そして大事な所ははぶかれる
「で、副長は迷っているわけだな」
「はあ?」
なにいってんだお前。怪訝を隠さず胡乱に眺めるも、当たり前だがそれで何が変わるわけでもない。
俺はただ、びびりまくっているだろう飛竜の上から、びびるに足る要因に腕一本でぶら下げられてるだけである。
「いや違うか」
あっさり前言を撤回しつつ、ザ・自由人は意味不明な唸りを一つはさむ。
ついでに柏木 司に羽交い締めされたアリューシャが、何故か一際大きく唸りをあげた。
おかしい。何がおかしいかというと何もかもが一つも残さず、余すところなくおかしい。
今更過ぎるし、しょうもない。しかし根本的な悲観が滲み出る。
「躊躇いはしないがイヤなのだな。貴様からすれば肉斬骨断、苦渋苦肉もいいところか」
「唐突に何を言い始めるかてめぇは」
「なぁに、好き好んで幼女を放り投げるロリコンはおるまいや、というわけだ」
「……誰がロリコンだ」
比喩表現ですらない率直な中傷だな。三十四点。と毒づくのは明らかにデッドラインな気がして、代わりに溜め息を吐く。
流石に、前置きもなく放り投げられたかない。
「未だ投下してないのがその証拠」
「解った風な口を」
「しかして、いたいけな幼女とはいえ意思を無視するのはいただけんなあ」
いや聞けよ。
唯我独尊を地で往く物体は聞く耳持たず。
何様だ、頭が高い。隊長はそうふてぶてしく笑う。
人を持ち上げてエラそうに口舌垂れるテメェが何様だ頭が高ぇと言いたかったが。
「なら一つ、貴様が強制する命令ではなく、己が二択をくれてやろうぞ」
しかし何か、頭ん中ダイレクトに響く激烈に厭な予感のせいで、迂闊な発言はできなかった。しかし無視できるような発言でもなく。
「待て。何をするつもりだ」
無駄な足掻きと理解しつつも言わずにはいられなかった。
「なに、テメェを慕う幼女をテメェごと死地へ投入しようとかいう愚者への咎とも、"主"と己をほったらかした鉄槌にも相成ろうよ。うむうむ一石三鳥」
ついでに云うと手遅れな気がしてならんが、極寒に腰ミノ一枚で凍えるような思考の中、それでも非常識な現実は悪意的なまでの律儀さで動き続ける。
俺の頭蓋を鷲掴みにしたまま、隊長が腕を振り上げた。さながら持ち上げられた断頭台がごとく。
掴み手の握力が増大し、厭な音の頻度が減り、質が酷くなった。間隔をおいて打つべき銅鑼二十八世を必死こいて連打しているような。
予感は確信に代わりつつある中、コレだけは聞くべきと判断し、最期……もとい最後に口を開く。
「――テメェは今、誰に付いてる」
獲物目前の火竜じみた獰猛な笑みが、僅かばかり見下ろす目線で見えた気がした。
「――云うまでもない」
まあそうだろうな。
納得の刹那、落下開始。
アリューシャの絶叫を背景に。視点を落下方向に向ければ、この世のモノとは思えんし思いたくもない、気色悪く蠢き続けるディ・ベルゼブの異形が迫る。
空気抵抗の中の細目でも解る威圧感。ものが違う存在感。いっそ世界感すら違うだろうスケール。
俺という矮小な存在そのものが嘲り笑われているような錯覚――阿呆かと一蹴。あんなんタダのグロテスクだ。と嘲り返す。
しかし死ぬ場合、アレに喰われて死ぬのか、はたまた普通に墜落して死ぬのか。
ふとしたくだらない疑問さえわく、異様な滞空時間。超高度からの放り投げ故の、物理法則の枷は、そんな猶予すらもたらした。
テメェの死に際など、それは割とどうでもいいんだが、死なないにしても……あああ畜生。
まあ要はだ、アリューシャに選択肢を与えたわけだな、あの糞野郎は。
俺に命令されたから、俺が付いていくから、という半強制でなく。
グロテスクの真上から投下された俺を助けるか、見捨てるか。
あのディ・ベルゼブを打倒するかの瀬戸際で。つか俺はどーなんだよ、という糞戯けた二択をプレゼントした訳だな。うん。あの糞野郎。
「――ころしてやる」
……んん?
なんか俺の心境が幼児の声で出たような、と真空の中で首を傾げてみると、ばたばたと視界の上の方で出来の悪いダンスを踊る白髪の隙間から、桃色の塊がこちらに落下してきているのが目に入る。
とりあえず見捨てられてはいないようだと安堵とそれ以外の感傷が浮かぶ頭の端で、更に気付く。
あれ、あいつ明らかにこっち以上の速さで降下して――ってあれ?
その相対的な位置関係の推移を先読むと、何やら鳩尾の辺りが疼き痛みだし、
「らあでいぃるぅううううううーっ!!」
「――ぐぶふッ!?」
半秒後、先読むの通りに糞ガキの頭が鳩尾に突き刺さり、息がつまっただの激痛だの以前に、暗転。
まごうことなき山場で、意識が飛んだ。
――幸いにも、意識が飛んだのは数瞬だけらしく、泣きじゃくる糞ガキと激しく痛む鳩尾のおかげで意識の復帰と現状認識は早かった。
まあ、いつの間にやら辺りを取り巻きはじめていた臓物色の触手を何とかできるハズもなく、必死こいてなんとか出来そうなガキを焚き付けるくらいしかなかった。
「なー」
以前と同じ要領で、ガキのわけわからん力で死地から脱し、自由落下は継続。
前回と似たり寄ったりなパターン。
触手の操り主も仕留められるとは思ってないんじゃないだろうか。ならばタダの牽制か、それとも隙をうかがってたのか。
「おぉーい、もしもーし」
――というか何故俺は、アレに知性など無いんじゃねぇか、という簡単な仮説に辿り着けなかったのか。何でわざわざ回り道という"正解"を辿れたのか。それに関しては俺に植えられた因子とかいう謎要素が怪しいんじゃないかと睨んでんだが。
「おーい、聞いてるのだー?」
「黙れ。今状況を整理してるんだ」
途中、何故か潰し合う異能力者二人が乱入してきて消し炭にされかけたりしたが、一応加減でもしていたのか、無数の触手が壁になって難を逃れ、それから突入――泥の代わりに無数の虫と両生類あたりが敷き詰められた沼に沈むような感触で、ディ・ベルゼブに沈んでいった。俺とアリューシャがだ。
んで何が……
『お前……小さいまんまだな、』
……んん?
『……っ。アウレカ兄さんを返せ……かえせよ!』
『だが、お前もガキ共と俺の手下共を殺した』
場所は霞がかり、聞き慣れた俺自身の声と、若いを通り越した幼いソプラノ。相対する低身長の面もまた霞がかっているが、これまた覚えがある面。だがその面からは見た事がない明確な感情がある。
総じて、不可解な対話記憶。胡蝶の夢じみた現実味のない邂逅。
ぼんやりと、数日前の夢でも思い出そうとしているような感覚。
ああ、なんかうっすら瞼に浮かぶのはあの醜悪なディ・ベルゼブの原型というか、苗床? 死んでまで死体を、或いはその精神さえも利用され束縛されていた弟。そんな風な口振りだったとうっすら記憶にある。
同情できなくはないが、それなりに縁のあったガキ共や穀潰しな部下共を惨殺された身分としてはどうかと思う感傷。
しかしあの狼面とも同じ釜飯やら屍肉やらを共に食った間柄であり、野郎があそこまで歪んじまった――かなり大きな――要因の一つであろう身分としては、やっぱり感傷くらいは赦されるんじゃないかと。ああ面倒な板挟みカナ。
頭皮を掻きむしっても指の隙間に毛髪が交ざるだけで、一つ息を吐く。
「あのー、もういいのだ?」
「喧しい」
かつて俺を兄と慕った腹違いの弟。今にして思えば、狼面じゃない昼時の面は、どことなく弱々しい印象があった。系統で云えば、丁度ミソラに近い感じ。
あの夢もどきで見たアイツは、それと同じ顔でどんな表情をしていたか。どうにも最後辺りが思いだせん。
コメカミをこねつつ、いくらひねっても今は無理そうだと断念。理由をあげるなら、まあ――ひどく、疲れているから。
あの時、何がどうあったかは定かじゃない。
俺がこうして五体満足で、あの忌々しい汚物が消え去っているにあたり、アリューシャはうまいことやったらしい事と――
「ちくしょう」
そのアリューシャが隊長に拉致られた事は、ディ・ベルゼブ掃討戦の結果として、今ここにある。
イラつく……とは微妙に違うか。裏切られたとは思っちゃいない――あのくされ隊長の言動や行動は予測できないに近いが、結果だけ見ればああまたやりやがったなあで一貫している。俺の肉体的精神的問わん損失を与えて。
それは、今回も外れていないだろう。あいつはめちゃくちゃなようでいて一貫している。
それが今回、ちょっとばかり重かっただけだ。
『己の名誉に賭けて誓おう。この小娘は頂いていくが、悪いようにはしない、と』
誓うか。あんたがそう言うからには、最大限そういう方にもってこうとするんだろうよ。
『らでぃる、いや! らでぃるらでぃるらでぃるーっ!!』
という俺の考えくらい、アリューシャ、お前には解る筈だ。
なのに何で――――お前が俺に連れ出される前と思しきイメージなんか、俺の頭ん中に送ってきた?
あれか、やっぱり。あんな暗くて狭くて痛くて痛くて苦しくて、人形になるしかない所はもういやだと。助けてくれと、俺に。
――ああ成る程。
柄にもなくキャラでもなく、この俺が。何故かその自己分析にはストンと合点がいった。いっそ吐き気がするくらい。
俺は、そぉか……へこんでんのか。
思い出せん不可解なうたかたに、二度目の弟の死に顔に、予期せぬ結果に、隊長のいつも通りの蛮行に、糞爺をはじめとした諸々の暗躍にまた面倒臭そうな真性幼児性愛者に軌道修正の困難さに予想の最下層なちんちくりんの過去の酷さに――頭ん中にこびりついて離れん、俺の名を呼ぶ声に。
「……くく」
余りの滑稽さに、わらう。喜怒哀楽のどれでもない、人間の音を喉から出て。
「……畜生が」
湿気ったら土を踏み、そこらに乱立する樹を殴りつけた。
理性を伴わない渾身の一撃は、散漫な凡打。
葉は揺れず、苔に覆われた緑色の幹は傷付かず、腹が立つ程、緑に変化はない。
幹に付けたままの拳を開き、幹に爪をたて、音をたてて抉る。人間なら喉が抉られているところ。
腕力ではなく瞬発的に絞った握力。人間の首をへし折り頸動脈を抉る業法は、獣みたいな爪痕を残した。獣以下な八つ当たりでしかないのに。
――緑――そう、緑だ。
嘆息しながら、思考を切り替える。過ぎた事を何時までもうじうじとか、柄じゃないにも程がある。
気を取り直しながら辺りを見まわす。死んだ大地とかクレーターとか内蔵色のグロテスクとかじゃあない、自然が溢れ返る密林だ。
耳を済ませば風が草葉を揺らす音、小川の流れる水の音、鳥や虫や魔物の音こそしないが――冷静な自分の声がする。
これは、壊された筈の風景だ。
「……なんだこりゃあ?」
改めて嗅覚を意識すれば、やはり緑の香り――そんな儚いもんを蹂躙する悪臭。毒の類じゃないと経験と知識は告げるが、酷い臭いで率直に咳き込む。
「げほっ、ごほ……んだこの臭い?」
「おおぅ、よーやく戻ってきたのだ」
「……誰お前」
無駄にテンションがハイな声の主を――気絶から醒めた段階から居た気がするがまあそれは置いといて――確認すると、不潔な痴女が居た。
いや痴女だから不潔という訳じゃなく、痴女でその上視覚的にも嗅覚的にも不潔という意味で。
「さんざ我が輩をシカトした挙げ句にくえすちょん連発とは。恥を知るのだ」
街中で声をかけられたなら確実に他人の振りをするだろう姿の痴女は、ガキみたいに頬を膨らませ軽い憤慨を見せる。
「いや、ボロ布だけの変質者に恥云々を云われたくないんだが」
ツッコミの通り、大体ミソラくらいの体躯を覆っているのは、異様に長いぼさぼさな髪と、重要な箇所すら隠せていない薄汚い布切れだけ。
浮浪者か――低身長に反比例するような、はちきれそうにデカい胸からしてそっち方面かとも一瞬思ったが、それならば強烈な悪臭だとか、全く手入れされてないだろう髪の冒涜物に漂うふけだとか、傷は見当たらんのにゴミ溜で生活してたと説明されたら信じる他無い汚れっぷりだとか諸々が説明つかん。
取りあえずまごうことなき不審者であることだけは確かだろう。
「何か失礼な事を考えているようなのだが、まあいいや。気分はどうなのだ」
「最悪だな」
率直に答えてやると、何故か変質者はしたり顔で、目元は長い前髪で見えんが口元がムカつく急斜を描き、けたけたと壊れた人形みたいに薄気味悪く笑う。
「図らずも世界を救った代償としては破格なのだ。まだ挽回できるのだから」
世界を救う。馬鹿みたいな言葉だが、あながち間違いでもない、秘匿情報。
「……何もんだ、テメェ」
警戒を隠す必要も余裕もない。しかし自嘲したくなるくらい硬い声だった。
笑みを張り付けたまま、変質者は靴すら履いてない素足で、そこらの幹を軽く蹴る。
そこから薄く発光、垣間見えたのは、見た事がない幾何学的な光模様。
正体不明の現象に地を蹴り、とっさに距離を開ける間、変質者は長杖をボロ布から伸びる手に取る。
なんの手品か、それは変質者の足元から伸びていた。己の影を杖底で衝く姿は、浮浪者じみた格好の癖に、不思議と迫力があった。
――蛇が装飾された杖。鈍器というより儀礼的な面ばかりが伺えるデザイン。二つの蛇が絡み合う、錬金術師のシンボルのひとつにも似た、双頭蛇の杖。
……思考が一瞬止まる。知識が――都市伝説じみた噂に近い類のそれがあったからだ。
翼の欠けた双頭蛇の杖を持つ、伝説の徘徊者の噂。
「そんなに警戒せずとも、悪意が無いことくらいわかるだろうに」
一貫した笑みは確かに悪意は無いが親しみの類もない、何がおかしいかといえば、根幹的な所が致命的なまでに歪んでいる、笑み。
「君の隊長殿の世話も何度かした事があるのだ。今回のはなかなか大したものだたがね」
「……地形修復者、だってのか」
異能力者という規格外存在が、地形を破壊することは間々ある事。数十年かそこらくらいほったらかしにすればこの大陸は焦土になるんじゃないかという程度のペースで、自然は異能力者に踏みにじられている。
なら何故そうなっていないのか。
有史に異能力者が誕生してどれだけたったかという時代。
異端審問官という抑止力を含めても説明ができないだろう。
その答えは、超常現象が起こっていたからに尽きる。
全てが該当する訳じゃないが、少なくはない割合で――破壊された地形が、完全に復元されている、という。常識を置いてけぼりにした謎現象。
細部まで――例えば近隣の村人が付けた木の傷跡とか、小屋なんかもだ。流石に死人まではその限りではないらしいが。
んでその修復される現場を見た者が居ないのも、噂・想像迷妄の入り込む隙間である。理由としては、修復される周期が完全なランダムなのと、張り込んでいても修復される前後で高鼾かかされてるからである。国や錬金術師の団体が幾度謎を解明しようとして、どれだけ失敗してきた事か。
まあ兎も角、裏側はどうか知らんが表向きはそんな風になっている。
何にせよ、デタラメにも限度があるイリュージョンを、三桁年で続けている妖怪じみた謎の存在が、地形修復者、或いは地形修復現象なわけだ。
「愚民はわたしをそう呼ぶのだ」
「それでその地形修復者が、俺に何の用だ」
「それ」
変質者が指差した先は、俺の腰辺り。より正確に当たりを付ければ、鞘に納まった刀か。
「先人の遺物とは、なかなか希有なものをもっているのだ」
「……ああ? 何のことだ?」
「すっとぼけても無駄なのだ。凡百の錬金術師ならば兎も角、ぼくの"眼"は誤魔化せねーのだ」
錬金術師の"眼"は、個人差や資質の差はあれど、真理を――物質の構成を見通す。
なら、伝説の徘徊者――不老不死とまで云われる錬金術師の"眼"は、何を見通すか。
「我が輩だのわたしだのぼくだの、お前、自分の呼び方くらい統一しとけよ」
「東部の刀を選択し、その鞘に仕込むか」
お互い、相手の話に取り合わず、テメェの話を続ける。自覚してるさ、不利くらいは。
「接触させて平均半秒間、媒介に疑似座標断層を付与する玩具。使用の際に人肌を認証させる前提と、使用すれば平均二時間程使用不可能になるという制約を考えれば。ソレの特性をよく把握しているのだ」
「…………お前、知ってるのか。機能まで」
「先史文明の、マイナーな子供の玩具なのだ。使用すれば発光するあたりとか」
どんな玩具だ。つーかそんなもんを切り札にしてる俺の身にもなれ。最近真っ二つにされた狼面とかにも。なんだ玩具って。何考えてんだ先人。
「道具など所詮は使い方次第。違うのだ? 暗殺者」
「使い方云々を言いたいならまずそのボロ布をローブあたりに錬成させろ、錬金術師」
「おや、雌の露出度は高い方が、雄としては嬉しいんじゃないのだ? のだ?」
皮肉に返された皮肉をどう曲解したか。
のだのだ言いながら微妙に挑発的に尻を突き出し見せる、露出度云々よりは半裸より酷い格好の痴女。二つセットで揺れるアレ同様、意外に女っぽいヒップ。
漂う悪臭と小汚さが総てを台無しにしているが。
「……貧相じゃないのは認めざるおえんがな、小汚い変質者を見て喜ぶ奴は希少だろ」
「おをうっ、冷静かつ冷ややかな批評批判! でもなんだか恵まれた色男成分とか枯れ果てた老獪成分とかがちらほらっ!」
ほっとけ。
「それはそれとして、暗殺者」
「暗殺者言うな」
「なら暴食真核とでも呼ぶのだ」
「……あ?」
意味が解らず困惑を漏らすと、変質者は佇まいを正し、にやつきながら長い前髪を払いのけ、猫みたいに細められた金目を見せる。そこだけが、観察者のような色を放つ。
「暴食真核。受肉的発狂作用すらある魔人の因子を宿し、適合し、あまつさえ呪詛返しのように大元から権限を奪い取った異業。いうなれば君はね、トリガーになったのだよ」
目も口も、雰囲気だけで笑っていると断言できる。だが、
「"銃"というシステムで云えば、火薬やら鉛玉やらを積める必要があり、そもそれを積めてぶっ放す為に銃という母体が必要で。さらに必要なのは――そう、それをいつどこでどのように放つかを定める安全装置、引金」
その締まりの無い笑みのどっかに、有無を云わさぬ威容があった。
話の内容からして銃身がアリューシャであり、鉛玉と火薬が魔人のチカラか、と頭の隅が何故か冷静に当てはめる。なら引金はと、
「暴食の魔人、そのチカラの矛先を定め縛り安定させる権限を持つ者――それが君なのだ。暴食真核」
――それは……なにか。
疲れ切った頭では受け入れる容量を越えていたし、普通に考えれば聞くことすら阿呆らしい、胡散臭ぇ話であり。信用に値しない不審な変質者からの戯れ言と失笑すべき内容――のハズなのに、何故かストンと納得できる妙ちくりんな感じ。何故こんなに致命的に矛盾がなくも阿呆らしい話に、こうも――それは事実だと、思っちまうのか。
アテにならん情報を鵜呑みにするなんぞとそんなのは二流にも劣るのに。
軽い混乱状態の脳から、
「……それ、凄いことなのか?」
後で自分をぶん殴りたいほど素っ頓狂で無意味ではずい台詞を口にしていた。
何故かサムズアップし、無駄に白い八重歯を見せる変質者を意味もなく蹴り倒したくなった。