人間の敵は
魔物は人間の天敵とされているが、実際のところそれは少しばかりズレた一般認識だ。
たしかに竜種を筆頭として、夜狼や魔獅子、猪鬼獣。ピンキリはあるが、古くから人間に害を為すと知られる魔物共は有名だ。
人間に友好的か、比較的無害な魔物の存在を押し潰すほどに有名だ。
それら有名かつ有害な多数派の魔物は、まだ人間が銃火器という名の牙を手に入れるまでは、確かに明確な天敵だった。
知性を除き、人間を超える身体機能や野生の勘、強力な特性をもつ大小様々、徒党を組み人里を侵略する魔物の脅威は、今も脈々と伝えられている。
周期によっちゃ村どころか国が滅ぶことも、そう珍しい時代じゃなかったらしい。
かつてはな。
竜種などの天災クラスという例外を除いた魔物が、ある期を境に脅威でありながら脅威と見なされなくなった理由は、これまた単純。
引き金を引くだけで、女子供でも爪や牙が届かない比較的安全な距離から、頑強な魔物に致命傷を与える事を可能とした銃火器という、獣でいうトコロ爪や牙に該当する武器。
錬金術師という、真理を見通す目を生まれ持つ一部の人間の手によって精製可能な銃火器は、当時貧困していた少数の国家によって、一か八かの合同量産案が可決、軍事配備から瞬く間に普及。
その汎用性と威力、殺られる前に殺せという理論でもって、襲いくる魔物たちを瞬く間に駆逐していったそうだ。
いわゆる攻守の逆転、ってヤツだな。
それまでは極一部の規格外か、それより少しばかり多めの精強な人間の徒党くらいしか魔物に対抗できなかった。それ以外はほぼ完全な無力、足手まとい。
それが今度は、女子供でも割と気軽に殺戮できるようになったんだ。幾つか絶滅した魔物もいるくらいの、徹底的な逆転虐殺が起こされたらしい。
その中には、今や絶滅危惧種に指定されている無害な魔物も含まれている。
その事で難癖付ける輩も……ってこれは関係ないか。
とにかく魔物という火の粉を半ば薙ぎ払うことに成功した人間は、結果的に繁栄していく。
人口を減らしていた最大の脅威が問題にならなくなったのだから、当然の経路だ。
やがて、銃火器が普及して尚強力な規格外と、銃火器を手に。ナニカを求めるように増えた続けた人間は、ナニカを貪るように未開の開拓を始め、かつて天敵であった魔物の領土を奪い取り、森を拓き更地を広げ国を建てる。
敵味方問わぬ、夥しい数の屍の上に。
興された国を中心に町や村ができ、そこにも人は集まり増え続け、繁栄は広がる。
――しかし、長続きはしない。
繁栄はやがて腐敗を産み、腐敗は不満を、不満は争いの火種になる。
何がキッカケだったか、明確な原因は今となっては解らない。
だが、黄昏から黎明に移ろうならば、黎明から黄昏に移ろうように、必然、とでも謂わんばかりに――それはおこった。
銃火器が普及して、百年と経たず。
――人間と魔物の戦争は、人間と人間の戦争になっていた。
魔物を殺す為に、人間を守る為に、自衛の為にとうまれた銃火器は、何時しか共食いの為の牙に成り代わったのだ。
あたかも、真の脅威は、人間の脅威は――
「――と、まあ何が言いたいかと言うとだ、その具体例というか、歴史の縮図がアレな訳だ。わかったか?」
「あいっ」
と、頭悪そうな顔で微妙にズレた敬礼を返したのは、リーだかアリューシャだかよくわからなくなってきたチンチクリン。
だがアリューシャと呼ばねばいちいち拗ねやがる為に、不吉かつ長い方を使わなけりゃならんという。本当まじで面倒臭いヤツだ。
「――誰がぁっ、なんッの縮図だあぁ!?」
「――ルグォォォオオ!!」
と、嘆息しながら俺が指差した先、体長二メートル程の巨体に、首周りの黄色い三日月模様の体毛が特徴的な月森熊。
それと牙とナイフをまじえ交わしつつ咆哮をあげたのは、眼帯から黒いバンダナに代えたバカ女、アスカだ。
「いや、教育に丁度いい題材があったからな。気にせず、その野獣と殺し合ってくれ、野蛮人」
見事な動きで熊の双腕を交わしいなし、逆に両手の軍用ナイフで裂傷をくれてやるアスカ。
大した奴だ、俺にゃ真似できんよ。
尊敬と嫉妬とやっかみの激励を送るも、何が気にくわなかったのか一際苛立ちが籠もった裂帛の一薙で熊の腕に裂傷を与え、
「今何かとてつもなく失礼な――ぬッぅぇああああ!?」
ちらっと血走った目で此方を見る隙間、腕をヤラレ怒り猛る巨体による激烈な突進がアスカに迫る。
ツッコミなんぞ入れているそばからだ被虐趣味(マ○ヒスト)。
激突すれば普通にミンチだろう。しかし、絶妙なタイミングで踏み込まれたそれを、断末魔じみた怪鳥音をあげながらギリギリ回避。
しかもきっちり――肉厚の軍用ナイフが深々と熊の眉間に突き刺して、だ。ナイスカウンター、と呟かざるおえん。
決着は、そのあんまり見れたもんじゃない交錯でついた。
加速のまま樹木に衝突し、そのまま倒れびくんびくんと痙攣する巨体。肩で息をしながら、座った眼差しで俺を睨むアスカ。
元は魔物を殺す為に量産された銃を、人間に向ける節約の為に使わず、刃物で倒した。人間の敵に備えるために。
「ほれやっぱし、歴史の縮図じゃねぇか」
「喧しいわあ!」
銃も使わず、密林で遭遇した、通算三匹目の月森熊を、三度タイマンで始末した女は、顔を歪めて絶叫した。
木に留まっていただろうなんかの鳥がけたたましく飛び出していく。
傍らで袖を握るチンチクリンが高いくせに小さい悲鳴をあげながら俺を盾にする。ふざけんな。
「おい、少し静かにしろ。敵に気付かれたらコトだぞ、野蛮人」
俺の影に――文字通り――潜む変態に探らせた結果、周囲に人間の敵はいないと出ているが、実際に喧しかったからやんわり口にしてやると、
「貴様今おもいっきり野蛮人といったな!」
キレられた。
これだから沸点の低い奴ぁ……
「女一人に戦わせといてなんだその言い種と目はこのゲス畜生!」
「いいじゃねぇか、適材適所。頭脳労働は頭脳担当、魔物退治は銃要らずの野蛮人担当」
「野蛮人云うな! このもやし野郎!」
「らでぃるはもやしじゃないもん!」
なぜそこでお前がいきり立つか、アリューシャよ。
「――ぬぉ?!」
突然声を張り上げ、無駄な口論の間に割って入ってきたガキに動揺したように、一歩後ずさる――っておい!
アスカは気付いてない背後に、樹木と同化した小柄な毒蛇が、小さく口を開け――無防備なアスカに飛びかかろうとしていた――瞬間。
コートに仕込ませた投擲刃を抜き、撃ち抜いた。
ダーツの矢が的を射抜いたような音に、体勢を整えたアスカが振り向く。
緑がこびり付いている木に磔られた、大口開く毒蛇の姿。
――数時間前、朝だか夜だかの間、謎空間での一時以来、どういうわけか筋肉痛が若干ひいたが、それでも戦闘行動は控えたい程度に痛むあちこち。
だからまあ、たかが手のひらサイズの刃物を振り抜いただけで、ちっと片膝突きたくなるくらいにクる訳だ。
それを心配したか、アリューシャが情けない声をあげて俺によりいっそうすがりつくが、大袈裟だ鬱陶しい、と手を振ってあしらう。
ついで、間の欠落した馬鹿面で、俺と蛇の死骸とを交互に見やる被虐趣味に嘆息。
ったく、玄人なら口論してても常に気ぃ尖らせとけってぇの。
「気をつけろ、また毒くらいたいのか」
「は……――んなっ?!」
最初は怪訝、流れるように頬を染め引きつらせる。
何故だ。被虐嗜好者のツボはイマイチよく判らん。
「うるっさい! はっ、初めてだったんだぞ!?」
……なにがだ?
わけの判らん事で、出来損ないの類人猿じみた地団太を踏むアスカへ、怪訝さに生暖かさをブレンドした眼差しを向けるも、一向に気づいた様子はない。
「つーかそれよか、さっさと行こうぜ」
「あア?!」
ガラの悪い睨みを飛ばすな。そういうのは、自分の敵に向けるもんだ。銃口といっしょくたに。
それとは別に未だうーうーと呻く馬鹿ガキに脱力し、この女子供集団の中で、能力使用中の双子共を影で黙々と――繰り返すが、文字通り――移送している変態仮面が一番マシなんじゃねぇかという有り得ない現状に、背筋が根こそぎ凍り付くような絶望を覚えた。
それを、少なくとも一部の陰鬱を溜め息で吐き出し。
「……その蛇、群れで動くやつじゃなかったか?」
率直に問題を口にすると、アスカは真顔のまま固まった。
そのまま言葉を反芻するような沈黙が流れる。ただチンチクリンがあうあうとうめく音のみ。
んで、どっか近くの木の上あたりから蛇の威嚇音らしき耳障りな低音と、葉がすれる極小さな音が複数聞こえた段階で、アスカは真顔のまま頬に涙ではない液体を流した。
「……さて、急ごうか」
「だな」
方位を確認し、歩を進めるアスカを止める理由はない。群がる毒持ち爬虫類の処理など、どれだけの弾薬を浪費すると思ってる。
毒蛇の集合地帯を速やかに抜け、とりあえずのあてもなく、単なる時間稼ぎの移動の再開。
時は昼過ぎ。携帯食の貯まった腹もまだまだ保つ微妙な時間帯。
場は昼過ぎだというのに薄っ暗い、足場も悪いじめじめした、ここらじゃ珍しい高温多湿。ついでというのもあれだが、野蛮人以外が銃火器無しに遭遇したらほぼ死が確定の凶暴な魔物が徘徊する、危険区域。
王国から東南に歩いて半日程の距離にある、密林。
その真ん中を進むなか、
「疑問があるんだが」
今の今まで埒のあかない推論やら、出した瞬間にボツを食らった計画やらをくっちゃべっていたアスカが、方向性を変えるように前置き。
「お前、本当にロリコンなのか」
極めて率直に失礼な問いかけをしてきた。
瞬間的に、手持ちの木の枝でぶん殴るか投げるかに迷うが、それより早く。
「いやその、ロリコンロリコンと聞いてはいるんだが……実際その、どうなんだお前?」
必要以上に早口ながら、わずかばかりに上擦った声の主は先頭を歩いているために、表情はわからない。
しかしこれは機会、と思い到り、振りかぶりかけた分厚い枝を下げる。
「……いい機会だから言っておいてやるが、俺はノーマルだ」
「……本当か?」
「ああ。むしろ傍迷惑なガキなど好かん。てかきっぱりと嫌いだ。一人残らず根絶えればいいとすら思っている」
無数の草葉を揺らし、幹をかいくぐり、北風が吹きぬける。ようはそれくらいの間をおき。
「……ええー?」
……なんだその、深刻に可哀想なものを見る目は。そしてアリューシャも無駄に抱きつくな。暑苦しい歩き難い鬱陶しい。
ええい糞、どうやればこんな腹立たしい生物を好きになれるってんだ。ロリコンだの子供好きだのロリコンだの、大いなる誤解だってぇのに。
ぶつくさと心情を並べるが故、僅かに緩やかになった足が、ぱきりと木の枝かなんかを踏み潰す音。
ついで何か、危険地帯故に張り詰めていた神経が、近づいてくる――というか、木の上から不意に落下してくる物体を感知。
それに致命の脅威は感じなかったが、それでも反射的にそれを叩き落とした。
そうせずとも、落下した先にあるのはボリュームある黒い帽子をかぶったアリューシャの後頭部。長すぎる髪を大量に詰め込んだそこに落ちたトコで、涙腺の緩いガキが涙目になるだけだろう。まあ反射行動に一々理由付けるのも面倒だ。
叩き落とし――というより、垂直に払われ、木にはりつけられた物は、無数と思えるような土色の棘塊。栗だ。平和的な出血を連想させる物を見て、嘆息。対刃グローブで払わなけりゃ突き刺さっていたトコだ。もしくは帽子に傷が付いていたか。
……こら見上げるなアリューシャ。第二波が面に当たったらどうする。
「…………なるほど」
何がだアスカ。
落下物に一応の警戒を払いつつ。
まるで、詐欺師とわかりきっている相手の言い訳を聞く弁護士のような目でこっちを見ていたアスカと目を合わせる。
「根絶えればいいと言うくらいなのに、その手慣れた過保護は何だ」
「大人の義務だ」
「……その心は?」
不可解な物体の動作を観察しているような眼差しに釈然としないものを覚えつつも、どこから生じたか不明な誤解を払拭すべく、口をひらく。
「ガキは大人になればガキでなくなる。そこまで誘導するのが大人の義務だ」
つまり大人である俺が正しくいけ好かんガキ共を撲滅するためには、ガキならざらるものへと誘導をだな……なんだその生暖かい目は。眼帯風にバンダナ絡めてる癖に。
「ツンデレロリコン。またはツンデレ保父さん、か」
誰のことだ。誰のことを言っているんだ。
「違うというなら、その…………ひっ、平たい胸が、好き、なのか?」
何を言い出すかこの被虐趣味。
てかそもそもどういう話の切り口だ。さっきから。意図は解らんでもないが、どうなんだこの間抜け。
いい加減うんざりしながら、頭を掻く。
「あのな。実際このちんちくりんの平たい素っ裸に興味は無ぇし。あの場面でも、意外と着痩せ体質なお前のが――」
目の保養になった。
と最後に付け加える事は、物理的に妨害された。
犯人は二名。突如飛びつき、その帽子におおわれてない箇所――石頭を顎に叩き込んだ糞ガキ。テメェが持ってた俺のぶんよりやや長い木の枝を垂直に投擲してきたバカ女。
「何しやがる!?」
たたらを踏みながら遠のく意識を寸でで留め、某隊長じみた不条理な暴力に憤慨するも、何故かいきり立っている女子供は、
「らでぃるのすけべーっ!」
「死ね!!」
罵声を返してきた。
なんだ、何故テメェらとの初対面を回想しただけで頭突き入れられて投擲されたうえ、罵られにゃならんのだ!
「分からないからデリカシーが無いんだよこのロリコン!」
「喧しいロリコンじゃねぇっつーとろーが!」
「いつもいつも幼児はべらかしてる野郎が言っても説得力がねぇんだよ!」
「不可抗力だ!」
「嘘だー」
「女装してまで引きずり回してたくせにー」
――唐突に"影"から沸いて出た馬鹿双子の甲高い声に向け、全力で木の枝を振り回し――手応えなし。
風切る音と、わずかな足運びの音を追うと。ニ方向に散り、ニヤニヤと――なんとも間抜けに笑える顔で、滑稽に笑っていた。
「――ぶははは!!」
「ユア、リア?! お前ら、その顔」
指差して笑う俺に、顔を堪えるようにひきつらせるアスカ。
怪訝な顔で、双子は互いに互いの顔を見た。
そう、エラだの髭だの目玉だの肉だの、うたた寝していた折にヤラレルだろう定番落書きのオンパレードな同じ顔を見て、双子は双方共に、悪戯じみた笑みを一瞬だけ浮かべ、消した。
そのまま、何か一目でヤバいと解る眼差しでアスカを見据え――俺を包囲する位置どりで、何か良からぬことを承諾するみたく、三者三様に頷いた。
そして――結果として、旧暗部トリオに、未だかつてない勢いで組みしかれた。
「…………」
「…………」
「…………」
無益かつ忌々しい一悶着の後。顔面にこびり付いた泥を、双子はこびり付いた落書きを。それぞれ発見した小川の清流で洗い流す。
それはすぐに終わり、泥と木クズまみれになったコートと巻き添えになったガキの服を軽く叩き、汚れを落とそうと徒労を重ねながら、嘆息をひとつ。下着だけ羽織ったアリューシャは、素肌面積が多数を占める格好で清流を見下ろしている。
――今、ばしゃばしゃと顔の落書きを抹消しようと躍起になっている双子は、先程まで死体を遠隔操作して誠一達の別働隊に同行していた。肉体はこの現場に残して。
「で、別働隊はどうなってた」
つまり能力を解除し、精神をこっちの方に戻せば。遠く離れた場所の情報を聞き出せるという、なんとも安直な活用法。
もっともその間にゃ無防備な双子の抜け殻が出来上がる、ってのがネックだが。
そのネックを突かれたわけだ。俺に。
「連中とは、流石に合流できたんだろ」
でなけりゃ、操作死体と一緒に付いてった部下共がまだ戻らないどころか、引き返してすらこない理由は無ぇ。
「……んー」
「つーか副長、てめぇ油性でやりやがったなー?」
片方は藍色のタオルに顔をうずめ、もう片方は落書き跡が残る顔のまま、こちらにいつもの調子を装おうとして、微妙にズレた寒気を内包する声音で話題を戻した。
「油性じゃねぇよ、ハゲの失敗作だ」
たまたまハゲから譲り受けた育毛剤の失敗作は、どういうわけか油性のソレ以上に水に強い黒インクだった。何かの役にたつかと非常用バックに仕込ませといたんだが。
「あはははは」
「…………」
それを聞いた双子の片方は完全なる棒読みで笑い声をあげ、もう片方はかつて腕相撲で俺を秒殺した細腕を一閃。小川を跳ねた小魚を投石で射抜き、小川の向こう側にはじき飛ばした。
ただならぬ気配と現象に、非現実的能力の塊であるアリューシャが情けない悲鳴をあげ、一回茂みにすっ転けながらもすがるように俺に飛びついた。いややめろ、鬱陶しい。
「……で、消すためのアイテムは?」
「無いが」
偶発的な失敗作に、んな大層な専用品が在るわけないだろう。
「「あたまおかしくなったかあんた」」
だからその、地均しまくった更地みたく平坦な棒読みはやめろ。ユニゾンするな。口調まで変わってるし。つーか頭おかしいだとか、潜入変装用品を女装用品に入れ替える奴に言われたくないんだが。
……わかった、わかったからじりじりと間合いを測るように近寄ってくるのは止めろ。
「いや、水にゃ強いが消しゴムであっさり消えるからな」
「……何処に消しゴムが有るんだ」
俺の立場と生命を脅かすようなツッコミは控えてもらいたいんだが。
仕留めてきたらしい昼食の肉片を引きずりながら近寄ってくるアスカを横目に、何か不自然に手元を動かす落書き双子を正面に見据え、起死回生の一言を口にする。
「いや、要はゴムでこすれば良いということだ」
ゴムならば、手持ちにあるだろ。
ほれ、俺だって鬱陶しい髪を括る時に使うし。なんなら貸してやっても良いぞ。ほれ。
髪括りの予備を二つ渡すと、双子は同時に。全くの同時に微笑みかけ。
「……月夜ばかりと思うなよ」
「覚えていろよ、必ず」
と、その微笑む眼光に相応しい発言に、俺も微笑みを返し。
「上等だ。ヤられる前にヤってやる」
素敵な関係に相応しい台詞を口にした。
同質の視線と向き合う視界の端、近寄ってきたアスカが踵を返し、遠ざかっていくのが見えた。どこにいく。
――その後、改めて聞いた別働隊の状況報告。
交戦は可能な限り避けたため死者はなし。負傷者は錬金術師の手に余る奴が二名。それぞれ眼球損壊と片脚切断。負傷者を抱えながらも、遭遇戦の撤退は成功。
撤退の折り、行方不明者二名。
別働部隊長補佐の馬鹿ポニテ、キャリー。
撹乱要員兼・唯一の航空戦力である似非野生児、ミソラ。
前者は原因不明。またそれによる影響から部隊長・誠一の精神状況が非常に不安定。後者は相手方の航空戦力に狙撃され、敵陣に撃墜されたところが目撃されている。こちらは捕虜になったか死亡した可能性が高い。
少数部隊の支柱に当たる面子の欠損は極めて甚大。指揮の低下も著しいため、迅速な合流、部隊再編が必要であると考えられる。
以上。