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隊長と体長


 出掛ける前から予兆はあった。薄暗い天候に横風が助長する独特の空気、それは的中してポツリポツリ、まばらな小雨が降り始めてきた。

 大国とは云えないが、けして弱小ではないサーガルドの寒い大地と、そこに並ぶ密度の高い石造りの建築物を濡らす。

 陰気臭いと思うのは、現在の気分というフィルター越しに観ているせいだろうか。



「ありゃ、今朝から怪しかったけど……雨が降ってきたねぇ、副長さん」

「そうですね。念の為傘を持参して助かりましたよ」


 行き着けのパン屋のおばちゃんに、適当にネコかぶった愛想笑いを浮かべ、相槌を打つ。

 それにどうしてか気を良くした風に、見慣れたおばちゃんの人の良さげな営業スマイルがさらにキレを増した。


「相変わらず用意が良いねえ、副長さん。――はい、ベア肉サンドとメロンパン二つだよ」

「どうも」


 会釈ひとつして、ブツの入った紙袋を受け取る。

 割とこのパン屋は気にいっていた。よく頼む品は運の悪い事に切れていたが、全体的にも悪くはない。

 代金は既に払ってるので、世間話もそこそこに一礼して傘を片手に差す。


「あ、副長さん」

「はい?」


 どことなく、質が変わったおばちゃんの声に振り返る。

 皺の出始めた顔は、平常のそれよかほんの僅かに強張ったものだった。


「大きな戦争が起こるのかい?」

「――機密事項です、すいません。ではまた」


 副長の仮面で対応し、まだ何か言いたげなおばちゃんに背を向け、退散する。

 公僕には、ややこしい守秘義務ってあるんだ、わりいな。

 振り返ることはせず、足早に街の表を歩く。

 昼時だが、人通りはまばら。それは珍しく雨が降っているという理由が全てでは無いだろう。


 ――戦争。

 時折、足音と雨音以外に耳に届く単語。

 情報規制はされているだろうが、それでも噂位はたつわな。無理もない。

 最近、小競り合いからの奇襲で、西域の前線砦が一つ落とされたのだ。

 皆、明日は我が身とばかりに内心不安なんです、てか。

 辛味の利いたベア肉サンドを頬張り、咀嚼。

 なんだか少し苦い気がする。


「――面倒な事にならなきゃいいがね」


 陰鬱に溜め息を吐いた。




 

 

 

 

 処及び時間替わって、赴くんならまだ豚小屋のがマシなお偉方集う、息詰まる場所にて。

 例の、機密事項――異端児の軍事転用についての話だった。


「――君の口から、伝えてくれたまえ」


 銀髪オールバックの糞爺、もとい尋常じゃなく目つきが悪い宰相閣下が、騎士団司令部のお偉方を代表して無理を仰る。

 てか、副隊長の俺が既に知ってるのにそこら辺すっ飛ばすとか、白々しいなおい。


「何故、自分の口から? 司令部の方から説明するのが筋というものではないですか」

「公私共に気心知れた君の口から説明された方が、彼女、フォリア=フィリー隊長も納得し易いのではないかね? ラディル=アッシュ副隊長」


 見るもの全ての心を荒ませる薄ら笑いを浮かべる宰相の爺。

 いつ暴れるとも知れない化物を、テメエら自身で刺激したくねえだけだろうに。

 その人身御供――西域じゃスケープゴートの方が通りが良いか。

 それに抜擢された身としちゃ、迷惑極まりねえ御話だこと。


「拒否権は?」

「無い」


 念の為と聞いた愚問はやっぱり愚問らしく、即否決が返された。

 クツクツと、思わず殴りつけたくなる類の嘲笑を浮かべながら、白髪オールバックハゲ糞老人は続ける。


「変わりに、黙秘する権利は有る」


……勿体ぶった言い方だな。

 周りで薄ら笑い浮かべてる連中へのポーズだとしても……やっぱ腹たつ。


「ラディル=アッシュ十三隊副隊長。解っているだろう?」

「……了解」


 結局、受けざる負えんのがな……畜生。

 奥歯を絞め、内心どう在ろうと了承は返した。



 かくて、弱肉強食を座右の銘に掲げる糞隊長様の元に胸糞悪い情報を告げる事に相成ったわけだが。

 生憎とその糞上司、狙ったとしか思えんタイミングで魔物共を討伐という名目の虐殺にでばっている所なのだ。

 よって距離を逆算して、帰還まで三日間は掛かるだろう。と正当に見せかけた不当な言い訳を上の連中に報告した所。

 なんでこんな時に不在なのだとか、無断で隊長自ら出撃するとは何事かとか、隊長としての自覚があるのかとか、お目付役の副隊長(キミ)は何をしていたのだとか。

……最後以外は本人に言えっつーに。そしてその最後すら俺のせいじゃねえし。

 俺が念仏唱えた所で、あの馬耳に通用する訳ねえのは、テメエ等も解ってんだろが。

 只の愚痴に嫌みを聞くほど暇じゃねぇんだが。とある孤児院でガキ共が主催する泥団子品評会に出席とかしたいんだが。

 これだから中間管理って奴ぁ……上からは文句に下からもごたごたと、無駄に胸糞悪く成ってくんだヨ……


 ひとしきり、不満やら悪意やらのはけ口にされた後、ようやくとばかりに退席を許され、慇懃無礼にそうした。

 背からは野次じみたダミ声が聞こえたが、生憎と人間なために畜生の言語には明るくないのでスルー。

 陰鬱に溜め息を吐き出す。いい加減に疲れてきて、眼鏡を外し畳み、巻いていたマフラーを少し下げた。

 軽くはない足取りで辿り着いた城内に配置された自室の扉を開け。


「……そこら辺わかってんのか、ええ、隊長ドノ?」


 人様のベッドに腰どころかデカい体全体を掛け寛ぐ見慣れてしまった大女に、正当な抗議を怒り半分殺意半分に語る。

 どうせ応えんだろうけど、という予測は寸分違わず現実のものとなった。


「うむ。己には理解及ばざる事柄だが、精々己の為に気張れや」

「後生だから、もう少し知性と常識と思いやりとやらを知ってください。それが無理なら今すぐ杭で心臓抉って灰になりやがれ」

「はっは。己はヴァンパイアに在らずして、そんな事をすれば死ぬだけ也よ」


 流石に、この人外も心の臓は急所らしい。死ぬのか、意外だ。

 ――ちなみに、俺の口調が地の文通りなのは、公にこの場に居ない筈の糞上司にまで慇懃にする理由が無いからだ。

 公私は別って奴だな。その辺は糞上司も心得ている。


「ほう、心臓が弱点……いやそりゃ死ぬよな、人として」


 軍勢より強い化物を人間呼ばわりするのは抵抗が付きまとうが。

 そこに自覚があるのかないのか微妙な当人は、同意するようにうんうんと首を上下し頷く。


「うむ。副長がな」

「俺かよっ?!」


 なにか。それは暗に返り討ちって事かこの糞野郎。


「――てか、ツッコミ畜生奴の分際で、己に対してのツッコミはそれだけかい?」


……それは、何故出撃中なのに此処に居る、とかか?

 今更だろが。その気になりゃ半日で大陸一周できる奴が神出鬼没だろうと驚くに値しねぇ、つか畜生奴って方がなんだよ。

 というかそれ以前にだ。


「テメエ、最初っからあの罵詈雑言発表会場に居たじゃねぇか」

「ふっ、感づいてたか。それであの三文芝居、黒い汚い、だがそれがいい」

「喧しい」


 気断は完璧だった。そういう小芸もちらほらこなせる規格外だから侮れん。

 だからこそ気付いたのは多分俺だけだろうがよ、てかいい加減休みたいんだかなー、なんて考えた丁度その目と鼻の先。

 不思議かつ不気味な音が響いた。擬音で言うならビリバリザリュリュ。


「――っって何してんだテメエ?!」

「あぐ?」


 ド腐れがっ、唐突に人様の枕を咬み千切るな! あぐじゃねえっつの!


「いや、何か副長らしき匂いが鼻に付いたでの。何かしら咬み絞めたくなった」

「……眼鏡、書物上着に頭蓋骨――今度は枕と。(オレ)の私物を咬み壊さなきゃ気が済まんのかア! 魔物や野盗でもまだマシな動機で人を喰うぞ!!」

「気にするな。別に枕亡くとも寝るに多少の差無し」


 前後の八つ当たりに近いアレコレも兼ねて割と本気で怒っているのだが、人のベッドの上で胡座をかいた馬鹿は、豪快に笑うばかり。

 うわ全く気にしてねぇ。わかってたけど、わかってたけど!


「その多少の差とやらに拘るのが人って奴なんだよ。ってか加害者がその言い種か?!」

「いいじゃないか。別に副長を喰いたい訳じゃないし」

「頭蓋骨に致命的損傷を加えた奴がほざくかアアアアアぁァ!! アン時ゃマジで花畑通り越してやたら流され易い川ン中に突っ立ってたぞゴルァ!!」

頭蓋骨(そのこと)は謝ったではないか。なんだ、昔の事をほじくり返すとは根暗の陰険童顔め」

「――っッ!!!」


 鼻糞ほじりながら餌の要求通らぬ類人猿がごとき仕草、挙げ句の果ての禁句に、血管が何本かブチ切れた気がする。

 あまりの怒りに地団太踏む俺を、誰が責められるだろうよ?


「誰か童顔ダアアアアア!! そして平穏にじゃれあいたいならドラゴン種族の巣窟にでも永住決め込んで二度と戻って来んな!!」


 この化物と対等に並べるってんなら、同じ規格外の異端者かドラゴン種族の上位存在位だろう。

 冷静に考えたら出来のイマイチ以下な皮肉でしかないがしかし、当の化物は何故か生真面目な顔で首を振るう。


「いや、彼奴らは案外と脆いんだぞ、首とか普通に折れるしな」

「人間の俺はその万倍脆いわ! そんだけ有り得ん怪力を俺に向けてんじゃねぇ!!」


 現行の軍事装備のいずれでも傷一つ付けられない竜種を虐殺できる事はわかっていたが、よもや蟻で遊んだガキみたいな感想が出るような力関係とは。怪物は俺の想定を越えた怪物らしい。

 基本貧弱な体質の俺、九割方本気で生命の危機を感じ、常時の矛先を逸らす為にかなり必死こいて訴える。

 ――馬耳念仏。テメエで言った事も忘れて。


「はっはっはっ、何を言うか副長。己が認めた暗黒腹黒副長ならば、首が銅から離されようと首だけで怨敵の喉元に喰らい突き喰い破り呪い殺そうぞ」

「テメエの中の俺は一体何処の呪われた不死身生物(ゲテモノ)なんだ!!?」


 そんな物の怪の類に成った覚えはミジンコのさきっちょ程も無エ!

 第一そんな異常特性が有るんなら、眼前の怪物に初対面から半日位で発動させてるっつーに。


「くくく、ジョークだ。副長の貧弱加減は良く知ってるっての」


 と、薄ら笑いを浮かべおっしゃられた隊長サマ。その有り難い御言葉に抱いた気持ちはとても長く言語化するのは難しい。

 けれど言語に直さずには治まらず、敢えて東域に伝わる四字熟語で翻訳するならば――殺殺殺殺。

 うん、ぼくオリジナルだけど、伝わるよねという訳で、


「殺ゃアアァ――――!!」

 常時着用してる仕込み刃を手元に滑らせ、糞上司に積年の恨み辛みを晴らすべく肉迫、


「――甘いぞぉ!」


 した直後、持ち手を掴まれ関節を曲げられ――反転した刃が眼前にってうお!


「クぁ」


 呻き、持ち手と首の角度をずらし迫る刃先をそらしたが、耳を浅く掠める。

 ってうをい?!

 さながら暴風の如く。持ち前の馬鹿力で強引に位置を反転させられ、さらに足をかけられベッドの上に倒される――全て俺が反応出来ないスピードだ。畜生。


「クケケ、かような脆弱さで己に刃向かうとは、救いがたい愚者め」

(やかま)しい」


 ついかっとなってやった。今は後悔でいっぱいいっぱいだ。

……しかしなんだ、この激しい既視感。

 いや、疑問に挿むまでもなく明確に理解している。納得出来るかは別として、俺は再び怪物の下敷きに成っていた。

 畜生、こんな短いサイクルでこんな畜生。とにかく畜生。

 前回と同様に、獲物をいたぶる醜悪な野獣が愛らしく思える表情で舌なめずりしてる。こっちの四肢は馬鹿力で固定され、ほぼ全く動けない。

 しかも外聞の悪さは先以上だ。此処は俺の自室で、ついでにベッドの上だ。誰が観ても確実に不愉快な勘違いしやがるだろう。コレ。


「で、副長よ。己は重いかね?」


……根に持ってんじゃねえよ。俺よりデケエ図体の癖して。

 無言の俺に、糞上司はニヤリと、アレを切断せんとするヤの字みたく嗜虐的笑みを浮かべ。


「なれば」

「づっ」


 四肢の固定が一つ外れた。

 しかし念入りに、動くんじゃねぇぞとばかりに万力で手の関節を外してだ。

 殺意に揺れる視界の中で、ゆったりと歴戦の戦士じみた傷まみれの手が胸元に――


「ってぅおいっ!」


 思わず意味も無しに声を荒げるも、手と同じく傷だらけの顔面には似つかわしく無い位に神妙な表情は動かず。


「――己は、フォリア。フォリア=フィリー……――」


 場に、己にのみ意味ある祝詞――言霊とやらは紡がれた。

 かくて帰化が始まり――一瞬の間、認識できない何かが治まり。


「――これなら、どーだ? ラディル」


 若いというより幼く、まだ微妙に舌が足りない声が勝ち誇ったようにほざく。

 視線を少し下げれば、サイズが全く違うだぶだぶの衣装を身に纏う幼女が、俺の腹に跨っていた。


「毎度毎度唐突なんだよ――ガキンチョが」


 二十歳程若返った、というより実年齢に戻った我等が糞上司。

 にやにやと八重歯を見せ、頭の足りない笑顔をしているチンチクリンな姿がそれだ。


「ふっ、相変わらずのツンデ、れ?!」


 浅黒い、ガキ特有のツルツル頬――古傷だらけだが――を、健在の片手で摘む。


「喧しい。もう片方みてえな喋り方止めろ。ネタは挙がってンだ」


 部隊内の一部と国の上層部しか知らん事だが、コイツは肉体と精神を自分の理想――ドラゴンに打ち勝つ人外の肉体とか、歴戦の戦士風糞野朗じみた精神とか――に切り替える事ができる。

 基本的に記憶は共有らしいが、人格も切り替わるこたぁ、とっくに割れてんだ。

 本体は、デコピン一発避けられん、ひ・ん・じ・ゃ・く・! な糞ガキに過ぎねえ。

 そして怪物の戒めは解けた。これぞ形勢逆転ってヤツだぜ。


「ンだよ〜。人の弱い時をいつもいつもさあ。そんなだから強い時にいじられんだよ〜。大人気ないな〜、大体、フォリアは軽い――うきゃ?!」

「知った事かよチンチクリンが。今が日頃の復讐の時……!」




 ガキが怪物から戻る時などひと月に一度あればレアな方だ。好機は逃すべからずと偉い人も言っていた多分!

 とりあえず体制を直した所で腕の関節を戻し、激しくなった痛みを堪えつつ、立場逆転したちんちくりんを見下ろす。


「――な、なにすんの……さ……?」


……何故頬を赤らめてそっぽ向く?

 まだテメエのひょろい体逆に押し倒して、だぶい服ン中に手ぇ突っ込んだだけだろが。


「――ひっ」


 俺の形相を見たか、引きつった声を出すガキ。さて――


「今度はテメエが花畑にイケ」

「あぅや、ひぎ――」


 ガキの急所にあてがった指先を小刻みに動かすと、ガキはちみい口をだらしなく広げ涎を唇の端から垂らしながら、熱湯に漬けられた海老のように身をそらし、


「――ぎゃは、いぎやはハはハハはハっ!?!」


 狂ったように笑い始めた。

 無論の事、その間にも脇を直に擽るのに余念はない。


「ぎゃはハハはハはハ! ら、にきゃ、でぃる! なに、すんだぎゃはひゃハハハハハハハハハハハハっッ!!」


 暴れまくるが、ガキンチョの力など高が知れている。喚け喚けけけけ。


「クク、俺の擽り術を舐めんなよ? これで何人、うん十人から間者の口を割らせたと思ってんだ」

「ぎゃははハハハハハははハはハはハ!!」 聞こえちゃいねえか。しかし、イイねその笑い苦しい顔。

 溜飲が下るっつーか、気分が晴れると云うか。心が癒されるわー。


「ハ、ハハぁ、ひー、ひー」


……しかし、息切らすの早くないか、ガキよ。

 そろそろ勘弁してやるかと手を退け――そのまま懐のナイフストックに手を伸ばす。


「――副長、なんか子供のこえ……が……」


 ――いい加減、予測は出来てんだよ!

 またも恐ろしいタイミングで自室を覗いてきた新入りに――名前、なんつったっけ――常時着用してる即効性の睡眠薬を塗りたくった投擲用(スローイング)ナイフを抜き即投擲(クィック・ドロウ)。反応もできず命中し、(ゆか)に伏す新入り。正義は勝つ。何故なら勝った方が正義を名乗るからだ!

 と小さくガッツポーズを決めた直後。


「問答無用で目撃者始末かい。流石腹黒副長。手段は選ばねえってね」


 ダミ声と共に、不細工よりの中途にウザい奴が来やがった。

 前回、俺に不要な雑談の後にようやっと機密を寄越した阿呆部下だ。


「……おー、まあこりゃあ……とんでもなくストライクゾーンが壮大っつーか。見られる訳にゃあ、なあ?」


 誤解だ。

 確かに、チンチクリンが俺とベッドに挟まれ、悶着のせいで荒い息をしていてサイズが大きすぎな服を着くずし荒れた肌をさらしてるが、誤解だ。これだけ見りゃあ俺とて間違うかもしれんだろう大いなる誤解だ。もしくは陰謀でもいい。


「つーか副長、あんまちっこい隊長ドノをイジメてると、好きな子を泣かす青少年みてえだぞ」

「殺すぞ」


 ありえねえ勘違いしてんじゃねえ。

 腹立つ顔でやれやれと平手を上にあげていたが、かなり本気で殺気を放出すると余裕そうな表情を引きつらせた。


「じょ、冗談だよ、冗談」


 小物そのものな反応に不機嫌を込めた鼻息を一つ。

 小物のポーズならまだ少し見る所が増えるんだが、残念ながら地である事はもう把握している。

 根性と諜報員としての技能は兎も角……いや、今はんな事よりだ。


「首尾は」

「ん、ああ……暗部の連中は全員出ばってる。なんでも、東域の動向で不自然な動きが有ったとかで、お上の皇国から引き抜かれたらしいぞ」


 東方でな……こっちで得た情報とも一致する。お上からの要請じゃあ断れんだろうし……

 だが、全員……? ありえん。あの糞爺は防諜を疎かにするタマじゃねぇ。

 しかし、手薄な事は確かか。


「……テメエが泳がされてなきゃ、今が好機か」

「ひでえ」


 何かと信用されてない隊長と俺の内偵の為に送り込まれた、現二重密偵(ダブルスパイ)の男が語った。

 それを二割位疑いを込めた目で見ながら起き上がる。

 まだ鈍痛がする腕を振るい、頭の中を制御、その痛みをカットした。

 痛みも動作粗誤も無い事を確認し、なんとなく、未だ耳まで顔を赤くしてあーうー呻くチンチクリン隊長を見て。


「んじゃ、顔拝みに往こうか」


 例の生体兵器――極秘コード・インクティマト。 資料じゃ、このチンチクリンとそう年の変わらんガキの――


「コードネームは有るってのに、名前がねえってのはどうなんだろうよ」


 ぽっと出の疑問を、なんとなく目つきの悪い二重密偵な部下に吐く。


「……単純に、実験対象を人間として見たく無いからじゃねえか? もしくは最初から人間として視てねえとか」


 怪訝な顔をしながらも、割と律儀に応えてくる。

 内容もまあ、ありきたりな応答だ。


「――戦時下だから仕方ない、許される。そういう自己弁護、あるいはそれと関係あるなしを問わん狂気……大義名分か好奇心かあるいは忌避感かで、利用価値を見出された異端者は弄くられる――この、ガキンチョみてえにな」


 ああ、腹立たしい。

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