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閑話に近い前夜





「お前……何だそれ」

「えへへー、すごいでしょ?」


 夕焼けに当たって赤を混ぜた飛竜の傍ら、宝物を自慢するガキみたいな笑顔で、夢見る少女じみた声音で自慢をする柏木 司。

 しかし両手でどうにか持っているのは、成人男性の三倍ほどは有る巨大な鉄塊。

 要塞とかにある固定砲台と携帯火機を足して二で割ったようなフォルムに脳裏を掠めるものはあるが……いくら何でも必要性が無いだろと却下した。

 ならあの、アンバランス極まりない鉄塊は何なんだろうね。


「最新型のDSP七二−コンドルだよ」


 DSP――試作型対竜鱗兵器の略称。


「製作錬金術師は――」

「……お前、実は城でも落としに来たのか?」


 製作者を語ろうとする女男に、頭を抱える。真実はいつだって残酷だ。

 既存の兵器が通用しない竜種を撃ち殺そうと日夜画策している某錬金術師ギルドがある。

 連射性やら運用性やら、実戦的な視点をばっさりと切り捨て、ただただひたすらに単純破壊力を追究したコンセプト。

 今し方柏木司が口にした七二というのは試作の型式で、竜殺しに至り次第試作が取れた完成品となるらしいが、未だ竜殺しには至ってないと。

 が、とかく威力ばかりを何とかの一つ覚えよろしく追究し続けた為、インチキな頑丈さを持つ竜鱗を傷つけられないまでも、堅牢な城塞とかをぶっ飛ばすのは訳ないという途方の無い破壊力を持っている。シリーズ馬鹿破壊力巨砲主義。

 それを何故に飛竜乗りであるコイツが持ってきているのか。

 しかも辛うじてだが持ち運びができるサイズのをだ。邪推の一つもしたくはなるってもんだろ。


「いやねー、他意は無いんだよ? でも遠出の度に、どこからか聞きつけてきた友達が押し付けてくるの」

「……なあおい、知ってるか? 友達ってのは選んだ方がいいらしいぞ」

「明日の状況なら使えないかな? 攻城兵器として」


 無視か。まあいいんだがよ。

 しかしお前、作戦は聞いてたろうに、わざわざ悪目立ち係に立候補とは。

 棄て札にでもなるっつーのか?


「対空砲火は本当に牽制にしかならないから、唯一で致命的なネックなのがあの隊長さん。でも、彼女さえ抑えられたら?」


 声音は相変わらずの少女的に響き、呑気さと親しみを感じさせる。

 平常のそれ、多分、日常でもそんな感じなんだろう。あまりにも自然な熟れを感じた。自然体というやつ。

 だからこそ、そこに込められた真意だけが異彩を放っていた。

……成る程。


「意図は分かるが、それは余分だ」

「でも、君が失敗した時のリカバリーにはなるよ」


…………


「ねぇ聞いて。気づいてるかもしれないけど、オズワルテ=ツェペシュは、恐らくは先史文明の何かを――魔人に関する何かを手に入れている。でなければそもそも暴走体(ディベルゼブ)は現れなかったし、暴走の危険性が高いアリューシャちゃんに対しても、あんな強硬手段をとれるわけがないの」


 まあそもそも、"あんな"実験をやらかしてあのアリューシャが暴れんハズが無いしな。

 なら、アリューシャの力を無力化する――さながら、異能力者へ対する異端審問官の優位性みたいなもんがある、と考えた方が自然だろう。或いは審問官の優位性自体がそうなのか。確率は低いが、無いわけじゃない。

 設備やアイテムの類なら破壊するなり確保するなりすりゃ、脅しには使えるか。


「それで最悪、俺がくたばった上でアリューシャが堕ちる前に、アリューシャを始末する、か?」


 そーいえば、あの変態とも似たような問答をしたな。

 仕方ないと言やあそうかもしれんが、どいつもこいつも。



「…………残念だけど、本当に残念だけど、君しかアリューシャちゃんを救えないの。だから君が負ければ……その時は」


 某外套一枚の裸女とは違う、無念と苦渋に満ちた肯定。

 ひょっとしたら、あんの雌狐の思惑の内なのかね?

 下手に頭が回る分、己の役割をわきまえている。ならば筋道は立て易い。

 俺が失敗、殺されれば暴走は免れず、殺されずとも手に堕ちればいい様に扱われる。

 そうさせん為の符丁、保険。もしかしたらまだ伏せ札もあるやもしれん。

 はあ、と嘆息を一つ。

 気苦労が絶えないのは何時もの事だが、なあ。


「ま、そん時は頼む」


 そうならんように死力は尽くすつもりだが、そんなもんで毎度毎度乗り切れるなら、世界はもっとうまく廻っている。

 リスクの分散、保険は必要だ。


「頼まれはする、けど……お願いだから、私にアリューシャちゃんの幸せを断たせないでね」


 やるべき事とそれをやりたくないと口にする。

 出来損ないな暗殺者みたいな、酷い矛盾。だが真実酷いのは大概に現実だ。

 くう、とデカい飛竜が面を近付けすりつくようなうなだれた姿に、舌打ちを一つ。

 見た目が見た目だから、女をいびってるみたいな気分になる。


「いい歳した野郎が、情けない顔してんな」

「……成長が遅い分、精神面(こっち)も緩やかなんだよ。個人差はあるみたいだけど」

「成長が?」

「……あれ、ひょっとして知らないの?」


 黄昏に照らされた蜂蜜色の髪が、不可解そうに揺れる。

……おいこらタマ公、なんか今鼻で笑わんかったか?

 睨むも、知らないもんとばかりにそっぽ向かれた。なんだこの竜。


「……で、知らない、とは?」


 話の通じぬ蜥蜴畜生から視線を転じ、人語は話せる両生類っぽいのに問う。


「あの施設で、色々投薬されたよね」


 まあ、そこらの薬漬けよりはあるんじゃないか?

 毒を初めとして、人体実験まんまな投薬も何度か。その副作用か後遺症かなんかで、腕立ての回数が二桁届かん体質になったんじゃないかと思ってはいるが。


「その投薬実験の中に、古き森人の因子適性試験というのがあってね」


 古き森人ってのは……先史文明以前には存在したとかいう亜人、エルフ種族の事。

 森に住み、魔術とかいう超常を操り、人間の十倍以上は生きるとかいう森の人。

 何だってそんな空想上じみたもんが……遺跡からの発掘品あたりかね。


「八割の被験者が拒絶反応で亡くなったらしいけど、私も君も、大した拒絶反応無く生き残れた」

「待て」


 なんだそれは。

 何、俺ってば魔人の因子云々以前に余計なもんを取り入れられてたって?

 しかもエルフのってぇと……


「注入された亜人の特性が、私たちをそれに近付けているの」

「いやだから、」

「肉体の成長が緩やかなのと、非常に筋肉と体力がつきにくいの。耳は普通だし、魔術なんかは使えないけどね」

「…………」


 まじでか。

 いや、確かに体力だの成長だのは分野外っつーか、体質だとばかり思ってたぞ。

 そういや騎士団規定で遺伝子鑑定した時も、俺だけ後で呼び出されて再検査されたが。ホルモンバランスが異常とかどうとか、ちょっと解剖させてくんないとか、お前本当に三十代かとか。

 そうか。だからどうというわけじゃないが。今更。


「ひょっとしたら、私たちが使う"何かしら"も、その因子が関係しているのかもね」


 とりわけどうとでもない話を終えるようにそれだけと締め、似たり寄ったりな境遇の女男は肩をすくめた。男がするものとは――まして年上だとかいうのとは――思えん艶がある仕草。

 そういや、エルフ種族は殆ど例外なく、男女問わず美しいだのきれいだのといった美辞麗句を並べたてられる傾向があったが……いや、やめとこう。

 これ以上は俺にまで致命的な心傷を残しそうな気がする。


「だからまあ、例え二回りくらい年下の子でも、肉体的には十年前後で釣り合――」

(やかま)しい」


 それ以上口にするな。尋常じゃない災厄が俺に降りかかってきそうな気がする。

 無言の訴えは通じ、ぶぁっさんぶぁっさんと辺りに集っていた烏共が追い立てられたように飛び立つ下、わずかに引きつる微笑がその口を閉じた。

……なんで飛竜まで後ずさる。









 ところは変わらず時移ろい、変な飛竜と変態の姿は無い、北風が木陰を揺らす夜半。

 人が来なかった訳では無いし、昼仕留めたとかいうかっっったいと小さい(つ)が三つ入る熊肉をかじりながらやることもこなしていたが、流石にこの明るさは物書きには向かない。

 行軍から二度程壊され、ハゲに直させた眼鏡を下ろす。

 特に隠そうとはしてない気配がした。


「話、って、何だよ」


 意味はないかもしれんがこっそりと呼び出したスレンダーな眼帯女アスカが、妙に区切りを入れて問うてくる。

 襲い来る熊だの猿だのといった魔物をさんざ軽装近接戦で返り討ちにしたとかいう半人外は、返り血に汚れたスーツを女性陣に剥かれ、素肌の露出がそこかしこにある薄い紫色の寝間着姿。

 着痩せする体質に、薄地のそれは肌寒いのか――てか罰ゲームじゃないのかコレ――目に見えて華奢な体躯を震わせている。

 僅かに欠けた月から零れる燐光は、露出した柔肌を照らし、当人にその気があろうと無かろうと妖しく染め。

 とりあえず、思ったのは。


「お前、風邪ひくぞ」


……心配してやったのに眉をしかめるとは何様だ。


「……問題ない。あのエロハゲ錬金術師が防寒コートを張ったとかで、少しだけ肌寒い程度だ」

「ならいいが」


 無駄なところで一切の妥協を棄てる馬鹿ハゲ錬金術師は、なんやかんやで部隊の男性陣からは慕われている。女性陣からは逆だが。


「それより、何の用なんだ。わざわざ……ふたりきり、っ、なんて」


 声は尻切れ視線は斜め下、頬はそこらの果実並みに赤い。

 何を勘違いしてるのか。

 ツッコミを入れようにも、まあ見張りのローテに融通効かせてるし、ネタにされんのもアレだしさっさと済ますべきか。


「ちょっとしたアンケートだ」

「アンケート?」

「ああ、お前はアレ――柏木 司をどう思う」

「……はあ? どう思うって……やたら女っぽいなあとか?」


 万人が抱く外見的特徴をあげろと誰がいった。

 つぅか察しろ、本当に鈍い女だ。


「内面だよ。いやまあこれはいいや」


 共感の類を持たれていたらどうかねとは思ってたが、コイツには差ほど重要じゃなさそうだし。

 なんだよそれ、と不満を露わにする馬鹿だが、


「アスカ、野郎が俺の死角で少しでも怪しい素振りをしたら即殺せ」


 俺の命令口調にかその内容にか、凍り付いたみたく固まった。

 再起動は早かったのは暗部畑出身の面目躍如か。手遅れ臭いけどな。


「…………裏切るかも、って?」

「念の為だ。彼奴は、俺と同じ施設だからな」


 顔見知りではないにせよ、かつて身内だった。境遇も似ている。

 所作に共通するものがあり、また認めたくないが……見捨てられん対象が、似通っていた。

 だからこそ、野郎には出来うる限りの警戒を向けにゃならん。


「……解らない。何を根拠にしてるんだ? 感性で言ってるように聞こえるが」

「経験則だ。あの施設出身、まして俺と共通点多い奴なんざ、余計に信用できねぇ」


 野郎は見た目こそ女性的というか美少女的だが、変態だ。それは断言できる。独特の臭いが露骨にするし。

 だが、どこまで本当なのか……助け合いと騙し合いが日常茶飯事だったあの施設で生き残っているからこそ、わからん。


「慎重というよりビビりみたいだ。それ」


 言葉ほどにはそう思ってないだろう響きは、疑心暗鬼じゃないかという懸念か。

 どうだろうな……流れに乗せられてる感が凄いからな、ちょっと神経質な気があるのか知らん。


「政治家ってもんは、ビビりなくらいが丁度いいんだよ」

「誰が政治家だ」


 冗談に苦笑を返す姿から、どうにも落ち着いたらしいが、そも何故に……いやまあいいや。


「ところで、お前が結構強い事はわかるが、」


 魔物を銃無しでサシの近接(ガチ)で倒せる時点で相当なもんだ。しかも中型の熊類ときたら、銃持ちでも殺される事が間々あるってのに。

 それ位のやり手ときたら、サーガルドの騎士連中全体を見回しても――隊長は別にして――十人いくか解らんね。

 仲間内からすれば、誠一とキャリーくらいじゃねーだろうか。

 双子とかは微妙だな。

 まあそんくらいのやり手なら、


「審問部の剣聖と遭遇した時は任せても」

「無理だ」


 即答か。


「無理か。んじゃ小銃に双子付けて足止めに専念した場合は」

「全滅覚悟で三分持てばいい方だな」


 卑屈だな。俺に負け越してるからって。

 まあ、相性が悪いからとは云え、隊長を叩きのめすような化け物だしな。

 身体能力的には人間越えてないらしいんだけど、後ろから飛んできた銃弾斬るとか木刀で低級竜堕とすとか、余計化け物だよな。うん。遭遇したら逃げの一手だな。


「んじゃあやっぱり攪乱要員か……なんならその恰好でやってみるか?」

「ふざけろ!」


 二の腕部分の、何故か露出している素肌を手で隠す。

 いや、ハゲの事だし、どーせ他にも無駄に高性能な機能がありそうだし、野郎を引っ掛けられそうな感じがするし。

 悪くないとは思うんだが。


「……じっ、じろじろ視るなこのスケベ!」


 しかしこのウブっぷりじゃ無理かね。と肩をすくめ。


「良いもんに目が向くのは男の習性だ」

「開き直るな! 大体良いもんって、こんな……火傷女なんか……」


……あー、なんかまた面倒なスイッチ入りやがった。

 やっぱりアレか、火傷とかって気になるもんなのかね。女だしな。その寝間着なら箇所も見えんのに。

 措置が遅れりゃ情報が定着がどうだので、人体錬成でも治療は難しいとかで治せんのだろうし、気にしてんのかね。やっぱ。


「あー、そんな気にすんなよ。お前みたいなのは俺の身近にちょこちょこ居たぞ」

「……ウソ吐け」

「いや本当だって。実験で全身の皮膚がただれちまった奴とか、投薬の副作用で婆さんまで老化させられた奴とか、そいつらに顔を切り刻まれた奴とか」


 思い返してみてもキッツイ体験だよな。

 当時は……そんなに気にするゆとりも無かったか。


「っ……何だよ、ソレ」

「俺の異母妹たちだよ。そういやそんなんなった時は、凄ぇ勢いで泣いてたな」


 もう死んじまったけど。


「…………お前がいう、施設、の?」


 あんまり云うべきじゃないかも知れんが、大丈夫そうなのには意味も無く知ってもらいたいという心持ちもあるからな。

 そういう、名前も付けられず、ただ死んじまっただけの同郷の――ガキどもの事を。


「…………慰めのつもりか。私だけがそんなんじゃない。マシな方だと」

「事実だしな。ついでに言っとくが、こういう話には事欠かねぇぞ」

「…………馬鹿」


 キツい視線が伏せられる。

 大体、そんな気にするもんでもないだろうに。とは思うんだがね。

 確かに所々焼けてただれてる箇所があるが、それ以外は標準以上に整ってる。出るとこも出てる。でなきゃその恰好が有効なんじゃないかとは冗談でも言わん。

 考え、煩悶するような沈黙が流れた。

 やおら形の良い胸元に手が置かれ、相対する眼帯女の面が上がる。

 浮かんだ表情は、月明かりに良くはえるもの。


「……まあ、私よりもあの審問官を醜女という奴だからな。お前は」

「見る目があるんだよ」

「……自分で言うなよ、馬鹿」


 馬鹿に馬鹿呼ばわりされるのは納得いかんしイラっとくるが……ま、邪気の無い笑顔に免じて、報復はゴタゴタが済んだ後に回してやろう。


「なあ……ら……」


 なあら?

 眉をしかめて何が言いたいと視線に込めるも、視線は合わせず前髪で隠され、寝間着の裾を痙攣しながら握り締め、繰り返す。


「ら、らっ、らららら、でぃ、らでぃ、らっ、ーら……」


……いや、さすがに心配にもなってくるんだが、大丈夫か? 言語機能でも何かにやられたか?


「――――っ、ラディル=アッシュッ!!」

「なんだよ」


 勢いよく面が上げられ、肩に伸ばしかけた腕に柔い髪が当たる。

 何故か上気した肌、香るのは汗と女っぽい成分。

 唐突な、アッシュの所に強いアクセントを込めたフルネーム呼びは何を意味するのか。

 あいにくと馬鹿の考える事はわからん。


「今からお前をアッシュと呼ぶ!」

 続けて出た言葉はやっぱり意味不明なもので、


「……なんでやねん」


 随分前に旅していた頃に同行してた、ベーオウォルフとかいう、変態的なまでに武器の扱い手慣れた辺境出身能力者の口癖が出た。

 頭を抱え、草木に埋もれ唸るキノコになった馬鹿を嘲るように、どこか遠くで獣が鳴いた。

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