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ドロドロしたものを胸に

 岩肌は抉られ、無数のつぶてと粉塵が広域に巻かれた。

 さながら、ゴーレムの鉄槌が如く……人間が直撃していたら挽き肉が出来上がる事がどうあっても避けられんだろう一撃。

 それは意図的に外されたのか無意識な回避が間に合ったのが、ただ地盤だけを抉り――大砲の爆発じみた衝撃を辺りに撒き散らした、「だけ」。

 数瞬か、それとも秒単位か飛んでいた意識で考えるまでもなく、明らかに手を抜かれてる。

 まあ人間に向ける云々以前に、今のでも十二分にオーバーキルだが。銃弾とか防ぐ騎士鎧が紙切れになる威力。

 まあオーバーキル云々以前に、こんな辺鄙な反乱部隊に差し向けられる奴じゃない事は覆しようがない真実なんだが、本当に何で居るんだろ。マジ何で存在()るんだろ。

 適当に審問官(テンテキ)とでも潰し合って共倒れになればいいのにと心底から思う。

 しかし現実は残酷なものとどこかの誰かが言った。

 共倒れなんぞ馬鹿のやる事で間違いなく、どこにでもいる手を回す連中は、どいつもこいつもがそういう致命的ミスだけは出さんようにしている。そうそうかち合わんように牽制し合っているんだ、裏で。


「……は」


 したたか打ち付けたあちこちの痛みを堪えやけくそ気味に一笑し、逆さまになっていた下半身と上半身を入れ替え立ち上がる。

 右腕がぎこちないのはダメージとして兎も角、やや身体バランスが妙な事に内心で首を傾げつつ、対処不可能な怪物を改めて見た。

 距離は離れている。てかさっきの衝撃で離された。大体、大股歩きで十五程。野郎なら一呼吸以下で詰められる。さしたる気休めすら無い距離。

 寒風が吹き、ほこりか何かが地盤を叩く静謐の中、鼓膜に優しくない乾いた銃声。

 誠一かキャリーか、どっちかが野郎に発砲したらしい。

 血が冷える。

 無駄どころか逆効果にしかなりえない愚行。

 こちらから見て背後、後ろから見てもアレな格好した野郎の頭が、わずかに揺れた。命中。着弾。

 普通なら、脳髄を散らすだけ。生命が一つ無くなるだけ。

 しかし普通ならざる怪物は、"その程度"でくたばってくれないから怪物なのだ。

 僅かばかり頭が揺れ――皮膚に弾かれた鉛が、からんからんと空々しく岩盤の残りを跳ねる。

 非常識だ。貫通せず衝撃も通さない。

 しかしふとした違和感がある。

 なぜにそんな野郎の脇腹辺りから派手に噴血してるんだろーか?

 有り得なさ過ぎて、とっさに認識できなかっ……っ。


「――っつぅぅ……」


 ーーづ、っ頭痛ぇ……

 なんだこれ、例の禁断症状でも、目眩がしそうな危機感とも別な……体勢的に上下逆になってたのは流石に関係ないだろうし……


「ーがァぁっははははははははははは」

「喧しい!」


 更に見苦しく血を噴き出しつつも高笑う馬鹿にナイフ投擲。

 きっちり刃を向けて放ったそれは、きちんと野郎の後頭部に命中はしたものの、岩にでも叩きつけられたような音を立て、たかが頭皮に弾かれる。


「はぁははハハハハ! おもしれー、どうなってんだお前さんン!?」


 唇の両端に血を垂らし、それ以上に胸の――心臓のやや下あたりから見慣れた刃の柄を生やし、その隙間からも出血しながら振り向き浮かべるは、喜悦に歪んだ野獣の面。

 どことなく、いつぞやの隊長に似た面構えに、気配。

 インチキじみた気配は、竜やら達人やらが纏う独特の匂い。上位者の証。踏み入れれば存在を食われる不可侵の領域。

 致命傷を負おうと揺るがぬ、固有法則の主。


「……ああ、刺してたのか俺」


 冗談抜きに今気付き、納得。

 バランスがおかしかったのは、知らん内に使った武器が――それも唯一の切り札を――使ったから。頭痛は、そのとっさに無意識で全神経を酷使したからか。


「……んん、しかし妙なもんを使うじゃねぇか。刺突にゃ使えない上に、材質も只の鉄」


 半ばからへし折れた刀が、野郎から引き抜かれる。野郎自身の手で。

 蓋が抜かれ血が噴き出て、蓋になっていた刀は血塗れ。

 出血多量という致死状態を気にした風も無く、爪楊枝を扱うような平坦さで、己の血で塗れた刀を弄くる。


「どんな手品を使いやがったよ」

「種をくっちゃべる手品師は三流以下だ」


 即死でこそないが、致命傷な筈。

 だのに何で普通に喋れるのか、納得がいかん。

 しかし、まさか銃弾を皮膚で弾くような人外にも普通に通るとは、ちとビックリだ先史文明の遺物(オモチャ)

 ――それだけに悔やまれる。

 鞘に仕込んだ切り札は、一度使えば何時間かの冷却期間がいる。

 この状況下じゃあ使用不可能と同義。

 唯一と言って良い打倒手段が、末魔を断つに至らなかった。


「かっかっか、やっぱアレの息子じゃねぇか。無意識の反射で人を殺しかけるなんぞと、そっくりだぜ」


 受け入れ難い符号点ばかりをあげる……つか、それでなんで親子云々になる。勘か? 野獣辺りに該当する類の勘なのか?

 血が滴る顎髭を指先で撫でつつニヤニヤと気色悪く笑んだまま、野郎は続ける。


「しかしさて、もう驚異は感じん。という事はネタ切れか、俺を殺す手段は」


 竜鱗レベルのイカれた頑丈さをどうこうできるもんを、そうポンポン持ってる訳ねーだろが。

……とかいう常識的な見方とは違うっぽい判断基準だな。


「わかってんならさっさと帰れ。もう害意が無ぇのはこっちだって分かってんだ」

「確かに、今のお前をどうこうするのは正味、面白みに欠ける」


 やはりか。さっきの即死攻撃はとどのつまり、興味を誘った未知に対する接触手段。

 興をそそったのは、雰囲気――テメェ自身を殺せるような、かつて感じた脅威。

 それが無くなったが故の発言……なんて傍迷惑だ。

 死ね。頼むから何かの間違いで出血多量か感染症辺りで死んでくれ。

 願いだか呪いだかの甲斐があるはずもなく、視覚からは伺えないグラサン越しの視線が動き、隊長程の体格ではないが、貧弱とは程遠い肉体が豪快に笑う。

 つーかあれ? なんか出血もう止まってね?


「かっかっか、怯えんなよ。たかが引っかかれたくらいで目くじらたてる嫌なオジサンじゃないぜ?」


 憂さ晴らし云々で難癖付けてきたがな。

 とか口にして"引っかいて"殺し損ねた落としどころを要求されちゃたまらんので、ガタガタ震えながら腰砕けた誠一とキャリーを眺めつつ、黙る。

……っていやいや、異能力者の気に当てられちゃ駄目だろお前ら。

 対処法は隊長で学んでるだろうに。気にするだけ無駄だって。

 連中はちょっとした気紛れとか気の迷いとかでどうしようもないレベルの破壊活動するんだからよ。


「そーいや、噂のお嬢ちゃんはどした? なんかそれっぽいのがいねーが」


 噂になるようなら終いだと思うんだがな。


「それ素直に言ったら、引っかいたのは気にしないでやるぜ?」


 脅迫か。

 別に惜しいレベルじゃない上、居合わせたかもしれんコイツが何故に知らないんだという類の情報だが……

 答えねば、喰い殺す。

 肌をちりつかせ心臓を軋ませる気配が告げる。裏返せば、言えば助かる。

 コイツが言葉を違える事は――多分無いとは思うが、さて、と迷う数瞬。


「……アリューシャちゃんなら、さらわれたっ。此処にはいない」

「っ、せーくん!?」


 重圧に耐えられなかったらしい誠一が零し、感情主義であるキャリーが失望とも驚愕ともとれぬ声をあげた。

……そっちか。確かに考える限りそれ程重要とは思えん情報だし、仕方ないが……


「浚われた……誰にだ?」


 まあ当然そーくるよな。

 流石に犯人が誰かまで言う必要は無ぇし、そもそもこいつらは知らねぇ。漏洩の心配は――


「そ……れは…………」


 ってあたかも言って良いのか伺うようにこっち見んなバカ野郎!


「ああ、なんだ。隠すとタメにならんぜー?」


 ほらなんか知ってる風な空気になってるじゃねえか! ああくそ、こいつにまでしゃしゃり出てこられたら余計読み辛くなる……!


「いや、犯人までは知らん」

「……一人か二人消さにゃ、話す気にはならんか」


……やべ。気配がより剣呑になった。

 脅しか……くそ、どうなる? どうでる?

 ここらで欠員を出すのは致命的に過ぎるが……っ。

 ダメだ。公にしたデメリットもシャレにならん。幸いに、隊長よりはマシな理性がありそうな……ああクソ、タダの勘なのがなあ!


「いや、本当だ。特定できんか――」

「時間稼ぎは、逆効果。理解できてない訳じゃないだろうに」


……気付くよな、そりゃ。襲撃に気付いた他の連中がここを――こいつを囲み始めてるのは。

 だが無駄。いや、逆効果か。

 時間が経てば耐えきれず、先走る奴も出る。

 せめて低級竜位は一撃で殺せる武装が無いと話にならず、というか有っても分が悪いしそんな武装は神器かオーパーツ位しかない。

 無い物ねだりだよ畜生。


「話す気は無ぇのか?」

「有る無しでなく、提供する情報自体が無ぇつってんだろが」


 最後通告じみた響きに、言いがかりをつけるチンピラかという睨みを付けて返す。

 背を伝う冷や汗が止まらないのは御愛嬌。せめて表情には出てないと信じたい。

 その体勢のまま、距離を詰めるでも離すでもなく、言葉無しに睨み合う事しばし。


「……ま、いーや。大して知りたいもんでも無いし」

「じゃあ何でこの場に居る」


 健在な岩場の向こうで鈍器とか生物とかが転がる音は双方無視。

 しかし肝の小さい奴らだ。わからんでもないが。


「世間話の一環だよぉ。お前さんに興味を持ったってのもあるが」


 持たんでいい。そういうのは隊長だけで……いや隊長含めてうんざりだ。

 馴れ馴れしく距離を詰め、ぱんぱんと親し気に肩を叩く異能力者。

 距離を詰めるその間は、やはり空間転移じみて目測不可能な一足飛びだった。

 本当にそれだけに見える態度は、天然かそうでないのか。


「俺を殺しかける奴なんてかーなーりレアなんだからよ、顔合わせときたいってのが人情じゃね?」

「人情の意味を履き違えてんのは結構だが、馴れ馴れしく近寄るな肩を組むな暑っ苦しい汚れる」


 身体スペックが冗談抜きで天地の開きがあるから、口でしか対抗できん現状。

 隊長への対応じゃあるまいし。

 いや……そうか、この空気やら語りのリズムやら変人ぶりやら、似てるのか。


「しっかしお前さん、分かんねーな。どっちに味方すんだ?」


 唐突に、声が潜められた。

 間近でそうする意図は聞き取らせないため……だがなんのために? つーかなんだどっちって。


「――浚った隊長か、浚われたお嬢ちゃんか?」


…………本当に隊長似だな。てか知ってんじゃねぇか明らかに。

 野蛮な獣。だが、本能レベルでしたたか、か。


「ま、別にどっちでも――どう選ぼうが、良いんだがよ」


 そのニュアンスの違いと、言い直された言葉の温度差。それが意味することは……


「俺がどう動こうと大勢に影響は無いって?」


 帝国の最大戦力に問うも、殴りたくなる顔で大仰に肩をすくめ。


「さぁーなー? あんたは俺じゃないしなー」


 適当な返事。無意味に手を広げながら離れる姿はまんま、酔っ払いにも似ている。

……劇場でも観ている空気なんだろうか、行った奴のが少ない筈だが。まあ今が後退するチャンスはチャンスだが、下手に刺激する方が危ない。

 呑気な空気、気圧されているだろう奴らも、結果的には正解と言えるだろう。


 ――結局、身のある対話もなく、災害との偶発的遭遇に等しいそれは「やべ、もうこんな時間かよ?」という間抜けな遅刻野郎まんまな発言を残したオッサンが、「あ、これ返すわ」と軽い調子で自身の心臓を貫きかけた――てかよく思い直してみればギリギリ掠ってる角度だったような――血濡れ刀を俺に手渡し、出現と同じように消えたことにより、なんらとした意味もなく終わった。

 薬ではなく、毒にもなってない――かは微妙か。新手の精神攻撃?

 跡には間抜けな空気と、夢で片付けるには致命的に過ぎるクレーター、持ち場を放り出して集合した面々に、後少しで一人分の致死量だろう血の跡が残る。

 そこから部隊を纏めて移動し、再び会議の場を設けるのに結構な時間を費やした。

 ひょんな事で妙ちきりんな同盟を結ぶ(ハメ)になった飛竜使いにそこらの意見を伺ったところ、「まあ酔狂な方だからね」。

 あーわかるわかる。隊長も独断行動というか無断暴走というかそういう、俺の胃を憎悪してるとしか思えん事ばかりするし。

 以前、単独で国境超えて衛宮の長男と喧嘩してきた時の事は今でも鮮明に思い出せる。

 国境近辺の山を三つ程クレーターに変え、皇国の侵攻作戦を中止というか白紙に変えた異能力者決戦。

 それを発端として、積み重なり際限なく増殖を続ける始末書。療養中の分際で八つ当たりに励む諸悪の根源。

 ちょっとしたトラウマだ。主に強制同伴させた誠一の。

 そして俺は物理的に首を切られるかと覚悟したものだ。


 閑話休題(それはともかく)



 所変わって密林の中、俄かに騒がしい昼下がりの野営場。

 そう遠くない場で響く銃声は、散発的な襲撃者――帰ってきた森の熊さん辺りだろう。熊だーとかいう単語が聞こえたし。

 まあそれはさしたる問題じゃないので、トントンと平たい石台に配置した白紙をペン先でつつく。

 当面はこっち、なんだが。


「しかし、いいの?」

「何だ」

「首輪外しちゃって」


 数分前まで、自分の首に巻かれていた鋼糸で血が出ない程度に裂けた跡を撫でる、柏木 司。

 自分から掲示した、いつでも殺せる権限。

 それを材料に同盟を組んだイカレの身としては当然の疑問か。少女的な面を疑問に染めている。

……わからんでもないがな。と嘆息を一つ、荒れた羽ペンの羽毛が揺れる。


「そこまでしてガキを――」

「アリューシャちゃん」

「……ガキを助けた、」

「アリューシャちゃん。きちんと名前で呼ぶの」


 何でテメェが矯正してくんだよと毒づきたかったが、見つめる視線があまりに強く、無駄に淀み無かったため、素直に応じておく事に。

 たく。


「……そこまでやる労力を割くのもアレだっつー前提があるが、初見のアリューシャを命まで預けて助けたいっつー方向の、混じりっ気無いイカレを持ってるだろお前。それを把握しちまった以上、そういうのは無意味だ」


 常人じゃ理解できん程に深く浅く、ピンポイントにおかしな執着を変な方に向けている人種がいる。

 俗称で奇人やら変態やら狂人やらという属性の持ち主は、多くがその奇怪な人種だ。

 その方向性を把握し、上手い事やれば。利用し合える共犯者になりうる。

 要はそういう事。


「鋼糸に引きずられる間柄を見て、やや腐臭漂う姉御方からの熱視線に耐えられなかったからー、とかじゃなくー?」


 どやかましいわ腐れ童女。

 わざわざ寝袋からニヤニヤと性根がひん曲がった笑みを見せるな。

 視るも珍しい隣の妹を見習え、もう高鼾じゃねえか。


「フシュー? って何、副長」

「お前は知らんで良い」


 同じく隣の汚い寝袋から頭を出す似非野生児に妥当な返事を返すと、うんうんと無意味に深く肯定する柏木 司。

 テントの薄い布を挟んだ近場で獣の断末魔が響き渡り、びくとお子様が――というかミソラが震える。


「ま、わたしは可愛いアリューシャちゃんが可愛いく在れるようにしたいだけ。利害は元から一致してるんだよ」


 独自理論も大概にしてもらいたいね。

 手の届く位置に寝ころんできたミソラの頭を無意識に叩いたりしつつ、慈愛に満ちて非常に腹立だしく微笑む可愛いもの信者を睨んだ。

 動じるような奴でもなく、おどけて肩をすくめ。


「それで、誰々で往くの?」


 温厚に弛んでいた目が怜悧に細められる。

 温い笑み既に無く、茶々は終わりと、言外に告げられる真顔。

 ようやくかい。


「……俺を除いて四人」


 奇襲は少数で、かつ迅速に。暗殺はより確実に。

 誠一とキャリーは部隊任すのに回せん。ハゲにチョビ髭も足止めに有用。

 その上で内で選ぶなら双子(リアとユア)は確定として、後はリィダとアスカあたりか。

 四人の内野郎が一人だが、あのアシのスペースでこぼさずに、となると。

 構想を、状況を並行して想定しつつ、白紙に筆を走らせる。

 作戦の概容の走り書き。


「往けるか」


 確認の言葉に、共犯者は笑う。緩いのではない、他者への信頼が見える――同類とは考え難い笑み。


「余裕だね。うちのタマちゃんは凄いんだよ?」


 ならその凄いタマちゃんとやらで王城を砲撃でもして欲しいもんだが……無理だろうなあ。

 隊長に迎撃されて即死だし、城という拠点なら対空砲火ぐらい充実してる。牽制されてる内に隊長が来て、終わるだろう。

 リスクの割に稼げる時間も大した事ないし、まあ普通に却下だな。

 何も国そのものに喧嘩ふっかけてる訳じゃない。

 頭を潰せば済む。

 考えを所々口にしながら、別の所で動かしていた羽ペンの筆圧が上がる。

 なら飛竜(アシ)は移動用と割り切って使い……気付かれん内に、とはなんぼなんでも不可能だろうが迎撃されるより早く内部へ潜入し、首を刈るのが理想か。


「成算は低いよ」

「だな」


 気付かれて包囲されたらアウトだし、その上異端審問部の剣聖まで着てるというし、その情報を(もたら)した隊長も懸念にあげられる。最後は懐柔できれば……できるか? これまた博打になる。

 そして最大の問題点。この王城への――爺のホームグラウンドヘノ奇襲自体が、高確率で見抜かれてるだろう事。

 向こうは、長年俺を顎でこき使ってきた妖怪爺だ。

 余程の不足の事態がない限り、確実に見透かされてるだろう。ガキごと行方を眩ませられたら半分終わる。それはないだろうとは思うが。あっちが有利な上――あの糞爺の心境的に。

 まあジリ貧よりはマシというか、真綿で首を絞められたものの悪あがき的な特攻というか。下策もいいとこなのには変えようがないってのがまた泣ける。


「でも、もう退路は無いよ」

「実はお前の相方(タマちゃん)を気張らせれば逃亡はできるかもしれんがな」

「アリューシャちゃんを見捨てちゃダメ!」


 結局テメェはそういう。

 間抜けた台詞とは裏腹に、梃子でも動かんという意志があるのがまた厄介。

……まあ別に、あいつとの取引もあるしな。現状で此処を――少なくとも目に見えて判るように離れちゃ、それは反故になる。あの変態仮面が何をするか解らんし。

 部隊の連中的には、何人かアリューシャにビビり入ってたっつーし、率直に弾薬もヤバい。何より逃げ場が無い。

 纏めるとやはり、早期決戦しか活路は無い。どっちにしろ血塗れだろうけどよ。

 成功したとして後の始末は……さて、ギリギリというかアウトというか。

 完全に余所任せという有り様が……んでこれ以外、まともな方策が無いんだよな、これが。


 ――まあ何がどうあろうと、あの糞爺だけは絶対に殺すつもりだが。


 アリューシャから渡された記憶の中にある、掃き溜めの記録。

 日のあたらない、暗い場所、人以外を見る目、伸ばされた手を縛り付け、助けを乞う言葉以下の鳴き声を足蹴にする連中に、静かになったガキを尻目に、おかまいなく指示を出す糞爺。オズワルテ=ツェペシュ。

 延々延々延々と、そういう光景が数年分。

 長い。長すぎる。

 吐き気がするもんで、最初から最後までどす黒く染まりきった記憶。


 オズワルテ=ツェペシュ。お前は、俺の、俺達の道を阻むか。


 回想して、爺の皺面を、仇敵の嘲笑を思い浮かべて。

 ぎしりと歯茎が鳴り、我知らず度を超えた筆圧に、羽ペンの先がへし折れた。

 気配に、とりわけ悪意に敏感なミソラが寝袋ごと転がり後ずさるが、それはまあ関係ない。

 腹が立つ。気に入らない。畜生。

 何度抱いたかわからん感情の奥で、よりドロドロと濁ったものが脈動し、ゆっくりと身体を犯されるような不快感。


……いかんな。自分で思い、立ち上がる。

 手を伸ばせば直ぐに当たる天蓋の中、訝る視線複数に頭冷やしてくると応え、狭苦しいテントの外に。

 やはりまだ、調子がおかしいのか。

 胃の奥がイライラする。目の前がちりちりする。平常じゃない。一歩一歩に微細な歪みがある。

 そのまま若葉を蹴散らし乱暴に歩いてはみても、暗念に陥った気分が晴れる事はない。晴れるとも考えてない。晴らすには……漫然とだが思いいたるところはある。

 認め難いが。

 何とも言い難い不快感の中、紛らわしに頭を掻く。頭皮が爪先でまくれ、毛髪が指と指の間に挟まり、僅かばかり抜ける。

 ――まだ、ガキ共に引っ張られてたちっと前のが――


「……どうかしてる」


 脳内言語に訳すにも不快過ぎると吐き捨て、止める。

 緑生い茂る密林の中、肉を焼く匂いと騒ぎ立てる音が充満する空間に背を向け、嘆息を一つ。


 ――すべては明日だ。
















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