出立後に出立前のごたごたを語る
帝国最強の異能力者、衛宮による地形破壊。
それで潜伏地点と推察される地中を曝し、ディ・ベルゼブを炙り出す。
言葉を失う程に暴力的で豪快な方策。不可能じゃない、というのもまたイカレ具合に拍車をかけている。
それを実行に移そうってのもだが、考えてもみればそれ以前にも月城は地形を平らにしながら軍勢を早期進軍させていた前例があるわけだし、そう不思議な豪快さでもないかもしれん。
俺も地形を崩すように隊長を誘導した事あるし、最近でも森林を放火したし。
んで更にイカレた事に、地形破壊という程度の暴力だけではアレを根絶すことは不可能という。それどころかその地形破壊という規格外れなエネルギーを"喰らい"、より活性化する可能性が高い、と。
阿呆か。なんかもう色々と阿呆かと絶叫したい。
異能力者による絶対的な破壊を糧にするというフザケタ可能性がある純度百なまごうことなき化物を、どうにかできると思われてる鬼札が、俺の膝に座るちんちくりんと。
阿呆らしい。
なんかもう、余りのデタラメに色々と頭痛がしてきた。
デタラメばかりを云うなと部隊の誰かが茶化そうとして失敗した声をあげる。
見た、と言っていた。部隊の全員が、あの山みたいなグロテスクを。
グロいの一言で纏める神経が信じられない。そう誠一に言われたが、それは民主的に纏めた意見なんだろうよ。
物怖じしないことには定評がある双子さえ含めた全員が、同じような面で俺を見ていた。
つまりは異様、もとい偉容だけでも、月城 聖の正気を疑うような情報が否定できない、化物。間近で相対――てか取り込まれかけた身としても異論がないのがな。
普段から化け物じみた隊長と接し、ある程度そっち方面に肝が鎮座している十三部隊の面々が竦み、嘔吐し、狂乱したという忌むべき異形。
そんなもんに、ガキを放り込むという。
「要は食い合いね」
月城 聖は、静かな微笑みをたたえ、反吐が出るようなことを言う。
「魔人の力の一端であるディ・ベルゼブは、結局のところ本物には勝てない」
「それで、アリューシャとガチてやらせりゃ勝ちは決まる、と」
「問題は、どうやってそこまでもっていくかね」
アリューシャを生け贄にする事を前提とした話し合い。
俺の膝の上で俺を見上げるこのガキは、それを理解しているのか。脅威を排除するために、生き残りたいがために。ゲスな事を計画をしていることを。
多分、理解しちゃいないんだろう。
赤子に教本を見せてもそれがなんだか判らんように、俺の思想を読み感じた所で、理解できるかどうかは別なんだ。
仕方ない。非常時。便利な言葉だよ、ホント。
「……らでぃるう?」
金の上目が、訝るような――心配しているとでも言い出しそうに細められている。阿呆が。半死人が、看取る奴の心配をするにゃ数日間くらいは遅いんだよ。
「はああ……」
嘆息。
ここまで聞いた、月城 聖のプラン。
異能力者の地形破壊で地中から姿を表したディ・ベルゼブに対し、予め上空で待機させたアリューシャを投下。んで後はアリューシャが上手いことやって、終了。
アバウトにもほどがある。大事な所全部ガキ任せにも。
「問題点を指摘する」
「どうぞ」
わいのわいのやっていた部隊の馬鹿共が静まる中、渦中の月城 聖が上品ぶって手のひらを翻す。
「地形を破壊して、そこに居なかったら」
「居るわ。賭けてもいい」
大自然とやらを踏みにじるだけの理由、確信はあるらしい。
「アリューシャがディ・ベルゼブに勝利する保証は」
「保護者なら、自分の子供の事くらい信じなさい」
そういうのが通るべき状況じゃないだろが。大体、出会ってひと月も経たん、よちよち歩きに毛が生えた程度の幼児の何をどお信じろってんだ。
それからも問題点を並べたててはいくが、のらりくらりとかわされるだけ。
分かっていやがるのだ。俺と同様。いや、本能か知識かの差はあるだろうが。
アリューシャを人身御供に出す以外、アレをどうこうする術がない。
戦略的撤退は論外。暴食というふざけた特性が在る以上、放置は更なる危険の肥大を招く。
抹消する他ない。それを補強する為の戦術に致命的な欠陥が存在しない以上、やるしか無いのだ。
迫り来る魔物には手元の火器で応戦するしかないように。それをより確実に命中させる戦術があるなら、使う他無い。この場合消耗するのは弾薬ではないだけで、やらなけりゃ、死ぬだけだ。
「副長。まさか賛成しないよな」
「おっ、おい!」
ちょっとしたきっかけで噴火しそうな声に視点を向けると、今まで見たことがない――基本馬鹿面――真面目な面で、俺を睨む一対の眼光と目が合う。
「まさか、んな胡散臭い情報だけでアリューシャちゃんを危険に晒したりしないよな」
ぐうの音も出ない。心情的には九割方同意したい。
それだけに、腹の底からの嘆息を止める事が出来なかった。
「……仕方ないとか言いたかないがな。なら、アレを駆除する代案があるのかよ」
「聞く限りは世界的な脅威なんだろ? 何で、そんなのに俺達が対応して、何でアリューシャちゃんに対抗させなきゃならない!」
怒号。何故、本来護るべき対象を、銃弾か爆弾代わりにしなけりゃならないのか。怒りだけが先走った無様な声。合理的じゃない、結局は無意味な叫び。
しかし、この場の大半が口にせずにいた不満であり、義憤ってやつなのかもしれない。
それに気圧されたか、それとも抗いきれない心境か、野郎を止めようと手を伸ばしていた誰かの手が力無く下ろされた。
「女の子に、そんな小さい女の子にそんな、」
「そのアリューシャが、一番対象に狙われてる」
それは確証があるわけじゃない。一見筋道通った月城 聖の情報の鵜呑みでなく、ガキがそういう風に言ってたからでも、原始的な異端排斥意識からくる大義名分でもない。それらが積み重なった、状況証拠みたいなもの。明確な否定材料が出れば覆りうるが、しかし色んな意味で無視できないもの。
「そんなので納得出来るかよ!」
野郎はかぶりを振るう。明確な拒絶。そんなのはダメだという、何がどうあろうと譲る気が無い意志を感じた。
アリューシャが不思議とでも言いたげに首を傾げる。なんかイラッときた。
「……誰も、納得しろとは言ってないだろ。ただ」
「行かすつもりだろ。それしか手が無いから、アリューシャちゃんを一番危険に曝すんだ!」
「るせえ」
アリューシャに判断を委ねるかとも考えた。しかしコイツは、知らない。世界の大きさも、人の汚さの程も、感情の機微も、そっからうまれるなにかも、何も知らない。少なくとも俺よりは知らない。
だから判断させるより、生き残る為の最善を強制させることにした。
それらを知らせる時間を稼ぐ為に、じわじわと真綿を締めるように緩やかに、子供が死に、大人にさせるために。俺の独断で。俺のエゴで。
だから、当面の脅威を。放置してたらどこまでも肥大化しそうな、薄汚い悪意を練り塊めたグロテスクを抹消すると決めた。
理屈が頭に浮かぶ。しかし口を吐いて出たのは、そのどれでもないものだった。
「るせえ。皆まで云わんでも、テメェが言いたい事なんて解ってんだよ、タコが」
「結局アンタは、理屈で決める! アリューシャちゃんの気持ちなんて二の次なんだっ!」
そーだよその通りだよ。過程に感情を挟もうと、結局理屈に塗れちまうのが俺なんだよ。必要とあらば感情なんて無視するさ。それが合理的ってもんだ。
「だから理屈で考えて、総合的に一番コイツが生き延びれるだろうルートを選んでんだろが」
「その過程で、アンナのと戦わす気の癖に! 女の子を、アリューシャちゃんをお!」
合理が通れば感情が立つか。
眦を押さえ、深々と溜め息をつき、頭を振る。視界の端でチョビ髭の無表情、誠一の静観する姿勢、口論の原因が再び首を傾げているのを認め、視点を戻す。
ある種の迫力があった。
それは野郎なりのエゴに従っているが所以か。狂気まではいってないと信じたい。楽観論。
そして、曲げるつもりの無い奴を言いくるめるには前提条件が必要だが、前提に触れちまってる以上、言いくるめるのは不可能。時間と労力の無駄。
頭を掻きながら、三度目の溜め息を吐いた。
「……さっさと来い」
「あ?」
「どうせ口じゃ納得も妥協もしねぇんだろが。ならまず、俺をねじ伏せてみろ」
人差し指を挑発的に動かし、十三隊では日常的に行われていた暴力的交渉を促す。口で無理なら、物理的に黙らせるしかない。
何故か不思議そうなモノを見るようなアリューシャの不可解な視線が注がれる中、対峙した野郎の表情が、オークの狂相と大差無いほどに歪む。
咆哮。元が変質者で十三部隊の騎士で変態でチンピラ上がりでストーカー容疑者であるが故に、その身体機能は折り紙付き。踏み込みは速く、無駄が無い。
腕立て伏せ回数がどうやっても二桁に届かぬ貧弱体質で、真っ向からの取っ組み合いに勝なう道理は存在しない。
だから、違う道理を持ってくる。
「――甘い」
「なっ、ぐぁあっ!?」
二の脚を踏むよりも速く、完全な死角から振り下ろされた長銃の底が、野郎の後頭部を打ち抜いた。
鈍い音が浸透するように、静まる、というよりは言葉もないとでも訴えるような沈寂。
そんな中。俺の合図に従ったチョビ髭が、颯爽と集団に紛れ誤魔化そうとして失敗。必然的に沈黙は破られた。
「汚っ!」
「きたなーっ!」
「うわ最悪だ」
「副長だ、あれこそ副長だ」
「まあふくちょーだしなー」
「おいこら待て、スヴェアどこ行くか」
「……離せ」
「妙なタイミングで頬赤らめんな貴族崩れのオッサンが!」
沸きあがるブーイング、羞恥心の塊故に無駄な抵抗を続けるムッツリ・ザ・チョビ髭。
やれやれ、ちっと不意打ちで小突かせたくらいで大袈裟な。大体、規則違反は銃殺もんなんだぞ。もう国狗じゃないが。
「人が人生初の飛竜騎乗に移ろうとしてる時に、要らん労力を使わそうとするからだ」
不毛なやり取りがぴたりと止まり、あがきを続けていたスヴェアまでもが、大きくはないが小さくもない驚愕を湛えた眼差しを向けてきた。視線が鉛玉ならば、俺は蜂の巣になっていたろう。
「おっ、お前も往く気なのかラディル=アッシュ?!」
一同を代表したような叫びをあげたのは、たった数日で爪弾き集団だった部隊に馴染んだ感のあるバカ女、アスカ。
「たりめーだ。保護者が付いてかねぇでどうする」
「そ……それは、そうなのか知らんが……指揮とかは?」
確かに、地形破壊が行われるのであらば、範囲外、さらに二次災害の外までの退避が必要。その手のやつは隊長で慣れてはいるが、指揮は必要だろう。
しかし、そこは必ずしも俺が必要というわけじゃない。
「誠一に任す……不都合は無いよな、月城 聖」
「そうね。ラディルが随伴すれば、アリューシャちゃんは安定する」
困惑を隠せてない隻眼から、諦めたような笑みを見せる誠一に移り、最後にアリューシャ並みの低位置にある闇色と視線を交わす。
「結果として勝率と敗率が跳ね上がる。でも、理解してる訳じゃなさそうね?」
「さてな。俺は只、成り行きで付いた肩書きの義務を果たそうってだけだ」
微笑みに笑みを向ける。
本来、笑みとは獣が牙を剥く時の面の歪みみたいに攻撃的で、威嚇的な表装だ。などという説があったな。そういえば。
「気絶させた彼、本質の一部分はラディルと同じ。どうあっても付いてくる気ね」
「あんな真性ロリコンと一緒にすんな。激しく苛つく」
「あらあら、属性まで同じなの?」
オートマに向けた腕を留めるのに、多大な労力を要した。
やっぱ同類だよなあとぼんやり声で同意を示したハゲを物理的に絞める事で多少持ち直す。
「殺されては駄目よ」
折檻の最中、改めて視線を向けた先に、笑みは消えていた。
「支える柱が在れば、確かに建物は安定する。しかしその柱を壊されれば」
倒壊だな。支えを失った建築物は、規格外な壁にでも覆われていない限り脆い。
――己は城壁なのだろうよ。思うにな――
何故だか唐突に、似たような比喩を口にしていた体長もとい隊長が脳裏にリピートされた。不快のあまり眉根をしかめ、頭から振り払う。
「気をつけなさい。それでなくとも親を亡くした子の姿を知らぬ訳じゃあないでしょう。ラディル」
悟ったような、心配するような理解しているような――あの糞親のような物言いに、顔。
「お前に言われるまでもねぇよ、月城 聖」
不快だった。この場に限り危機感とか警戒とかでなく、単純に不愉快だった。
どす黒いものが際限無く湧いて出て、原因を取り除きたい衝動に駆られそうになる程。
ただただどうしようもなく、不快だった。
「副長?」
訝しげな声に視線を向けると、小動物じみたふりふりと目が合う。いつまで着てんだソレ。
華奢な、ガキとはいえ野郎に向けるには適切と言い難い印象を与える肩が震えた。
何だ。そんな変な面でもしてんのかよ、俺。
「人殺しを通り越した殺人鬼みたいな顔してる」
そんな間違った言われ方じゃないがな、暗殺と快楽殺人は別物なんだぞ。
貴重なマジ顔した双子姉におどけて答え、なんとか色々ドス黒いモノを霧散させてみる。精神制御は得意だ。
「ラディル=アッシュ。お前、月城 聖が苦手なのか? 解らんでもないが、小さいのに」
「中身は年くってるからじゃね? こぶつきだし」
馬鹿女と双子妹 。そこに直って歯ぁ食いしばれ。
絞め落としたハゲの亡骸を足蹴にしつつ、骨を鈍く鳴らす。ハゲが濁声で鳴いた。二人が距離を取った。暗部畑らしい、見事に無駄な距離感の良さ。ったく。
「それはそれとしてアスカ」
「何だ」
「フルネームで呼ぶな」
不可解な、何を言ってるんだ的表情。
反比例するみたいに表情を消してく双子妹が気にはなったが、噛みついてくる気配は無いから当面放置。
「呼び方云々をあんまり口出しする気は無いんだが、フルネーム呼びは何かとアレだ。敵っぽい」
「……え? あー、じゃあ、ええっ?」
三呼吸分ほどの硬直の後、何故だか手を怪鳥のごとく上下に振り、一歩後退りするアスカ。赤面したまま視線はさまよい、戸惑ってるような混乱しているような様子を見せる。何だ。故障か。
双子妹も同様の判断を下したか。集団の環から故障者を引っ張りどこかに誘導している。
とりあえず女の事は女に任そうという基本方針と、今関わるなと何故か絶叫する本能に従い、見送った。
「そういうならお母さんもフルネームは止めてもらいたいなあ、ラディル」
「きちんと話訊いとけよ、月城 聖」
フルネーム呼びは友好的な相手に使わないんだよ。少なくとも俺はな。
母性とかいうよくわからんものに、どす黒い見慣れた、けれども何か微妙に異なるモンをこねくり混ぜたような笑みを復活させた月城 聖に、そう返した。
何とはなしに空を見る。
明朝からはそれなりに経過し、白と青だけが延々晒される、不愉快な晴天。
それだけはどうでもいいくらいに変化は無いのに、下界は異常で満ちている。
「アリューシャ」
虫や獣の気配ない不自然な自然の中、名を呼ぶ。突っ伏したまま放置された哀れな真性ロリコンの傍らに、いつの間にか佇み眺めていたガキの名。
「……ありがと」
黒い帽子が小さく揺れ、そこから垂らされるようにひざ下以上は長い髪糸が揺れる。
散髪すべきと訴えても、似合ってるとか、髪は女の命とか諸々のとキャリーを筆頭とした女性陣が主張したために、長さを維持された桃色の塊は、確かに見目悪くないとは思う。
「ああ?」
いつもの三点リーダーを挟み、アリューシャは唐突に礼を口にした。それを理解はしても、意味はわからない。
「……ろりこんおじちゃんは、ありゅーしゃがためにおこってくれた……んでしょ?」
「ああ、それはそうだな」
未だ名で呼ばれん真性ロリコンを多少なりとも哀れに思いつつ、頷く。
「らでぃる……みたいに。だから、ありがと……って……」
俺みたいにとかは余計だ。何か妙な迫力を感じる背中に毒づいた。
「……ありゅーしゃ、いまから……あいつけしにいくんだ、よね?」
「嫌か」
言ってから、とんでもなく阿呆な事を言っちまったと思った。先日と同じミス。それこそ、アリューシャの前で倒れ込む野郎並みな間抜けだ。案の定、アリューシャは肩を震わせた。ただでさえ小さい体躯が、余計に痛々しく思えた。
「イヤ……こわい…………でも、」
「でも?」
「……たいちょ、なら……らでぃるを、みんなを、まもる、って」
違和感と拒絶反応がもの凄まじい組み合わせだな。隊長に、まもるって。
一体どんな情報を俺から覗きやがったんだくそガキ。
「……ありゅーしゃね、きえたくないの……もっと、らでぃるといっしょがいいの……だから、しちょーにかしを」
「死中に活。と言いたいのか、まさか」
「……それ」
生き延びる為には、敢えて死地に飛び込む事も有り。という意味を持つ、東方の古い諺だ。
「しちゅーにかつ……こわい、けど……らでぃるも……いっしょ」
アリューシャが面を向ける。
病的に白い肌を僅かばかり青ざめさせ、唇を僅かばかり歪な一の字に結ぶ、無表情を装った堪え顔。
ガキが無理すんなと言いかけて、どの口が言うんだと留まり、なんとなく嘆息した。
「……らでぃるは、ありゅーしゃが……まもる」
いや。ガキにんなこと言われてもだな、とか吐きかけた軽口は、アリューシャの金瞳の――濁りに押し込められる。
「だから、たいちょより……ふぉりあより、りあよりあすかより……ありゅーしゃを……みて」
濁り。独特の威圧感というか粘着感というか、光をを反射してないような、不自然な目。
異常をきたしたかそれに準じる者の見せる眼。幼少期にも、頻度は落ちるがそれ以降にもそこそこ見覚えのある眼。
「お前、」
恐怖でおかしくなったのかとも頭を掠めたが、その辺は俺が同伴することで片付いてる言動があった。違う。なら、
「ありゅーしゃは……たいちょにも、ふぉりあにもなれる。なる……だから、」
嫉妬、か。
こいつ、隊長の……フォリアの情報を閲覧しやがったのだ。俺との関係も含めて。
そして照合したのではないか。俺とアリューシャの関係と、俺とフォリアの関係が似ている、と。
そりゃあ保護者被保護者、金魚とその糞の間柄なのだから当然だろうが、中途半端な知識と発展途上な感情を持ち合わせる幼児は、どう理解する? どう解釈する?
――例えば、一般的な家庭で二人目の赤子を産むと、それまで親の愛とかいう未知のエネルギーを一身に受けていた長子は、後から来て父母の関心を奪った弟だか妹だかを疎むケースが多々あるらしい。育児教本曰わく。
得心がいった。地位を脅かされれば、その要因を忌むのは――妬むのは、人間として当然の流れだ。
魔物やチンピラだって、テメェらの縄張りは死守しようとする。
理性理屈云々でなく、感情だの本能だのといったレベルで。
つまりはそういうことなのだ。多分。
しかし暴食の癖に嫉妬とは何事なんだ。
「あー、なんだ。そういうワケのわからん対抗意識は置いといて、仲良く」
「いや」
即答。こいつ、人が似合わんと自覚してるコトを、恥を忍んで口にしたというのに、即答で拒絶しやがった。このチビガキ。
「べっ、別にまだ出逢ったわけでもねぇんだから、そういう先入観は」
「ダメ。らでぃるのおよめさん、ありゅーしゃなの。たいちょにもふぉりあにもりりあにも、りあにもみそらにもあすかにもだめなのっ!」
なあ、どこからツッコめばいいんだ?
夕方近くになって、遠くからも鴉辺りの鳴き声がしない異様な夕暮れ近く。心境的にも途方とかいうのに暮れた。
ど畜生。
不純物が根こそぎ吹き飛ばされた茜空に、巨大な翼をはためかせ、怯えるようにも戦慄いてるようにも聞こえる声が響く。
心なしか、呼び掛ける相方の指示に背くように上昇――大穴の空いた大地に蠢く"ソレ"から少しでも遠ざかりたいような逃げ腰にも思える。てかびびってやがるな飛竜。
まあ、分かっていたこと、少なくとも容易に推察できることだが。
月城 聖から告げられ、朔に確認させた情報。竜種族の端くれである樹竜が逃げ出したという、冗談と思いたい類の事実。
それは、軍勢を蟻に近いあしらい方ができる竜種族さえ縄張りを捨て逃げ出す存在。
故に対面した――というには距離があるが――飛竜さえ、相方の誘導を受けて尚、つかいものにならなくなるのはまた道理で、摂理か。
しかしさて、最初から地形破壊に巻き込まれんよう、縦に距離をとっていたわけで。更に現在進行形で飛竜がびびって離れ続けてはいるわけだが。
十数秒と経過してもなんらアクションを起こさない異形の異様な静けさに、降下の機会をなくし、眉根を寄せた。
「……野郎。誘ってやがるのか、まさか」
遮蔽物も何もない上空と、奈落みたいな穴の空いた地上。たかがそれだけの距離、更に同類で上位のアリューシャが居るという条件で、感知されてないと考える方が不自然だ。
だのに、仕掛けてくる気配どころか、敵意、意識を向けてすらいない。
カタギには解らんだろう感覚的な問題だが、四六時中暗殺者を警戒していたこともある身だ。断言できる。
仮説は色々思いつくが、どれも推測の域を出ない。
「……衛宮様の地形破壊が予想以上に有効だったのかな」
不気味なまでの沈黙を守る異形を見下ろす中、涼しい声で意見を述べる柏木 司。しかし。
「効いてるようには見えねぇが」
ぶくりとかうじゅりとかいう気色悪い音でも形容できそうにない蠢きだけを脈打つように繰り返しているだけ。静かに邪悪に単細胞的に、ただただ大地を自然を世界を、人間には不可視のところで貪り、侵し、肥えて尚貪り続ける。醜悪極まる肉塊。派手なアクションこそおこしちゃないが、あの元気な蠢き具合に存在感からして、とても効いてるとは思えん。
「――あっちはそう思ってるかな?」
どことなく、外れない予知を下す預言者みたいな声だと思った。
あっち。それが何を指しているか。
答えは直ぐさま、阿呆らしい程の爆音でもってなされる。
馬鹿げた暴力が振り下ろされた暴音。既に死骸と化した地域(元・密林)に横たわり貪りを続ける異形に穿たれたのだろうそれは、死体に大砲をぶちまけるくらいの無駄な威力だろうよ。
がははははははー、同じく阿呆みたいな馬鹿笑いも混じっていた気がして。そう推察した。
反動。
要らん所に響いてくる物理法則。脳筋な阿呆が阿呆みたいに暴れた反動、ふざけた爆圧に飛竜が喚き、ごまかしようがないくらいに戦慄く。
例のグロテスクも含め己を片手間に抹消できる存在に、眼下で交わされるばかばかしい程の醜悪と暴力に怯えるように、飛竜は暴れ馬みたいに身を揺らした。
無理はないかもしれんが落ち着け! そう怒鳴りつけても収まる道理は無い。騎馬スキルはあっても騎竜スキルなどというレア技能、俺が持ち合わせているわけがない。というか持ち合わせがあってもどうにかできたか疑問だね。
「……っひきゃ!」
「ごっぁ?!」
驚いたアリューシャが、恐怖の伝染みたいに悲鳴をあげ、俺の胸に後頭部を撃ちつけた。一瞬呼吸が止まるくらいの威力。
――それとは別に、息が詰まるような絶対的圧迫感を感じた。
暴力的なまでの気配。なんか色んな意味で異常なグロテスクの気配でなく、より単純に存在感とか威圧感とかのレベルが異常。そして覚えのある気配。
不安定にもほどがある足場の中、慌てふためきながらも足場を御そうとする女男に、俺にしがみつく幼児に、飛竜の尻尾の付け根辺りで尻尾を引っ掴み笑う、鉄塊みたいな得物を背負う大女。
…………ん?
デタラメに移ろう視点の中に、一瞬だけ映った異物を正確に認識できず――脳が把握を拒んでいるように不自然な、しかしどこか覚えがある感覚に眉根を寄せつつ、把握しようと視覚情報を整理する。
柏木 司は何故だか目を見開き俺の真後ろに目線を固定し、アリューシャははうぅとか意味不明な溜め息を吐き出し俺にしがみつき、青筋たてた隊長は笑いながら俺を見下ろしてるし。
…………………………んん?
「はっはっ、随分と楽しそうな逃避行をしているではないか、ええ副長?」
小刻みと大揺れに暴れる視点を、凍り付いた心臓のように固定させるのは難解な作業だった。
何故だか、どういうわけだかわからんが、どう考えても滅茶苦茶に振られているように見える暴れ飛竜の尾を片手で掴み、不安定過ぎる足場で平然と立つ。
「で、」
飛び立つ前には当たり前ながら居なかった物体は、にこやかな笑顔だった。
ああなるほど。
これが、これこそがまさしく攻撃的で威嚇的で、襲いかかる直前のケダモノ的な表装と思わせる面だった。
頭の中からの警鐘は鳴らない。さっきから――多分、どっかの異能力者を視界に入れた段階でぶっ壊れている模様である。そのせいか知らんが頭と胃が痛みだす。ガキが不安そうな声をあげた気がしたが、気にとめる余裕はナノ単位でも残ってない。
「己の世話をほったらかして、幼女とよろしくやってた気分はどうかね、え、副長」
からかうような口調なのにどういうわけか、威嚇の唸りにしか聞こえんのは何故だろう。
「……あー、すぺくたくるだった、ぜ?」
言いようのない、てか言いたくもない迫力と圧力とか以前の、より原始的に力とでもいえべきそれにうっかり口にしたカラ返答をどう受け取ったか、
「では、己からも一つ提供してくれようぞ。はっはっはっ」
笑い、笑い、豪快かつ陰惨な笑いの面で、丸太とまではいかないが平均的青少年の首よりは太いかもしんない腕を伸ばす。脂肪なんて全くないんじゃないかという筋肉と、魔物以上の怪異、異能が内包された外殻だ。抗う術はない。
飛竜の尾を――先端部が痙攣してる哀れな飛竜の尾を鷲掴みにしたまま、空いた腕で俺の顔面を掴んだ。
「……で、何故隊長がここに?」
みしりみしりみしり、厭になる音が頭蓋に響く。
「おや、己が上空を闊歩できることがそんなに不思議か?」
いやそれはあんまり。
だってお前、滑空とか飛行とか鳥みたいな常識は当たり前ながらできずとも、より常識を馬鹿にした業法を――空中を走れるのは知ってるし。脚が沈むより速く脚を上げるとかいう、机の上ら辺で終わるべき、頭に空が付く理論の。
「論点はそこじゃねぇ。何だって今、お前がこの場に居るかだ」
ニヒルに笑ったような気配が、多分俺の手形よりかはデカい手のひらに覆われた視界の先でした。見えやしないが。
「ふっ、どうせ憶測くらいはついているのだろうがよ」
「はなせはなせっ、らでぃるを、はなせえっ!」
やめろクソガキ今離されたら死ぬだろが!
ヘルメットじみた帽子とゴーグルは放り棄てられ、万力で顔面を軋ませつつも、それだけが空中落下の命綱であることくらい、視点を真下にやる以前の強烈な横風で理解してんだ! だからてめぇも解れよこの阿呆!
「内外問わず、ポーズというのは重要だろう」
ぽかぽかと間抜けた音に揺らぎも対応もしない隊長は、さらりとその筋に重要な情報をこぼす。
ああそか、異端審問部の連中が来てたな。
「あのいけ好かん女は副長が潰したが、別のが来るらしくてな」
「んん、何だ。あの糞女死んでんのか?」
思い出すのは、意外に純情の気がある、暗殺者適性マイナスな馬鹿女とは似ても似つかぬ性質の審問官と、血濡れた場。
あの前後の記憶はいまいち曖昧だったから、てっきり仕留め損ねたと思っていた。唯一意識があったアスカも騙す理由は無ぇし、となると。
「何だ、貴様は自分で猛毒を盛った相手も忘れたのか」
ああ、やっぱし。逃がしはした、"だけ"か。
どうやら一矢くらいは奴自身にも報いれたらしい。その一矢は毒入りで、この隊長が口にするくらい致命的にギリギリだったらしいが。ざまみろ。
「お陰で異常事態と判断され、審問部から"剣聖"が派遣される事になった。どうしてくれる」
……どうしような。おどけて云おうもんなら頭蓋が握り潰されてもおかしかないから胸中でぼやく。
異端審問部の"剣聖"と云えば、西方の――この隊長をも追い抜かした――最強と同義であり、東方最強の――今現在醜悪にも程がある仮称ディ・ベルゼブとやり合ってるっぽい衛宮と、唯一互角に張り合えるとかいう、化け物である。
そいつが派遣される。まあ、審問部の最高位の一角が潰されりゃ当然といえるか。制限が増えたな。さて、
「おーい、己を無視して考え込むな。淋しくて寂しくて、力加減誤っちゃうゾ?」
「すんませんまじ堪忍してください私がわるうございましたから」
頭蓋骨の軋み方がやばくなる。いかん。以前頭蓋骨にヒビいれられた時と似てる。
時と場所を考えても、割と深刻な生命の危機を禁じ得ず、謝り倒した。畜生。
それはさて置きどういうことか。
未だうめき続けるちんちくりんは放置しながら、手短に現状報告せよとか抜かす隊長に逆らえる筈もなく、グロテスクと東方最強が殺し合い、やむを得ずアリューシャを投下しようとしている現状を説明してやると、
「――必殺、貧弱爆弾ンっ!」
投げられた。
どこかになど言うまでもなく、飛竜に乗っていた時とは較べるのもおこがましい風圧と風切り音、眼も開けられん中の一瞬、サムズアップした隊長が見え、
「――らでぃるうううううぅぅぅぅうーっ!?」
ガキの絶叫が、異様に耳にこびり付いた。