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スピンオフもどき異話――ある英雄未満の休日

 アリューシャ=ラトニーは可愛い女の子だ。

 少しばかり、というか完全に人見知りで、ラディルさんの前以外じゃ内気を通り越して陰気な印象さえ受けるのはマイナスだけど、後五年もすれば誰もが振り返る美少女になる事は確定している。そんな容姿をした小さな女の子。


 対照的に、フォリア=フィリーは元気な女の子だ。

 活発な男の子と見紛う容姿と雰囲気だけど、痛々しい傷痕を体中に刻んでいるせいか以外と人見知りしている。どことなく野生を感じる女の子。


「うおっしぃ、気ばっていくぜいアの字ー!」

「……ん」


 そんな女の子二人、買い物袋に注文メモをそれぞれ持って並び、中央国ヴェルザンドの街並みにてくてくと擬音が聞こえそうな感じで溶けていく。

 ラディルさんさえ絡まなければ、仲の良い女の子に見えなくもない。というのがここ最近面通しをすませたばかりなおれの印象。


「……何してるマグナ。さっさと追うぞ」


 ため息を一つ。無駄に鋭い横目を向け、女の子たちの死角に身を伏せる怪しい人影を見返す。

 いやまあ、あの二人が狙われやすいって事くらいはわかってるけどね。


「でもこっそり尾行とか、やる事がたまに過保護だよねぇ。ラディルさんは」


 本人は、獅子が子を谷に突き落とすとかそういうつもりだとか言い訳がましく説明してたけど、やってる事は可愛い子に旅をさせろ以下。

 曰わく、何か余り遊ばせてばっかなのも腹たつから晩飯でも買いにいかす、とか。

 まあ教育に良いらしいよね、おつかい。

 でも頼んでおいて影でこっそり同伴とかは、やっぱりどうかと思うんだけどね。


「そんなだからロリコンだのペド野郎だのと言われるんだよ」

「……喧しい」


 サングラスに付け髭、アフロのカツラの上から無理やり被った帽子が窮屈そうである。元は白い肌が若干色黒になって荒れた風なのは、そういうメイクまで施したからか。

 アロハなシャツに紺色の半ズボンという変な格好から覗くひょろっとした細い四肢まで染めてるとか、なんて力の入った変装だろう。変人にしか見えない。

 おまけにその格好で双眼鏡片手に女の子追跡とか、普通に変質者だと思う。治安の良い中央(ここ)で大丈夫なんだろうか。

 そんな懸念をよそに、路地裏に溶け込むような巧みな気配消しに、人の視線をかわす配置取りで順調にストーキングを続けていく。

 その姿は、家の台所なんかに出没する暗黒ギトギト怪虫Gに似ているなとは思ったけど、口には出さない。

 かわりに問うのは、さっきから漂っているなにかしらの花っぽい匂いについて。


「何で香水なんて?」

「匂いで発覚したらマズい」


……匂いて。犬じゃあるまいし。


「前例があるんだよ、フォリアに」

「……さよですか」


 以前、あったんだろうね。フォリアの方は初めてじゃないらしいし。

 それ以上の問答は止めにして、尾行対象に視点を集中させる。といっても気付かれるくらいの注視はしない程度に加減してだけど。


「うおをう……、すっげぇ人おおいな……お?」

「……はぐれる」

「んじゃ手えつないでくかー、しゃあねーなー」


 やや気後れしたっぽいフォリアに、完全に腰が引けてるアリューシャ。

 それでも微笑ましく手なんか繋ながら、人ごみの中をとことこひょこひょこ進む。かわいいねぇ。


「……分断対策か。悪かないな。何が任務の障害になるかわからん以上、分断は望ましくない」

「いや、もうちょっと和やかな意見とか無いのかな」


 相変わらず発想が殺伐としてるラディルさん。

 危惧された発見は、技能の所々、主に公言し難い部分が達人通り越して変態的なラディルさんである。ストーキング、もとい尾行技術だって変態的。

 口に出したら最低でも拳骨が振るわれるだろう感想をしまい込みつつ、普通についてくおれ。尾行対象に見つかっても、あれ奇遇だね道が同じなんだよと言い訳はばっちりである。


「……あぴゃーっ!」

「……っ?!」


 時折、緊張に耐えかねたのか、フォリアがその場で回転しながら奇声をあげて衆目を集めたり、色々なものに怯えたアリューシャが距離をとってガタガタしたりしながら、それでもラディルさんより遥かに体力があるだろう二人の歩は進む。

 たまに道を間違えかけたりも在ったけど、その都度尾行中な誰かのスレスレなフォローで迷子になるのは妨げつつ、結果としては順調に。

 郊外から中心に近付くにつれ、目に見えて人混みが増え始める。元が移民の国である上、治安よろしく更に諸事情から戦争も遠いというわけで、人口密度が異常な国でもある。

 故に往来なんかが凄まじく、率直に隠れる必要も無くなってきた。

 そんな中で、女の子二人を見失わずに見つからず付いていくというのはそこそこの難度だったけど、それはおれの視点であってラディルさんにはあまり関係ない。いや、身長的な意味じゃなく。


「……おおいなー」

「……うぷ」

「ちょ、おまえへいきか? なんかもとからわりい顔色がさらにわりいぞ?」

「……う゛う゛ー」


 人混みの多さからか、少しばかりというか完全に萎縮したみたく進むアリューシャとフォリアの足取りは危うい。

 主にアリューシャが気持ち悪そうにしていて、流石にテンパる隙もないフォリアに背中をさすってもらっている。


「ほれほれ、ラディルが家でまってんだから。きばれよきばれー……ってぎわ!?」

「おっと、ごめんよ嬢ちゃん」


 どこか微笑ましい二人組みに、細身の男が腕をぶつけた。

 それを見ていたろうラディルさんが鋭く舌打ちする、という事は。

 役割分担。追跡をおれに任せた、とサングラスをずらし無言で告げてくるラディルさんに頷き、背を向けて人ごみに消えていくラディルさんを見送る。

 そして五分もしない内に合流。何故かアフロから金髪のカツラに付け替えたラディルさんの手には、ピンク色のがま口財布が握られていた。

 二人のどちらかが持っていた筈の財布。二人共がその紛失にまだ気付いてない。というか対処が迅速すぎる。


「大丈夫だった?」

「素人だな。処理して捨ててきた」


 欠片程度の心配を向けたけどまあ、やらかしてきた相手の方が心配になるような返答。

 まあそれはいいんだけど。


「それで、どうやって返すの?」


 尾行中なんだから、渡しに行くってのもダメだし。まあ、迷子の軌道修正とくらべればなんというものでもない気がするけど。


「ふむ」


 しかし顎に手を当て、いつもとは微妙に異なる仕草で何か思索してるらしい。

 商店街に入った視界の端では、何かの匂いにつられたように足を早めたフォリアが、手を繋いでたアリューシャのペースを崩して転かしてしまった所。

 うええ……とぐずりはじめたアリューシャに気付き、わりーわりーわーなくなよー、とフォリアが慌てる頃、結論が出たのか顎から手をはなす。


「……人を使うか」

「人を?」

「そこらの適当な誰かをつかまえて、財布を落としたよ、とかいう理由で届けさせる。ついでに見ず知らずの他人に、ちゃんと礼を言えるかテストも兼ねて」


……お父さんって、こういう感じなんかな?


「ううぅ……ぐすっ」

「あああっと、えっと、ああそだラディルの! アの字、あめだアメ。アメやるからなきやめー?」


 適当な誰かを――おれの目からはそう見えるくらい無造作に――捕まえ、交渉をはじめたラディルさんを尻目に、そのラディルさんに渡されていたと思しき何かの飴を取り出し泣く子をあやす事に成功したお子様の図があった。




 ラディルさんがけしかけたテストを無事クリアして財布を受け取った二人。そしてメモに書かれた夕飯の材料をあーだこーだ言い合いながら買い終え、後は帰途につくだけという所で、懸念していた事態が発生する。


「あれ、おまえ。まぐにャ?」

「いや、マグナね。フォリア」


 お子様二人に見つかってしまった。


「よびにきいんだよー、いいじゃねえかネコっぽくてさぁ」


 野菜や調味料諸々、お菓子とか余計なものまで入った小さな買い物籠を揺らし、愛らしい膨れっ面が迫力の無い目で睨んでくる。苦笑する他ないね。


「ネコって……おれは犬派なんだけどな。いや、ネコも好きだけど」

「フォリアはネコのがすきだぞ!」

「……ん」


 何故に犬猫論議。

 猫派を元気よく宣言するフォリアの影で、アリューシャの方もこくこくと首を上下して控え目に同意――らしきしぐさを――見せる。

 まあ、猫っぽいからね。ラディルさん。

 ちなみにそのラディルさんはといえば、おれを隠れ蓑にして速やかに離脱していたりする。


「ところでマグ、なんでこんなトコにいんだ?」

「呼びにくい所は豪快に端折りますか。いや、たまたま散歩してただけなんだけど」


 グの所、ぎとゆの混ざったような発音を指摘すべきかすまいか。とりあえずスルーしながら用意していた解答を口にした。

……ところで、何故にアリューシャは、おれと目どころか顔さえ合わせてくれないのかな。


「おれはもう帰る所なんだけど、二人も?」

「おう!」


 解っていた事を聞けば、みろみろー、ときらきらした笑顔で買い物袋に入れた戦果を両手に、よたつきながら見せびらかすフォリア。

 背後に隠れるアリューシャがわたわたと揺れた。細く小さい体はともかく、ピンク色髪が隠れていない。


「おおっと、わたっ」

「大丈夫? 帰り同じだし、持とうか?」


 おまけまで満載した買い物袋は、二人手分けしてても少しばかり重そうだった。だからそう提案したんだけど、


「だめだっ!」


 子犬が吠えるような形相で拒絶された。ついでにアリューシャからもうーうー唸られた。


「ラディルにもって帰って、よくやったなってっ、あたまなでてもらうんだかんな!」


 ラディルさんに? 頭撫で……うーん、実現するかは……五分五分かな?

 わかったわかったと苦笑しながら、八重歯を見せていきり立つお子様をなだめる。

 それでもやや警戒した風な二人に、どうしたもんかと対応に困り肩をすくめた。その時。

 光の反射が目に入り、フォリアの指に数日前までは存在しなかったはずのものに気づいた。


「フォリア。その指輪はどうしたの?」

「う? ……おぉーっ! きづいたかきづいたのかきづいちゃったのかー、マ!」

「……とうとう一文字か」


 ちょっとがっくりしながら、機嫌が一回転半したお嬢さんに対応する。

 おもちゃとまでは言えないけど、あんまり上質そうにみえない指輪をえらくご機嫌に見せびらかしてくるフォリア。なんでもラディルさんに買ってもらったらしい。

 なるほどなるほど。それで左手の薬指にね。

 え、アリューシャも? ああ、そっちは能力の抑止とかのだったね。んで、そっちも左手の薬指? ああこら、二人とも睨み合わないの。


「アリューシャのがさきにもらった」

「フォリアのは、えらんでかってくれたんだぞ」


 ダメだ聞いてない。

……しかし、はて。んー、何だろ。

 何かその部位と指輪の組み合わせは、何か意味というか曰わくが有ったような気が。内容は……思い出せないんだけど……んんー、なんだっけ?

 奥歯に物が挟まった感じは残留するが、しかし、いきり立つお子様二人、なだめる方を優先させるべきだろう。

 と、言論と動機はともかく、年下とは思えない圧力で睨み合う二人の間に立つのであった。


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