガキは二人ほど連れている。最近追われる身になってからは安全の問題を考えて常に。
しかしそこに、人様に言えんような不燃物を挟んでいる訳では、断じてない。
平常喧しくすり寄ってくるのをぞんざいにあしらい、食事中に残す物あらば睨みを聞かせ、悪戯をすれば吊し上げ、何かしか壊せばケツを叩き、入浴や寝床に侵入してくれば縛って転がし、たまのおねだりくらいは小言交え聞ける範囲で聞いてやる。最近では、片方に仕方なくはめていた指輪を羨みねだり拗ねはじめたもう片方に安物の玩具みたいな指輪を買ってやったくらい。
寧ろ"奴ら"の天敵である保護者そのものな、飴と鞭と縄の好調教っぷりと自画自賛できるレベルだ。
だのに、何故どいつもこいつも……
「あ、ラディルさんラディルさん。話は聞いたよ」
「ああ、なんだ。マグナ?」
「婚約おめでとう」
「…………はあ?」
「いや、まさかそこまで進んでるなんて。しかも二股だし小さ過ぎるけど、まあ本人は幸せそうだし、ラディルさんなら」
「待て待て待て、婚約? 二股? したり顔で何ワケの判らん話をしてる。脳みそ花畑も大概にしろ天然」
「花畑って、あだ! ちょ、いた、いたいから頭叩かないでよ。いやだって、アルカから聞いたんだけど、フォリアとアリューシャが左手の薬指にしてるのって――」
婚約指輪とかいう糞戯けた風習。どこぞの民族から流れた風習が一部の層に伝わり、多少変化しながらも知っている人はご存知な定番らしい、それ。
そうとは知らず、どうにもやらかしちまったらしい。
その収拾に動いたは良いものの、敵は途方もなく巨大だった。
「策が必要だ」
「はあ」
何かの役には立つだろうと、どちらかと云えばで分類するまでもなく脳筋型な、数年前と比べて中身そのままデカくなったようなあどけなさが、元は緩い形の眉をしかめている。
マグナ=メリアルス。最近、異常者の代名詞でもある異能力者になったとかいう馬鹿は、相変わらずにそんな感じだった。
「アリューシャやフォリアだけでなく、てめぇん所の女性陣からも袋にされたんだが」
「風呂場に突撃したとか聞いたんだけど」
「……? それに何か問題があったか?」
「……え、素? まさかラディルさん、素で言ってるのか?」
ガキしか居ない風呂場に入って何が悪いのか。まあ衣服を着たまま入ったのはまずかったかもしれんが、集団暴行から全裸簀巻きに強制焼き土下座というコンボに比べれば些事だろう。
訳のわからん事で戦慄した風に身を引かすマグナに眉をしかめながら、あの呪われたアンチノーマルアイテムをどうするかという議題に引き戻す。
正直この天然小僧の知恵なんぞ、使い古した釣り糸とかひびの入った茶碗程度にしか役にたたんとは思うが、無いよりはマシだ。元より俺の手にも余っている事態なのだから。猫の手だって酷使してやる気概でないと、存在するかどうかレベルな光明は見いだせないだろう。
「ターゲットは指輪に固執している。せめて嵌める指を変えろと言っても無駄だった」
口で言っても無駄だったからこその説得及び強行策だったのだが、結果は悲惨なもので終わっている。そしてこのまま座していれば社会的に殺されるだろう。
「いや、中央国はそういうのに結構、というかかなり大分寛容だよ? おれの知り合いにも、五歳児をお嫁さんにした四十代の人がいるし」
だからどうした。世間がどうとか以前に俺の認識が重要なんだよ。
それに貴族とか王族とかなら政略で珍しくもないんだろうが、民間レベルってお前。
「寛容というか壊れてないか? 真性のオッサンと一緒にすんな」
「いや、おばさんだよ?」
…………なんだって?
「でもすんごい若く見えんの。二十そこそこくらい。んで、五歳の性ど……なんとか障害の子といちゃいちゃ」
想像を超えた魔境だな、中央国は。
まあ文明のレベルがいつぞや見た他の二大国の首都より上だし、移民の国だから有能な変態も集まり易いって事かね。
変態が基盤にあるなら、そこから出来上がるものはまあ常人には理解不能だろう。錬金術だってそんな感じだし。
「まあ、理解し難いよそはよそとしてだ。問題はどうやって妙な連帯感を発揮しているシリーズ変態人外幼女共から指輪を奪還するかだ」
どういう訳か連中、中央国に来てから妙な同族意識を持っている節がある。マグナのブレインだとかいう白衣の銀髪チビに、おなじみの変態仮面な面倒くさがり。
平均身長一メートル前半のガキが徒党を組んでいやがる。諜報から帰ってきた変態仮面と入れ替わるみたく、数日前にふらりと侍娘が遠出しているのは気休めにしかならないだろう。
「変態人外幼女、って。アルカや朔たちも入ってる?」
影から生えたり天井歩いたり火とか吹いたりなのやら、先史の遺産な鋼鉄のデカ犬を何もない所から呼ぶちんちくりんがそうでなくて何なんだ。
否定し辛い……といった風に苦い顔を見せるマグナはさて置き。
「兎も角、まともに矛を構えるのは色んな意味で論外。掠め盗るにしても、入浴中や就寝中にも嵌めっぱなし」
「詰んでない?」
「……まだだ、まだ終わってない! 終わってたまるかよっ!」
気を抜けば挫けそうになる苦境で自分を鼓舞してると、無駄にキラキラした目で拍手する天然。
軽く小突き、改めてあれこれ意見を言い合う事数分。
「発想を逆転させてみたら?」
「その心は?」
「可愛いくて若いお嫁さん嬉しいなあーっていたいいたいだイだだだだだだだっ?!」
流れに身を任さんとする馬鹿を粛正しつつ、却下。
「新しい指輪を渡す。馬鹿とガキには見えない指輪と銘打ってだな、」
「なんというか、子供騙しな……いや子供だけど、普通にアルカあたりから告げ口されるんじゃない?」
「それはお前が説得しろ。それでなんとか……」
「でも、でっかい方のフォリアを騙せる? 確か記憶とか共有してるんでしょ?」
「…………」
生憎と命を捨てる案件でもないので却下。
「うーん、でも入浴中とかは兎も角、寝てる時とかはなんで取れないの? 無防備じゃん」
「……くからだ」
「え?」
「……必ず左手を締めて寝てやがる癖に、無理やり剥がそうとするとなんか妙な風にぐずる。だからだな……なんだその生暖かい笑みは」
失敬な目つきの小僧を絞めつつ却下。
「しかしここ、あついねー」
「そりゃあ、男子トイレの個室に野郎二人を押し込んでりゃあな」
「今更だけど、何でこんな場所を?」
「正しく今更だな。女性陣は絶対に立ち寄らん場所だから選んだまでだ、が」
「ラディルさん? なんかちょっと立ち眩みしてない? 目元がちょっと危ういよ」
まだだ、まだ終われん。
「……これだけは使いたくなかったが、いよいよもっちゃあ致し方あるまい」
「なに? てかそろそろ出ようよ。密閉された個室だから中の汗の臭いが……」
「通りすがりのアホ毛異能力者は、幼女二人の左手薬指の指輪だけ破壊して去っていった。めでたしめでし」
「異の、って嫌だよ!? 下手しなくてもあの二人に恨まれるとか絶対ごめんだよ! 生き残れる自信ないからね?!」
「喧しい! 一端に成長したというなら黙って俺の明日の為に踏み台となれい!」
「率直に身勝手だああああ!?」
ギャーギャーギャーギャーせまっくるしい室内、便器を挟んで仲違いする事数分。策略は定まることなく、悪戯に時間を浪費するだけにとどまる。
……ちっ、やっぱ糞の役にもたたねえか。
ひどい言われようだあ……と、耳が在ったらボサボサの髪の毛と一体化してるだろうへこみ方をするマグナ。
気にするな、ロリペド畜生の手前勝手など聞き流せ。お前はやればできる子だ、と頭を撫でる、サイズの合わん白衣に長い銀髪のチビガキ。
「……で、どっから沸いてきた。アルマキス=イル=アウレカ」
いつの間にか女人禁制な密閉会議室に出現し、獲物を絡めとった蛇類じみたものを覗かせていたちんちくりんは俺を一瞥すると、十代がしていい類のそれじゃないもので口元に曲を描いた。
「私はいつもマグナと共に在る。話は聞いたよ、ラディル=ロリペードキ=チークアッシュ」
んだとクソガキ。
「ラディルさん抑えて相手は子供っ、ほら口は悪いけどきっとイイ子だから?!」
「目上に対する敬語さえなってないガキならば尚更躾が必要だろが! ええい放せこのシスコン小僧!」
この腹黒妹分の為に異能に至ったとかいうワールドレベルなシスコンだかロリコンだかに羽交い締めされてもがく。
しかし、くっ、この馬鹿力め……っ。動きゃしねえ。
「つれないな。折角解決策を掲示しようと思ったのだが」
「解決策だあ?」
とりあえず埒があかん、と男子トイレの個室から退出し――というか、個人の屋敷の便所が男女分けされてるのっておかしくねえか、という何度目かの疑問を押し込めながら、清涼な空気を吸った。
改めて場を移し、こいつらのスポンサーから預けられたという糞デカい屋敷の居間。
なまくら亭主に雑用を言い渡す妻のような口振りで仕事を言い渡されたマグナと別れ、人間離れして整った顔立ちの銀チビから話を聞いた。
「認識阻害ィ?」
「ああ。先日発見された遺跡に眠っているだろう遺物は、そういう機能を有している」
この屋敷は糞デカいのだが、デカいが故に必要な使用人なんかが居るわけじゃない。精々が掃除の時に来るくらい。無駄に訳あり臭しかない面々ばかりが住人だからか。
俺に煎れさせたた紅茶をすすり、不味いと無表情で悪態つきながら銀チビはえらく淡々とした――以前、遺跡で聞いた疑似音声と似た感じに無味乾燥な――説明を続ける。
「認識の阻害。それがどの程度でどのような弊害があるのかは未知数だが、サンプルだけでもあがれば画期的な新技術になる」
「いや、どうせ一般にゃ流れん技術だろうに」
遺跡からの技術転用で一番有名なのは銃から始まる火器だが、それは魔物という驚異に対抗、駆逐するために必要な措置だったから広まったに過ぎない。
それ以外の大部分が、自国増強のための極々一部流用か、丸々秘匿して独占、なんてのは当たり前にありふれているだろう。どっかの糞爺みたく。
まあ、遺跡発掘の費用に代償を考えれば、それくらいせにゃ採算とれんのかも知れんがな。
とまあ、お上の事情はお互いにさて置き。
「てか、なんでまだ発掘もされてない遺物の機能が解るんだ」
毒が充満してるやもしれん箱の中に押し込んだ小動物の安否を知るようなもんだぞ。
「そこを知る必要は無い。それより要件、取引だが」
まあそれに関する前置きだわな。俺にわざわざ話たとなると。
「遺物の発掘でも手伝え、ってか?」
「そうだ。成功報酬は、解析された認識阻害技術の提供。指輪の問題も、それ以前にあの二人の存在秘匿にも役立つ、と思うのだが?」
「かもしれん、レベルならな」
遺跡からの発掘品の技術レベルは、最低でも現行の数十年以上進んでいるとかいないとかいうレベルらしい。その優位性は、オーパーツな玩具を隠し持っている身の上。重々承知している。
しかし遺跡発掘は基本的にハイリスク・ハイリターン。未知の技術に先史の情報という宝箱は相当な魅力だろうが、大抵は想像の斜め上をいく殺戮的なセキュリティーが待ち受けている。下手を踏めば異能力者が死ぬレベルのだ。
正直、可能な限り立ち入りたくない、世界有数の危険区域だが……
「ちょろまかせる発掘品があれば黙認はしよう。また、魔人の記述に関しても可能な限り融通する」
認識阻害という技術のおこぼれという言い知れぬ魅力に加え、魔人に関する記述……色々と不明瞭な所が多いからな、できりゃ別の角度からの材料が欲しい。いざという時の制御方……あるかどうかは解らんが、手探りする価値はある。
それが俺の視点だが。
「……そうまで譲歩して、何が目当てだ?」
うっすらと検討をつけながら目を細め、所作を観察しながら問うた。
表情は変わらず、肩がすくめられる。
「別に騙すつもりはないさ。マグナに……慕われてるお前とは、友好的にいきたいからね」
……なんで慕われてるの所で妙なトーンが? 内心で首をかしげながら、別な指摘をする。
逃げ腰、いや、何故かそこだけ目から光が消えたような気がしたし。そんなのにまともに突っ込むのは蛮勇か無謀というもんだ。
別の角度別角度。とりあえず嘲笑なんかを交え。
「まず男ありきかよ。マセガキが」
「尽くす女なんだよ、私は」
まるで説得力がない目が細められた。
ガキな癖に、人間離れした顔の均衡が崩されない程度のワライで歪んだ表情は、それだけで悪夢的なものを孕む。
……マグナの阿呆と話してる時とはまるで違うな。フォリアの大小並みに違う。
「ま、お上の思惑も気になっているのだろうが、今私たちを敵に回す愚を犯す輩ではない」
「俺やガキ共が死ぬ分には関係ないんじゃねーか?」
明らかに厄介者だからな、俺。ガキ二人もある意味で、というか厄介っつー意味じゃそれ以上。
「あるさ。お前は、マグナに……慕われて、いるからな」
……だからなんなんだその強烈な嫉妬と悪意に満ちた目は。
慕われてるったって、親か兄弟みたいなノリだろうに。恋敵を絞め殺すような目をされる筋合いはねぇぞ。
「あいつは、身内の死を許せない」
そんなものは普通の神経してりゃ当たり前だろ、という一般論はこの場では微妙にズレている。
許せない、許容できないのレベルが問題なんだ。俺みたく。
「……トラウマか」
「それもある。そして――危うい均衡の上に成り立つ異能力者を刺激する事の意味、お前も知っているのではないか?」
最近では大になる必要がめっきりなくなったフォリアの間抜け面が脳裏に浮かぶ。
異能力者。天災に値する常軌を逸した力。竜さえ歯牙にもかけん人の身に過ぎた力、だからこそ不安定。不安定な力は、情緒だって覚束なくする。
不安定になる一方の精神で振るわれる天災。深く考えずともぞっとする。
普通に……あの馬鹿は、そんな大袈裟に変わってないように見えたが。表面的には。
「異能力者の扱いは慎重に、そして私はマグナの意に従う。当面の利害は一致している」
「まあ、異能力者を使おうなんて考えるなら当たり前か」
無用な刺激を与える馬鹿に取り入ってる訳でない事はわかった。というかいらん刺激を与えるような輩なら、この銀チビと変態仮面のコンビに排除されてるだろう事も。
手段で躊躇うようなタマにゃみえんし、実際はもう何度かやっちまってるかもしれん。そうだったとしても驚くに値しない――そういう匂いがする。
名前の繋がり……さすがにそういうわけじゃないんだろうがな。
まあ、所詮は厄介者。断れる身の上でもない。
結局は引き受け、遺跡の発掘作業に駆り出され――まあその過程は割愛する。
俺に植えられてた森人だか魔人だかの因子が鍵になっただとか、人間の倍程はある機械仕掛けの二足歩行犬をどこからともなく呼び出した銀チビがやりたいほうだいだとか、何故か付いて来た隊長が重要そうな設備をうっかり破壊するだとか、終始そんな感じで滅茶苦茶だった。思い出したくもない。
目標自体は割と簡単に達成したそうだ。終点間際という所で、隊長がかかった悪質な罠に巻き込まれて気絶したからその現場を見たわけじゃないが、まあそういう事だそうだ。
所で、罠に巻き込まれた俺は全治三日――中央国の精鋭錬金術師が最善をつくしてなけりゃその二十倍はかかったらしい――で、直撃したバカはかすり傷と少々の疲労で済んだとか。バカの相変わらずなバカスペックに呆れるべきか、そのバカにかすり傷を負わせた罠に巻き込まれて生きていた悪運に胸を撫で下ろすべきか。
とりあえず間をとって、小さくなったバカを捻っておくとしよう。
決意を固めてる内に、件の認識阻害機能をもった遺物を装備したというガキ二人が現れ――その有り様に硬直してる隙に、ガキ二人からはいつもの要領で抱きつかれ、それでも硬直する事数秒。
「……どぉいうことだ?」
肩をすくめておどけ笑う銀チビいわく、危険性は無いし機能はオンオフ可能。ちゃんとテストは組み終えたし解析したから心配はない、と。
ちがう。いや確かに安全性も頭をかすめはしたが、そういう問題じゃない。
ひっぺがしたガキ二人を改めて見る。いやに光を反射させた二対の視線。
中央に着てから買ってやったワンピースから伸びる肌と、首にはめられた重厚かつ鈍い光沢の輪がずいぶんとアンバランス極まりない。
にあうかにあうかーなあなあと唯でさえ緩い頬をさらにふにゃけさせたバカと、口こそ出さんが目の輝き方がもう片方と大差ないアホ。
何を期待しているのか。わかりたくないが、なんとなくわかっちまう付き合いの濃密さと、あからさまな異物の存在に頭を抱えた。
……なんで、首輪だ。
毒づくだけの体力さえ消え失せてる間にも、首輪をつつく度に存在感が消えたり戻ったりするのを殴りたいほどの笑顔で見せびらかすガキ。
何故だ。何故こうなった。
おかしい。何故か筆が進みません。そして予告していた余話まで空いた期間がえらいことに。いや、ほんと申し訳ありません。