エピローグ・ふぁあすと
このエピローグは、主人公・ラディル=アッシュ(ろりこん?)が、なんやかんやで巻き込まれつつもこっそり望んでいたごたごたのしょっぱい収束を淡々と拙く描写するものです。
感動、悲劇、恋愛、爽快、笑い、オチ、山場、その諸々、過度の期待はしないでください。
それと筆者として、執筆の大幅な遅れをここに謝罪しておきます。すいませんっしたああああ!
では、視力の都合上パソコンまたは携帯の画面から可能な限り離れた所から、本編をごらんください。あとがきもあります。
「久しぶり、ラディルさん」
記憶にあるそれより幾分か成長した、しかしまだまだあどけない上に間抜けな成分が垣間見える笑みを口元に浮かべた小僧が頭を下げ、頭頂に伸びるアホ毛を揺らす。
「やっぱり、なんかムチャクチャしたみたいだし。相変わらずだね、ラディルさんは」
……引っ掛かる言い方だな。
人が声を出せんのをいいことに、地味に使い古された外套の端を握り、口元なんかを固めながらも続ける。
「おれ、強くなったよ」
……限度って知ってるか?
もし知らないなら何を優先してでも学べ異能力者。頼むから。
「シスターやアリス、村のみんなを殺した仇も……まだだけど、叩きのめしはした」
そりゃあ、よかったな?
なんか微妙な口だけどよ。慣れない事は止めといた方がいいぞ。荒事向けの性質じゃねぇくせに。
「ラディルさんは知らないだろうけど、ラディルさんと別れた遺跡でも色々あったんだよ。遺跡の最奥で寝てた女の子が異端審問部に目を付けられてさ」
……最奥で女の子ぉ? つか遺跡の最奥って、よく辿り着けたもんだな。俺は途中で転移トラップに掛かってリタイアしたのに。
しかし……遺跡の最奥でって……まさか古代人とか言わねーだろな? そりゃ審問部どころか、国や錬金術師連中を筆頭とした諸々が動く素材だぜ。アリューシャの比じゃない研究材料ってやつだよ。胸糞悪い。
「護るには、強くなるしかなかった」
それを護るって、まず発想が凄いな。
女を護る為に強くなるとか戦うとか、それぐらい笑えるマセた理由がお前らしくはある。結果として異能に到るとかイッちゃってるのはいただけないが――そういう成り行きならまあ、仕方ないのか。審問部との相性的に最悪なんだがね。
しかし、戦争を止めるとかは話が別だろう?
力を手に入れるのは仕方ないにしても、お前、オズワルテの糞爺とかと似た事になってないか?
手に入れた力に酔って、こんな事が出来るんだからもっと出来るんだって自惚れ、濁った判断で分不相応に手を伸ばして。
野郎みてぇに足元を掬われるか、身内諸ともに自滅するかくらいの道しかねぇぞ、その場合。
理想に溺れて死んだ奴なんぞ、いくらでも見てきたんだから。お前だって、
「おれは、戦争を止めるよ」
……変な所で頑固な奴だったな、そういや。
まあ、声なんぞ届いてないだろうしな。届いてたら聞いてたか疑問だが。
諦観を浮かべながら、微妙に透けた自分の腕を見て、その下のベッドで寝ている俺の体を眺める。
器具で固定された右手に、どういうわけか五本の指がきちんと綺麗に付いてる左手。潰れた内臓の安否はどうなんだろうか、如何せん感覚が無いからまるでわからん。
しかし、幽体離脱とか、マジにあったんだな。
あまりまとまった思索もできない不自由な身の上で、妙な決意をたぎらせる馬鹿の背中を見送りながら、多分一時的にだが、戦争は止まるだろう、と予感した。天災に等しい異能の力を制御し、戦略戦術に奇策を混ぜて使えば……或いはとも思える。
有能なブレインも居るようだしな。通信機越しに対話した、単調で涼しげな声を頭で浮かべ、思う。
分不相応なものを掴めるのは、手を伸ばし続けた奴だけだ。賢明に、そして時折馬鹿になれる奴だけが……
ま、それが本当に望んだものかはさて置いといて、な。
らでぃる、と二つの甘い声で呼ばれた気がした。
微睡みの中で目をこすり、ゆっくりと上体を起こした先、対照的に近い二人の子供がいる。
十代いってるかどうかという顔立ちながら、片方は傷だらけで、片方は整い過ぎてて、両方が吊り目と垂れ目に涙をためていた。
薄ぼんやりとだが確かに見える。安堵と共に、なんとなく不快になる画。だから体はそれを排除すべく、本能が動く。
「……ら、でぃ……る……ぅ」
「……っぅ」
耳膜を揺らす甘い声。右と左の指先で溜まった涙を拭う。しかし目尻を伝うソレは止まらない。それが不快だった。体はまた、不快を排除すべく勝手に動いた。
「「――っッ! ?!」」
驚愕が胸の中に伝わり、二人のソレが己の服を濡らす。
小さい、本質的な弱さを感じる二つを胸に寄せ、抱き締める。
「アリューシャ、フォリア……よかった。おまえらが無事で、生きて……ーー」
………………ーギィイヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!?
断末魔さえ霞むような絶叫が頭の中でのみ響き。
次いで、チンチクリンの側頭部と側頭部を全力で打ち付ける音が物理的に響いた。
虚を突かれ、同時に頭の中を揺らされたガキ二人はベッドと俺の真上できゅうと倒れ伏す。気絶しながらも幸せそうな笑みがこれまた腹立たしいを通り越して微笑ま……間違えた。違う、いやなんだその、誤解だ。違うんだ。忘れろ、忘れさす。
誰にともない妄言が頭の中で不規則に回る。しかし、肉体の代わりに鍛え抜いた精神力でもって、起きがけから不整脈をきたしそうな息切れを混乱共々に収めつつ、数分の間。
……とりあえず、情報を整理しよう。これは現実逃避ではない。過去の情報検証は必要なんだから。
記憶を遡り……余裕こいて人を舐め見下しくさったクソ爺の首を跳ねた後。気付けば自分の体が下にあった。意味不明な幽体離脱。それ自体は、ベッドの下から沸いてきた理解不能な変態の手によって治された。
また、逆上を誘ってるとしか思えん笑みで双頭蛇の杖を鳩尾に振り下ろしただけに見えたが、理解不能な現象は収まり、ほどなく――その変態が退室した後という、明らかに計られたタイミングで復帰できた。
肌を圧迫する例のスーツじゃなく、見覚えのある病人着。点滴の跡があるのは兎も角、どれだけ寝ていたのか。鳩尾のダメージが無いのはどういうわけか。というか折れた方は兎も角、あからさまに千切られた指が普通に、何の傷跡もなく在って動くのは……
まあ、考えても無駄と分かりきってる事はさて置き――ここでようやく、気付けなかったのか気付こうとしなかったのか。とある事実に直面してしまう。
「――ぶ、ぷぷぷ、見た? 観ましたかリアさん? ぷくく」
「視たよ観ましたよユアさん。うふふふふ」
医療器具の並んだ棚に白い内装と、城内の病室と特徴が大体一致するここ、なんぼか並べられた清潔なベッドの上に、心根が不潔な元暗部姉妹が居た。
……どうしようか起きかけで錯乱、いやなにかこう、奇抜な混乱の仕方をあきらかにみられたどうするどうふさぐどう殺す?
「ああ何でカメラとか持ってなかったかなー。希少なツンが幼女にデレたというけってーてきにこっぱずかしい現場だったというに」
どう殺そうこいつ。
「いやいや、あの光景を網膜にしかと焼き付けた私らの脳内カメラがあるじゃないかい」
「欲を云えば、みんなとも分かち合いたかったなあ」
「そこは悔やまれるなー」
そうだな。貴重な精神系の有能な能力者二人を、この手でくびらにゃならんとは。本当に悔やまれるな。
今なら手元に転がる体長一メートルちょっとの肉鈍器その一その二だって片手で振りかぶれる。ような錯覚さえしてくる殺意の赴くまま実行に移そうとした。
しかしそれより早く、にげろーひゃっほー、とか明らかに病室やら図書室やらで出していい類じゃないキンキン声で異口同音にほざきながら、何かの虫のような機敏さで退室していく双子畜生共。
「きゃああー、さでぃすてぃっくろりぺどつんでれ(最近デレました)におそわれるー!」
「いやああー、子どもならなんでもほいほいなへっぽこ(さっきデレてたよ畜生)がせまってくるのー!」
「色々と待てやンンの糞餓鬼共ォォオオオオオオゲホゲホゲハァアっ!?」
追おうとしても病み上がりで足腰に上手く力が入らず、ベッドから転げ落ち咳き込む俺には見送る事しかできなかった。畜生おぼえてやがれ。
ままならん現実と性悪に意味のない文句を連ねながら、もといたベッドに腰掛ける。どういうわけか感覚は鈍いが、走ろうなどとしなけりゃ問題は無さそうなレベル。
さて、と気分転換兼ねて思考を回そうとした時、控え目なノック音。覚えのある気配。
「入るぞ」
「帰れ」
「……! ご、ごめん」
「冗句だ馬鹿」
聞くだけで痛々しい態度から一瞬で一転、跳ね飛ばさん勢いで病室の扉が開かれる。
「病室は静かに」
「廊下まで響くような怒声をあげてた野郎に言われる筋合いは無い!」
確か、俺以上の損壊を受けていた気がしないでもない隻眼女。頑丈というかしぶといというか、スーツ姿の両脇に杖を装備しただけで、随分と元気そうである。
その事実に内心首を傾げながら、怒りにつり上がった目を見て鼻で笑う。
「いや、筋合いならあるね」
「なにぃ?」
「嘲ってください、とお前の顔と雰囲気に書かれてあるからな。ようはほんの親切心だ」
「どこの世界の親切心だ!?」
「それは……ガキの前で言うにはばかられるな」
「子供に聞かせられない親切だと!?」
それにしても、馬鹿が絶叫する中さえ涎垂らし間抜け面で寝てられるとは。図々しいガキ共め。
「無視するな!」
寂しがりか。嘆息交えながら、目尻を吊り上げてる馬鹿に視線を向ける。
まとめられてない髪が鬱陶しい。長く質の良い髪は所によって金になる。そろそろ切り時だろうか。
「解ったよ。じゃあお前に聞くが、キーリ――キルエリッヒと繋がってたらしいな」
質問じゃなく、確認。
触り心地の宜しいガキの頬を撫でながら、眼帯の無い部分を強ばらせたアスカを横目に観察する。
「途中から俺らに協力してたのはキーリの命令か? キーリと繋がりがあると口にしなかったのは、明確な漁夫の利を狙っていると悟られない為――」
「ちっ、違う! 確かにあの場に居合わせたのは命令だったが、私はお前を裏切ってなんかいない! 信じて――」
「解ってるよ、ンな事は」
あっさりと手のひら返した俺の言に、情が移ってたらしく勢い込んでた馬鹿。
ちっとからかっただけで泣きそうな感じに強ばらせてた顔をデフォルトに戻し、半笑いみたく唇を半開きにさせ、小首を傾けた。
「……は?」
「今までのが演技なら、キーリなんぞよりよっぽど恐ろしいっての」
「……え? しんじて、くれるの?」
何か妙なトラウマでもあったのか、変にガキっぽい喋り方だった。
「信じてねぇよ。ただ把握してるだけだ」
お前は騙すより騙されるタイプだ、と嘲り笑う。
恥ずかしかったか悔しかったか、アスカは赤面して体ごとそっぽを向き――噴出した。俺が。
「ぶはっ、く……くく、くっ」
「……あ、アッシュ?」
事態を把握できてないアスカが困惑して目を丸くしてるが、さてどうする。
アスカの背に一枚の紙が貼られている。それが出来る奴に、やるような奴。ちらっとだが見覚えのある筆跡と内容。間違いなく双子――多分だが、さっき廊下で擦れ違った時だろう。あんなもんを常備している段階で奴ららしい。
放っておくのも面白そうではあるが……あの糞ッタレ共には借りがある。けしかけるのも一興だろうと背中に貼られたペラ紙の存在を教える。
呆けた顔でひっぺがし、一瞥した瞬間に引きつり、怒りと羞恥で顔色を変え、痙攣するように震える事数秒。筆跡から犯人を教えてやれば殺意に満ちた咆哮をあげ、入室した時以上の勢いで退室していく。荒々しい杖着きの音が進行の早さを物語る。
因みに、ぐしゃぐしゃに丸めてその辺に棄てられた紙には、こう綴られていた。
『罵ってくだちゃい』
タイムリーな笑いの波が込み上げてきた。
オズワルテ=ツェペシュは、禁じられた力に手を出した。
女神に徒なす異端の先兵へと変容した前宰相は力の赴くままに暴走。サーガルド王族を始めとした多くの臣民を殺戮し、サーガルドという国土そのものを異端に汚染せしめた。
剣聖・ゼルノード=リヴェリーが命を賭して異端を排し、女神の光をもたらせしめなければ世界を混沌に――云々かんぬん……以下略。
「と、いう事になったよ」
一般大衆及び対外的に脚色された内容に引きつる頬を抑えられる材料が無い。
アスカが病室から消えた後、入室してきた兵士から言伝を預かり、一旦私室に寄って身なりを一応整え、訪れた……激闘の痕が――多分、錬金術で――消え失せた謁見の間。
一人相対するは、赤と紫の豪華な外套に、きちんと化粧までしてるが疲労が隠せてない面をした、サーガルド新任宰相。
その口から聞かされた経緯は何というか、死人に口無しのいい例だった。
糞爺イコール世界の敵認定が下されたのは間違いじゃないが、その元宰相の企みを事前に察知し、利用された同朋や異教徒の軍勢に挟まれながらも人知れず反抗を続けていた――て事にされた俺達第十三部隊の面々は、反逆者から一転して祭り上げられる立場になってる、とか。
「森林火災は?」
あれは俺がやったんだが。
「それも、ついでに非合法の合成獣製造と使用も君達を始末する為の暴挙で、しかも君達に罪を押し付けていた。無実の罪にもめげず挫けず、君達は頑張りましたとさ」
「……うわあ」
事実なんてもんは、勝者の都合でねじ曲げられるのが当たり前だが、よくもそこまで率先して都合良く真実をねじ曲げたもんだなおい。俺でも呆れを通り越して軽い感心さえ抱くわ。
あの爺の孫だけはあるのか。気配は兎も角、目つきなんかそっくりだしな。
「お爺様の死体を操って似たような事を企んでたラディル君が、それを言うかな?」
「さて、なんの事やら」
悪い笑みを浮かべていると自覚しながら、人間が曲がった表情を浮かべる非びんぞこ眼鏡の現宰相を見返し、肩をすくめる。超常現象で死体も消えた今となっては意味のないことだと。
「しかし、世界の敵認定の孫が、どうしてお上からお咎め無しで宰相にまで成り上がってんだか」
異端認定の段階で一族朗党縛り首、権力者だろうが王族だろうが免れない、教会の決まりだ。
それがなんで聞いた限り無罪放免で、あまつさえ上層部やら司令部やらが根こそぎ物理的に消えたとは言え、現状のトップに落ち着いてんだか。都合がよすぎる。
「ふふ、お爺様は異端審問部や教会上層部、皇国とだって深ぁい繋がりがあるのは、君だって知っているだろう?」
「ああ、それがどうし……いや、まさか」
思い付きに凍り付いたところで、とある爺そっくりな目つきのキーリが怪しく口元を歪め、さもおかしそうに笑うだけ。
「うふふふふ」
完全に敵方の東方か、中立を守る中央とでも渡りを付けていたか……そりゃ西方の重要機密とか、絶好の取引材料ではあるんだろうが……なんてリスキーな。
毟られたら終わりだろうが、搾取されないだけの国力に地力も無いってのに、大陸の上位三大国と最大宗教相手に、蝙蝠の真似事。
やるか、こいつなら……?
「どうせ放っておいても搾取されるか、そもそも王国を維持する事さえ出来ずに潰れるだけの現状だしね。なら、生き残るためにとことんやるだけさ。なんだってね」
深慮遠謀な悪あがき。成せる全てでもって生き残ろうとするのは、ひどく当たり前の事。
その手だては。
「さしあたっては?」
「英雄というのは、御輿にもってこいじゃないかな?」
そうくるよな。
でなきゃ俺らを表向きに助ける手回しなんぞする訳が無い。全く、政治家としては正しい。
「誰にする気だ。俺はごめんだし、隊長は論外だろ」
「そこは誠一くんにお願いしてるよ。君がお爺様を殺した後のひと月含め、部隊の指揮を執っていたのは殆ど彼だしね」
ひと月もの昏睡状態で、マグナの阿呆から持ち掛けられた計画も誠一に丸投げした形だし、なんか釈然としないな。
潜入工作と物資破壊。皇国の、戦争に必要な機材の破壊工作……戦争終結の後押しらしい。
実行犯がバレたらどうしようもなくエラい事になるそれをこなしたのは、表向きは反体制組織によるテロって事にされてる。尻尾を掴まれてなけりゃいいが。
「東方生まれである彼なら停戦ムードにも便乗できるしね」
本人が承諾してるなら異論は無いが、またハイリスクハイリターンだなおい。
そも終結……というより停戦の流れ自体が、両国の内部を均等にズタズタにし、誘拐した要人を返してほしくばー、とか強引なもんだし、その反動で反対派もさぞかし強靭な根を育んでいるだろう。
剣聖をなくした異端審問部も静観する筈がない。教義で定められてる以上、奴らは決して異端を認めない。故に、異端の筆頭である異能力者が持ってきた成果を、認めるわけがない。
これだから宗教は嫌なんだ。
元々、非戦派自体が少数。戦争や殺し合いを内心で忌避する小市民は不特定多数居るだろうが、権力者や宗教には遠く及ばない。
まあ、その権力者を物理的に抑えた馬鹿のおかげで、一時的にでも停戦なんて流れにもってけたそうだがよ。
そんなのは、濁流を一時的に木材でせき止めたようなもんだと思うんだがね。決壊は免れないし、せき止めてた分の反動がまた、どうなるもんやらという感じである。
ま、外憂は置いといて。非戦派の擁護は期待できらかも知れんが、主戦派からは逆が予想される。
その主戦派は、戦争特有の旨味を啜れる上層部の権力者が大部分なだけに、重要人物拉致といった混乱がダイレクトに響いてるだろうから暫くは問題ないんだろうが。というかそれも狙うとか言ってたしな。
だが、
「流石にそろそろ、限界も近い」
爬虫類じみた目尻がしまり、目の奥にある鈍光の質が変わった。
限界……何か、相当重要な事を告げるような前ぶりだ。
「サーガルド王国騎士団第十三部隊副隊長、ラディル=アッシュ。生体兵器アリューシャ=ラトニーの破棄に並び――君を、サーガルドの騎士団から除名し、放逐する」
「……は?」
放逐、破棄とか聞いてしばし思考が乱れ、ちと前後不覚になったが、まあ、ちょっと冷静に考えてみれば当然の判断だ。
今まで、忌々しいまでに幅を効かせていた糞爺が居なくなり、それのせいでお上の最大戦力の一つが消えてなくなったんだ。普通なら率直に攻め滅ぼされている。
大陸の三大国と、王様を傀儡にするくらい国の要だった宰相を欠いた中小国じゃ話にもならんし、大規模破壊が可能な隊長がいようと、それを無力化できる審問官も居る。更に周りはお上の属国ばかり。勝ちの目は無い。
どっかの馬鹿が馬鹿らしい馬鹿をやらかして、お上と教会まとめて前後不覚にしてなけりゃ、サーガルドという領土の早い者勝ちな奪い合いが発生していた所だろうよ。
色々と混乱している今だからこそ猶予が出来ているのであり、その猶予さえ魔人という、異能力者が霞むような世界的脅威の前では消えて無くなる。
今の王国にとっちゃ争乱の種でしかないのだ、魔人という異分子、異端は。
ハナから秘匿されていた魔人はもとより、例外として飼われていた異能力者でさえ、王国の手元に置ける地盤でなくなったんだから。尚更。
「……隊長はどういう扱いになってる?」
「死んだよ」
……じゃあ、俺の真横で寝こけてた間抜け面はどういう事なんだ。
「表向きにだよ」
やれやれと肩を竦めるキーリは説明だか釈明だか、色々と曖昧な話を続ける。
異端であるアリューシャとフォリアを王国に置いておく事はできない。なら、勝手に居なくなったか、死んでしまった事にしておくのがベターだ、と。
「……アリューシャごと始末するのがベストじゃないのか?」
試しも兼ねて探りの眼差しを向けるも、目つきの悪い現宰相閣下は紅の指された口元の笑みを消しただけ。
「公私を分けず、僕は彼女たちが恐ろしい。それはきっと、僕だけじゃない」
そりゃあ、サーガルドを纏めて呑み込んだりグロテスクが出来上がったり、百戦錬磨の剣聖が生け贄(表向き)になる最大の要因になった訳だしなあ。隊長に関しちゃ言わずもがなだし。
現象だけでも直に見れば、そりゃあそうなるだろうよ。
誰もが忌避する、世界の敵。
「ラディル君は怖くないのかい?」
「今更、保護者がガキにビビってどーする」
軽く言ってやれば、相対する雌狐の頬が何故か弛んだ。
……なんだその、予測してました的な生暖かい目は。
「やっぱりね。結局、彼女たちが大切なんだ、君は」
「……保護者がガキを気にするのは当たり前だ」
「ふ。まあ下手に可能かどうかわからないのに彼女達を始末しようとして殺されたくないし、君を慕う十三部隊の騎士たちに子供たち、あの少年一派を敵に回すのもごめんだ。胸は痛むが、穏便に退席願いたいな?」
「保身だらけだな」
とても蝙蝠外交を目論んでる宰相とは思えんね。
「臆病者は政に向いているのさ。で、アリューシャちゃんを連れて出て行ってくれるかい?」
言われんでも自由の身になりゃ出て行くつもりだったさ。
答えて二、三気になる問いかけをした後、謁見の間を出ようと踵を返した時。
「ラディル君」
「あ?」
「僕らは友達だよね?」
「……放逐しようって身分が、よく言えたな」
皮肉と、素直な感心が入り混じった声が出る。
――君がお爺様を殺したって、僕の態度が変わる事はないと思う。
以前吐かれた言葉通りの涼しい顔を横目で確認し、嘆息をひとつ。
友達……そうなんのかね。あいこというか、どっちもどっちというか。まあ、
「そうなんじゃねぇか? まだまだお互いに利用価値はあるだろうしな、宰相閣下?」
ひねた同意をしてやれば、安堵したような笑みが浮いた。
「手元には置けないが、君の暗殺技能は要所要所で有用だ。出来れば――」
「そりゃ却下だ」
……権力者の考える事。利用できるものは利用する。
暗殺技能云々という所で、依頼形式で何か任す気だなと悟り、肩をすくめながら拒絶を示す。
「例えば、スヴェアだが」
「彼は戦死したよ」
「知ってる。水を注すな」
俺の部屋に誠一が報告書を残していた。
丁度、俺らが地下水道をさ迷ってた頃だろうか、帝国軍先遣部隊の奇襲に遭い、他三名と戦死したらしい。がまあ……それは今、関係ない。
「奴は魚肉が嫌いだが、別に食えなかったわけじゃない。餓死するよりは魚肉を選ぶ、その程度の好き嫌いだった」
いざとなれば、必要とならば躊躇わないが、率先してやりたい訳じゃない。やった後には後味が悪い。食えるじゃねぇかと言われた時のチョビ髭の弁明。
それと似たようなもの、と肩をすくめる。
「――実は俺、殺しが好きじゃないんだ」
「副長?!」
空を我が物顔で飛び交う害鳥が喧しい夕暮れ時の、朱が窓から射す王城の廊下。
対面から声をかけて来たのは、隊服の上から真新しい軽鎧を纏う誠一だった。
「なんだ。なんかあったのか?」
慌ただしい空気に滲んだ汗と薄い血の臭いからそう聞いたんだが、誠一は首を横に振る。
「いえ、今帰投した所です。副長は? というかもう歩いていいんですか?」
「ああ、ひと月寝たきりだろうと体調管理はされてたらしいし、元々落ちるような筋肉も体力もさして無いからな」
昏睡とかにゃ割と慣れてるしな。悲しい事に。
「ちとダルいだけだ……てか、もう副長じゃねぇぞ。第八部隊新任隊長ドノ」
「……御存知でしたか」
御存知だよ。最新情報が欠けてたお前の報告書以外にも、情報屋から色々裏をとったんだ。
あの日、オズワルテの害爺に殺されてたとかいう八部隊の新任隊長に抜擢されたらしいな。キャリーと一緒くたに隊長格とか。
「なんか奢れや、出世頭」
「……いやあの、給料とかはその……キャリーに握られてまして」
尻に叱れるヘタレめ。と視線を逸らす誠一に侮蔑の視線を向けた。
頭の隊長と副長が抜けて、部隊の半数以上が死亡した現状じゃ、十三隊解散は避けられん成り行きだった。残った人員は放逐か、適当にばらけて騎士団に配属されるだろうが……歓迎されるかは難しいだろう。
個々の天運と人柄……に期待できやしねぇ。まあそれはしゃあない。元々が爪弾き者集団だしな。しぶとさに期待する。害虫的な。
第九部隊に入ったというミソラ辺りは普通に心配だが、放っといても同部隊隊長に抜擢されたキャリー辺りが目をかけるだろう。人見知り矯正の良い機会でもある。
「しかし、本当に忘れてたな」
「は?」
唐突な話題の転換は、副長から預かった部隊をどうのこうの言い始めた真面目が鬱陶しかったからではない。多分。
「リリアだよ」
ついさっき、どういうわけか訓練兵の真似事をしていた孤児の顔を思い返す。
名を呼び、目を合わせた時。透明な眼が徐々にというには早く、瞬くというには遅く、嫌悪とも憤怒とも憎悪とも殺意とも違う未知の濁りに染まった。
少なくとも、友好的とは逆の感情が、困惑を混じえて浮いた不可思議な顔だった。
『――どちらさま、ですか?』
酷く刺々しい台詞をリピートした所で、俺が何を言いたいか思い至ったらしく顔を強ばらせた誠一に、続ける。
「あいつ、俺の事を忘れてるのな」
何故かその場に来た眼帯馬鹿――アスカには懐いてたが、どうにもあの襲撃時の記憶はあるらしい。
忘れりゃいい事を忘れてないとは、ままならんね。
「……副長」
「ま、死んでねぇし五体満足だし、後遺症か精神的なもんか、それとも超常現象かは知らんが、多少記憶に欠損があるだけで。よかったと思うべきかね」
「そういう顔じゃないですよ」
ここで重要なのは俺じゃないだろうが、ボケ。と嘆息を一つ。
それでいいのかと愚直な視線がちらつくが、放逐される身でどうしろと言うのか。
それよりアスカから聞いたが、あいつの身元はお前とキャリーが引き受けたらしいな?
お前らこそ責任重大だぜ。あいつなんか、復讐心に目が曇ってるみてぇだし。アスカにも頼んだが……修正は容易じゃねぇだろな。怨念は理性でどうこうならん。
「……ま、それはそれとして。誠一、ほれ」
へらへら笑いながら、キーリから渡された手切れ金だか退職金だか支度金だかのごく一部を手渡す。他の馬鹿なら普通に嬉々として猫糞するんだろうが、糞真面目で律儀な誠一ならば問題は無い。
しかし突然だったからか、その十代で通用する顔立ちが怪訝な表情を刻む。
「何ですかコレ?」
「それでなんか、美味いもんでもリリアに食わしてやってくれや。今度、なんか奢ってやると約束しちまったからな」
ま、覚えちゃいねぇんだろうが。守れる約束は守りたいからな。
「やぅ、ふくちょー」
自室で荷物の厳選をしてると、閉めていた扉が勢い良く開かれ、ポピュラーなそれからはいじられた挨拶らしきものがかけられる。
夜の中でもそれなりの明るさを維持できる城内の電光の恩恵に預かり視点を向ければ、病室で見た紫のカーディガンに赤のミニスカという私服姿、髪を降ろし片手を上げて陽気に笑む双子の片割れが見えた。
その姿に、思わず笑みが零れるのはやむないだろう。現場目撃者証拠隠滅的な意味で。
扉を閉め、何故か備え付けの鍵も後ろ手に施錠する双子の片割れにそこはかとない危機感を覚えつつも、口を開く。
「自分から死地に赴くとは、殊勝な心掛けだな」
「言わないよ」
妙な、何故か汗腺を刺激する声。
証拠隠滅の出鼻を挫かれたと自覚する。しかし妙だ、なんだこの威圧感は。視線でも表情でも殺意でもなく――ただ、異様な迫力がある。張り詰めていっぱいいっぱいな風船を見ているような。
「あんなん見せられて、言えるわけがない」
手狭な部屋で、荷を色々詰めていたが立ち上がり相対した所、距離は二歩程。十分に対応はできる距離だったが、想定以上に無駄なく距離を消された。至近。
見下ろせば、大体が何故かしわくちゃにされていた私服の中で無事だった薄手のコートの上から巻いた愛用のマフラーが掴まれていた。
何か悪態を口に出す事も迎撃を行うことも、不可視のナニカに阻害されたように間に合わず、神経を刺激するような寒気を伴う眼差しが俺を見上げ。
「ああ――我慢も抑制も、できるわけがない」
「なっ」
マフラーが勢い良く引っ張られ、体重が前に傾く。前倒れ――体格の関係から自分の方に顔を倒させた双子――多分リア――の頭を押さえようと手を伸ばすが、力では勝てず手首を片手でひねられる。
息がかかる程の至近が、瞬く間に零に。
息が熱く、歯ががちと打ち鳴らされた。歯と歯で。
飛び退こうにもひねられた腕が如何ともし難く、頭を捻ってこれ以上の粘膜接触を避ける他なかった。
「――ッ!? 何をするかっ!」
「……初心なねんねじゃあるまいに、キスくらいでガタガタ言ってんじゃねぇよ」
「だからそれはどちらかといえば男側が言う台詞! つぅか手ぇ離せ!?」
口元を若干痛そうに押さえ、頬全体を艶っぽく紅潮させつつも振り解こうとするこちらの手首を制圧する握力は緩められない。どころかもう片方の手まで封殺された。
動揺してる間に脚が払われ、押し倒される。絨毯の類も撤収済みの為、緩衝材もない堅い石床に背中から叩き付けられ、息が詰まった。
腕力で完全に負けているのは周知の事実、暗部出身者とはいえガキの腕力に組み伏せられた終いな現実に今更ながら絶望を覚える。
「てめ、何のつもりだ!」
「ナニのつもりだ」
本気の声だった。というか息が荒い。
体の上に跨りもぞもぞと擦り付ける柔い体を意識しないようにしながら、勝ってる体格を生かしどうにかひっくり返そうと試みてはいるが、身を結んでいない。
「ってベルトに手ぇかけるな服をはだけさせるな! 本気で洒落にならん?!」
「洒落で済ますつもりはない……しばらく逢えないんだから、今の内に既成事実を……んんっ」
何だその飛躍した論理はー?!
喚こうにも強引に唇で口を塞がれ、むがーとかくぐもったものしか出せない。
やばいやばいやばいやばいどうするどうするどうすりゃ……
堂々巡りな混乱に目の先が暗くなりかけた時、ドアノブを捻る音が室内に木霊する――って歯茎を舐め回すな唾液を吸うな粘着質な音をたてるなそしてちっとは第三者の気配にひるみやがれエエエエエェ!!
しかし程なく気付く。この部屋、さっき施錠されてなかった、っけ?
悪夢じみた寒気が背筋を這い、認識していた情報の再認を脳が拒むが、現実は変わらない。がちゃがちゃと入室を拒む鍵の存在が、ガキが出していい類のソレじゃない音に混じり場に満ちる。
思考が停止する。詰みか、諦めるわけにはいかないとアイデンティティと馴染みの薄いモラルが絶叫してるが、最早どうする事も……って、ガチャリ?
「――はっはー、甘いぜ副長? なにを秘密にしてるか知らんが、この錬金術師バリー様に掛かればこの程度の施錠……な、ど……」
ありがとう、無断侵入者。今この時程、お前の考えなしの馬鹿に感謝した事は無い。
流石に解錠して入ってくる馬鹿に動揺したか、体の制圧が甘くなり、怯んだ舌先に逆に舌を絡めた。
「んうっ!? ふ、ゃ、ぁ?」
露骨に震え力を抜かした隙にマウントから脱出。生還。
髪を肌に張り付かせ、どこか惚けたように耳まで朱に染め痙攣するリアに、間抜け面で片手を上げたまま硬直するハゲの順に視点を向けながら、他者のものが交ざった唾液を喉に流し、上がった体温を誤魔化し紛れ、立ち上がる。
「……バリー」
「……はい」
「死ぬなよ?」
脱兎。ただでさえ悪い顔色更に悪くしたハゲは、痙攣しながら引きつった笑い声をあげ始めたリアから逃げ出した。
ゆったりとした動きで衣服の乱れを直して立ち上がると、地獄から鳴り響く亡者の鐘とやらがこんな感じじゃなかろうかという哄笑をあげるリア。最初の行動というか一連のオッサン的暴挙といい、真剣に正気を疑うべきやもしれん。
「……ラディル」
「何だ」
何で名前? 怪訝には思ったが、それ以前に不思議を通り越した所業の前に、森の中で木をどうこう言うもんだと切り捨てる辺り、俺は俺で混乱を引き摺っているのやもしれん。
指の関節を鳴らし、殺人者の眼光でハゲを追おうとするリアは一度だけ俺に振り返り、一言。
「あきらめないから」
餓えた魔物が獲物を前にしたような気迫だった。
リアの行動はまあ、アレだ。そういう事なんだろうなあ、とは解る。
だが、ガキ相手にどうしろと云うのだ。
通りかかった十三隊の元・隊舎の前でボロクズにされた挙げ句に縛られて虫の息な醜いハゲに冥福でも祈れば良いのか。お前の死は無駄にしないぜ? とでも。
色々と複雑な感情を押し込め合掌した所で、虫の息を見た通りすがりの似非野生児が声変わり前の声でけたたましい悲鳴をあげるのであった。
騒ぎになるのを嫌ってさっさと離脱すると、副長オオオと涙声で叫ばれた。俺はいつまで副長呼ばわりされるのか。
その時の騒ぎを頭から追いだそうと、深い深い溜め息を一つ。
体外に出た息は白く、欠けた月と寒い夜空の下、闇に溶けて消えた。
城下町を一望できる城の屋上は高所であるが故に、冷える。
しかし十三隊の大半が、バカとなんとかは高所好き理論の正しさを裏付けるかの如く好んでたむろしていた場所でもある。
死体も発見されてない大半。多くの騎士や兵、軍人など。国によって呼び名は変われど、消耗品扱いに大差は無い。消耗品故に、墓なんぞも大概は無い。
だから――まあ結局は、自己満足なのかね。最後に屋上で酒を嗜むのは。
居たら居たで困らすが、居なけりゃ居ないで物足りない……ったく。最後の最後まで、傍迷惑な奴らだ。
独り言と酒を飲み干し、城壁に掛けていた体重を脚に、立ち上がる。酒瓶とグラスを城壁の上に置く。
「……らでぃる?」
肌寒いのか、赤いマフラーと白い毛糸帽子の隙間に見える、病的に白い肌を上気させた顔。
アリューシャが、上目で俺を覗き込んできていた。
全体的に、部隊の生き残り連中から買い与えられた物。白桃色のふわふわしたデザイン重視だが、厚着。寒くはあろう筈もないのだが、何故こいつは引っ付いてくるのか。鬱陶しい。
「ところで、リーよ」
「……ありゅーしゃ」
幾分か発音はマシになったが、未だ長ったらしい名前の略称を認めない。頬を膨らませ、そっぽを向く。
何だそのこだわりは。たかが四文字に一体どんな執着があるというのだ。ガキの考えはわからん。
まあいい、今更だ。それより。
「アリューシャ。お前、俺との繋がりはまだあるのか」
「……ある、よ」
瞼を震わせながら首肯した。精神面での超常的な繋がり。俺の経験、記憶、内面の共有。
やむを得ない非常時でなければ許容できない超常現象。そして今は急を要さない。
俺の内面は俺のモノだ。それを掠め盗るな。
「アリューシャ。さすがに解ってるだろ、前も言ったぞ」
「…………」
押し黙り、薄い唇を噛み締め、俯くその表情は言うまでもなく暗い。
俺の内面を見ているなら、解る筈だ。それ自体が俺の気分を害してるという事を。
しかし、あったものを棄てるというのは。それも成長の糧になっているそれを断つというのは苦痛だろうよ。見ればわかる。
だからといって意見を変えるつもりは無いが。
「アリューシャ」
「…………つながり、きえても……」
名を呼ぶと、俯いていた顔が上がり、揺れる水面に映された月のような眼が俺を見据える。
「……ありゅーしゃと、いっしょ? いてくれ、る?」
……どいつもこいつも。何度も何度も似たり寄ったりな事を口にして問いやがる。
俺はそんなに信用ないかね? ガキなんてもんは、簡単に疑心暗鬼に陥ると解っちゃいるが、いい加減キレてイイような気さえする。っても泣かれるのも心情に反するというか、面倒。
結論。やっぱガキなんて嫌いだ。
嘆息を一つ。大仰に震えるガキを見下ろし、なんか色々面倒くさくなる。
ひと月ぶりの起床から色々動いた。私物をまとめて処分したり、面倒でしょうがない湿っぽい――風にはならんかったが――別れを交わしたり、ガキ共が相変わらずにガキ畜生だし。今も厚着してる癖に強張った顔で痙攣したみたく震えてるガキが居るし。
ああ、本当に鬱陶しい。と嘆息を三度。コートの内ポケットに入れた物を取り出し、惰性につき適当に口走る。
「解りきった事を一々聞くな。いーからこれはめてさっさと付いて来いやクソガキ」
放り投げられたそれは、放物線を描いてボリュームのある帽子に当たり、中途半端に溶けた雪が残る屋上の床に転がった。
まばたきしながら首を傾げ、少女趣味な手袋でそれを拾い上げると、再度首を傾げるアリューシャ。
「……ゆび、わ?」
己の瞳と同じ色の指輪を眺めながら、どこか惚けたような呟きが零される。
「魔人の力を抑制できる品、だとよ」
多分、爺がアリューシャに対して行った実験で、色々と被害が出なかった要因の一つだろう。
――勝者へのご褒美なのだ――
腹立たしいメッセージと機能説明が蚯蚓めいた筆跡で書かれた紙が二枚と金色の指輪。
何故か俺のベッドの下から出て来た。当たり前だが、指輪なんて高級装飾品に心当たりなどあろうはずもない。最初はなんだこの異物はと怪訝に思った。
そして読み進めた文面からしてほぼ間違いなく、あの変態錬金術師の残したブツだろう。それだけで途方もなく不安になるが、妙な仕掛けは見あたらん。指のサイズに合わせて伸縮する機能はレアだが、試しにハゲ(の亡骸)とかにはめてみても何もならんかったし。
そして合流したガキ二人と慎ましくも喧しい夕食を済ました後、ちっと一喝したり作業の邪魔だと口にしただけで素直に従うガキ二人の様子に首を傾げつつも再開した荷造りの最中、来訪した宰相閣下から不用だから、と廃棄物処理の要領で受け取った魔人の解析・研究資料(翻訳済)。
作業終了後に流し読んだ結果、解剖だの薬物投与だのという不愉快なくだりを抜けた後あたり。抑制作用の幾何学文字と魔力付与に神力の融和がどうたらこうたら、の意味不明なくだりにあった抑制器具の外観に関する記述と、例の指輪の特徴が概ね一致していた。
機能の説明を読む限り、それを付けてりゃ俺の情報が流れる事は無いだろう。総合して付けるべきと判断した。
「……いい、の?」
「何がだ?」
「……ありゅーしゃ、めんどう、だよ……?」
「知ってる」
「……きらい、じゃ……ない、の……?」
「それがどうした」
弱気を通り越してイヤに卑屈な言い方に、ああ、何か透けて見えてきたな。
ひと月ぶりに起きてみれば、どうもガキ二人のひっつき方が控え目だったのは……フォリアは兎も角、アリューシャの方は何か、陰口でも叩かれてたせいかね。
一般の兵に魔人云々の詳細は伝わってなくとも、憶測くらいは流れる。不自然な厚着をした、寝込んでいた俺にべったりな見慣れないガキ。
俺ら十三隊が、同じ特徴のガキを連れて逃げた事からも繋がりやすいだろう。前宰相の狂乱に何か関係がある、とか。
憶測だが、多分……ま、どっちにしろ出ていく身としちゃ、もう関係ないな。
後は新宰相が上手くやるだろ。出来なきゃ潰れるだけ。ある程度の情報はどうせ流れる。一所に留まれる事はもう無いかも知れない。
魔人、異能力者。大なり小なり、世界の敵とはそういうもんだ。全く……なんで関わっちまったかと今更ながら思う。
ケチがつき始めたのは、フォリアを拾ってからだろうかね。ああ、本当に今更だ。今更。ああ腹立つ。誰だコイツの陰口叩いたのは。
ぐずり始めたアリューシャが抱きついてくる。未だ指輪を付けてないから繋がりは健在だろう。何を読み取ったか、ったく。
くぐもった泣き声に混じり、背後。屋上の入り口辺りの気配が残雪を踏み、足音をたてた。
「フォリア」
「……っな!?」
何で驚く。気配も消さずに覗き見とか、バレない訳がないだろ。
ま、いい。お前が馬鹿な事も今更な事だ。繋がりが消える悲しみからか、泣き止まんお子様の髪を撫でながら、背後には振り向かず。
「フォリア。お前、異能が使えなくなったんだって?」
あの隊長の姿になれない。異能が振るえない。
事情を知ったらしい誠一から、報告書にあった。
その事を酷く気にしている、と。副長の役にたてない、捨てられちゃう。とか。
「……フォリア、もうやくにたてない……つよさ、なくなった。きらいだったのに、でも、フォリアにはそれしか……らでぃる、おこってた、のにぃ……!」
ああ、全く――阿呆らしい。
吐き疲れた嘆息。報告を裏付ける脅えた気配に台詞。戦力にならないから、捨てられる。
まさか本気でそう思ってるわけじゃないだろな? ああムカつく、いい加減胃が痛くなってきた。どいつもこいつもおまえもあいつも……なんで俺の視線を気にしてる癖に誤解しやがる。
「俺は、お前らが異能力者だから、魔人だからと保護者になったわけじゃねぇんだぞ」
前方でう゛ぇぇぇえんと泣きじゃくるアリューシャ、後方で何か失言すれば即座に逃げ出しそうな気配のフォリアの間で、どうまとめたものかと頭を捻る。
半分は成り行きにしてもだ。そうなったのは俺の意思で、俺の選択で、俺の歩いてる道だ。
だから。糞爺にもイルドにも、あの糞親にだって否定させやしない。お前らにもだ。
至近で止まない泣き声と、背後でぐずり始めた気配を察知。思考が乱れる。集中できない、何の音響兵器だ。というか。
アリューシャ、フォリア。お前らは多分、もう、俺の――
思考が纏まらない。でかけた言葉が只の息になり、意味もなく霧散し――
……ッあァ゛ーもう! 質面倒くせぇなあお前らあァ!
断続的に耳に障る泣き声に、触発されたようなしゃくりの相乗で、ハゲそうな勢いのストレスに苛まれる。
糞、畜生と苛立ち紛れに頭をかきむしりつつ、天に浮く三日月を視線固定し、
「いいからお前ら俺について来いってんだよ! 今更お前らがいねぇと、寂しいだろうがっ!!」
口が裂けて顎が外れようと、二度と口にはしないだろうナニカを、勢いに任せて口走り――脳内でのみ、断末魔を何重にも重ねたような音響が木霊した。
何もかも、泣きじゃくる声も鼻をすすりぐずる音も、全て静止した空白の間。思考が凍結した空間。寒風が虚しく通り過ぎた。
熱が下がる、珍しくもない血の気が引く音。ついでに不整脈、過呼吸、矛盾する体温の急上昇。吐き気がして気が遠くなる。
ああ――硬直して潤んだ目を向けてるのと背後から駆け寄ってくるガキ二人を記憶がトぶまで殴り続ければこの受け入れ難い感情は消えるだろうか。
「――らでぃるっ、らでぃるぅ……!」
「――うぇぇえええぇ゛ぇ゛ーん!! らでぃるう、らでぃるううう! フォリアもさびしがっだよおおおおおーっ!!」
「がああああああああああっッ、離せえええええ!! 殴る! テメェらの今の記憶が無くなるまで殴り続ける! 話はそれからだ!」
喉を枯らさんばかりの魂からの咆哮も、前後からのしがみつきを剥がそうと暴れても、泣きじゃくりながらも溢れんばかりの活力を取り戻しちまったガキ二人に通用する筈もなく。ああ馬鹿やっちまったなあと嘆き悶え苦しむ他無かった。
弱みを見せたら付け込まれる……解っていた、解りきった事、だというに……!
「ふはははー! でれとやらはこんなにもイイものなのかー! なんか体あっちー! なんか今ならフォリア、でっけーのを出せる気がする!」
「やめろ! ってなんかお前発光してないか?!」
背後から抱きつかれてる角度からも解る謎の、しかしなんか見覚えがあるような気もする淡い発光。
ちィっ、これだからその場のテンションと勢いとノリで状況を打開する非常識な人種は嫌なんだよ!
ナニか、異能が使えないってのはディ・ベルゼブとの戦闘云々じゃなく、ただの精神的な問題とでも言うのか? 吊すぞ?
「……むぅ、ふぉりあ、だめ! らでぃるは、ありゅーしゃ、の!」
「テメェはテメェで何を言ってる!?」
そして得体の知れない力で発光を止めたのは良いが、何故張り合う? 基本愛玩動物的な気性の癖に。
「ふん、だい四回・ふくちょの服・どっちがにあうでショー! の勝者にくちごたえするな、チビっこ!」
「俺のタンスの服殆どひっくり返してダメにしてやがったのはやっぱしテメェらかあああああああ!!」
ごちゃ混ぜに散らかってるのに、どれだけ手間をかけたと……! そんなわけのわからん企画のために……!
「……い、いっかいとごかいはありゅーしゃのかちだもん! しょうぶはさいごにかてばいいんだって、らでぃるもいってたもん!」
「ふ、二しょうと三しょう。しょせんは負け犬の…………えと、ラディル、なんだっけ?」
「……ぷっ」
「あ、おま! 今わらったなあ!?」
「俺を挟んで諍んでんじゃねぇぞンのクソガキ共がああああああああああああ!!」
馬鹿餓鬼二人、引っ張り合いになる事でようやく束縛から抜け出した俺の咆哮を最後に、人の話を聞かぬ餓鬼共に制裁の拳骨を振り下ろす事で、ようやく辺りは静かになった。
どちらともなく、ずるずると倒れた餓鬼二人。
アリューシャの方は帽子のおかげで緩衝されたらしいが、柔な奴。フォリアと揃って目を回している。
ついでに、今の内だとアリューシャの左手から手袋を剥ぎ、いつの間にか転がっていた金色の指輪を薬指に通す。
別に指というか、体のどこかしこならば足の指だろうとイイらしいが、左手薬指が一番効果的と、信用ならん変態の蚯蚓的な文字で綴られていた。念の為。
しかし、妙な寒気がするのは何故だろうか。餓鬼二人は完全に沈黙してるというに。
一心地着いて、嘆息を一つ。餓鬼二人は適当に……今の拳骨で記憶がトんでくれてれば良いが。
まあとにかく、これからが大変だ。これからもというべきか知らんが、勝手が違う展開になる。根無し草で、コブ付き。中央の有力者をスポンサーに付けたというマグナの援助は期待できるが、それ以上に異端という火種を連れ歩くのだ。どれだけの困難か。
爺とかいう明確な脅威は存在しない。ただ漫然とした不確かな先が在るだけ――面白い。
ああ、自由……自由だ。ようやく取り戻せた。
どこへなりと行ける、制限はあるだろうが、くくっ。
何とはなしに見上げた月夜、いけ好かない束縛が消えた今、前よりも広く見える。雲の隙間から光る星の点。ああ、綺麗な空だ。
笑いが込み上げてくる。せり上がって、込み上げてきた。実感が沸いてきたという所か。
最後の最期まで、あの糞爺からは敵じゃなく、通過儀礼としか見られてなかったが……そうでなけりゃ俺はここにはいない。肥え太った慢心を突いた俺の勝ち。それが結果で、もう覆しようがない現実。俺の……
「らでぃる……うれしそう……?」
……早い復活だなアリューシャ。緩衝材のおかげか?
仰向けのまま、淡い笑みが俺を見上げ、薬指の金輪を透かすように薄い月光にかざす。細く小さい五指が影をつくる。
「……らでぃるの、なかが……わからない」
それはなによりだ。道具で抑止できるなら手っ取り早いし、信用できる。
で、お前は大丈夫なのか?
そう問えば、潤んだ瞳が揺れ動き、縋るのを押し込むように笑んだ。
「……ふあん……いつも、ここ……ちかく、に……かんじてた、のに……いまはちがうの、だいぶすごく……こわい」
それが当たり前だ。
非常識に生まれた身にそれを捨てろとまでは言わんが、抑制できるならさせてもらう。出っ張った杭は打たれるんだよ。
「……らでぃる、いっしょ……いてくれ、る?」
「しつこい。何度も同じやりとりをさせるな」
「……なら……だいじょぶ。こころ、ぼそい、けど……がんばる」
「それでいい」
か細く弱々しい左手が、ナニカを掴むように握られる。
まだ微妙に泣きそうな表情だが、強がりは人間的に大事な事。いい心掛けだ。そこは素直に誉めてやるよ、アリューシャ。
「……ありゅーしゃ、は……らでぃるの、おヨメさんだ、もん。だから……がんばる、の」
「ちがう! らでぃるはふぉりあのヨメだああああああああ!」
「……む」
感心した直後に、これかい。
唐突に飛び起きた馬鹿と、むっとした阿呆の妄言を纏めてスルー。
夜の寒風が吹き、薄手のコートじゃいい加減に寒くなってきた。
夜に紛れて、今日中には国を出るとかいう話だ。そろそろ何らかの打ち合わせが来ても可笑しかない。
喧嘩だかじゃれあいだかを始めたガキ共も含め、既に荷は纏めてある。
――今日で暫くは見納め、か。
頬をつく夜風を鼻先まであげたマフラーで防ぎながら、城壁の下を眺める。
人工建築が建ち並ぶ眺め。人の営みは所々消え、所々盛んに主張している。国家規模で見れば、広くも狭くもない中小の国。頭から王が外れるかもしれない国。サーガルド。
望む望まざるとに関わらず、長いこと根を張って居たせいかね。何か、感慨深いものがあるようなないような……くぁあ。
深くは考えず、込み上げてきた欠伸に呑まれ流される……ふ。感慨深いとかよくわからんっつーに。
肩をすくめ、うがあああとかふうぅぅぅぅとか、服を雪で濡らしながら四つん這いで威嚇し合う小動物紛いの馬鹿ガキ二匹を見下ろし、嘆息。
「……そろそろ降りるぞー」
「このチビっこをぶったおしてからだっ!」
「ふーっ、ふしゃーーーーーっ!」
……あー、ほどほどにな?
小動物同士の小競り合いを横目に、これからをあれこれ考えながら戦場を迂回。
重厚な扉が開け放たれたままの出入り口前に立ち、最後に一度だけ振り返る。
……ダブル・ノックアウト。
それ以上の説明は不要な有り様に、締め付けられるような頭痛がこみ上げてきた。
――寂しいだろうが――
……同時に何故か、一生の不覚じみた台詞がリピートされた。自分で吐いた言葉で、ゲロを呑む以上の苦痛を覚える。冗談じゃなく吐き気もしてきた。
自然に出た言葉だ。出す以前に考えていた台詞でさえない。戯れ言か、それとも……
不吉な思考を打ち切り、お互いの顎をいい角度で抉り合って目を回してるガキ二人を見下ろす。
バカをやって、嫁だどうのこうのと阿呆を言ってはいるが、先は永い。心変わりなんて成長を伴う当たり前だし、世界を視て周るというに、何時までも同じことをほざき続ける、なんて事は無いだろう。所詮はガキだ。
俺の保護を必要としなくなるのとどっちが早いか。という所でしかない。
代わりの男を見つけるのは……立場的にアレだが、目を付けるのが全くいない訳じゃねぇだろうし。アリューシャに至っては見てくれが頭抜けてる。寄ってくるので半端なのは俺が保護者の名の下にすり潰せばいい。少なくとも俺に殺されるようなのは論外。
「……いや、考え過ぎ、気の早い話か」
どう転んでも永い話になる。
短い生には終わらせない。少なくとも、俺の目が届く所は、もう。
何度となく達成できなかった思考を頭から蹴り出しながら、さしあたってはとりあえず、相討ちになった愚かなガキ二人の覚醒を促すべく、脚を振り上げ。
欠けた月が浮く夜の下、ガキ二人の気の抜ける悲鳴が響き渡るのであった。
思えば、連載開始からほぼ二年。
ようやくこぎ着けました、連載終了。先に連載していた百話手前の方よりなぜか早い本編完結。
ラディル=アッシュはロリコンですか? の本編は終了しましたが、語られざるエピソードや蛇足話、外伝的なものも後々執筆するやもですが、当作品主人公の物語、目に入った子供を殺したくない。殺されてたまるか。反骨混じりのエゴ、非力で小賢しい彼なりに我を通し抜いた物語は、ここでひとまずの終息を迎えました。
色々と、筆者自身気づかない問題点も多いでしょう当作品にお付き合い、ご愛読まことにありがとうございます。
様々なご意見いただいたタイトルですが、実のところ最初は筆者自身も適当に思い付き、途中からどぉかなー? とか思ってました。実際評判も微妙です。
しかし、今では割と気に入ってます。タイトルの問い掛け、疑問符、果たして彼はそうなのか。答えはご覧になった皆さんそれぞれの胸の中に。